安敦誌


つまらない話など
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「「「知」の欺瞞」の欺瞞」の欺瞞

トラックバックが帰ってきた。そうか、やっぱりトラックバックって、こういう使い方をするものだよな、本来。

それはさておき。

皆殺しの天使 : 相対主義

なぜ私はあの記事に反応してしまったのか、どうして私は自分を相対主義者であると名乗るようになったのかを教えてもらったような気がした。そのあたりだけ書いて返信としたい。反駁というのとは少し違うが、こういう意見の交わし方があってもいいものだろうと思う。

前回は、ちょっとふざけた言い草になっていて、真面目な人に対して悪いことをしたと浅く反省している。

安敦誌 : 相対主義者の告白

けれども、別にからかいたかったわけではない。あの文章に反応してしまったのにはおそらくふたつの理由があって、ひとつは、私はやはり相対主義者だからだ。そしてもうひとつは、私は実存という言葉がどうしても好きになれないからだ。

私も学生時代に歴史や哲学に興味を持ったことがあったが、基本はやはり工学部の人間だった。世界は何であるのか、という根源的な疑問に興味はあったし、哲学がそうした問いに対して答えようとしている学問だというのもうっすらと理解していたので、勉強できるものなら勉強してやろうという意欲を持っていた。

けれども、日本の西洋哲学教育というのはかなり胡散臭い部分を持っていて、難しい用語と聞いたこともない人物の名前を振り回しては、「理論武装」とやらで論戦を玩んでいるような輩がたくさんいた。その後になって、そうした胡散臭い輩ばかりが哲学者の全てではないということを知って、個人的には「哲学との和解」を果たしたつもりでいる。それでも若い頃の刷り込みというのは強烈なもので、当時目にした「射程」とか「地平」とかいう言い回しを多用する文章を読むと、今でも寒気がする。

最近では「極北」などという用語にも嫌気が差すようになってしまったのだが、とにかくそうした無意味な装飾と共に使われることの多かった「実存」という単語も、やはりいろいろと嫌な記憶が染み付いた言葉となってしまった。これも「和解」以降に、プラトンのイデア論あたりから始まる高邁で美しい理論をいろいろと並べ立てたところで、おいらの明日の身の振り方を決めるのには、これっぽっちも役に立たねぇんだよ、というような所を起点にして始める哲学的態度を「実存主義」と呼ぶのだと知り、極端にそれを軽蔑するような態度は捨てた。

一方で高校時代あたりからこちらの時代、私の頭を占拠し続けたのは、絶対的だと思い込んでいた諸々の法則が、意外に限定的だったという驚きに満ちた科学的発想の数々だった。それは遺伝の進化論でもあり、時空の相対論でもあり、心身の一元論でもあった。教科書に絶対的真理や絶対的事実のような構えをして書かれた事柄が、単に有力な仮説に過ぎなかったということを知って、私は一気に、物事は必ず裏から見ないと気が済まないような性質の人間になってしまった。

これもあとになって考え方の極端に気付いて修正していくことになるのだけれども、どうにも他人と同じことが嫌いという気質は変わりようがなくて、世間で評判の悪い「相対主義」という言葉を自己に貼り付けるようになった。そういう文脈で「相対主義 vs. 実存」の戦いを見たものだから、つい手が出てしまったのだろう。

彼と私とでは、細かい主張では隔たりがあるけれども、そんなのは当たり前の話であって、世間一般から比べれば、比較的にしても近い考え方を持っているように感じる。というわけなので彼の主張はいちいちもっともに感じ、特段反論すべきところはない。私が誇張した物言いをしたまでであって、基本的な理解の仕方ではほとんど差がないように思う。夏ごろに書いた文章にも相対主義が出てくるが、どちらかというとその文章を引いたほうが理解を得やすかったかもしれない。

