by antonin
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こいつとは随分と長い付き合いになってしまったが、基本的にああいう正義が似合うような顔をした男というのは嫌いだ。言っている言葉はあらかた胡散臭いものだが、その真摯な眼差しとセットで語られてしまうと、その言葉が正義の輝きを放ち始める。するとどうだ、周囲の凡人たちはみんなしてこいつの言うことを信じて動き始めるのだ。俺はこいつが嫌いだ。 「あなたの国ではどのような法律がどのように運用されているか知らないが、ここはアメリカだ。全ては法の下に平等で、我々は公正と真実を愛する。私は、何をどうやっても、あなたを法廷に引き出し、真実を白日の下にさらすまでは死ぬことができない」 「あんたの国ではどのような法律がどのように運用されているか知らんが、私は日本人だ。アメリカも国連に加盟しているのだろう? いいと思っているのか?外国籍を有する市民に対してこういう扱いをして」 「アメリカの法には根拠と正義と実績があるが、国連憲章などといったものにはそうしたものがない。なにより、私はアメリカ国民としての正義と秩序に対する信念に根差して動いているし、国家はそうした行為を保証している」 「あんたに何をいっても聞く耳は持たないと思うが、私をこれ以上絞ったところで何も出んぞ。もう真実とやらは全て知っているだろう。多少の尾ひれは付いたが、世間にも公開されているだろう。これ以上何を望んでいるんだ。公正か? 国籍を問わない無差別に公正な裁きか?」 「国籍は無論重要な要素だが、我が国はアメリカ市民権を有しない世界の人間に開かれた国家だ。当然、外国籍を有する人間に対する法も充実しているし、実績も厚い。法の正義に則ってあなたを裁くことが十分に可能だ」 「勘弁してくれ」 -- 「まずは、ご契約頂き感謝します。基本的に全てお任せいただきますが、今後の弁護方針について手短にご説明いたします」 この弁護士は信用ならないが、この国では信用ならない人間ほど有能な弁護士になる。派手に弁護してくれ。ありえないぐらい声高に無罪を叫んでくれ。そして、世間に俺が犯罪者であるかのような予断を強烈に植え付けてくれ。裁判官や陪審員に、自己の公正さに対する自身を失わせるまでに予断を染み渡らせてくれ。あとはそこを突いてやれば法廷の公正などイチコロだ。リーブラの天秤も、片側に大きく振れば、反動で逆に振るのもたやすい。裁判が終われば、残るのは灰色の名声だ。これは俺によく似合っている。 「わかった。説明はいい。全て任せるからよろしく頼む。私の今後の言動に関して注意すべき点があったら指導して欲しい」 「わかりました。まず、あらゆる質問に対して否定も肯定もしないで下さい。そして、質問の内容を私と共有するようにしてください」 衆人環視の状況でなら、質問をはぐらかすよりも真実なり嘘なりではっきりと質問の答えを断定しなければ不利になるが、密室に限られたメンバーが籠もって話をするときは状況が全く変わる。別に新しくもない情報だが、こいつが基本を押さえているということだけはわかった。それで十分だ。 -- (中略:サコタとの応酬) -- 「彼はお前を一般の容疑者として丁重に扱おうとしているが、私にはそのつもりはないので、その点だけは初めに伝えておく」 この小生意気な男の顔は見たことがない。そもそもこの世代に知り合いはいない。アメリカは日本と違って若い国だ。権力の中枢に近い部分でも、実力さえあれば若いやつがいくらでも入り込んでいるのがこの国だ。俺たちが若い頃にも、この国では若い連中が随分と派手に活躍していて嫉妬したものだ。思えばその嫉妬が間違いの原因だったんだが。 弁護士には何ごとも否定も肯定もするなと言われているが、それ以前にこいつの言うことが気に食わないので黙って聞いている。こいつはそんなことも全く気に留めない風で、いろいろとしゃべりやがる。 「私はお前がロサンジェルズで過去に何をしたかということに全く興味がない。お前が日本でどう過ごしてきて、日本の誰が何をしていたかを、どこまで知っているのかという、ただその一点のみに興味がある」 「あんたは何の根拠と権限があってそういうことを言うんだ! 弁護士との通話を要求する!」 俺は声を荒らげて叫んだ。顔も真っ赤になっていることだろう。面倒な質問を受けたときに表情を変えまいと努力する奴がいるが、はっきり言って馬鹿だ。相手が水面下にある物を覗き込もうとしているのに、わざわざ水面を鏡のように静かにしてやるように努力するような馬鹿だ。水面下にある物も見えやすくなるだろうし、もし見えないにしても、水面下にある物が少しでも動けば、すぐに水面の波となって現れてしまうだろう。 だから俺は、相手が下手な探りを入れてきたときには迷わずに叫ぶようにしている。