安敦誌


つまらない話など
by antonin
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
検索
最新の記事
アキレスと亀
at 2017-05-02 15:44
受想行識亦復如是
at 2017-05-02 03:26
仲介したことはあまりないが
at 2017-04-29 03:36
サンセット・セレナード
at 2017-04-12 23:17
水分子と日本人は似ている
at 2016-06-04 01:49
ほげ
at 2015-06-05 03:46
フリーランチハンター
at 2015-04-17 01:48
アメリカのプロテスタント的な部分
at 2015-04-08 02:23
卯月惚け
at 2015-04-01 02:22
光は本当に量子なのか
at 2015-03-17 23:48
記事ランキング
タグ
(295)
(146)
(122)
(95)
(76)
(65)
(59)
(54)
(45)
(40)
(40)
(39)
(32)
(31)
(28)
(27)
(25)
(24)
(22)
(15)
最新のコメント
>>通りすがり ソ..
by Appleは超絶ブラック企業 at 01:30
>デスクトップ級スマート..
by 通りすがり at 03:27
7年前に書いた駄文が、今..
by antonin at 02:20
助かりました。古典文学の..
by サボり気味の学生さん at 19:45
Appleから金でも貰っ..
by デスクトップ級スマートフォン at 22:10
以前の記事

山本夏彦ってどんな人だろう

「素晴らしき日本語の世界」と題した、文藝春秋SPECIALという季刊本にだいたい目を通し終えた。これは文筆業という狭い社会の中で閉じた生き方をしてきた人々の随筆集であるので、だいたいは壺中の天の快適さを語りながら「なぜ誰もこの壺の中に入ってこないのだろう、嘆かわしい」と言っているような意見ばかりであり、面白くなかった。それでも壺の外から日本語の性質を語る人の意見をしっかりと混ぜ込んでいるあたりの誠意が、文藝春秋という会社の優れた特質なのだろう。

狭い世界の中にある人が語る言葉に向かって、視野が狭いと嘆く狭量もまた不甲斐ないのだけれども、どうしても我が身の未熟で愚痴が出てしまう。次のような文章でこの巻が締めくくられていて、どうにも我慢がならない。
しかし、女子バレー会場に処女なき有様を、どうしたらよかろうか。

もうこれは、セクハラとしか言いようがない明らかに悪い言い草なのだけれども、こういう言葉がたいした悪意もないところから出てしまうというのは、やはりその視野の狭さによるものだと思う。

結局何に基づいてこの人が「処女なき」と言っているかというと、女子バレーボールの日本代表チームを応援する少女たちが、日本チームによるポイント奪取の際に「やったー」と叫ぶのが気に食わないのだという。それも、「やった」が「セックスをした」に聞こえてしょうがないのだという。もう、こういう人がジャーナリストを自称しているとなると、私のような人間でさえ日本語の貧弱さについて嘆かなくてはならなくなってしまう。全く勘弁して欲しい。

だいたい、言語というものは自由でいい。だから、この人がジャーナリストを名乗ってもいいし、「やった」が「セックスをした」に聞こえても、それはそれでいい。けれども、一応私の意見も述べておきたい。もちろん言語や言論というのは自由でいいので、この意見を無視したりこの意見に反論したりする自由は万民に開かれている。どうせこんな場末の意見に反論もないだろうから、どうでもいいのだけれども。

そも、性交したという事実を指して「やった」とか「した」とか「いたした」というのは、木を森に隠す行為だというのは明らかだろう。「やった」も「した」も「いたした」も、英語で言うところの"did"に相当する動詞であって、何を指すともなく一般的に使う言葉である。その一般的な言葉を使い、明に言うに憚られることを暗に語る言葉が「やった」であるということは、ほんの少しでも頭をめぐらせればすぐにわかることだろう。

「やる」を辞書で引けば、14種類もの多様な意味合いが載っている。当たり前である。「やる」というのは、特定の動詞を持たないような一般的な行為をすべて背負っているような、多様な使われ方をする一般動詞なのである。この多様な意味をすべて無視して、「『やる』『やった』は男女間の性行為を意味し、女はもちろん男でさえ、ユメにも口にしてはならない日本語だったからである」とくる。本末転倒もいいところである。

「性行為」などという下品で芸がなくてどぎつい医療用語を日常会話の中で口にすることを憚って、あえて無色な言葉を借りて「やる」と言う奥ゆかしさが、この人には理解できていないのである。「まぐわい」という言葉でさえ、視線を交わすというのが本来的な意味であって、こういう無難な言葉に不躾な内容を託すのが、日本人の奥ゆかしさであったはずである。それがこの人には理解できていないのである。