安敦誌 : 誰の肉を食べるのか

意見に矛盾があるときには「ダブル・スタンダード」という状態になり、あらゆる意見を否定することができない、なんでもありの状況になってしまう。一般に、たったひとつの立場に立つことに慣れきった人間から見ると、相対論者の意見はダブル・スタンダードに見える。相対論者は複数の立場を行き来するからだ。しかし、正しい相対論者は、自分が立ちうる中から議論の水準が一致するような立場を選び議論する。そしてそのような立場が見つからなかった場合には、議論そのものを放棄する。


実のところ結論は見えていて、それは彼も指摘しているとおりに、
antoninさんの考える「相対主義」とは別物なのかもしれない。

ということになるのだろうと思う。そしておそらく世間一般で言われている相対主義の理解としては彼のほうが正しいというか近いものであって、私のほうが変なことを言っているのだと思う。だから、「いわゆる相対主義」に対して正しい態度をとっているのは彼のほうであり、私は「マイ相対主義」の立場から場違いな意見を表明しているのに過ぎないのだろう。

それでも私は、相対主義は依然として主義であると思う。論理的な体系の相対性というのは既に確立した理論ではあるのだけれども、それは決して広く理解されているものだとは思わない。だからこそ、2年前の彼を苛立たせるような事を言う人が現れるのだろう。けれども、この「自称相対主義者」は私の言う相対主義者の範疇には入らない。どちらかというと、「客観主義」とでも言うべき絶対主義者の一種だ。こういう言い分には、私も疑問を持ったことがあるし、今では否定的な立場をとっている。

安敦誌 : 生きていることに客観的な意味はない
(後半は無視して前半だけ読んでください)

私は、進化論は"the theory of evolution"だと思っているが、創造論を信じる人にとっては、進化論の妥当性を信じることは"evolutionism"になってしまうらしい。日本では創造主への信仰があまり盛んであるとは言えないため、進化論が進化主義と呼ばれることはない。けれども、果たしてユークリッド幾何の平行線公理が他の公理と独立であるなどということが、誰にも自明なcommon-senseになっていると考えてもいいのだろうか、という疑問が残る。それは余りに楽観的に過ぎるのではないか、という暗い疑念がある。

「じゃあ、あなたはどう思うんですか?」と相対主義者に問いたとしても、「あなたの立場ではその意見は正しいですよね。でもこちらの意見として考えればそれは間違っている」なんて冷めた言い方して、結局何も答えられない。そんなこと本来であれば誰だって思考の内部に持っていることであって、それを踏まえて人間はポリシーを唱えるのだから、「平和主義」「環境保護主義」などの思想を分類する語とは相容れないものであり、そもそも相対主義とは「主義」ではない、というのが僕の主張です。


個人的には、論理の相対性が彼の主張するとおりにprincipleではなくtheoryの一種であって欲しいと思う。けれども実感としては、あまりそのように感じたことはない。相も変わらず、相対主義は今日も"-ism"の付いた「主義」であり続けざるを得ないような状況にあるように思う。

だから、主張は食い違っているように見えて、実は抱いている危機感として、やはりそんなに違わないのだとも思っている。身近な世界でこういう共感を持つ機会は極めて少なく、学者でもなんでもない私にも、こうした往復書簡的な会話ができるのはネット時代ならではのありがたい話だと思う。
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by antonin | 2008-11-20 00:55 | Trackback(1) | Comments(0)
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Tracked from 皆殺しの天使 at 2008-11-21 16:52
タイトル : RE:
コメントにするには長くなってしまったので、再度Trackback(僕は、実は短い文章を書くことができない)。 antoninさん ご丁寧なコメント頂けてありがたく存じます。僕の方もブログというものを始めてから3ヶ月がようやく経とうとしているところで、実のところ最初の私からのTrackbackなどもわけもわからずランダムに送ったものだったりしたのですが、それがやがてこんな風に思想を持った方と「割と」真剣に話せるような機会につながっていって、ブログってすげーなーって単純に思います。...... more
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