水面にわざと大波を起こすようにしている。水面下の物は見えにくくなるだろうし、水面下の物が動いて水面を揺らしても、大波の中の小波など見えなくなるものだ。眉の動きや瞳孔の開き具合を読まれるくらいなら、顔を真っ赤にして叫んでおいたほうがいくらかでも得をする。 俺は、質問の内容を否定も肯定もしなかった。弁護士野郎との約束はしっかりと守ってやった。俺はなかなか優秀なクライアントだろう。 -- (中略:ロスへの移送とかその他色々) -- 「我が国の司法制度には司法取引があるということは知っているだろう?」 「さあ?」 「それ以前に、我々は超法規的なルールに則って動いている。しかし私は合衆国市民だ。超法規的なルールに従ってはいても、お前と取引をする余地は残されている。単刀直入に言えば、これまで重ねてきた質問の答えを、法廷で記録に残るように陳述して欲しい。そうすれば我々も州法や連邦法を超えた譲歩ができる。最後に確認する。我々の要求を受け入れるか?」 これは、質問ではない。取引であり、駆け引きだ。私もひとつの世界でひとつの時代を作ってきた男だ。還暦過ぎた今頃になって、自分の命を惜しんで安っぽい取引に乗るようなことをする気はさらさら無い。単なる質問ならはぐらかす場面だが、ここはそういう場面ではない。 「断る」 「それが永遠の別れを意味することはわかっているな? 確認する。我々の要求を受け入れるか?」 「断る」 「了解した」 -- 独房に夕食が運ばれてくる。いつものように米国産と思しき牛肉メニューだが、今日はそれがしぐれ煮になっている。脇の小鉢にはボタンエビが乗っていやがる。「最後の晩餐」はこんなに気が利いているものなのか? いや、こっちの人間にそういうデリカシーはない。なるほど、超法規的な待遇だ。 翌朝は朝食が出ない。水も出ない。その意味はなんとなく理解している。日本では最後まで食事が出るそうだが、それに手を付ける人間も少ないという。そういう意地の悪いことをしないのが、配慮によるものなのか合理性によるものなのか見当が付かない。どうでもいい。 見慣れない男が来て、見慣れた手つきで手錠を掛けて俺を独房から連れ出す。拘置所の中をずいぶんと歩き回り、窓の無い小さな部屋に入る。俺を連行した男と入れ替わりに5人の男が入ってくる。木製の寝台を運んでいる。男のうち3人に右半身と左半身と下半身を拘束される。俺は特に暴れたりしないので所在無げだが、手の力は抜かない。その間に残る2人が寝台を立てて俺の背に当て、ベルトで全身を固定していく。最後に黒い布袋が頭にかぶせられ、首に輪が掛けられる。 牧師も坊主も神主も来なかった。信仰の無い人間に最後の祈りの機会を与えないというのが、配慮によるものなのか合理性によるものなのか見当が付かない。どうでもいい。 勘違いをしていたが、どうやらこの部屋にはひとつだけ窓があったようだ。床に。カリフォルニア州では最近にも死刑の執行があったらしいが、麻酔注射の大量投与による安楽死であったように記憶している。しかし古い設備が残されている場所というのもあるのだろう。なるほど、超法規的なやり方だ。 人の気配が消える。死ぬのは怖くないはずだが、全身が硬直して息ができない。早く終わってしまえ。ブザーが鳴る。Farewell, farewell. 重力の喪失。風のような感触。鈍い衝撃。無。 静寂。わずかな反響。ピリピリとした意識の痺れ。 あの世が存在するとは思ってもみなかったが、俺の推測は外れだったのか。今感じている世界はなんだ。天国か、地獄か。どう考えても天国ではなさそうだが、さて出てくるのはケルベロスか閻魔の手下か。 炭酸のような喉の刺激。刺激。刺激。 「炭酸のような」ではない。炭酸だ。二酸化炭素だ。俺はまだ息を止めていた。苦しい。どういう意味だ。ブハッという音と共に息が爆発する。 息苦しいが、呼吸はできる。心臓の音も聞こえる。ここはどこだ。「2001年宇宙の旅」という映画があった。木星に到達したはずのボウマンが、突如小さな一室に出る。見慣れた地上の空間であるようにも見えるが、全く落ち着いた感じがしない。そしてどれも贋物の作り物であることが判明する。そんな場面を思い出す。 鈍い衝撃? 絞首刑の最後は全体重に拘束台を加えた重量が全て首にかかり頚椎が外れ、脊髄が断たれ、頚動脈も切れて速やかに感覚と意識を失うはずだ。なんだか嫌な予感がする。 ドアが開く音。複数の靴音。首から輪が外れる。頭の布袋が外される。地獄よりもはるかに面倒な世界へ来てしまったようだ。 -- (後略: 「生物学的には生きているが、法的には死んでいる」ロボコップ的な法解釈 「骨は適当に用意しておくから問題ない」 )
by antonin
| 2008-10-25 11:41
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