安敦誌


つまらない話など
by antonin
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
検索
最新の記事
婦人画報創刊号
at 2017-07-07 01:36
アキレスと亀
at 2017-05-02 15:44
受想行識亦復如是
at 2017-05-02 03:26
仲介したことはあまりないが
at 2017-04-29 03:36
サンセット・セレナード
at 2017-04-12 23:17
水分子と日本人は似ている
at 2016-06-04 01:49
ほげ
at 2015-06-05 03:46
フリーランチハンター
at 2015-04-17 01:48
アメリカのプロテスタント的な部分
at 2015-04-08 02:23
卯月惚け
at 2015-04-01 02:22
記事ランキング
タグ
(296)
(147)
(122)
(95)
(76)
(65)
(59)
(54)
(45)
(41)
(40)
(39)
(33)
(31)
(28)
(27)
(25)
(24)
(22)
(15)
最新のコメント
>>通りすがり ソ..
by Appleは超絶ブラック企業 at 01:30
>デスクトップ級スマート..
by 通りすがり at 03:27
7年前に書いた駄文が、今..
by antonin at 02:20
助かりました。古典文学の..
by サボり気味の学生さん at 19:45
Appleから金でも貰っ..
by デスクトップ級スマートフォン at 22:10
以前の記事

<   2006年 01月 ( 9 )   > この月の画像一覧

日本語テスト

ATOK presents 全国一斉!日本語テスト

結果。
[PR]
by antonin | 2006-01-31 00:57 | Trackback | Comments(9)

自省録

私は特定の宗教の戒律の下に育たなかったため、そうした戒律から自由である。

私は複数の雑多な宗教の影響を受けた文化の元に育ったため、そうした因習に縛られているが、特定の宗教宗派が唱えるような一貫した戒律を守らねばならない場合に比べ、因習による拘束はゆるい。

戒律による行動の規定を受けないものは、行動に際して思考を求められる機会が多い。

言い換えれば、戒律に判断を任せた思考の停止ができない場面が多い。

戒律に従う者は、歴史に淘汰された戒律が正しく働く限りにおいて正しく行動する。

戒律に従わない者は、正しく思考し、判断できたときにのみ正しく行動する。

同じ行動をするとき、戒律に従い思考停止した者は、戒律に従わず思考する者より迷いなく迅速に行動する。

戒律が正しく働かない状況において、戒律から自由である者は、思考が正しい限り正しく行動する。

戒律に従うことと戒律から自由であることは一長一短である。

個別的ではなく統計的に考えるとき、戒律に従うことは不変に対する順応であり、戒律に従わないことは変化に対する順応である。

現在が変化に富んでいると判断するならば、戒律から自由であることは幸運である。

現在が歴史的変化の一節に過ぎないと判断するならば、戒律から自由であることは不幸である。

思考を停止せず、かつ効率的に行動したいと求めるならば、思考の定石を集めることが有用である。

思考の定石は、自らの思考と経験より集めることができる。

思考の定石は、他人の思考と経験を伝え聞くことにより集めることができる。

定石は玉石混淆である。

玉石選り分けるためには思考が必要である。

その思考は行動と同時である必要はない。

暇時の自省は忙時の行動をより正しい方向へと動かしうる。
[PR]
by antonin | 2006-01-27 01:24 | Trackback | Comments(4)

ヨタ話

Japan.internet.com Webビジネス - 教育系ネーミング

「百式」さんが世界中の面白いものを探してきてビジネスヒントを紹介するコーナーで、実はほとんど読んでなかったりするんですが、今日は珍しく反応してみます。

紹介先のサイトは

"Yottabyte-email"

無料e-mailサービスで、メールボックスの容量が1YB(1ヨタバイト)までOKというもの。とりあえず現行の国際標準単位系であるSI単位系で表現できる最大の接頭辞(prefix)となっています。1ヨタバイトとは、1メガバイトの百万倍の百万倍の百万倍。250GBのHDDが4兆台分。(笑)

