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那須旅行の思い出(2日目)

2日目。というより、1泊旅行なので「後編」です。

b0004933_2038661.jpg


左上:朝食もおいしゅうございました。
右上:ペンションの看板前で記念撮影。
左下:ペンションの隣にある教会で結婚式をこっそり見学。
右下:教会の向かいのパン屋さんでおやつ。

オリーブパンというのが珍しかったので食べてみたらおいしかった。オリーブオイルたっぷりをイメージしていたら実は違って、粗く砕いたブラックオリーブがパンに練りこんでありました。最高。

このあとはロープウェーで山登りを予定していたのだけれど、視界が悪かったので断念し、りんどう湖ファミリー牧場という家族連れ観光客丸出しのコースへと突入。案の定家族連れでいっぱいでしたよ。

b0004933_20434256.jpg


左上:まずはメリーゴーランド。馬に混じってうさぎが走る。
右上:汽車の形の連結バス。乗り放題券が使えました。
左下:遊覧船。実際にエンジン駆動の本格的な船でした。
右下:登山鉄道の歯車軌道の実物サンプル。山側が潰れた歯車が本物のしるし。

と、那須高原というロケーションをかなり無視した人工的なアトラクションを体験したわけですが、結局ムスメが一番喜んだのは、どこの公園にもありそうな遊具でした。

b0004933_20493666.jpg


左上:パイプが立派な滑り台。
右上:パイプ滑り台の出口にて、満足げなムスメ。
左下:リアル木馬。スムーズに揺れます。
右下:帰途にて。製麺所直営ラーメン「マルキ屋」@那須塩原

ラーメン店はボリュームもあって味も良かったです。疲れた子供たちは宇都宮までの車中で眠ってしまいました。おかげで帰りの電車では眠らずに乗り換えもちゃんと歩いたムスメ。ヨメはほっとしていました。

以上、10/1の風景から。
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by antonin | 2006-10-31 20:56 | Trackback(2) | Comments(10)

那須旅行の思い出(1日目)

分割するほどの分量ではないんですが、まだ写真の編集が終わってないので、小出しに。

b0004933_0221286.jpg

左上:上野駅地下の新幹線ホームで早くも浮かれるムスメ。
右上:(中略)那須に到着。「千本松牧場」のありがちな遊具。
左下:同牧場の人懐っこいお馬さん接近。
右下:泣くムスコと、泣かれて凹み気味のお馬さん。

b0004933_0222268.jpg

左上:秋ですねぇ。
右上:父に木登りをさせられるムスメ。
左下:ムスメに小川遊びをさせられる父。
右下:いっぱい遊んだあとは夕食がおいしかった。(食べかけでごめんなさい)

以上、9/30の風景から。
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by antonin | 2006-10-26 00:28 | Trackback | Comments(4)

日本国憲法について(3)

もう一度、前文を引用してみる。

 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。


引用元:
国立国会図書館-National Diet Library」より
憲法条文・重要文書 | 日本国憲法の誕生

この前文での戦争回避と平和の維持に関する基本方針は、次の一文に現れているように思う。

「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」

つまり、日本国と日本国民の運命は「平和を愛する」世界の皆さんに預けるという戦略である。この戦略は北朝鮮やロシアなどの現実的な周辺国家を考えるとなんとも心許ない戦略のように思える。

けれどもこの戦略の不安定さは、一致協力して進まなければ急激に弱るという一点であって、つまらない欲を出さずに非暴力主義を貫けば、現代において意外に強力な戦略となるようにも思える。

具体的に何をするか。

1. イメージ戦略を国家的に進める
「日本は武力は最低限しか持ちません。」
「日本は原則的に武力は行使しません。」
「日本は唯一の被爆国であり、原子力は平和利用しかしません。」
「日本は工業製品で人類の生活を豊かにしています。」
「日本に戦争をさせないでください。」
というようなことを、ことあるごとに言って回る。
→日本を攻撃することは悪との印象を広める。

2. 国連に強く関与する
・常任理事国対一般加盟国の対立関係を解消する。
 (ことを目指しているように振舞う。)
・出し惜しみせず負担金を払う。
 (米中露に対するアドバンテージ)
→米軍以外の「警察力」の涵養。

