安敦誌


つまらない話など
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ハイビジョンとシスの復讐

なんだか日中でも夜中でも考え事が止まらない時もあれば、24時間思考停止エブリデーな期間もあって、現在後者です。ディジタルとアナログの話は当面、

すぎエモンのITコラム

にお任せします。

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本日、出張旅費でクレジットカードのポイントを貯めるべく、みどりの窓口に参じて切符を買ってきた。二輪で行ったので、2時間無料の駅前駐輪場を利用し、余った時間で駅西のデパート跡地に新しくできた商業施設を偵察してきた。まずは上層にあるヨドバシカメラから。

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by antonin | 2005-05-31 02:34 | Trackback | Comments(0)

雑記エスプレッソ

晴れると紫外線、雨が降ると豪雨。
なかなか厳しい季節になってきました。

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Yahoo! Japanで「ニッポンの挑戦 インターネットの夜明け」というネット放送をやっています。

なんだか「プロジェクトX」みたいだなぁ、と思ったら、NHKの関連会社が製作していました。まだ1回目しか見ていませんが、しかしこのナレーターのお方、ずいぶんと懐かしい発声法をされますね。白黒のニュースフィルムを思い起こさせます。

昔の日本人の発声はだいたい現在のものより高めのトーンになっていたようですが、日本人の発声法がアメリカ式に近づいてきたということでしょうか。ハリウッド映画の予告編なんか聞くと、ものすごく低い声ですね。本編の女優さんもびっくりするぐらい低音だったりしますが。

昔の少年少女合唱団もかわいらしい高音を響かせていましたが、今の子供たちに発声させても当時のような高音が出ないという報告もあるようです。

参考:「ボーイ・ソプラノの館」より「ボーイ・ソプラノと変声期
(最後の方に子供の声の低音化に関する記述があります。)

歌で発声できる音階の範囲は、もちろん発声法のトレーニングでかなり変わってくるのでしょうが、ある程度は肉体的な特徴で決まってくると思います。日本人も米と魚の食生活から肉・玉子・乳製品の食生活に移り変わってきましたから、平均的に声帯が少し厚くなって固有振動数が低い方へシフトした可能性もあります。

会話の声調というのは音程にして1オクターブも動くものではありませんから、ある程度意識的にコントロールできる範囲だと思います。ですから、会話が低音化したのは文化的な影響と言えるかもしれません。南方のタイやフィリピンあたりでは、今でも高音でぺちゃくちゃやってる懐かしい声が聞こえます。それでも、彼らの平均的な体型を見ると、日本人の声帯肉厚説も支持したくなりますが。

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映画「ザ・インタープリター

またやってしまいましたか。

以前、「ザ・インターネット」という映画があって、映画の内容は知らないのですが、邦題がひど過ぎるということで話題になりました。「ジ・インターネット」か、単に「インターネット」にすべきだったのです。もっとも、原題は"The Net"だったようですが。

今回は原題が"The Interpreter"のようですので、愚かにして母音の前の定冠詞が[ðƏ]から[ði]に変わることを理解できない日本大衆のために、偉大なる配給会社様のいとありがたき思し召しにて「ザ・インタープリター」として下さったに違いありません。interpreterが通訳を指すというのは、特に知らなくても良いようです。

「アビエイター」という映画もありましたが、「ターミネーター」とか「プレデター」みたいな恐い映画かと思ったら、aviatorというのは「飛行士」とか「飛行家」といった、飛行機乗りがまだ特別な存在だった時代の古めかしい単語らしいということが、調べてみて初めてわかりました。こんないいタイトルを(しかも死語だから普通はわからないのに)単にカタカナに変換してしまおうなんて、偉大なる配給会社様のいとあ(以下略)

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「ディジタルとアナログの本質的な違い」について、鋭意執筆中です。
書いても読む人は少ないんだろうけれども、頑張っております。
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by antonin | 2005-05-24 22:04 | Trackback | Comments(4)

責任のありか

尼崎の事故からしばらく経って、予想通り効率化のためにマージンを削り落とした様子が明らかになってきました。報道では「過密ダイヤ」と呼んでいるけれども、実際は過密、つまり時間当たりの本数が多いのではなくて、本来1時間半かかる区間を1時間弱で走らせるとか、そういう余裕の削り方だったようです。

参考:「たなか@さくらインターネット」より「ダイヤは過密ではない

その他にもJR西日本はいろいろと問題点が指摘されていますが、それはそれとして、ちょっと気になるところがあったので、長文を書いてしまいました。ヒマな人はご覧下さいませ。

