安敦誌


つまらない話など
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落ちたはずのブラウザが、なぜか復帰してきた。というわけで当時の日付でアップ。(08-11-20)

大前 研一氏:「産業突然死」の時代の人生論 / SAFETY JAPAN [大前 研一氏] / 日経BP社

この連載が結構好きだ。もちろん、未来予測系の提言が多いので、外れることも多々ある。議論に使われるデータが間違っていることも、ままある。だから、結論に対して諸手を挙げて賛成したりはしないのだけれども、その思考過程における論理の組み立てであるとか、引っ張り出してくる資料だとかの選択が、非常に参考になるのだ。

非線形とか複雑系とかいう用語を引っ張り出して、すぐに予測不可能であるとか理論が役に立たずシミュレーションしかないという意見も目にするが、そう単純でもないぞ、というのが最近の実感だ。

非線形な系にもいろいろあって、クラス3の全くランダムに見えるカオスであれば、一寸先は闇、確かに何が起こるかはわからない。ただ日頃目にしている難しい現象の多くはクラス4の系であり、超短期や超長期の予測はほとんど不可能だが、ある種のアトラクタに乗っている可能性が高い中期の予想は、案外に単純な作業になる場合が多い。もちろん予想の精度もまたそれなりだが、学者ではなく実利を生きる人間にとっては、それで十分であることもまた多い。

1万年先の地球と人類がどうなるかはわからない。明日の日経平均終値がいくらになるのかもわからない。けれども、しばらく8000円台で押し合いへしあいして、一部の企業が市場から退場するなどして一通り騒動が落ち着いたところで、また12000円あたりまで上昇するんだろう、という程度の予想なら付く。そこでまたどういった突発事象が起こるかは全く想像がつかない。けれども、そんなことに個々の市民が心配しても期待しても仕方がない。

細かい変動というのはいろいろと予測困難なのだけれども、秋になると雲が高くなるとか、11月に入ると我が家の窓からも富士山が見えるなどということは、ここ数年確実に繰り返されてきたことだ。歴史の繰り返しと、歴史を繰り返させている主要因は何なのか、というあたりを見極めてしまえば、あとの細かい検証はスーパーコンピュータをぶん回す余裕のある学者に任せておけばよろしいのではないかと思う。

そういう意味で見直してみると、大前さんの連載の初期の記事が面白い。2005年あたりに公開されたものだが、大前さんの指摘は前世紀になされたものでも生き残っているものがいくつかあるくらいなので、2005年の指摘はかなり「活きのいい」状態を保っている。いや、状態を保っているというのは政治の無策を意味しているので、あまり有難くないのだけれども。

企業、産業、国家を取り巻くリスクの本質

他国の感情を害しては、生きていけない日本

愚民政策が生んだ「ウソばかりの“国産”食品」社会

庇護者としての“国家”が解体する!

日本の衰退に歯止めをかけるには、教育の抜本的改革を

前世紀型の思考が国家の「突然死」を招く

教育で言うと、日本の教育が失ったひとつは「疑うこと」であり、また別のひとつは「信じること」であると思う。何かひとつ、極めてシンプルな「信じるもの」があり、それを軸に多くのものを「疑うこと」ができるようになる。公教育というのはそれで十分なのだと思う。あとは各人の必要に応じて、いろいろなものを吸収していくことができる。

「和魂洋才」という熟語があって、これは「和魂漢才」という熟語を「当世風に」置き換えたものだったと知ったのはつい最近のことだ。そんな具合で「和魂」に対して私は実に無知なのだけれども、アメリカから導入された理念が「洋才」だからいけないとか、中国から導入された仏教が「漢才」だからいけないとか、そういう国粋的なところに凝り固まっていては、和魂の回復も無いように思う。

最近、「修身」の内容を書き写したサイトなどを緩く眺めている。全体主義的な要素を除けば、案外にいいことばかりが書かれていて、これを神聖視したり邪悪視したりせずに読めるような時代が来れば、案外に和魂は復活するのではないかとも思っている。
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by antonin | 2008-11-18 01:26 | Trackback | Comments(0)
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