3. 情報戦の研究
武力を放棄する以上は、情報分析能力を磨かなくてはいけない。
・情報収集能力の整備
・情報分析能力の整備
・通信システムに対する卓越研究の推進
・情報における紛争介入能力の研究
→全て現状では無力。

あとは、いかに合衆国の反感を買わないように上記を進めるかの研究。

--------

最初の、イメージ戦略というのは重要だと思います。湾岸戦争以来、日本では(オウムによる内部的なものは別として)大きなテロが発生していません。これには入国管理や警察の活躍もあるとは思いますが、自衛隊がイラクにやってきて水道工事や道路工事をしつつ、地元の有力者にカツアゲを食らっているのを見て、「あの国を神の敵と見なし命を賭して倒す気がしない」というところも小さくないように思います。

武力を使わないで世界的に有力な国家を存続させるには、高度な政治力が要求されます。確かに日本の政治は高い水準にあるとはお世辞にも言えないので、「国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」という憲法を持つ稀有な国から、武力で紛争を解決できる「普通の国」に成り下がるほうが現実的とも考えられますが、ここはもう少し踏ん張ってみてもいいのかと。

安倍首相がどのような憲法案を持っているのか不明ですが、日本国の主権は国民にあり、改憲には国民の投票による過半数を必要とするのですから、この問題には主権者である国民一人ひとりがよく考えてみませんか。
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by antonin | 2006-10-25 23:20 | Trackback | Comments(8)

日本国憲法について(2)

第9条に的を絞って問題点を洗い出してみる。以下引用。

 第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


引用元:
国立国会図書館-National Diet Library」より
憲法条文・重要文書 | 日本国憲法の誕生

まず、明らかに現状に矛盾するのが第2項である。特に、武力の放棄となる「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」というきわめて簡潔な一文である。

これは、前文における「崇高な理想と目的を達成する」ための手段の一つとして掲げたのであるけれども、結果として高すぎる目標だった。その後、米国の意向もあって、日本は自衛隊という自前の軍隊を用意することとなった。この条文は速やかに改める必要がある。

どのように改めるかは後に譲るとして、「国の交戦権」について考えてみる。交戦権という言葉はネットで引いてみても明確な解釈が無いようだけれども、これは自国からは攻め込まない、また攻められても攻め返さないということだと思う。この点では戦後の日本はかろうじてこの条文を守っている。カンボジアでもイラクでも、日本は自衛隊を派遣し、自衛隊員以外の死者は出したものの、戦闘行為は行っていない。一方で北朝鮮の高速艇と海上保安庁の交戦は微妙なところだが、単発的なものであって国家間の戦争行為とはいえない。

交戦権の放棄という条文は温存可能のように思う。領土・領海・領空を侵されたときは、国内治安活動として戦闘を行うことができ、これは国家間の戦争行為ではないと見ることもできなくもない。「日本を狙っているミサイルを放置するのか」という意見に対しては、銃口を向けている人間に対してこちらも銃を向けるのではなしに、警察を呼ぶという態度をとると答えるべきだと思う。

「警察」とは誰かという問題が残るけれども、本来それは国家という存在の上に立つメタな組織である国連が担うべきではあるけれども、国連軍は臨時徴集された参加各国の国軍でしかなく、自立した国連軍を保有しているわけではないので、実質的には「同盟国」の軍隊、もっと言ってしまえば米軍とその追従となる。他国のために血を流さない日本がどのようにして他国の保護を担保するかについては、別に考える。

次に、第2項の理由となっている第1項を見る。

日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

「誠実に希求し、」のところまでは問題が無い。「永久にこれを放棄する」の部分が問題となりそうであるが、その指すところである「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使」とは何か。そして「国際紛争を解決する手段としては」という限定条件は何を意味するか。