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by antonin | 2005-05-19 21:36 | Trackback(1) | Comments(6)

名前負けした男の弁明

exblogのサブドメイン名はExcite JapanのメンバーIDになっていて、この名前でBLOGを持ったりメールアドレスを持ったりチャットをしたりすることができるのだけれど、私のそれは"antonin"という。

このIDは、もう前世紀のことになるけれど、Exciteでチャットを始めるときに取得したもので、つまり私は他人に自分をantoninと呼ばせていた頃があった。実はその10年近く前からペンネームとして似たような名前は使用していた。手書きのときは特に"Antonín"としていて、これは作曲家Antonín Dvořák(アントニーン・ドヴォルザーク、あるいはドヴォジャーク)のファーストネームだった。チェコ人名なので、ハーチェクとかチャールカとかいった記号が付いている。

参照:「☆ジュラシック・ページ☆」より「初級チェコ語講座

こうして有名な音楽家のファーストネームを名乗っているということは、いかにも音楽に精通した人間のように推測されるけれども、実は全くそんなことはない。弾ける楽器は何一つ無く、歌も歌えず、ではせめて世界の名盤珍盤に明るく、夕餉に音楽を語らせれば暁を見るのかというと、音楽の感想文を書かされて頭を抱える小学生のレベルか、あるいはそれ以下に過ぎない。自己否定はこれくらいにしておくけれども、まぁ、そういった具合である。


音楽の世界にはおおよそ三種の人間があると思う。音楽を創る人、育てる人、消費する人である。創る人というのはだいたい明らかで、作曲家だったり、あるいは演奏家がそれに当たる。消費する人も一見明らかで、音楽を聴く人である。育てる人というのはそれらに比べると多様だが、演奏家がその役回りを演ずることも多いように思う。作曲家が優れた協奏曲を作曲するときは、たいてい優れた演奏家の助言があるらしい。作曲家本人が優れた演奏家でもある、ということはもちろん多いのだろうけれども。

評論家というのは、ともすれば自分は創作もしないで口ばかりと思われるようだが、作曲家や演奏家の耳にも有力な評論家の意見というのは必ず入っているもので、そういう意味で評論家も育てる人に分類されると思う。立派な評論をする人はもちろん育てる人だが、演奏会場に足を運んで拍手やブーイングを送る聴衆もその意味で育てる人に入るだろう。CDを買う人というのは、創作のための資金を提供しているということでは、往時のパトロンが分散共役している状態といえるかもしれないが、まぁだいたい消費する人ということになるだろう。

生物学の世界には、生産者、消費者、分解者という言葉があって、太陽光と無機物から有機物を合成する植物が生産者と呼ばれ、それを捕食してエネルギーを得る動物が消費者、そしてそれらの死骸を分解して無機物に戻す菌類などを総称して分解者と呼ぶ。前回の記事で自分をバクテリアに例えたのは、消費者より更に後にあって、ただ食い尽くすのみという印象があってそうした。もちろん、分解者が残す無機物というのは生産者である植物にとって良い養分になるので、生産のためには有用なのだけれど、私もCDを買って多少なりとも音楽業界を潤しているとすれば、その程度の用はあるだろうという意味もある。

音楽界の3分類と生物界の3分類はきれいなアナロジーにはならないけれども、互いに影響しあって出来上がっているという程度においては似ているといえるだろう。ともかく、私などはそうした音楽循環の最下流にいるという認識なのだけれど、この国で「クラシック音楽」と呼ばれる音楽を好んで聴く人というと、ほとんど上流の、生産側に属する人々なのではないかという気が最近している。

ドヴォルザークやチャイコフスキーが好きでよく聴いているというと、まるきり一般消費者であることがわかると思うのだけれど、それでもクラシック音楽を聴くということをネットで公表すると、だれそれの演奏はどう思うかとか、この作曲家の音楽はどうかとか、そういうことをよく聞かれる。そういう場合、たいてい答えに窮してしまう。

ある時期、演奏家によってどんな違いがあるのかもわからなくてはいけないと思い、とりあえず一番好きな作曲家の一番好きな曲について、いくつかのCDを買い集めてみたことがあった。たまたまその曲がドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」であったので、演奏家のレパートリーに困ることは無かったのだが、買い集めて聴くうちに、演奏会場、録音年代や録音・マスタリングの方式などによる音質の違いは明らかになったものの、名だたる指揮者やオーケストラの違いは実は微々たるもので、聞こえてくるのはいつも、敬愛する交響曲第9番以外の何物でもなかった。その後はもう、同じ曲を違う演奏家で買い直すのは一部の協奏曲くらいになった。


