安敦誌


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マン族とフマン族の対立 -- ニポンからの報告

極東の島国ニポンが、最近になって深刻な国内問題に陥っている。本日はこの問題について概要を報告したい。直接関係の無い話と思うかもしれないが、我々にとっても重要な示唆を与えるものとなるだろう。(Antonin)

ニンジャとゲイシャで有名な神秘の地として知られるニポンであるが、一方では高度な職人芸を好む工業生産国でもある。ニポンは資源に乏しい島国であるが、輸入資源を加工して高い付加価値を与えることで、次第に国際市場で頭角を現した。特に1980年代には、米国の産業を圧迫する存在として脅威と見られるほどに成長した。

しかし、米国の適切な防衛戦略によってニポンの経済成長は抑制され、長い停滞期に入った。米国はニポンに打撃を与えたが、国家を崩壊させないための処方箋として、英米で経済回復に効果のあった福祉支出抑制政策をニポン政府首脳に提示することも忘れなかった。このためニポンは急速に福祉支出を削減することに成功したが、一方で弱体化した産業の保護政策も同時に強化したため、財政収支は改善するどころか史上最悪の状況へと陥るに至った。

しかし、低コストかつ高品質の工業生産力を引き続き必要としていた米国経済は、その役割をニポンの周辺諸国に移すことにした。そのために必要な技術は、産業を崩壊させたニポンで余剰となった技術者や生産設備を流用することにより実現した。このようにして脅威を取り除いた1990年代の米国の国内経済は、再び安定を見た。

一方ニポン国内に目を転ずると、こうした国際経済状況の変化によって、かつてから存在していた種族間対立問題に変質が見られ、また激化が進むこととなった。それまでに存在していたニポン国内の種族対立とは、マン族とウーマン族と呼ばれる遺伝的に異なる種族間に生じたものであった。社会の政治構造および経済構造はマン族による支配が確立しており、これに従属する形であったウーマン族が常に批判を繰り返していた。ウーマン族の自由を勝ち取る運動は「ウーマン・リブ」と呼ばれた。

この対立状況は、1985年にニポン国で「雇用機会均等法」と呼ばれる法律が成立したのを機に変質しはじめた。それまではマン族の牙城であった社会支配機構にウーマン族の参入が権利として保障されるようになり、マン族とウーマン族の対立は徐々に解消されることとなった。しかし一方で、マン族の組織に組み入れられたウーマン族出身者が徐々にマン族の文化に染まり、旧来の文化を守るウーマン族との間に感情的な対立が生じはじめた。ここから生まれた言葉に「ウーマンの敵はウーマン」というものがある。

また同時に、マン族の中にも構造変化が見られるようになった。それまで社会支配機構への組み入れを前提として養成されていたマン族の若者たちが、優秀なウーマン族の流入、ニポン経済全体の弱体化、英米流のワーカークラス制度導入などの複合的な要因により、マン族の支配機構に入ることができないケースが多発した。マン族の中に、既存の支配機構に属す者と属さない者という区別が生じることとなった。

かつて遺伝的に明らかであったマン族とウーマン族の対立が、この時期を境に、遺伝的な民族区分からマン族式の支配機構に属する者と属さない者という対立軸に変化することになった。マン族の支配機構がほとんど変化していないのに比べ、その外側にある者の構成は大きく変わった。そのため、これ以降の対立はマン族とフマン族の対立と呼ばれるようになる。

「フマン」という語は「マンではない」という意味のニポン語に由来しているが、「フマン族」という呼び方は単に「マン族ではない」ということだけを指しており、マン族と遺伝的に異なるフマン族という民族が存在するわけではない。しかし、この新しい対立構造も従来のマン族とウーマン族の対立によく似た構図となっているため、マン族とフマン族の民族間対立として説明されることが一般的である。一度フマン族に属してしまうと、マン族に移籍することは非常に困難であり、両者の立場が固定的である点も、この解釈を有利にしている要因のひとつである。

古くからマン族が対立民族を批判するのに用いていた論法が、能力主義である。ウーマン族が支配構造から排除されていたのは、ウーマン族の個人的能力に問題があるからであり、マン族の支配機構に不公正があるのではないという主張であった。現在ではウーマン族出身の個人がマン族の支配構造に浸透しはじめており、かつての主張にさほどの根拠がなかったことが明らかになっている。