武力の行使を永久に放棄するとなると、海上保安庁が不審船に発砲するのも憲法違反か? これに対しては、「国際紛争を解決する手段としては」という限定条件が生きてくるのではないか。自国の排他的経済水域内で、管轄部署の保安船からの停船命令を無視し、なおかつ銃撃してきた相手に対して、発砲をやめ停戦することを促すために威嚇射撃することは(たとえその一部が命中しても)「国際紛争を解決する手段として」の「武力の行使」には当たらないだろう。国際紛争以前の実務上の問題だからである。

一方で、尖閣諸島や竹島などに関しては、すでに国際紛争として認めうるので、これらの領有を主張する外国のデモ隊などを「武力で」威嚇したり排除することは認められない。

以上のように、この項については戦後日本の実情から乖離しているとはいえないので、なるべく手付かずで残すことが望ましいと言える。逆にこの項に修正を加えて武力の発動に対して含みを持たせる場合、「憲法の精神」である前文にも修正を加える必要がある。前文から引用すると、

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

つまり、世界人類が平和を愛することを信頼し、たとえ他国の国民といえども武力によって生命を奪われないように最大限配慮する、というようなことを言っている。ただし、第9条第2項のように、全くの丸腰になる、あるいは実際には米軍に完全に依存するというやりかたは現実に合わなくなっている。他人を信用しているから猛犬に番をさせたりはしないけれども、やっぱり鍵くらいは掛けるようにしよう、というところだろうか。

前文の一切と第9条第1項の保持を前提に、第9条第2項を書き換えてみよう。

「 第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、専守防衛に必要な最低限に限り保持する。国の交戦権は、これを認めない。」

できれば第3項も追加したい。

「  前項の戦力は、これが必要最低限の程度を保ち、いたずらに拡大しないよう、不断の監視を要する。」

「交戦権」の部分が戦力の保持と矛盾するかどうかは微妙であり、更なる吟味が必要。


さて、この程度の現状追認で日本は防衛できるのか、前文の結語、「全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」の意味は何か、などについての私見を続いて。
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by antonin | 2006-10-25 22:37 | Trackback(1) | Comments(12)

日本国憲法について(1)

まずは、憲法を読んでみよう。全部読むことも大事だと思うけれども、まずは問題となっている第9条と、憲法の精神の表れである前文を読んでみることにする。

参考:
国立国会図書館-National Diet Library」より、
憲法条文・重要文書 | 日本国憲法の誕生

日本国憲法の条文に著作権による複写の制限というものはありえないので、遠慮なく引用してみる。まずは第9条のみを含む第2章。

第2章 戦争の放棄

〔戦争の放棄と戦力及び交戦権の否認〕
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


なかなか味わい深い条文となっている。内容の吟味については後に回し、前文を読んでみる。

日本国憲法

 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。


実に素晴らしい名文だと思う。憲法前文というのは、実際の法令を直接規定するものではなく、法体系の基本的な精神を述べる部分だから、これくらい理想的でカッコイイことを言っておくのが正しい。実際の行政に直面する法規は現実的妥協を盛り込まないと機能しない場合があるけれども、憲法前文はそうした俗界からかなり離れた高みにあるから、これくらいのことを言わなくてはいけない。

問題は、法令を規定する実効力を持つ条文である第9条が、自衛隊という明確な武力の存在と矛盾するということであって、これを解決するには、大きく二つの方向がある。ひとつは憲法堅持であり、もうひとつは憲法改定である。

憲法堅持、いわゆる護憲の立場であるけれども、この前提で憲法の矛盾を改めるには、護憲派を自称する共産党や社民党が考えないような、かなり過激と思えることをしなくてはならない。つまり、本当に国有の武力を放棄するという方法しかない。その一方で、いきなり日本が戦力的に丸裸になるということが現実的ではないと国民に相当程度認められている以上、なんらかの防衛力は確保する必要がある。かなり詭弁がかった方法だが、「国有の」武力は持たないが、国内には武力が存在するという状況であれば、憲法第9条は守られることになる。