人間の大脳新皮質は、無意識レベルでは信号の超並列処理を行うが、意識レベルでは比較的多数の神経細胞の安定興奮パターンである記号を用いた逐次処理しかできない。まともな言い方をすると、五感で得た情報でも、それを言語化できないと、その情報は意識の上に現れて来ない。逆に言うと、言語化さえできれば、恐ろしく鋭敏な感覚を持つことができる。ソムリエがワインの香りを嗅いでいろいろと比喩的な表現をするのにも、そういう理由があるのだと思う。

同じ音楽を聴いたときでも、一般の人間と演奏家の脳の活性度を測定すると、一般の人では右脳の、あまり論理的でない情報を扱う部分が活性化するのに対し、演奏家では左脳の言語野の辺りが活性化するのだという。古い情報なので不正確な記憶だが。それが本当だとすると、音楽家は音楽を言語的に分析して聞くことができるのだろう。そうして言語化すると、音楽に対する分解能も飛躍的に高まるのだろう。

実は、自分でもそうした音楽に対する分解能を高めようと思い、まずは交響曲の音の中から楽器ごとの音を区別できるような訓練をしてみたことがあった。交響曲の演奏を収録したビデオやLDを持っていたわけではなかったので、テレビで放送されるN響アワーの画面を凝視しながら音楽を聴いたりしたのだが、そうして楽器の音が少しずつ区別できるようになってくると、それ以前に持っていた、音楽を聴いたときに現れる豊かなイメージが楽器の姿に置き換わって、なんとも無機的なものに変質し始めてしまった。

それがどうにも耐えられなくなって、その訓練はやめてしまい、今日に至っている。そういう経験もあって、右脳的認識ができるのも音楽家ではない人間だけが持つ、ひとつの能力と割り切るようになった。それ以来音楽を言語化することは極力避けてきたので、音楽から湧き上がるイメージを言葉にして述べることも全くしなくなってしまった。直感的イメージが右脳的な情報であるとすれば、そこを経由してから言語化することは悪くないはずだが、そこまでは気が回らなかった。

現代日本のクラシック音楽界では、作曲者はたいていこの世の人ではなくなったが、演奏者と鑑賞者の距離は非常に近く、しかも両者の重なる部分も非常に多く、演奏者に論評をフィードバックする作業も鑑賞者のひとつのたしなみとなっているように思う。そういった人々に囲まれて肩身は狭いのだが、まぁぼちぼちやっていこうと思う。

以上、弁明でありました。
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by antonin | 2005-05-16 03:02 | Trackback | Comments(0)

シャブリエ管弦楽曲集

昨年末の記事にトラックバックを頂いてしまいました。
トラックバック祭には続きがあったのだった。

yurikamomeが言いたい放題にしゃべるブログ」より「シャブリエ作曲、交響詩『スペイン』

大変素敵なBLOGです。
速攻リンクを張りました。

さて、CDの感想ですが・・・。

こんなことを言うと友人の芳賀君に怒られそうですが、私は音楽を聴いても言語化できないんです。せいぜい、「よかった」「いまいち」くらいしか。
もう、感性貧弱、表現蒙昧にして芸術を貪るだけのバクテリア的存在であります。
実はシャブリエの曲を聴くのもプラッソン指揮の演奏を聴くのも今回のCDが初めてなので、他の演奏との比較もできないのです。

雑誌の投稿欄で(それも音楽誌ではなく「マイコン」誌上で)他の方がシャブリエの「スラヴ舞曲」を絶賛しているのを見てドヴォルザークのスラヴ舞曲と勘違いしたという恥ずかしい過去の記憶を今になって思い出してCDを注文してみたのです。

一応の感想は12月27日付けで書いております。
「トゥールーズ市立管弦楽団は思いのほかマトモでした。
フランス人がスラヴ舞曲を書くとこうなるのか。」
と。
なんじゃそりゃ、てな具合ですが、これが限界です。ごめんなさい。
「論評する」というのはクラシックを聴く上では避けて通れない道のようなので、ぼちぼち勉強していきます。
聴くのは好きなんですけどね。

ところで、Amazon.co.jpによると「トゥールーズ市立管弦楽団」でしたが、CDの帯を見ると「トゥールーズ・カピトール国立管弦楽団」となっています。
ライナーを読むと、トゥールーズ市立歌劇場に属する国立楽団らしいですね。
ややこしい。

このディスクには「狂詩曲『スペイン』」"ESPAÑA, Rapsodie pour orchestre"という曲が収録されているのですが、これは「交響詩『スペイン』」とは別の曲なのでしょうか。
ややこしい。

音楽は奥が深うございます。
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by antonin | 2005-05-14 03:46 | Trackback(1) | Comments(2)

ディジタルオーディオってどうよ?