ちなみにByteとかbitは物理的には無次元数のため、SI単位系には入っていません。SI単位系を離れますが、IECという電機系の国際標準化団体が定義している、1024の累乗を表す接頭辞があることを検索で知りました。一覧は以下参照。

参考:「日立システムアンドサービス」より「単位の接頭辞

この表ではエクサ"Exa-"(10^18)に対応するイクシビ"Exbi-"(2^60)までしか定義されていませんが、これが正しく、次の改定でゼビ"Zebi-"(2^70)とヨビ"Yobi-"(2^80)の採用が予告されているそうです。

参考:"Wikipedia"より「2進接頭辞

昔はコンピュータ関係の容量というとほとんど2の累乗という時代もあって、またビット単価も今よりずっと高かったので、「1024KB」なのか「1000kB」なのかという違いは切実でもありました。最近ではメインメモリなどは1024の倍数となっているものの、HDDをはじめとしたストレージメディアでは1000の倍数で容量表示してあるものが主流になってきたため、この手の混乱はなくなってきました。

そしてなにより、バイト単価が以前と比べ物にならないくらい下がっているので、2.4%や4.8%くらいどうでもいいと言えばどうでもいいという事情もあるでしょう。実際、先日購入した512MBのUSBフラッシュメモリーが約512,000,000バイトの容量でしたが、もともと安かったので文句も言えませんでした。しかしカメラのメモリーカードの方は512「メビバイト」だったので、容量一杯まで使うと全部はUSBメモリに移せないというのは誤算でした。


さて、話が逸れましたが、百式さんはこの「ヨタバイト」メールを見て面白いと言ったわけですが、実はこれに似たネーミングセンスは過去に存在していましたし、業界では結構有名だったと思います。SI接頭辞「ゼタ」と「ヨタ」が制定されたのは、調べたところによると1991年となっています。

参考:「The Toastsand III――雑学のすゝめ」より「★雑木話★#063 デシよりデカいヘクト

つまり、それ以前はエクサ"Exa-"が最大の接頭辞だったのです。そして、パソコンのHDDがまだメガバイト単位をうろうろしており、メインメモリはようやくキロバイトを卒業したというこの時代、サーバー用のバックアップメディアとしてテープストレージ装置を販売していたのが、米"Exabyte"社です。

当時はDAT(Digital Audio Tape)なんかを使っていたと思いますが、とにかく、一般市場で手に入るテープメディアにどんどんデータを保存しようというアイデアです。この会社、調べると現在でも存続しており、その後8mmビデオやディジタルビデオなどのテープデバイスに変化しながら、より大容量化の道を歩んでいるようです。

"Exabyte"

当時、高校の先輩が「エクサバイトの・・・」とかいう会話をしていて、なんという超絶的な単位だろうとびっくりしましたが、実際の容量はようやくギガバイトに乗ろうかという程度でした。(それでも当時はすごい容量でしたが。)

というわけで、無料メールとは全然関係のない話になってしまいましたが、「ヨタバイトメール」も最大1GBの添付までOKらしいので(本当?)試してみた方は結果をお知らせ下さいませ。本気でヨタバイト級のデータを送りつけるとどういう反応が来るのか楽しみです。(1GBのメールを1ペタ通(?)送りつける必要があるので常識的な人間には難しいと思いますが。)
[PR]
by antonin | 2006-01-24 23:22 | Trackback | Comments(0)

無題

なんだか立派な人ばかりコロリと早死にしてしまって、もうどうでもいいから逝ってくんなってなヤツが大メシ食らったり大酒飲んだりして、ガハハとやっている。まぁ、私もどちらかといえばあとのヤツなんですがね。

頭がいいから自然といい学校を出て、性格も人の好く好青年が、スポーツでも何でも得意なんだが何を思ったか登山なんぞに精を出し、なんだかすごい名前の山に登ったきり帰ってこなくなったりして、あんまり二物も三物も天から与えられると、あちらから早くスカウトが来るんだナァなんてことを思ったりもしたことがありました。