具体的方法はいろいろあるだろうが、例えば自衛隊の武装、施設、人員の全てをアメリカ合衆国軍に委譲することが考えられる。そして、米軍に組み込まれた旧自衛隊を日本の防衛にまわしてもらえるように、日本政府は「思いやり予算」か何かの費用負担をする。この場合、旧自衛隊の一部が米軍の国際的軍事活動に参加しても、米軍所属の部隊が米軍司令部の指揮下で活動しているだけということになり、なんら問題とならない。日本国有の武力が存在しない以上、「集団的自衛権」の問題も消失する。自衛隊としてでは不可能な実戦経験を米軍の一部として積むことにより、「有事」の際の防衛力向上も期待できる。

と、憲法問題の解決策として理論的には可能ではあるものの、米国の過剰な影響を嫌う右派も、戦争には絶対反対の左派も、この手の解決策を受け入れる可能性は無いだろう。すると、いずれは改憲が必要ということになる。矛盾を抱えた現状を永遠に続けるという方法があるという人もあるだろうが、これは法治国家としての前提を否定する方法であり、潜在的な危険が大きすぎる。

ここでちょっと卑近な話に移り、東横インの条例違反に際して社長が記者会見で発した「スピード違反発言」を考えてみる。これは法令を軽視する社長個人の認識を責めることもできる一方で、道路事情や自動車の安全技術などの変化を考慮に入れず、実際的でなくなった速度制限を放置し続けてきた立法と行政の怠慢と見ることもできる。結果として、警察の取締りが見えたとき以外は制限速度など誰も守りはしないという状況を作り出した。

これは国民の遵法意識を根本で蝕む心理的な効果が小さくないだろう。東横インの社長発言は、公の場では言うことができなくても多くの日本人が心の奥で思っていることだろう。憲法第9条と自衛隊の存在が作る矛盾した状態を放置することは、憲法が国家を規定するという立憲主義の根本を軽視する状況を、際限なく拡大していく。9条の矛盾を放置することが、例えば13条などの軽視という方向へは進まないと、果たして言い切れるだろうか。

次に9条の問題と解決の糸口を具体的に考えてみる。
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by antonin | 2006-10-23 01:44 | Trackback | Comments(0)

日本国憲法について(序)

小泉首相の任期が満了し、安倍自民党総裁が総理の任に就いてから、いくらかの日数が経過した。ここに来て、安倍新総理の考えていることが、少しずつ見えてきたような気がする。そこで憲法の話になるというのを理解できる人も多いと思うけれども、この点についてまず認識を示しておく。

小泉前首相は、困難な政治状況の中でいくつかの重大な政治決断を行い、いくつかの成果を残し、歴史的に見て高い国民支持率を保ったまま仕事を終えた。国民の評価からすると、ある程度良い仕事をしたと言えるだろう。

ただ、個人的な見解では、小泉さんが首相の座に就いて目指していたのはただ一点、郵政民営化による郵政利権の破壊だけだったように思う。小泉さんがなぜそうした強固な政治信念を持つに至ったのかはわからないが、小泉政権の政治の進め方を、政権が終了した段階で俯瞰的に見ると、やはりそうした感想が持たれる。

小泉さんは郵政民営化の他にも「構造改革」の旗印の下にいくつかの行政改革を行ったけれども、それは例えば「国家財政の安定」とか「国民生活の安定」とかいった大局的な目的の実現に必要な部分として見たときよりも、郵政民営化という個人的信念の実現に対する障害を、ひとつひとつ取り除くための地ならしとして見たほうが、はるかに理解しやすかった。

旧来の自民党総裁のような、自民党員と自民党代議士を通じて束ねられた各業界の利権を調整するというスタイルを「ぶっ壊」し、首相の目指す郵政民営化のために全ての政治分野を首相がコントロールするという手法を用いていた。郵政民営化に直接関係しない経済問題などにはその分野で有能と思われる人物を招聘し、政策実行に必要な権力を委譲していた。そのため、自分たちの意見が通らない、いわゆる「抵抗勢力」の議員からは、小泉さんは強く批判されていた。

私は別に旧自民党の利権分配調整型政治が民主的だとは思っていなかったので、小泉前総理の大統領型強権政治は、改革の短期実行には有効であって批判に当たらないと考えている。けれども、国家システムが持つ矛盾の解消という大きな目的ではなく、郵政民営化という、局所的であり、また一部では私恨ではないかとも噂される「改革」が最大目標とされたのには不満があった。