これはだいぶ前の記事に対してもっと前の記事からトラックバックを頂きましたので反応させていただきます。

"Sound Labo Blog"より"Analogue, Good Inspiration, Good Sound."

最近、ディジタルとアナログの本質的な違いってなんだろう? などと考えていたので、大変良い刺激となりました。「本質的な違い」の項については、思ったより問題が深く、まだ文章に落とせるところまで思考がまとまっていませんので、そちらはまたの機会にして、オーディオの方だけについて書かせて頂きます。

私の方で
高級機から廉価機まで無差別に低ひずみ化してしまったディジタルオーディオの登場で、「ハイファイ」という飾り文句はもう価値が失われてしまった。
といったことを書いたので、そんなことないよ、とおっしゃりたいのだと思われます。

長くなったので、続きはこちら。
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by antonin | 2005-05-12 03:55 | Trackback | Comments(0)

映画「コンスタンティン」

先日の記事に対し、映画専科のBLOGからTBを頂戴いたしましたので応答させていただきます。

xina-shinのぷちシネマレビュー?」より「『コンスタンティン』劇場にて

先日の記事ではさらっと流しましたが、せっかくトラックバックを頂いたので正直に申しますと、あまり作品に満足しなかったのですね、実は。

もちろん、キアヌ・リーヴズのストイックな表情は相変わらずかっこよかったし、見せる映像もふんだんにあったのですが、ストーリーの背景にある思想というか、キリスト教的世界観というものの端々に、あまりにも類型的で単純な面が目に付いたので、娯楽映像としてはなかなか良かったわりにはそれほど楽しめなかったのですね。

あちらの記事に

エンドロールが終わるまで絶対に席は立たないでください。2分間のストーリーが残っています。

という情報があるのですが、エンドロールの途中でさっさと出てきてしまいました。普段は劇場では広告から閉幕まできっちり居座る方なのですが、今回はちょっと、もういいかなという気分で出てきました。結末を見逃したような形になるのでしょうが、多分劇場に足を運びなおすことも、DVDを確認することもないでしょう。

同じようにマンガ的なストーリーでも、ロボコップの第一作などは、その暴力表現はともかく、ストーリーの背景にある皮肉が痛快で印象に残っています。ノヴェライズを読んだせいもあるのでしょうが。デトロイトの自動車産業が全て日本企業の傘下に入って、デトロイト市がスラム化しているとか、警察が民営化されて警官がストライキを起こすとか、面白いテーマが満載でした。実際に21世紀になってみれば、日本の自動車メーカーがビッグスリーの傘下に入ったりしているわけですが。

話が逸れましたが、そういう脚本の弱さを差し引いても、キアヌ・リーヴズ満載で十分見る価値はありました、という結論です。
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by antonin | 2005-05-11 23:47 | Trackback(2) | Comments(1)

今日の散財

今日は所用で仕事を早めに切り上げた。その所要もそんなに時間が掛かるというわけではなかったので、18時ごろには自由の身になり、例によって近所のショッピングモールへ行ってきた。

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by antonin | 2005-05-11 23:07 | Trackback | Comments(0)

トラックバック祭

まぁ、たった2件ですから「祭」というほどの事はないのですが、安敦誌のスタイルとして投稿は基本的に1日1件、内容はオムニバスという、BLOGの標準的な作法を逸脱した日記形式をとってまいりましたが、今日は他所様へのトラックバックということで少々BLOGらしく1トピック1件で書いてみようかと思います。

とは言っても頭のつくりが変わるわけではないので、体裁はともかく内容的にはいつもどおり日記から行きます。

では次。
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by antonin | 2005-05-11 21:32 | Trackback | Comments(0)

そしてまた日常

休暇中にトラックバックとコメントを頂きました。
ありがとうございました。
返事を書いていましたが、地域停電があり文章が失われました。
トラックバックへの応答はまた次回に。
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by antonin | 2005-05-08 23:10 | Trackback | Comments(0)


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