なんでこう私みたいなデキの悪いヤツがこうして長いこと生きているのかと恨めしくも思うことも多いが、そりゃぁそうさ、この世はあちらへ参るための練場のようなもんで、まぁだいたい合格ねとなったらお呼びが掛かるのさ。落第点ばかり取ってるやつはなかなか卒業できねぇし、あんまり具合が悪いと畜生に落とされてやり直しだってお釈迦さんも言ってるだろう。

だから早くお呼ばれしたいと思やぁ、うるさく言わずにお天道様に恥ずかしくない行いをすれば良し、あたしゃまだ早えぇと思やぁ、まぁそこそこ人並みにしとればよろしい。その点私なんざぁ、少々無理して滝に打たれてみても、まぁ三日かそこらは早く呼ばれるかって程度の輩なもんだから、あとはちょいちょい旨い酒でも飲んで、手前ぇのケツでも拭ければ上等上等。

てなわけで、また酒でも飲みに行こうかぁ、なぁ。
[PR]
by antonin | 2006-01-19 20:16

今年の冬は寒かった

まぁニュースなどでもうるさいほど報道されていて、たいがい寒いのはわかっていたのですが、データで見るとやはり寒いようです。

陽だまりの線路」でおなじみの北海道の音威子府などでは1月6日に最低気温-29.7℃などという、バナナで釘が打てるような気温を記録していますが、今年は関東もなかなか寒くなりました。

同日の奥日光の最低気温は、-14.7℃。ここは標高が高いのでちょっと同列には語れないのですが、関東も結構寒かったということで。ちなみに私の勤務地がある宇都宮の同日の最低気温は-7.5℃。平野部もけっこう寒かった。この日が今のところこの冬の低温記録のようです。ちなみに同日の東京の最低気温は+0.4℃でした。東京の低温記録は12月19日の-0.8℃のようです。

以上のデータは気象庁統計データから採取しました。

関東の雪の季節はこれからですが、皆様ご注意下さいませ。
[PR]
by antonin | 2006-01-19 01:24 | Trackback(1) | Comments(5)

風邪に注意

ちょっと喉を腫らして39℃の高熱を出してしまい、病院でもらった抗生物質や消炎剤に、持病の薬やらサプリメントやらが加わり大変なことになってしまったので、記念撮影をしてみました。
b0004933_0142069.jpg

あ、ベビーではなくわたくしですので、薬を飲むのは。念のため。

追記:リンク1件追加 「Violin製作
追記2:リンク1件追加 「風にふかれて-感じたこと
その他、リンク数件削除
[PR]
by antonin | 2006-01-16 00:14 | Trackback | Comments(6)

被写体が増えました

b0004933_1392157.jpg


参考画像
[PR]
by antonin | 2006-01-12 13:09 | Trackback | Comments(11)

面白いような恐いような

本日より仕事始め。

--

最近nikkeibp.jpを好んで読んでいる。なかなか読み応えのある論説が各方面から寄せられていて、昼休みの友にしている。中でも一番のお気に入りは立花隆さんの「メディア ソシオ-ポリティクス」で、常人離れした情報収集能力と、極めて常識的な分析力、そして馴染みやすい文体で、幅広い分野から話題を(無料で)提供してくれる。

立花さんを尊敬しつつも全ての意見に同意するわけではないが、間違えるにしても納得できる範囲でしか間違えないように思えるのは、その入力情報の質と量によるものだろう。他方であまり好きでない書き手もあって、名前は書かないけれどもこの記事なんかを書いている人はちょっとどうも好かない。

現在、日経平均株価が上昇基調だというのはニュースでも騒がれているし、新聞にも載っているようなチャートを見れば言われなくてもわかる。それを、新しいバブルではなく、「逆バブル」という異常な値下がりの崩壊現象であるといって、正常値である2万円あたりに戻るまでは無条件で値上がりするから、今でも遅くはないので株を買えという。