小泉前首相の話はこれくらいにして、安倍新首相の話をしてみたい。安倍さんは小泉政権の中で、年齢や議員暦といった、従来自民党で大変重視された基準を越えて重用されてきた。そうして小泉式政治手法にどっぷり浸かりながら首相への道を歩んできた結果、新首相は首相官邸のホワイトハウス化とも言われる方針をいくつか打ち出している。安倍首相が自民党伝来の利権分配調整のスタイルを放棄しているようには見えないが、自分の政治信念のためなら官邸主導も厭わないという面では、小泉さんの手法を引き継ごうとしているように見える。

ここでようやく本題に入るのだけれど、安倍さんが心に秘めた、首相任期中最大のテーマは「改憲」であるように感じられる。また「自主憲法」の制定という言い方もよく使われていて、これが国民の同意を得るためのパフォーマンスなのか、あるいは本当に現行憲法が米国による押し付け憲法と信じているのか不明だが、とにかく第9条を中心として、憲法改定実現のためなら何でもするという予感がしている。

小泉さんは「真の目標」を実現し、満足そうに官邸を去った。そして、その渦中で「育った」安倍さんが首相になった。そういう時代の予感から、少し私たちの国の憲法について考えてみることにした。以降、本題に入ります。
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by antonin | 2006-10-22 23:47 | Trackback | Comments(0)

本を買う

以前はAmazon.co.jpなんかでよく本を衝動買いしていたのだけれど、買っても読むのが遅いのでスタックがどんどん積み上がってしまい、しばらく「ローマ人の物語」の文庫本以外は購入を自粛していました。まだ2,3冊未読があって、隔週で送られてくる雑誌なんかも1ヶ月くらい遅れて読んでいるような状況なんだけれども、つい魔がさして4冊ほど本を注文してしまいました。

「四色問題」 ロビン・ウィルソン 著, 茂木 健一郎 訳

「ケプラー予想」 ジョージ・G・スピーロ 著, 青木 薫 訳

「医療崩壊―『立ち去り型サボタージュ』とは何か」 小松 秀樹 著

「LSI技術者のための親切な電磁気学」 Ron Schmitt 著, 黒田 忠広 訳

今回は内容も表紙も硬めのラインナップになってしまいました。本当に全部読めるのか?

「四色問題」は書籍購買自粛前にツバを付けていた本の中の一冊です。話題としては古いですが、少し立ち入ったところまで知りたかったので。訳者の茂木健一郎さんって、「アハ体験」の茂木さんですかねぇ。

「ケプラー予想」はAmazonのおすすめにまんまとハマって購入。数学って嫌いじゃないんですよね。数学には嫌われてるみたいですけど。永遠の片想い。以前に読んだブルーバックスの「フェルマーの大定理が解けた!」は結構面白くて一気に読みました。楕円曲線がなんなのかとか、理論は結局理解できませんでしたが。

「医療崩壊…」は
2006年の「日経BP・BizTech図書賞」を決定 - 日経エレクトロニクス - Tech-On!
サイコドクターぶらり旅(2006-05-20)
など、行きつけのページで紹介されいたので読んでみたくなりました。医師とか警察官とか、確かにひどい人間も多少混ざってますが、それにしたって重要かつハイリスクな職業なんですから、もっと尊敬されてもいいんじゃないかと常々感じています。ひどい人間が混ざってない業界なんて官民の別なくありえないですからね。

「…親切な電磁気学」は、数式があんまり出てこないとのことだったので、少し高いんですけど買ってみました。私は「LSI技術者」では全然ないんですが、趣味の本ということで。

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関係ないですけど、先日ムスメの運動会で障害物競走に出ました。バットを額につけて5回転とか、白い粉の中にマシュマロがあって顔つけて食べるとか、テレビでよく見るアレです。リレー形式になっており、なぜかアンカーをやらされたんですが、先行の皆さんの健闘によりブッチギリで優勝できました。皆様に迷惑をかけずに済みなによりでした。ムスメもコドモ対抗リレーに出て、チーム優勝していました。めでたしめでたし。

