安敦誌


つまらない話など
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雑記

人の世の 渡る廊下を 歩むれば
不義理 不義理と 床が鳴る

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霞を食って生きよう計画、とんと進みませんなぁ。
まぁ、住宅ローンに幼子二人じゃどうにも首が回らず、霞どころじゃないわけですが。

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昨年実家から押入れ埋蔵品が送られてきまして、中身は昔の8mmフィルムだったわけですが、映写機も捨ててしまいましたので、

ほんじょうエイト・本城民芸

というところで、まとめてmpegデータに変換していただきました。

内容を見てみると、家族だけにはきわめて貴重な映像が蘇っていました。ただ、年度の新しいフィルムほど劣化が進んでいることに驚きました。ただしその分、新しいフィルムにはサウンドトラックがあって、4歳くらいで自転車に乗り始めた妹が、撮影する母に何か言えといわれたのか、「おかあさん、おかあさん」と10回くらい連呼しながら自転車の練習をしている映像などが出てきました。人の声というのは、動画とはまた違った思いを抱かせるものがあります。

妹は私と違って親孝行な娘なので、あれを見たら母は泣いてしまうかもしれません。まだ見せていませんので。妹も今では地元の信用金庫に勤めてなかなか忙しそうにしていますが、親にしてみれば安心でしょう。初月給に感謝の手紙を添えて親に贈ったらしいですからね。私の初月給は引越しだスーツだなんだでスッカラカンになってしまい、月給もボーナスもクルマだの旅行だのに全部つぎ込んだりして、不肖もいいところでした。


8mmフィルムのあとの時代にVHS-Cのテープが何本かあって、アダプターというかなんというか、VHSデッキでVHS-Cを再生できる装置がありまして、それが見つかり、なおかつ動作すれば、これは自力でDVDに変換できるんですが、果たしてその装置が無事に残っているでしょうか。一応S-VHS-Cだったんですが、miniDV規格に比べるとやはり画質は落ちます。録画時間が延びた分、床撮りなどの失敗ショットが多く、編集が必要かもしれません。まぁ、そのあたりはあとで考えればいいんですが。

ヨメの子供の頃のアルバムは、「岸辺のアルバム」ほどではないにせよ、避難が必要な程度の水害に遭ってほとんど全滅してしまったらしく、気の毒です。

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春の草 育て 咲かせて
誉められもせず
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by antonin | 2007-04-25 04:10 | Trackback | Comments(2)

ロック検定

mixiでやっていたので、どんな低い点数が出るか楽しみだったけど、芸能問題とか4択推論技法とかで、案外正答率が高くなってしまった。ロックなんてほとんど興味ないのに。
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by antonin | 2007-04-20 06:01 | Trackback | Comments(0)

工学的に見るドラえもん環境

古いネタなので、どこかに同じような意見は数多くあると思うけれども、googleで軽く探したところでは行き当たらなかったので書き記してみる。自分でも最近思いついたことではなく、学生時代か、あるいは社会に出て早々に気づいたことを思い出したに過ぎない。


ドラえもんというのはそれ自身が夢の機械であり、その「腹部」に張り付いている四次元ポケットからは、また多数の夢の機械が飛び出してきた。その夢の機械であるドラえもんがどこから来たかといえば、のび太の使われない勉強机の引き出しをリンク元とした、2世紀ほど先の未来からであった。未来が夢に満ちていた、高度成長期末の物語だった。

大人になってドラえもんの活躍を醒めた眼で見てみると、ドラえもんやその道具たちのエネルギー源は何なのか、という問題にぶつかる。鉄腕アトムでは明確に小型原子炉が「胸部」に収められているということになっており、そこから十万馬力という出力が得られる。比喩的には乾電池を入れたおもちゃのように自走することができる。

最近の流儀に倣って十万馬力をSI単位系に換算すると、74.57MW(メガワット)ということになる。常にこの出力を発し続けているとPentium 4同様の放熱問題に見舞われるので、最大出力が十万馬力ということだろう。ちなみに最近横浜港に寄港して話題となったクイーン・エリザベス2号のメインエンジンの最大出力が、約12万8千馬力である。アトムはだいたいあれくらいの最大出力であるということになる。

話が逸れたが、ドラえもんも同じようにエネルギー源を内蔵しているということになっている。しかしそのエネルギー源はアトムのような核分裂型の原子炉ではなく、人間のように普通の食物からエネルギーを取り出す原子転換炉というような説明がなされていた。この転換効率が最も良い物質が「どら焼き」であり、従ってどら焼きがドラえもんの大好物であるという説明もあった。

このあたりに厳密性を求めても仕方がないので深入りしないが、とにかく、アトムが電池を仕込んだおもちゃのようなエネルギー供給をしているのに対して、ドラえもんは動物、あるいはガソリンを注ぎ込めば再び走り続けられる自動車のようなエネルギー供給をしていることになる。つまり、エネルギー源は物質として外部から取り込んで連続運転できるようになっている。電池の交換などは原則的に必要としない。

ちなみに原子力潜水艦や原子力空母はまさに鉄腕アトム式と言えそうだが、アトムが電池のように原子炉ごと交換していたのに対し、これらの艦船では、ドックに入ってメンテナンスする際に、劣化した燃料棒を新品の燃料棒と交換するので、エネルギー源となる物質だけを供給するという意味において、エネルギー供給の形態としてはむしろドラえもんに近い。ただし、ドラえもんは毎日食事をしているように見えるが、原子力艦船は数年に一度の燃料交換で済むものとみられ、エネルギー源の供給頻度としてはやはりアトムに近いといえるのだろう。


このように、ドラえもんはどら焼きなどの人間向け食物からエネルギーを得ることができる。ただし、その秘密道具のエネルギー供給はどうなっているのだろうか。ドラえもんの秘密道具は、野比家に蔵を建ててそこに仕舞いこんでいるのではなく、四次元ポケットに収納して、ドラえもん自身が常に取り出せるようになっている。持ち運んでいるのは、四次元空間に収納された道具に対する動的なリンクであり、かつ物理的な取り出しポートである四次元ポケットだけであって、道具そのものを持ち歩いているわけではないから、重量はポケット分だけで済む、ということらしい。