そして今ではマン族の批判はフマン族に向けられているが、そこで用いられる論法も似たような能力主義によるものとなっている。つまり、マン族のシステムは非常に公正なものであり、その公正なシステムで支配機構に入れなかったということは、つまりフマン族の個人的な能力の不足に全て由来するという主張である。この新しい論法は、旧来の能力主義と特に区別して「自己責任論」と呼ばれる。

フマン族はマン族の支配機構が持つ潜在的な排他性を批判しているが、マン族はこれを認めず、フマン族に属する個人の不作為による責任をマン族のシステムに不当に転嫁するものだとして反論している。これに対してフマン族の論客は、マン族に属する個人の成果はマン族の固定的な支配機構によって助けられた面が大きいのに、その成果を全て個人の努力の成果であると勘違いしているとして再批判を繰り広げている。両者の感覚的食い違いによって、論争は感情的な対立に発展している。

一方、旧来の文化を維持するウーマン族たちがマン族と婚姻関係を結ぶことでマン族の利権に食い込もうとする活動を強化していることに対し、フマン族の中の旧マン族出身者などから強烈な批判が寄せられている。こうした批判を浴びているウーマン族は「甘味」と呼ばれ、差別的な扱いを受けている。このように、フマン族はその内部構成においても非常に複雑である。

とある、マン族が経営する企業で、経費削減のために職場で働いている従業員のうち、一時雇用扱いとして勤務契約を結んでいるフマン族従業員を解雇することにした。マン族の管理職員が現場の従業員に向かい、「マン族とフマン族に分かれなさい」と指示した。しかし従業員はこれに従わず、「私たちはマン族でもフマン族でもない、みな同じニポン人だ」と答えた。これを聞いた経営者は、この職場の全員を解雇した。

この「事件」はニポン国内で話題となったが、経営者は「彼らは業務上の指示に従わなかったので、職務規定にのっとって適切に処置した。我々の行為に全く問題はない」と回答している。これに対しフマン族の論客は「マン族をひっぱたきたい。このような状況が続くようであれば、むしろ戦場で兵士となることを希望する」と、現行秩序の破壊を叫んだ。これに対しマン族は「士官としてならば、こちらも従軍する用意がある」と応じている。

しかし一般にフマン族勢力は組織されておらず、マン族の支配体制に対して散発的な批判的言動を繰り返すのみで、まとまった反体制運動を生み出すには至っていない。しかし、ときおり一時的な集団行動を見せることがあり、これは「炎上」などと呼ばれる現象を引き起こす。炎上はときとしてマン族の組織や個人に及ぶこともあり、これを嫌ったマン族は、フマン族への弾圧を強めつつある。

マン族の若者もフマン族の若者も同じような確率で反社会的な行動を起こすが、ニポンの情報流通はマン族によって支えられているため、フマン族青年による犯罪が連日連夜大々的に扱われ、フマン族の反社会性を強調するために用いられているとされる。フマン族の主張に理解を示すある研究者の調査によれば、マン族が青年期にあった時代の犯罪率とフマン族青年の犯罪率を比較すると、むしろフマン族青年のほうが重大犯罪率が低いという調査結果も出ているという。

マン族とフマン族の民族対立の影響により、ニポン国内の社会機構が徐々にその機能を失いつつあるという警告が各方面から継続して提唱されているが、マン族もフマン族も非は相手にあるとして改善への動きは見られず、むしろこうした警告を軸としてさらに対立を強める傾向にある。マン族とウーマン族の融和によって、統一民族である「大マン族」が誕生すると目論んでいたニポン政府は、予期しなかったフマン族の出現に頭を抱えている。

こうしたニポンの機能低下については、産業機能の周辺諸国への移転が進んだために、米国など先進諸国の関心は薄れている。かつての共産思想のような反体制勢力を煽動する動きが現れない限り、特に安全保障上の問題も無いという見方が主流である。またニポンの周辺諸国としても、「眠れる獅子」となったニポンがいつまでも眠っていてくれることが国益にかなうため、むしろこの状態の持続を積極的に支持している。

我々もニポンの状況を他山の石として、社会心理の健全性には常に注意を払っておくべきだろう。
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by antonin | 2008-08-18 23:13 | Trackback | Comments(0)
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