写真は上記と無関係に、近所の児童館にある遊具でハイハイを楽しむムスコ
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by antonin | 2006-10-18 01:39 | Trackback | Comments(10)

これが本当の「融資」

日本の協力、高く評価 平和賞のユヌス氏と会見 | エキサイトニュース

このユヌス氏の活動について詳しいことは知りませんでしたが、数年前にNHKスペシャルか何かの番組で紹介されていたのを見たような記憶があります。その番組で見た内容のうちで覚えているのは、貧困層の女性にミシン一台が買える程度の資金を貸し出し、布を買い服を作って売るという「事業」(やっていることは「内職」だけれども)を与えることによって、女性に現金収入をもたらし、貧困から(少しだけ)脱出する機会を与えるというものでした。

こうした貧困層への融資活動は「マイクロクレジット」と呼ばれ、世界各地で模倣的な活動が行われているようです。その全てがうまく運んでいるとは限らないようですが、ユヌス氏の「グラミン・バンク」(村銀行)は、その最初の例であるとともに成功の見本として各地の活動の参考とされているようです。

参考:
お茶の間から世界を変えよう─身近なモノから国際情勢がわかる!」より
グラミン銀行─たった6ドルで人生が変わった
ユヌス氏によるグラミンバンク誕生の経緯と(肯定的な)効果を簡単にまとめたページ。

参考:
JICA-国際協力機構」より
マイクロクレジットにおける連帯保証のメカニズム -ボリヴィアのプロ・ムヘールの事例研究-」(PDF)
マイクロクレジットのボリビアにおける実施例に関する報告。実際の運用方法が紹介されています。

参考:
"Welcome to Kyoto Univ. UNICEF Club"より
例会前企画報告『グラミン銀行のマイクロクレジット』
マイクロクレジット事業に関するゲーム理論的な経済学的解釈。

参考:
"AMNET"より
マイクロクレジット -エンパワーメントか、債務の女性化か?-
女性解放の立場からマイクロクレジット活動の側面を批判的に指摘。

最後の参考ページのように、必ずしも肯定的な意見ばかりがあるわけではないようですが、実在の生きた経済活動ですから、負の側面は実際にあると思います。それでもなお、この活動が起こした変化の方向は、明るい影響のほうが大きいように思われます。人々の社会的な立場を高める基礎は、やはり経済的基盤なので、こうした資金の流れを伴った啓蒙活動は大変有意義なものと思います。

日本の銀行も過去にはそうした実業を興し育てる役割を自覚していたように思いますが、バブルのあたりで目標を見失い、その後も十分に立ち直っていないように思います。資金の貸付に当たって金融機関の担当者が貸付先を厳しく審査するとともに、どこが足りないかという情報を詳細に提供することで、貸付先の事業経営が軌道に乗るのを資金と情報の両面で助けるという活動は、過去の日本において当たり前に実行されていたように聞いています。

日本が豊かになり、個人の貯蓄資産が金融機関の余剰資金となり、土地などの審査基準が安易な投資先めがけて集中したのがバブル経済であり、その大きな損失に懲りて全て国債・公債などの(常識的には)リスクフリーな投資先に逃げ込んだ結果が、累積国債が異常に膨れ上がった現在の日本経済でしょう。団塊の世代が老後の資金として現金預貯金を引き出すためには、私たち現役世代が国に多額の税金を払い、国債を金融機関に償還しなければなりません。

銀行をはじめとする金融機関は、トヨタ自動車など一部企業を除いて凋落傾向にある日本の実業に対する責任を厳しく自問して欲しいと思います。最近日本でも「格差社会」が騒がれていますが、マイクロクレジットの手法が先進国でも応用可能だと上記の参考ページでも指摘されています。

消費者金融業者、古い言い方なら「サラ金」業者が設定するグレーゾーン金利ほどではないにせよ、調達金利相場の低さを無視した金利制限ぎりぎりの高利を設定した個人ローンに銀行が手を染め、各種媒体でしきりに宣伝を繰り返しているのが日本の現状です。金利に見合った適正な貸し倒れリスクも取ろうとしないで、競馬かパチンコで一発当てるつもりでもなければ利用価値の無い高利貸しを「融資」と称する宣伝に、以前から不快感を持っていました。