そしてドラえもんのお話では、各話ごとにのび太が持ち込んでくる要求に応じて、ドラえもんがひとつずつ秘密道具を四次元ポケットから取り出す。そして、一話分の問題が解決すると、おそらく道具は再びポケットを通じて四次元空間に収納されるのだろう。すると、秘密道具は一つの問題を解決する時間だけ稼動できる分のエネルギーを蓄えていればいいことになる。あるいは、太陽光やドラえもん自身が発するエネルギーなどの、環境エネルギーで動作していると考えても良い。

アトムやドラえもんのような連続稼動ではなく、秘密道具は一話かぎりの間欠稼動となるので、四次元空間に収納されているときに、携帯電話や携帯音楽プレーヤー、あるいはデジタルカメラをクレードルに収容した場合と同じように、不使用時にエネルギー補充が行われていると考えることができる。


以上がドラえもんのエネルギー問題についてである。なぜこんなことを考えてしまったのかというと、ドラえもんが遠い未来から昭和の時代にやってきて、遠い未来ならではの先進道具の数々を駆使し、のび太の周囲の人間の鼻を明かしてしまうのだが、果たして昭和末、あるいは平成初頭の人間が、その時代の最先端ツールを持って江戸後期の江戸下町あたりへ乗り込んでみた場合、果たしてドラえもんと同じことができるか、ということを考えてしまったからだ。

たとえば、パソコンやら携帯電話やらを江戸期に持ち込んだとして、バッテリーが切れたらそれまでである。江戸のどこを探しても、100Vでも220Vでもいいが、電力を供給してくれるコンセントはないのである。発電機のためのガソリンが欲しいといっても、手に入らないと覚悟しなくてはならない。ドラえもんは、その手の問題は解決した上で昭和の東京へやってきていることがわかる。平成の人間が江戸へ行くならば、ある程度の出力がある太陽電池などを設置させてくれる先祖なり宿主なりを探す必要がある。

電気、水道、ガスなどは、阪神大震災でそれらが寸断された頃から、「ライフライン」、つまり「生命線」あるいは「命綱」の直訳語として一般に知られるようになったが、それに情報通信ネットワークが必須の線として加わるようになる頃から、「インフラストラクチャー」あるいは略して「インフラ」という語が一般に使われだすようになった。"infra-"が「下の」という意味で、"structure"が「構造」という意味だから、「下位構造」とか、単に「基礎」とか言ってしまえばいいだろう。意味的には「社会基盤」という風に訳されることも多いが、"infrastructure"の使われ方はもう少し広いような気がする。

ところで、昭和の時代から、携行が可能なトランシーバーがあったが、それらはトランシーバーが2台あれば互いの送受信回路を通じて通話ができるタイプのものであった。「何らかの手段で」周波数を合わせ、電波が届けば通話が可能となる。インフラストラクチャーのようなものは法的なものを除けば、技術的には必要がないといえる。

そうしたものは現在でも一部で使用されているが、現在最も一般的に使われている無線通信機は、言うまでもなく携帯電話である。無線通信機の中でも、携帯電話はそれ自体が独立した通信機ではなく、基地局および基地局間の通信網を前提とした通信端末となっている。固定電話やインターネットも含む、大きな情報通信網の「端っこの末っこ」が携帯電話なのである。

つまり、そうしたインフラが停止するとか、あるいはごっそり無くなってしまうと、どんなに高性能の携帯電話端末であっても、その機能の多くを失ってしまう。江戸時代に携帯電話機2台を持っていけば、バッテリーが残っている間であっても、どちらも電波圏外となって電話もメールもネットも使えなくなってしまう。残る機能といえば、いいところカメラか時計くらいなものだろう。

ドラえもんが造られる時代には、道具の一つにタイムマシンが含まれることからも分かるとおり、高度なインフラが存在しない時代環境でも動作することを前提に道具が作られているものと思われる。具体的には、古典的なトランシーバーのように自己完結的であったり、あるいは周辺装置によって簡易インフラを自ら作ったりすることで、常設のインフラに依存せずに動作できるように設計されていなくてはならない。場合によっては、対象となる時代の電波使用状況などをデータベースに持ち、互いに干渉しないように使えるようにする必要もあるだろう。


こうしたインフラのない環境で最先端の道具を使う技術というのは、ライフラインの例で挙げたように、地震や洪水などの災害によるインフラ破壊の発生時などが考えられるが、現代においてこの類の技術が一番進歩しているのが、実は軍備である。だから大規模災害救助には軍隊が最適なのである。

戦場では、あらゆる常設インフラが攻撃により破壊される可能性がある。湾岸戦争やイラク戦争のように、そもそも自国のインフラがない地域まで攻め上り、その上でなお、民生機器の最先端を上回る高度な技術を適用した軍事機器を使いこなす必要がある。衣食住と弾薬の確保という古典的な兵站(へいたん=logistics)はもとより、石油、電気、その他のエネルギー、そして近年では情報ネットワークを戦場に即時展開する技術を、軍は擁している。

もっとも、軍が常設のインフラを全く利用しないかというとそうでもなく、敵の設備を接収して利用したり、もっと今日的な例では、GPSをはじめとした人工衛星による情報ネットワークを、一部の宇宙技術を持った大国以外に対しては不可侵で安全なインフラと仮定して利用している部分がある。中華人民共和国政府が宇宙開発にこだわるのも、このあたりに一因があるのだろう。

ドラえもんの世界でも、秘密道具を格納する四次元空間や、タイムマシンがつなぐ未来との時空路などは、20世紀の技術では不可侵な技術インフラとして利用されていると見ることもできる。つまり、ドラえもんの秘密道具は四次元ポケットからしまわれるたびに未来へ戻り、エネルギー補充されたり、場合によっては修理・交換されたりしているということも、可能性のひとつとして考えられる。