こうした誤解はすべて単なる無知や言葉の貧困に因るものであって、このような人がジャーナリストを名乗ることが許されているということ自体が、日本のジャーナリズムの貧困ぶりを体現しているなどと言ったら、辛辣に過ぎるだろうか。やはりこういう困ったことを言う人はごく一部の例外であって、平均的なジャーナリストは正常な感覚に基づいて誠実に日々の仕事を遂行しているのだと信じたい。

救いはこの人自身が引用するように、「そういう小言は、たいてい俺の子供のとき俺の家ではそういう言い方はしなかったという程度の根拠でしかないもんですよ」という山本夏彦さんの言葉が存在するということだろう。こういうことを言える人の存在が、日本も大丈夫と言える根拠になる。山本さんは他界されているが、この人と同じだけの視野の広がりを持った人の意見も、この本には劣勢ながらも見られる。これが救いである。

そしてこういう批判は、批判を批判と思わせないような婉曲でじくじくとして嫌味な表現をするか、あるいは鋭利な一言で斬って済ませるのが日本の伝統であるので、そういう芸を持たない私のような人間は、まだまだ日本人として未熟なのである。

私自身は山本夏彦さんの文章を直接に読んだことがないのだけれども、私の学生時代の書き物を読んで、山本夏彦さんの書くものに似ていると言う人がいた。他に読むべき本と読みたい本が山と積まれているので山本さんの随筆に回す時間が足りないが、山本さんという人が一体どのような文章を書いていたのだろうかということは、少しだけ気になっている。
[PR]
by antonin | 2008-09-21 04:23 | Trackback | Comments(5)
トラックバックURL : http://antonin.exblog.jp/tb/9538596
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by tel at 2008-09-21 15:11 x
私、山本夏彦の本はだいたい読んでるけど、この人自身が「ジャーナリスト」って自称してた記憶はないなあ。文藝春秋SPECIALに書いてた?

読む機会があったら、「私の岩波物語」とか良いかも。
Commented by antonin@出先 at 2008-09-22 13:11 x
assert(この人 != 山本夏彦);
あとでちゃんと書きます。
Commented by antonin at 2008-09-22 23:17
文藝春秋のサイトに全目次がありますので参照していただければいいのですが、「おしまいのページで」と題した一文を寄せられている方にブチ切れて書いたのが上記の文です。毎日新聞で書いていた人みたいですね。あえて名前は出しませんが。

断片的な情報しか知らないのですが、私は山本夏彦さんのことを高く評価しています。否定より肯定をメインにしたかったので上記のタイトルになっていますが、あんまり目論見通りにはいっていませんねぇ。

「私の岩波物語」はそのうち読んでみようと思います。推薦感謝。
Commented by tel at 2008-09-23 04:19 x
ああ、徳×孝夫さんか。
この人は昔から熱狂的な夏彦翁ファンですね。

斎藤緑雨とかビアスとか、歯切れのいいアフォリズム書くコラムニストの文章に被れちゃう時期ってありますけど、あれは落語というか漫談というか、一種の芸みたいなもんですから、文章をそのままの意味でとっちゃうと野暮というかなんというか、鬱陶しい気がしますね。

私は、昔は(特に亡くなった頃は)「山本夏彦はもっと評価されてもいいのになあ」と思ったんですが、今はそんなに思わない。大人になったよなあ(笑)
Commented by antonin at 2008-09-23 04:41
ども。よくわからんのですけれども、「この人」の文章も土屋賢二さんみたいに「高度な釣り」ってこと? あれは読者への強烈な皮肉なの? この反応のほうがダーウィニストの比喩に直接反応したインテリジェント・デザイナー論者みたいな感じ? うーむ。

んまー、私は芸事には通じてないので、その辺弱いですなぁ。あの本全体が釣りだったらどうしよう。文春の中の人に、
「これでファビョるとかw」「プゲラ」
とかって言われてたらどうしよう。

それが京都的な日本語の素晴らしさなんだと来た日には、もう純真無垢な私なんぞ、どう対応したらよいものか。日本語って奥深いなぁ。
<< キレる現代人 饒舌について >>


フォロー中のブログ
外部リンク
外部リンク
ライフログ
ブログパーツ
Notesを使いこなす
ブログジャンル