「融資」の辞書的な意味は「資金を融通し貸し借りすること」であるので、高利の個人ローンも「融資」には違いないのですが、私の感覚では、開始資金が得られないために低収入の状況に凍り付いている立場の人や会社に対して、最低限の資金を貸し出すとともに貸付の先行事例から得た様々な改善情報を提供することで凍りついた状況を「融かし」、借り手は収入が増えたり安定したりするとともに貸し手は資金回収と利子による利潤が得られるという、非零和(non-zerosum)な共益関係を作り出せることが「融資」であると考えています。

そうした意味でマイクロクレジットの活動は私の信じる意味での本当の「融資」ということになります。日本でもこうした、金を転がすだけの虚業ではない、実業としての金融業の復活を願っています。
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by antonin | 2006-10-16 01:44 | Trackback(7) | Comments(5)

月曜映画・・・

ううう、こんな時間に・・・。

眠りにくい時間帯にはNHKの環境映像とか民放の通販番組とかいった、適度に退屈な放送を流しながら眠れる時間を待つのが常ですが、ときおりこの時間帯の秩序を破壊する番組にNTVの「月曜映画」があります。それにしても今夜はひどかった・・・。

"Le Boulet"(2002年 フランス映画 )

最も静謐なはずのこの時間帯に、こんな面白い映画を放送するなんて信じられない・・・。
恨みます・・・自己管理能力の欠如を棚に上げつつ・・・。
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by antonin | 2006-10-10 04:11 | Trackback | Comments(4)

近況(CEATECとかそこらへん)

再び単なる日記です。

コメントでも書きましたが、小旅行のほうはムスコの体調も良く、無事に終えることができました。って、先週の話ですが。写真は選んでいる余裕が無かったので、またネタに困ったときにでも貼るようにします。

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今週末は仕事の関係で幕張に出張だったのですが、若干時間が余ったため、近くで開催されていたCEATEC JAPAN 2006を偵察してきました。ひどい天気でしたけれども。

あの広大な会場を短時間で巡るのははじめから不可能だと分かってはいましたが、今回は目的とする「電子部品・デバイス&装置ステージ」に到達することすらできませんでした。まぁ、目的とはいってもあくまで業務上の名目であって、個人的な興味からは電子家電見本市たる「デジタルネットワークステージ」を外す気は全く無かったんですけどね。

それにしても展示の要点すら抑える時間も無かったわけですが、その中でもいくつか面白い展示がありました。

ポスト携帯電話の開発テーマとしてここ数年熱気が上がっていたフラットパネルディスプレイ(FPD)領域に関しては、すっかり市場立ち上げに成功し、デバイス的には液晶(LCD)陣営では大画面化と応答速度の向上、プラズマ(PDP)陣営では画素の微細化や消費電力の低減など、対抗陣営に対して大きく劣っていた性能はひとまず合格レベルに達し、あとはブラッシュアップが残るのみとなりました。結果、展示会で目に見える進歩の面白みは少なくなっていました。

今後は完成度の高まったデバイス特性を生かしきる画像処理およびデバイス制御手法の練り上げと、そこに求められるであろう膨大な演算量を適正なコストの中で解決するコンピューティングの追求に眼点が移ってくると思われます。SEDや有機ELなんかはすっかり出遅れてしまって、あとは余程のブレークスルーがない限りはニッチな市場を占めるに終わるでしょう。

一方、面白かった技術としてはNTT DoCoMoグループが展示していた「音響OFDM」の実演がありました。この技術自体はすでに公式発表されているもので、雑誌等でも読んだことがありました。技術的にも特段難しいことはしておらず、むしろアイデアの勝利という感がありますが、個人的にこういうアイデア勝負の技術は結構好きで、是非見てみたいと思っていました。