ところで、「敵の設備を接収して利用する」タイプの典型に当たるのが、同じく未来からやってきたロボットでも、アーノルド・シュワルツネッガー・カリフォルニア州知事演じる「ターミネーター」だろう。彼は特に未来の道具をひけらかすでもなく、不死身の体だけを頼りに、淡々と20世紀の道具を使いこなして、少年を追い詰める。ドラえもんとは、いろいろな意味で対照的である。

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今回の主題としてはこのあたりで終わりなのだけれども、長くなったついでにまた少し違った話題を。ドラえもんは日本の高度成長期が終わった頃に始まった物語である。そこに至るまでの30年ほどの間には、かなり大幅なインフレーションが起こり、過去と当時では相当に物価が違っていた。このインフレーションは、終戦直後のものを除けば、通貨の乱発などによる不健全なものではなく、所得倍増計画などの政策、公共インフラ整備事業や実質的な産業発展などによる、健全なインフレーションであった。

そうした時代背景を写した道具もドラえもんは持っていて、名前は忘れたが、昔の商品を昔の値段で買える、というような道具があった記憶がある。たとえば昔の鉛筆が1円で買えるとか、そういったもので、当時の子供たちの少ない小遣いの価値を何倍にも増やし、物欲を満たすという魅惑の道具であった。デフレーションと「IT革命」後の現在であれば、低機能の電気製品を法外な価格で売りつけられる道具、とでもなるのだろうか。

この問題も現実世界に引き寄せることがいくらか可能であって、たとえば国際貿易の場合がある。先進国同士がフェアな国際競争を繰り広げるのも国際貿易だが、高度な産業や経済商品が発達した国家と、素朴な農産品程度しか産出しない国家が、通貨を通じて互いの商品を取引するのもまた、国際貿易の一形態である。

これをやってしまうと、たいていは先進国の商品に高値が付き、素朴な国の産品は安く買い叩かれる。すると、経済不均衡によって素朴な国家の経済はさらに貧しくなる。それぞれの国が生産する商品そのものの商業的価値による格差もその理由のひとつではあるが、それだけではなく、経済学や将来予測情報などの、情報格差による交渉力の欠如などによって買い叩かれるほうが、実態としては大きい。

だから、ドラえもんの道具で時代を超えて通貨ベースの商取引をする場合、子供の小遣い程度ならまだしも、大規模にやってしまった場合には、過去の世界で経済崩壊が起きてしまう可能性が高い。いわゆる「南北問題」に通じる問題である。

日本も天下泰平となった江戸前期、ファッションに凝り始めた日本人は、当時の先進国であった中国大陸から絹を大量輸入し、対価として金銀銅などの金属資源を輸出し尽くしてしまい、経済危機に陥った。そこで、養蚕法を導入して絹布の国産化を行ったり、朝鮮出兵で拉致してきた朝鮮の陶工から学んだ製磁技術を磨いて高度な磁器を自給したり、出島貿易など一部を除いた禁輸政策を敷いたりと、江戸幕府懸命の施策の甲斐あって、経済的難局を乗り切ったという歴史がある。

華美な衣服を禁止するお触れを出した将軍があったが、それは倫理的に贅沢が卑しいというだけの理由ではなく、国家経済的な視点があってのことだった。また、美しい磁器を産出するのは当時の東アジアだけであったのだが、それを大量に輸入していたヨーロッパでウェッジウッドやマイセンなどの名高い磁器が開発されたのも、やはり似たような理由からだったという。


エネルギー、情報、エントロピー、通貨経済。ドラえもんには、突っ込めば興味深いテーマがたくさん潜んでいる。
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by antonin | 2007-04-19 23:59 | Trackback | Comments(2)

プリマヴェーラ

今日は肌寒い一日でしたが、昼休みには職場の空にヒバリが鳴いたりしていて、いよいよ春ですね。

桜はソメイヨシノがひととおり花を終えたものの、風当たりの強いところではまだ花が残っていて、日当たりのいいところでは葉が出てきました。八重や枝垂れの品種は今が見ごろといった感じで、しばらく楽しめそうです。梅の木を見ると、数は少ないながらも、早くも結実していました。リンゴはまだですが、ナシは白い花が満開です。

雨が温かいのが春で、空気のにおいも変わっていくわけですが、花粉よけのマスクのために深呼吸ができないフラストレーションを抱えていました。ソメイヨシノの花が終わるにつれ、ようやくスギ・ヒノキの花粉も勢いを落とし、自分の鼻で季節の空気を嗅ぐことができるようになりました。

自宅では、いろいろと撒いた花の種のうち、たったひとつだけ発芽したマリーゴールドのために、玉子ケースよりは大きめのポットを用意しました。花が咲いたらもう少し大きい鉢に移してあげよう。花は何色だろう。

朝顔は大混雑していたので2鉢に分けましたが、それでも生長につれてまたまた大混雑になり、このあとどうしようかと思案中です。

冬に買ってきたビオラ(パンジーの小さいやつ)を日当たりも風通しも悪いところに寄せ植えしたら、アブラムシにやられて全滅寸前に追い込まれましたが、除虫剤を吹き付け、しおれた部分を全てむしり、肥料を足し、人の目には付きにくいが日当たりは抜群なエアコン室外機の上に移してやると、ようやく花を回復し始めました。もう少し気温が上がったら西日の当たらない場所に移してやらなくてはいけないかもしれません。

