安敦誌


つまらない話など
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忘れ易きふるさと

「兎追いし彼の山、小鮒釣りし彼の川」なんて歌がありますけれども、山に野生の兎がいるとか狸がいるとか狼がいるとか、そういうことは想像の埒外、というような少年時代を過ごしたこともあって、メロディーは美しいと思いつつも、歌詞には一切共感できない歌なのでありました。

生まれは東京でして、関東平野なので近くに山がない。一応、戸山のあたりに「山手線内最高峰」という(人工の)山はあるらしいのですが、そんなところで遊んだ記憶もない。むしろ、週末には西新宿の55広場で戦隊番組のショーを楽しんだりしていました。近くに川は流れていて、それは「神田川」という、これもまた歌に歌われた川だったのですけれども、私が育った頃にはその姿はコンクリート製の巨大な排水溝の体となっていて、その川底のヘドロからプクプクと湧き出すメタンの泡を見て育ちました。

今でもその辺りは相変わらずコンクリート製の排水溝であり続けていますが、今では下水処理の高度化が進んでおり、鯉も住めるような清流に変わっているようです。首都圏自治体のディーゼル規制によって、空気も幾分きれいになってきたようです。

家族旅行や学校の林間学校などで東京を離れると、最初は自然が心地よいと感じながらも、数日も経てば家が懐かしくなり、帰路の車窓から徐々に森林が消えて住宅が密集し、ビル群が見えてくると不思議な安堵感を覚えたものでした。

こんな汚い街でも、やはり唯一の生まれ故郷ではあるわけです。「プラネテス」というSFマンガがあって、そこに月面生まれの少女というのが登場するのですけれども、殺風景な月面で楽しそうに跳ねながら「きれいでしょう」と言う少女に、地球生まれの主人公は共感できないわけです。ですけれども、メタン湧く地で生まれた私は、なんとなく彼女の気持ちが推し量れなくもないのです。

東京は私のふるさとです。けれども、私は江戸っ子ではない。三代続けば江戸っ子と古くから言いますが、私の家系を三代も遡れば、全て東京の外に出自を持ちます。父は徳島の出で、母は東京の生まれですが、その両親は兵庫と茨城の出です。幼い頃にはそうした土地の親戚の家へ行って遊んだりしましたが、やはり私は虫も触れない「東京の子供」でした。一方で、東京が先祖伝来の地というような家柄でもない。地方出の寄せ集めという意味において、私は典型的な東京人なのです。

そんな煮え切らないアイデンティティを抱えて、自分も日本人というものの一例であると認識しながらも、この国のアイデンティティに収まりきらない何かも感じ続けてきたという一面もありました。完全に相対化もできない一方で、土地と文化に根差した絶対的感覚も持てない。もちろん、東京だけが特別なのではなく、今の日本では地方都市にあっても似たような状況なのでしょうが、やはり東京という土地柄は多少先鋭的なのではないかとも思っています。

今はお盆らしいのですが、今度の職場は一斉休暇を取らないので、特に日常と差がありません。ラッシュを少し外して通勤しているためか、通勤列車の混み具合にも差がありません。かつては盆暮れ正月になると東京の道はすき、空は澄んだものですが、最近では年中無休のサービスが発達したせいか、はたまた東京生まれが増えたせいか、お盆だからといって人や車が減るということも目立たなくなってきました。

海外に出ていた友人が東京に帰ってくるから皆で集まるんだ、などということを妻が申しておりまして、むしろ東京はそういう土地になりつつあるのかもしれない、などと思いっています。「Uターン」や「Jターン」という文句とともに転職の案内が来たりすることがまれにありますが、むしろ私はバブル期に地方移転した工業団地に就職し、そこからUターン転職で都内に戻ってきたクチでして、まぁ、そんなこともこれからは増えてくるのかもしれません。

東京というと渋谷とか原宿とか新宿とか、あるいは白金とか青山とか、はたまたディズニーランドとか秋葉原とかそういう印象なのかもしれませんが、私が知っている東京は雑多で猥雑な住宅地ばかりです。あの水上観光都市ヴェネツィアであっても、細い水路を少し入ればそこはドブ臭く、通りを少し外れれば洗濯物を干すロープを渡しているようなアパートメントがたくさんありました。そうした、祝祭と日常が曖昧に隣り合っている様子を、更に拡大したような印象が東京にはあります。

東京生まれであることに自然なアイデンティティが伴う世代が登場するようになると、この街は果たしてどのように変わっていくのでしょうか。あるいは、移民政策が進み、永遠に新陳代謝を繰り返していくのでしょうか。近所の産婦人科は既に「国際化」が進んでいたりして、ムスメたちが育つ環境というものは、もう私たちの頃とは質的に変わっているのかもしれません。それは悪いことではないようにも思います。
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by antonin | 2008-08-12 23:16 | Trackback(1) | Comments(0)
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Tracked from 安敦誌 at 2009-02-25 12:14
タイトル : 砂漠の民
えー、ダラダラと文藝春秋を読んでいます。 で、丹羽さんという経済界の論客と、例の派遣村の湯浅さんが対談していたりする。文春編集部の編集術というものはあるにしても、対談はときどき毒を含みながらも紳士的に進行していく。結局、ある人の意見を鋭く切り出して報道すると物言いを付けたくもなるのだけれども、その意見を発している人物の思想そのものというか、生き方と考え方を丸ごと受け止めてみたりすると、同じ意見がすっと腑に落ちたりする。変なものである。 そういう、人物の一部を鋭く切り出してしまう機能というの...... more
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