展示会場では専門の説明員がついており、簡単な質問をしたところ丁寧に答えていただきました。ブースの小さなテレビモニターに音響OFDMによる変調を施したドコモのTV-CMがリピート再生されており、同サービスに対応した携帯電話機をテレビ音声の流れているスピーカにかざすと、CM関連サイトのURLが電話機に表示されるというデモンストレーションが行われていました。

このサービスにどの程度の市場価値があるのか正直わかりませんが、質問してみたところでは

Q.この機能に対応するスピーカには特別な仕様が要求されるのか?
A.この(デモに使用している)スピーカは一般的なもので、8kHzまでの音声が再生されるものであれば問題ない

Q.音声信号のみ伝送するバンドとOFDMを掛けるバンドの境界は自由に設定できると思うが、このデモではどの程度に設定しているのか?
A.そのとおりでバンドの境界は自由に設定できるが、このデモでは6~8kHzに信号を変調している

との回答をいただきました。変調波を音声信号に擬態させるために、搬送波をデジタル信号ではなく音声信号のスペクトルに合わせて振幅変調するという独特の音声OFDM技術ですが、何より興味が沸くのが、可聴域にある変調波を耳で『受信』できるという点であるので、外聞を省みずスピーカに手と耳をあてがって変調波(であるところのCM音声)を聴いてみました。

すると、「チリチリチリ」という感じの軽いノイズが常に乗っていたものの、確かに変調波はうまく隠蔽されていました。ちょっとS/N比が落ちてきたFM放送という程度で、不快感はありません。説明員は音楽などには適さないが通常のテレビ放送などでは問題ないと説明していて、確かにそうした水準の音声となっていました。重畳する信号のビットレートをあまり欲張らなければ応用範囲は広いのではないでしょうか。

OFDMの代わりにスペクトル拡散した変調波などを乗せるということも安直に考えてしまいますが、スペクトル拡散変調では帯域あたりのパワーが小さいにもかかわらずホワイトノイズ的なスペクトルになるため、音声として聞くとかなりノイズが目立ってしまうような気がします。さらに受信側に汎用機器を利用することを前提とすれば、受信側のノイズリダクション回路で変調波が除去されてしまう懸念もあります。密な独立搬送波が並んだOFDMならではの、こんな遊びが可能というのは面白い発見でした。

富士通のブースでは画像に別の情報を重畳し、視覚的に元画像が損なわれないようにするという、音響OFDMと似たようなコンセプトの技術が展示されていましたが、こちらはステガノグラフィーの中でも使い古されたアイデアの改良版という感じで、あまり新鮮さは感じませんでした。展示ではQRコードに似た使い方を提案していましたが、「ここに情報がありますよ」というマーキングの意味で、QRコードのように人間にも識別可能な符号化のほうが益が多いように思います。軍事的な意味合いならまた違った効果があるんでしょうが。

ちょっと検索では見つけられなかったのですが、パソコン通信でDOS用フリーソフトを漁っていた時代に見つけた、秘密情報をエロ小説に変換するジョークソフトというのがあって、アイデアだけなら今でもあれが一番好きですね。東西冷戦の中、スパイが極秘情報を秘匿したエロ小説を送り合うというバックストーリーが秀逸でした。あと、一応動くものを作ってしまうというオチも。エシュロンやら中国のそれに相当するシステムやら、そうした傍受網をかいくぐるために今日もSPAMのフリをした暗号文が飛び交っていると思うと笑えます。(笑えない?)

とまぁ、結局いつもの妄想になってしまいましたが、単純にああいったお祭りは楽しいですね。信教の根本が在来宗教ではなくて科学的なソレに置き換わってしまった私のような人間には、まさに本来的な意味の「マツリ」であるとも言えます。来年も参加できるといいなぁ。

最後に散財記。
厳密にはCEATECではない展示会場にCQ出版社の書販ブースがあり、日常立ち読みが難しい書籍が並んでいました。そこで思わず妄想の種(趣味の本)を購入。

FPGA活用チュートリアル 2006/2007年版」¥2,310(税込)

私のような門外漢には最適な本です。嬉しい収穫。
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by antonin | 2006-10-10 00:50 | Trackback | Comments(9)


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