子供と一緒で世話は掛かりますが、楽しみもひとしおです。
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写真は朝顔の「勝ち組鉢」。
土と光を勝ち取った連中です。
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対して「負け組み鉢」です。
元は同じ鉢から発芽したのですが、根がつかなかったり、双葉を広げるスペースがなかったりしてしおれていたのを、別の鉢へサルベージしました。うまく花が付けば妻の実家へもらわれていく予定です。
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種から育ったマリーゴールド。
何色の花が咲くのかまだ不明。本葉がかなり増えてきました。
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そして、唐辛子の群れ。
去年、観賞用の唐辛子を買って、冬を越したら全て枯れてしまったので、枝も葉も土に返し、実も割って種を鉢にばら撒いて肥料にしようとしたら、なんと予定外に発芽し、しかも猿蟹合戦で親蟹の仇敵を取る子蟹の如き大群に成長してしまいました。鑑賞できるような株に育てばいいですが、この密度はどうしたものか。間引いて食べたらおいしいんでしょうか、観賞用唐辛子の葉って。
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by antonin | 2007-04-18 21:41 | Trackback | Comments(0)

環境復元

あれから2ヶ月。
予定通り元の環境に戻りました。が、かなり元気になっております。

予告ではネットに接続する機会が減るはずだったのが案外そうでもなくて、したがって環境復元後も従来とそうたいして変わらないペースで安敦誌は進行していくと思われます。

有理進法の研究レポートは進みませんなぁ。腰を据えて再構成しないと。記憶はほとんどすっ飛んでしまいましたからなぁ。他にも二三、やりたいことがあるんですが、まぁ鬼籍に入るまでにはまだしばらくありそうなので、焦らずゆくとしましょう。

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我が家とは 遠きに在りて 想うもの
そして悲しく うたうもの

帰るところに あるまじや
ってわけじゃ、ないんですがね。
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by antonin | 2007-04-16 01:04 | Trackback | Comments(2)

障害者って何者だ

日頃の「手助け」に感謝(?) (ゴミ箱の中の雑記帳)

友人のblogから、上の記事を読んでいろいろと思ったのだけれども、長くなったので久しぶりに正統派のトラックバックを打つことにした。

上の記事では、次のニュースを参照している。

障害者の手助け経験、7割が「ある」 世論調査-政治ものニュース:イザ!

なんというか、「障害者」とか、「xxxの不自由な方」ってなんだろうなぁ、と思う。

足のない人もいるし、目の見えない人もいるし、耳の聞こえない人もいるし、幻聴が聞こえる人もいるし、人並みはずれて頭の悪い人もいるし、人並みはずれて顔の不細工な人もいる。みんな生きていく上での障害があるから、障害者と呼ぶのだろう。不自由があるから、不自由な人というのだろう。国が障害者認定をして手帳を交付する障害者もあるが、ブスの美容形成外科手術には健康保険すら適用されない。

私なんかは仕事が不自由な人だし、妻は一日中吐き気が続く人や腹が異常にでかい人などに2回ほどなった。どちらも障害者には認定されないが、当人はつらくて、しかも見た目にはそうは見えない場合だってある。金銭的社会扶助はあるが、障害者とは呼ばれない。

歳をとって体が不自由になれば介護認定というのが待っているが、一人で買い物に出られる程度に自由であれば、筋力が落ちたり節々が痛んだり神経痛がしたりしても、それは老いや病気であって障害とは扱われないが、当人は何かとつらいだろう。

逆に、当人はぜんぜんつらくないのに、見た目がとても「かわいそう」に見えてしまう人ってのもいる。当人は手助けを望んでいないのだが、助けるのがマナーであるという「常識」が流布していて、「今こそ助けるべきときだ」と人々に感じさせるオーラを放っている人がいる。車椅子や白い杖はそうした効果を増倍させる。

そして、関わりあいたくないと思わせるオーラを放つ「不自由な人」もいる。ひとりでブツブツ言い続けている人。パチンパチンと大きな音を立てたり聞きなれない声を出しながら手話で談笑している人。なんだか疲れちゃって、電車の長いすで横になって熟睡している人。妊娠初期の女性は、見た目には全く分からないが非常につらいものだという。


「障害者」ってカテゴリーってのは、つまりはなんなんだろう。よくわからなくなってきた。


みな、なにかしらが不自由で、何かしらの障害を持っている人なのに、他人の印象はさまざまだし、障害を持っている人だっていろいろだ。電車の座席の前に老人が現れたとき、その人が席を譲られて笑顔で感謝してくれる人なのか、一応遠慮してみるが本当は座りたい人なのか、年寄り扱いされたと感じて譲られた席を無視する人なのか、その人を見ただけでは分からない。

要するに、他人に気遣いができる紳士淑女は麗しいが、ときに小さな親切は大きなお世話であり、その厳密な区別は人間の手に余る業であるという、人類の普遍的問題の切れ端にも見えてきた。

少し問題を絞れば、重要なのは相手を知ることなのだが、一般に「障害者」なるものに接する機会は少ない。比率として少ない種類の障害もあるだろうし、世間から隔絶されているために絶対数に比して社会接触が少なくなる障害もあるだろう。


日本において日本語を話したり読み書きしたりできないことは大きな障害になるが、英語話者を障害者とか日本語の不自由な方とは言わない。言わないけれども、ガイジンと呼んで「普通の」人間と区別している。「普通の人」が英語話者に接する機会は少ないが、絶対数は多いので彼らと接する機会は皆無ではない。英語話者にどう接していいかは分からないが、基本的なコミュニケーションだけは取りたいので、知識として英語を学んだり、英語話者に金を払って会話を習ったりする。

中国語や朝鮮語、場合によってはタガログ語や、ポルトガル語などしか解さない人も日本にはいるわけだが、その人たち全てへの対応を普通の人が学ぶことは難しい。結局、ガイジンは面倒という結論に落ち着いてしまう人も出てくる。視覚や聴覚の障害で点字や手話を要求する人も、普通の人から見た性質としては似ている。

フィジカルやメンタルに障害のある人も同様で、一口に障害者といってもそのサブカテゴリーは無数にあり、総数はそれなりに多くても、サブカテゴリー単位では普通の人が一生お目にかかれないかもしれない障害だってある。それに加えて各個人の性格的な個性まであるのだから、完全な親切を施す術は人間の手に余る。しかるに、障害者は面倒、という結論になる人もいる。