確かに株で痛い目に遭って、過剰に警戒する心理がある程度の時期まではあったかもしれない。けれども、「デフレ不安」という心理だけで株価がこれまでの水準に下げ止まりしていたのではないような気がしている。株も、高度な知識と経験を持った世界中の買い手に開かれた市場に置かれている。心理だけで日本株が敬遠されていたのでも、そして今平均株価が上がっているのでもなく、その根拠となるデータがどこかにあり、株価の上限もそこからうっすら見えているのだろうと思われる。

株を買うことは、株式を発行している会社から配当を得る権利を買うことであり、また、間接的に会社の資金力を増すことでもある。そうした関係で言えば「投資」だが、短期的な売買による利ざやだけを目当てにしている「投機」であれば、その他のギャンブルと変わらない。

カードゲームと同じで、一部の札はクローズにされており、一部はオープンにされている。クローズの札は会社の持つ企業秘密であり、法でインサイダー取引が禁止されているので、全てのプレイヤーに対してクローズになっている。オープンの札は企業の公開するIR情報であり、一般に報道される周辺ニュースである。その他の統計情報も金さえ出せば誰でも見ることができる。残るは、オープンの札から先を読む論理力であり、勝つまで負け続けられる財力であり、機を見る度胸の勝負となる。全くのギャンブルである。

そうしたギャンブルに、不確定な情報で楽観的な勧誘をする態度は好きになれない。「行動しないで後悔するより、行動して後悔した方がいい」という意見には賛同するが、「行動しないで後悔するより、行動して満足した方がいい」という意見には眉に唾してしまう。

別の人がnikkei.bpに書いた記事に気になる内容があった。

世界の株・不動産バブル解説(第1回)[吉田繁治氏]

海外で不動産が高騰しているのだという。記事では他にも豊富な金融情報を提供した上で、最後は

皆さんは、どう判断しますか?


とまとめられていて好感が持てる。豊富な情報提供と判断の自由。これが昨今流行の「自己責任」の当然の前提事項だと思う。それはさて置き、ITバブル崩壊から数年、海外では株や不動産の高騰が起きているという。それが日本に波及しているとすれば、確かに株価はしばらく釣り上がっていくだろう。

けれども、金が行き場を失って暴走してしまえば、どこかで投資対象の価値が失われ、価格が暴落する。日本のバブル期の金融政策と違って、世界中の中央銀行が共同すればあるいは軟着陸も可能かもしれないが、それにしてもリスクは高いだろう。そうした中で株を買うのは、買えば値上がりするのが確実かもしれないが、どこで売るべきかを判断する情報分析能力に劣る個人にとっては、結局は崖の手前で止まったら勝ちというチキンレースにしかならないだろう。


立花さんは日本でのハイパーインフレの可能性に触れているけれども、政府も日銀も可能な限りそれ以外の策を探し続けるだろうから、ハイパーインフレが仮に起こるとしてもいつになるかはわからない。国ではなく自分のことを考えれば、累積国債のついでに住宅ローンが消えるという可能性に期待するよりも、ローンを早く返済することが最大の資産投資であるという、当たり前の考え方を実践していくのがまっとうな道なのだろう。

結論は極めて消極的なものになってしまったが、この国がどこへ舵を切っているかには興味が出てきた。というわけで、最後に散財録。


マンキュー マクロ経済学 第2版〈1〉入門篇」 ¥3,885(税込)

経済学の教科書らしいが、アメリカの高等教科書には非常に優れたものがあり、期待。頭から読むというより、知りたいことがあったときに参照する辞典的に使いたい。もちろん、読みやすければ読んでみたいが、10年計画でもないと全部は読めないだろう。ローン返済のお供に。


トコトンやさしい音の本B&Tブックス―今日からモノ知りシリーズ」¥1,470(税込)

