安敦誌


つまらない話など
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ほめる人、けなす人

ある世界で一流と評判の人と対談しては、相手の素晴らしさを褒めそやす有名人がいる。こういった人は、多くの人から賞賛を浴びる。当然だ。見習うといいだろう。

誰でも、人から褒められるというのは気分の良いものだ。特に、ある分野で成功を収めながら、いまひとつ世間の評判に上らないような人であれば、その喜びもひとしおだろう。自分を褒めてくれた相手がどんな人であれ、なんて優れた洞察力のある人だと感心するだろう。褒められた人もまた、問われれば褒めてくれた相手について褒めて返すに違いない。

そういう心からの賞賛も、あるいは社交辞令としての賞賛も含めて、百人を褒めた人というのは、だいたい五十人くらいからは褒められると見ていいだろう。褒める相手が一流であれば、褒め返してくれる人もまた一流という道理である。褒めておいて損はない。

つまりは、人を褒める人というのは、その人自身の価値の高い低いを詳細に審査されるのではなく、会話と表情の印象によって高く評価されたりする。あるいは価値の低いことを見抜かれても、それを露骨には表明されないなどの効果もあるだろう。結果として、褒める人は大変に高い社会的評価を受けることになる。評価というものは伝播するものであり、またそれは普通であれば上流から中流を経て下流へと流れ下るものである。

多くの対談をこなしている文化人の多くは、このシステムを採用して成功している。成功を目指す人は、ぜひともこのシステムを導入して欲しい。1年もこれを続ければ、社会的成功は間違いなしだ。社交界というのは一見さんお断りの実績主義の世界ではあるが、紹介者になりそうな、社交界の裾野を占める人こそ褒め言葉には一番弱いものであり、そうした十人も褒めれば足りるだろう。

その人自身の生み出す価値の高い低いに関わらず高い名声を得る人がいる一方で、その人自身の生み出す価値の高い低いに関わらず激しい罵声に包まれて生きる人がいる。彼は、人を褒めようとせず、常に批判する人である。多少の長所があろうとも、こういう人は社会的な評価を得ることができない。罵倒された相手の実力を正当に見抜き、なおかつ高く評価することが出来るような聖人君子など、短い一生の間に出会えるなどと期待しないほうがいい。

人間は、あらゆる判断を感情的に行う。当人がそれを意識するとしないとに関わらず。ある作品を目前にして、批評者がその作品に感動しようとするならば、彼の尻が痛んではいけない。歯が痛んでもいけない。頭がかゆくてもいけないし、部屋がどうしようもなく臭くてもいけない。残念ながらそれらは作品に対する感動を妨げる要素であり、作品の質とは全くもって無関係であるものの、作品の評価には深刻な影響を与える。

ましてや作者が批評者を中傷してはならない。正当な批判すら控えたほうがいい。不潔でなく、かといって飾らず、紳士的で共感できる態度を貫こう。成功は近い。

だが、そうした態度によって身を飾った紳士の成功は現世的である。現世に人生の全てを賭けようとするならば、それが正しい。けれども、時間と空間を超越して広く名を轟かそうという野望を持つ者であれば、この戦略は必要最低限に留めるべきだろう。生きている間には高く評価されていたにもかかわらず、当人が死んでしまえばその業績まで春の雪のように消えてしまった人も歴史には多い。

一方で、ゴッホのような人がいる。存命中は周囲との軋轢から食うにも困る次第であったが、その死後に作品だけを見た人々を魅了している。作品は優れていたが、人物の態度はそうではなかったのだろう。

どちらを目指すのか。あくまで当人次第だが、死後の評価を望むような人も少ないに違いない。
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by antonin | 2008-11-01 23:47 | Trackback | Comments(0)
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