しかしながら、親切は美徳であって、困っている人は助けるべきだという信念を持つ人も多い。ただ、人が困っているかどうか、あるいはどう助けて欲しいのかを見抜くのは、別に相手が障害者でなくても難しい。特に日本人は本音は別にして遠慮したりするから余計に難しい。勝手に親切だと思っていきなり行動してしまうのは、やはりバクチ打ちだろうと思うが、特に若い人の親切から出る行動に対して不愉快な反応をするのも、次の親切の芽を摘み取ってしまうという社会的損失を生み出してしまうように思う。


完全な解決は人の手に余るが、次善の解決策はあるだろうか。

ひとつは、多少なりとも不自由そうな人を見かけたら、とりあえず"May I help you ?"に相当する干渉から始めてみたらどうだろうか。なるべく多くの人のマナーとして。また、干渉される側にも、なるべく干渉を厭わず、遠慮なく正直に希望を伝えるということをマナーとして定めてみてはどうだろうか。こういう場合には"Honesty is the best policy"だと思う。なんだかこういう表現が日本語でしにくいのはむずがゆい。

本来、日本ではそうした問いかけの必要もないほど、近隣者同士が馴れ合う社会だった。だから互いの性格も知れているし、親切もおせっかいも差別も数え切れないほど存在していた。多少のおせっかいにも、のちのち親切を受けるためにさらりと感謝の言葉を返す建前も育った。しかし今はそういう社会ではないし、昔の姿に戻るという道もなくはないが、仮にあったとしてもずいぶんと先の話になりそうだ。当座の新しいルールと常識が必要となるだろう。


障害者に優しい社会、という概念はもはや古いらしい。ユニバーサルデザインという考え方が出てきてからは、誰にも優しい社会を目指すことになったらしい。五体不満足の人、代理出産で遺伝的親の籍に入れなかった人、脳の問題から言語能力のない人、精鋭を指揮して睡眠もほとんど取らず小国の国家予算並みの年収を得る人、そして普通の人も。彼ら全てに優しい社会。そんなものありえないだろう、とは思うのだけれども、理想から遠く離れた状態ではひとつの指針として正しいように思える。

私は最近、共産主義とか社会主義とかに凝っているのだけれども、これらはブルジョワジーなる資産階級が労働者を家畜のように扱っていた時代には、理想的行動目標として正しかったのではないかと思うからだ。ただし、共産政権が樹立し、そのリーダーが資産家を殲滅させて全体主義を敷いてしまった時代には、逆に資本主義が目標として機能をしはじめた。資産家と労働者は生物学的な共生に似た関係にあるのだから、どちらかが死ねば社会が死ぬ。少なくとも会社が死ぬ。今、日本ではそのバランスがまた狂い始めているような気がしている。


政治の話はどうでもいいのだけれども、隣にいるのに全然知らない人間との付き合いという、非常に難しい対人技術が現代の都市生活者には求められている。都市といっても別に東京だけの話ではなく、もはや日本に暮らす人々のほとんどは、人口密度のいかんに関わらず「都市生活」を送っていると考えていいだろう。地方であっても、すれ違う自動車の運転手がすべて顔見知りという生活を送っている人はいないだろう。

正しい日本語、正しいマナー、正しい常識、正しい学識、正しい思想。そうしたものがしきりにもてはやされるのも、全く知らない人に囲まれた日常生活の中での、他人との摩擦に対する不安感からくる、回帰行動の一種なのではないかと思うようになった。


ところで、ネット界隈には元気な障害者が多い。けれども、ネットに上がらない世界には、だんだんと元気をなくしている障害者も多い。養老先生の言ったように、現代の都市は脳の作り出した世界であって、特にネットはその粋である。昔は頭が少々バカでも五体が満足であれば農耕に駆り出したりできて役立ったが、今はその逆である。力仕事はほとんど機械的エネルギーが肩代わりしてくれるので、人間に残された役割は脳を働かせて何らかの情報を処理するばかりになりつつある。

ワット時やジュールといった単位の「仕事」を人間自らが処理していた時代は終わり、ビット単位の仕事に変わりつつある。月に何ビットの統計的情報量を社会に出力し、受容されたかで人間の価値が決まるようになりつつある。逆に肉体は運動不足になり、ジムに通って機械相手にジュール単位のエネルギーを無駄に消費して汗を流さないと、生物的な健康を保てないようなありさまである。

現代では、五体は少々不自由でも、頭脳が優れていれば水準以上の生活が可能になりつつある。逆に、知的障害者の立場はますます失われている。映画「マトリックス」では地球を支配した機械が人間をエネルギー源として利用し、人間の体を生かすために脳には仮想情報環境「マトリックス」を機械が与えているという設定だった。しかし決定論的なアルゴリズムで動く機械にとって、人間の体のうちで利用価値があるのは健康な脳ぐらいだろう。主人公の「ネオ」が仮想世界でソフトウェア技術者として働いていた意味のほうが深いように思う。


障害者って何者だ。社会的弱者って何者だ。普通の人って何者だ。定義に深入りすれば、案外そこには難しい問題が潜んでいるように思えた。


内閣府のアンケートに話を戻すと、アッサ/Max君は違和感を覚えているようだが、もし「障害者」なるものがあるならば、そうした人と気軽に話すというのは「ノーマライゼーション」なるものにとって非常に有効であると私は思っている。別に話し相手がいなくてかわいそうだから茶飲み友達になってあげるというわけではなく、そうした障害を持つ友人を持つことによって、自分と違う立場にある人間の考え方を知ることができるからであって、そうした会話などによる経験は、似たような障害を持った人々への接触においても、きっと良い方向に向かうと思うからだ。