これは、NHKの「クローズアップ現代」で偶然見た「騒音」に関する研究が面白かったので、番組に出ていた教授の著作を購入。


音響工学といえば、昔聞いた「ホロフォニック」に関して面白いページがあったのでメモを残しておこう。

今日の漂着地:"23net.tv"より「ホロフォニクス特集

この「ホロフォニクス」というのが、技術の提唱者であるヒューゴ・ズッカレリが使った正式な用語なのだという。人の頭の形をしたダミーヘッドで録音するというのは覚えていたが、単にそうしたマイクを使うのはバイノーラル録音といって、ホロフォニクスとは違うのだという。上記ページでは、結局公開されなかったホロフォニクスの技術が軍事転用されているという情報にまで踏み込んでいて圧巻。

その他詳細はリンク先参照。試聴できる音源もいくつかあるので、実際聞いてみると面白い。ホロフォニクスはスピーカーでも効果があるというが、やはりヘッドフォンがいいように思う。
[PR]
by antonin | 2006-01-06 00:35 | Comments(0)

越年雑念

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

昨年末は酔いが深くなった通例で妄言を吐きましたが、暖かき読者の皆様におかれましては、変わらず黙殺して頂きまして誠にありがとうございました。あれから自分でも読み返してみてツッコミどころが多くて悶絶してしまったのですが、少々の箇条書きで自己反論を記すにとどめておきます。

・システムの複雑度による理解の困難を理由とするなら、人間の脳ではなく類人猿や家畜程度の哺乳類の脳を研究することにより脳の理解が可能と言えてしまう。

・脳の理解の難しさはその規模よりはむしろ、個別の細胞単位の「動作環境での」活動観測や信号伝搬の観測など、観測・計測系の問題が現段階では大きい。

・脳が人間より大きく、運動能力が退化した生体のアイデアは、「宇宙人」のモデルとしてしばしば見られるグレイ・タイプをはじめとして、SFでは古くから用いられている。


ただし、そうした反論はあるにせよ、自分の子供に無理矢理にも「学力」を望み続けてきたこの国ではあるので、「論理的思考力」や「理性による自律」などを司る遺伝子のありかが示されたり、一部で肯定的な先行事例などが公にされたりしたら、私たちの子孫はそうした遺伝子操作に「プチ整形」以上の関心を示さないと言えるかという問題もあります。


今こうして文章を記入している時間帯、日本の電力のかなりの部分を原子力発電が負っています。原子力発電所は出力調整実験に失敗して以来、ほとんど一定出力で発電を行っていますが、電力消費には大きな日内変動があります。その変動分は主に火力発電がまかない、固定分は主に原子力発電がまかなっているので、電力消費の少ない夜間は必然的に原子力発電の比率が高まってきます。

しかし、こうした原子力エネルギーも、未来を開く夢のエネルギーと目されたり、生命を破滅に導く悪魔の技術と恨まれたり、両極端の評価から発達史を始めました。現在では制御の方法も成熟し、事故事例によるデメリットの様子もかなり明らかになってきました。

遺伝子技術も、現在は作用機構が十分に明らかにされていない状態で操作だけが一部可能になってしまったことから、倫理的に厳しい規制がひかれ、先進的な実験結果に対しては感情的な反応も起こっています。しかし、この技術も核反応の技術同様、機構が解明され、実験事例が蓄積されるに従い、おこなって良いこととおこなってはならないことが次第に明らかになってくるでしょう。

そうして脳に影響する遺伝子操作が解禁されると、世代間のギャップが現在のような文化的なギャップではなく、生まれた時代の技術レベルや技術の流行に左右された脳という、先天的で器質的なギャップになる可能性も考えられるでしょう。その器質的な差はたとえ小さなものであっても、これまでに起こってきたいかなる相互不理解よりも大きなものを引き起こしてしまうような気がします。それは、いったいどのような形で現れるでしょうか。


酒を飲んでいなくても結局妄想になってしまいましたが、今年も読む人を省みない独白を続けてまいる所存ですので、皆様暖かく黙殺の程御願い申し上げ奉りまする。
b0004933_2241429.jpg

[PR]
by antonin | 2006-01-04 22:41 | Trackback | Comments(2)


フォロー中のブログ
外部リンク
外部リンク
ライフログ
ブログパーツ
Notesを使いこなす
ブログジャンル