つまり、「普通の人」はたいてい「障害者」について無知なのだから、たとえ気軽な会話であっても重要な啓蒙になるのだ。北京語や朝鮮語の機械翻訳で気軽に東アジアの人々の文章を読めるならば、彼らと同じ言語や文化を持つ人々との接触においても役立つだろう。英語話者と会話したり一緒に遊んだりした経験があれば、別の人に英語で列車の乗り方を尋ねられたとき、いくらか手助けがしやすくなりはしないか。

変な話だが、東京都内の大学に通っていた頃に岐阜出身の友人がいて、入学時に関東出身のクラスメイトたちから「岐阜って琵琶湖があるところ?」などと言われまくって気を落としていた。クラスメイトたちにとって、その学生と気軽に話し、一緒に遊ぶことは、岐阜県民の関東における将来の地位向上に役立てられるかもしれないのだ。

「気軽な会話」や「一緒に遊んだ」が「手助け」のカテゴリーに入るのは確かに変だが、いずれ手助けの役に立つ可能性はあるし、建前が入っているかもしれないにしても「困ったときはお互い様だから」が手助けをした理由のトップに立っているのは立派な回答だろうと思う。視覚障害者の友人に肘をつかませる誘導法を教えてもらい、実際に誘導してみたのも、若かりし私にとっては遊びの一種だったと言ったら怒られるだろうか。


今回の調査のタイトルが「障害者に関する世論調査」となっているのも、あるいは過去の調査との整合性から止むを得ないのかもしれない。役所の仕事というのはいろいろな法的な縛りがあって大変なものに違いないが、理想はきっと高い人たちの仕事だと信じたい。
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by antonin | 2007-04-11 20:34 | Trackback | Comments(4)

Linux奮戦記(6)

Commented by braven2 at 2007-04-10 11:14
自宅にも全く同じマシンが眠っていますので、antonin さんのこの奮戦記を参考にLINUXトライしてみたいと思います。Plamoが良いんでしょうか?私にはPlamoの経験はありません。RedHutやTurboぐらいしか。
やってみます。


bravenさんからご指摘がありましたので、Plamo Linux 4.2x を選択した理由を簡単に書いておきます。


実は"Mebius PJ1"には発売時期によっていくつものグレードがあります。我が家のマシンは妻が学生時代に買ったもので、第2世代にあたる"PC-PJ1-98"です。この前にWindows95が載っていてBIOSが少しだけ違う第1世代があり、このあとにCPUなどがスペックアップした"PC-PJ1-M2"やLANカードだかLANポートだかが追加された"PC-PJ1-M3"などが発売されています。ですから、同じPJ1でも同じ構成かどうかはわかりません。

Plamo Linuxにした理由は、CD-LinuxやFAT-Linuxなどの特種なものを除くとPlamoしかフリーディストリビューションが思い付かなかったというのが第一の理由です。しばらくLinuxからは離れていたので。RedHatやTurboなどの商用ディストリビューションが買えるのであれば、そちらの方が楽でいいと思います。

しかしPJ1のような古い機種に対しては、これらの商用ディストリビューションはどうしても重装備になりがちなので、HDDやメモリが不足する可能性があります。新しいディストリビューションも探してみたのですが、条件が合わず、結局Plamoになりました。

比較的新しいバージョンのソフトウェアで構成されていながらも、古いマシンに積める程度に軽装備で、FDブートによるインストールが可能で、日本語環境が充実していて、フリーソフトで全て構成されているディストリビューションというとPlamo Linuxしか選択肢がなかったと言うのが実状です。

I/OがアナログモデムとシリアルポートとUSB-1.1が1ポートある他はPCカードスロットTypeIIが1門しか無かったので、無線LAN付きルータを買ってきたときに付属していた802.11b/g対応カードでしかブロードバンド接続する手段が我が家には無かったのです。

ちなみに本家サイトやそこからリンクされているHowto以外の情報は古かったり断片的だったりしてあまり役に立たず、結局英文サイト漁りになりました。まぁそれでもソフト自身の国際化がしっかりしていて、日本語環境でもちゃんと動くんですからいい時代になりましたけどね。

こういった事情でPlamo Linuxになったわけですが、果して参考になりましたでしょうか。
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by antonin | 2007-04-11 09:03 | Trackback | Comments(0)

Linux奮戦記(5)

いよいよまとめです。嘘が含まれていても恨まないでください。英文サイトを巡れば真実に出会えるでしょう。

レシピ:
  • 本体:SHARP Mebius Note PC-PJ1-98 : MMX Pentium 233MHz, 64MB DRAM, 4GB HDD, 外付け3-mode FDD x1, USB 1.1 x1
  • USB-CD-ROMドライブ(頂き物):KXL-840AN
    (SHARP製の純正品ではないため、bootは不可能)
  • OS:Plamo Linux 4.2.1 (plamo-4.21_01.iso, plamo-4.21_02.iso, plamo-4.21_03.isoをCD-Rに焼きましょう)
  • または、
  • http://www.ring.gr.jp/archives/linux/Plamo/Plamo-4.2/
    以下をHDDに保存。この場合4.21ではなくなります。
  • 3.5" 2HD FDを2枚をbootdskとrootdsk.usbに各1枚。rawrite.exeを使いましょう。


FDDはあってもCD-ROMドライブはUSB経由なのでこういう選択になります。(インストーラーRAM-DISKイメージのrootdsk.usbにUSB対応のドライバーが入っている)

インストール時はrootでログインしてからUSBケーブルを挿すと仮想SCSI-CD-ROMドライブとして認識されるので、認識が完了してからsetupに入り、インストール元としてSCSI-CD-ROMドライブを選択します。

setupでパーティションを切りますが、はっきり言ってHDD容量に余裕がないので、パーティションを切り分けている余裕もありません。スワップパーティションに64~128MBくらい突っ込んで、あとは全て / に捧げましょう。ブートスイッチも忘れずに。

インストール元の選択は、CD-Rからインストールする場合は、仮想SCSIになっているので、SCSI-CD-ROMドライブを選択。HDDの場合は、なぜだかパーティション+ディレクトリ指定でうまく読みに行ってくれなかったので、

mkdir /mnt/usb1
mount /dev/sda1 /mnt/usb1


とかなんとかやっておいてからsetupに進み、「あらかじめマウントされたフォルダ」でplamoまでのpathを指定しました。このあたり、UNIX素人なのでよくわかりません。

あとは「お勧めパッケージ」でmコース(小さいほうから2番目)を選択しました。インストール作業が、はらほろひれはれと続くのでしばらく放置したのち、setupに戻って起動設定をし、再起動します。この時点でhda1は70%くらい食われています。再起動後、さっき設定したパスワードでrootログインし、adduserで通常使いのユーザーを確保します。

ここまでは公式サイトからリンクのある、インストールガイドそのままでOKです。すなわち、問題はここからです。


今回のインストールで最大の問題となるのは無線LANカードの認識なので、まず基本は無線LANカードのドライバチップに対応したデバイスドライバをインストールし、それが動く環境を整えるという筋になるかと思います。で、ここ。

Rt2x00Wiki

このプロジェクトでは、チップメーカーからGPLで提供されたドライバを元にRT2400, RT2500, RT2570, RT61と4つの系統のドライバを発行していますが、PCカード発売元の情報によると、

コレガ製品 PC UNIX(Linux、FREE BSD 他)対応情報 | 株式会社コレガ

ということでドライバチップはRT2560、したがって対応ドライバはRT2500系列となります。これの最新ベータを台湾辺りのFTPサイトからダウンロードしてきます。

このドライバには、ModuleのソースとUtilitiesのソースがあり、前者はユーザーインターフェイスのないデバイスドライバ、後者はQtベースの無線LAN設定用GUIアプリケーションになります。そして、こいつらのビルドのために私は1ヶ月以上深いダンジョンをさまようことになりました。

まずはRT2500のModule本体のmakeです。これはtar.gzを/usr/src/linuxに置いて展開すればいいのですが、残念ながらplamo-4.2の標準インストールでは/usr/src/linuxにはincludeファイルしか展開されていないという情報が公式サイトに記されていました。そこで、CD#2の/plamo/Kernelからkernelsrc-2.6.17.13_plamoUP-noarch-P1.tgzを拾ってきてinstallpkgします。そしてrt2500のModule/で

make
make install


します。しかし、これはまだダンジョンの最初のフロアでしかありませんでした。

設定ユーティリティのビルドにはQtが必要ですが、Qt自体がTrolltech社の製品であり、Trolltechのサイトからでは入手が少々面倒です。そこで、日本KDEユーザ会のFTPサイトftp://ftp.kde.gr.jp/pub/qt/source/から自由に拾えるqt-x11-free-3.x.x.tar.gzなものを拾ってきます。

なお、私は間違って巨大なQt4(opensource版)を最初にコンパイルしようとして、メモリが不足したり、hda1がuse%=100%になったり、swap地獄で無限遅延になったりしてコンパイルエラーを何度も見て、挙句の果てに苦労してビルドしたQt4はQt3と上位互換性がなく、RT2500設定ユーティリティーに要求されていたのはQt3でMakefileが作れないという悲惨な結末を見ました。ちなみにQt3なら比較的軽量なのでMebius PJ1本体でも一晩で何とかなります。HDDにもなんとか収まります。

ただ、ここで得た経験値でレベルアップした私は、USB接続したHDDにEXT3パーティションを作ってそこにソースを置き、それをKnoppix-DVDで起動したWindows Vista用の我が家で一番早いノートPCにmountして、

./configure
make


までおこなうというスキルを得ました。Qt4ではmake installでインストールしますが、Qt3はmake後

cp -r こっち あっち

でディレクトリコピーして.profile(bashの場合)に手動で環境変数を設定するだけなので、mekeした段階でUSBをMebiusに戻せばこの手が使えます。ちなみにこのKnoppix肩代わり方式では、Qt3が30分ほど、Qt4でも2時間ほどでビルドが完了しました。(Qt4は結局無駄でしたが)

そしてようやく、RT2500ドライバのINSTALLファイルに説明されているとおり、普通にUtilities/で作業が開始できます。

qmake -o Makefile raconfig2500.pro
make


すると、RaConfig2500というバイナリができるので、どこへなりともcpしてPATHを通せば出来上がりです。

さて、このドライバを起動するには、危険ですがrootからstartxしてストイックなtwm環境に入ります。ちなみに一般ユーザーでAfterSTEPから実行したらXサーバーに接続できないと言われて起動できませんでした。設定がいけなかったのかもしれませんが、動かすことで頭が一杯でしたので、この辺りの理由はよく分かりません。

ここで、

RaConfig2500 &

とするとマルチタブの「ナウい」設定ウィンドウが現れますので、適当な基地局を探したり、暗号化モードや暗号化キーを設定したりすれば完了



のはずですが、RT2500のSlackware向けHowtoを読むと、plamo-4.21のベースであるSlackware-11ではDHCPクライアントデーモンのバージョンが古くて無線LANには対応していないと書いてあるし、Linux Kernel 2.6 PCMCIA - HOWTOには、カーネル2.4で使っていたcardmgr (pcmcia-cs)ではなく、カーネル2.6ではpcmciautilsを使えと書いてあるし、pcmciautilsを使うためには "you need sysfsutils 1.3.0 or newer" だって言うし、さまざまな依存関係が未解決のようです。そのため、Qtのダンジョンにはまっている間に、名前の挙がっているモジュールは全てインストールしてしまいました。

sysfsutils-2.1.0.tar.gz
module-init-tools-3.3-pre1.tar.gz
dhcpcd-1.3.22-pl3.tar.gz

そして最後に、設定ファイル類を書き直しました。

/etc/network.conf
/etc/network.fixed
/etc/wireless.conf

あたりはいじりましたが、利いているのか不明です。

/etc/rc.d/rc.inet1.sub

/sbin/ifconfig lo 127.0.0.1
/sbin/route -net 127.0.0.0 netmask 255.0.0.0 lo
/sbin/route add default gw 192.168.1.1 dev ra0
/usr/local/sbin/dhcpcd
を追加しましたが、これは利いているようです。

rebootしてから

ifconfig ra0 up

としたら、とりあえずカードのパワーランプが灯りました。

つまり、RaConfig2500を起動する前にこのあたりの準備は完了してしまっていました。そのため、このあたりのモジュールが本当に必要なものかどうか、あるいは果たして有効に機能しているのか、plamoにはじめから入っているmurasakiは何をやっているのか、無線LANカードが動いてしまった今となってはトンと見当が付きません。

こんな混乱状態での試行錯誤でして、一体何が起きているのやらという感想です。もっと勉強しないといけませんが、まぁ、ぼちぼちと。
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by antonin | 2007-04-09 13:54 | Trackback | Comments(0)

Linux奮戦記(4)

スクリーンショットのとり方がわからなかったので、デジカメで撮りました。

b0004933_11551246.jpg
全体像は、こんな感じになります。マシンは、当時としては小さいB5フォルダクラスになります。

b0004933_115619100.jpg
左にPC-Card TypeIIスロットとUSB 1.1ポートが並んでいます。

PC-Cardスロットには、今回の主役、無線LANカードが刺さっています。PC本体が32bitのCardBus対応かどうか一瞬焦りましたが、CardBusの仕様制定が1995年らしいので安心しました。PCは型番サフィックスの示すとおり、Windows98発売直後の機種です。

USBポートにはIDE/USB変換ケーブルを通して2.5" 6GB HDDがぶら下がっています。反対側の端子と別電源を使うと3.5" HDDやATAPIの光学ドライブなども接続可能です。「もったいない作戦」の先駆け、余ったHDDをポータブルドライブとして再利用する道具です。2.5"だとバスパワーで動作するので、USBメモリみたいに使えて、とても便利。

このHDDは仮想SCSIドライブとして、ときにはFAT32パーティションを使ってPlamo Linuxのインストールファイルや各種パッケージファイルなど、Windowsで拾ってきたファイルをplamoに渡すのに利用し、あるときはEXT3パーティションを使ってVista機+Knoppix-DVD起動環境で高速ビルドしたバイナリをplamoに連れて来るなど、大活躍しました。

b0004933_1251558.jpg
X11+AfterSTEPの走っている画面はこんな感じ。狭い画面にkterm, Firefox, emacs/mew, xosview, emiclockなどを並べてみました。最近のでかいウィンドウに対して実画面が狭いので、仮想画面が本当にありがたい。

最新版のFirefox 2.0.0.3をダウンロードしてみましたが、基地局からWLANカードまで1mの距離で、だいたい3Mbps程度の実効速度が出ているみたいでした。良好良好。Opera9.10も落としてみましたが、Qt3のライブラリを見つけそこねているみたいで起動しませんでした。

b0004933_1281994.jpg
Firefoxの標準文字サイズで表示すると、一部文字が化けてHDDとなるべきところがH""になってしまっていました。「エッヂ゛」と読むんでしょうか。

b0004933_12123696.jpg
Firefoxの拡大機能を使ってフォントサイズを上げると問題は解消するので、Linux側のフォントの問題なのでしょう。


と、成功報告だけで過程の記述がないので、似たようなアタックを試みられている方には情報量ゼロかと思われますが、私自身もよくわかっていないので、許してください。ひとまずうまくいった部分だけをかいつまんで次回アップするかもしれませんが、挫折しても許してください。
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by antonin | 2007-04-09 12:15 | Trackback | Comments(2)

Linux奮戦記(3)

動いたよ! お母さん!

意味がよくわかりませんが、Mebius Note PC-PJ1-98Plamo Linux-4.2.1を載せて、coregaのIEEE802.11b/g対応CardBus無線LANカードWLCB54GLを認識させ、WPAの暗号化にも対応し、基地局と同じ室内で54Mbps接続できました。現在もその環境からここへ書き込んでいます。800x600の狭い画面を除けば、すこぶる快適です。日本語入力はwnn+cannaですかね。よく知りませんが。

デジカメをUSB接続して大容量ストレージデバイスとして認識し、仮想SCSIドライブとしてmount /dev/sda1すると直接JPEG画像を取り込めることも確認したのですが、画像縮小作業の都合のために画像付きの報告はVista環境のほうからおこないます。またあやしい環境がひとつ増え、大変満足しています。(もうひとつ増やす予定ですが、それはまだ先)

無事動いたのはいいのですが、何がどうなって動くようになったのか、さっぱりわかりません。lspciなんかを実行すると、まずCardBusドライバが認識され、次にRT2560が認識され、次にWPAの設定が認識されて基地局との接続が可能になり、最後にルーターのDHCPサーバーからIPアドレスをもらえて無事にインターネットへ接続できました。ただ、そこに至るまでの作業ステップ数が多すぎたのと、try and errorでずいぶん回り道をしたために、何が正しい手順だったのか、ほとんど理解できていません。またplamoのインストールから始めれば大体わかりそうなものですが、はたしてその時間と気合いがあるかどうか。

途中でずいぶんたくさんのフリーソースパッケージをダウンロードしてはビルドしました。36時間くらいコンパイルを続けて結局コケたビルドもありました。まだカーネルのリビルドは経験していませんけどね。あれ、UNIXにおいてはデバイスドライバのインストールってカーネルのリビルドなのか? それすらわかっていませんが。

とにかく、今回の「PCもったいない作戦」でずいぶんとLinuxの勉強をさせていただきました。ありがとう、世界のcode or howto suppliersの皆さん。
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by antonin | 2007-04-09 11:45 | Trackback | Comments(0)


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