安敦誌


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薄井逸走さんの記憶

個人的にお付き合いのある高橋銀針さんのBLOGに、「管理会社まかせにしないマンション管理」という本の紹介があった。私も分譲マンション暮らしなので、この手の問題には重大な関心があるのだけれども、それよりもこの本の情報には気になる点があった。著者の名前だ。

私の本棚には薄井逸走さんの本が一冊だけあって、それは「アメリカ・ドライブ見聞録」というものだった。今でこそBLOG記事の書籍化などは珍しくないが、この本は1990年代当時に読売新聞社が無料で運営していたパソコン通信ホストで、掲示板で定期的にアップロードされていた文章をまとめたものだった。かなり時代の先を行っていたように思う。私もその無料ネットの会員だったので、全く偶然の縁から、書籍化された薄井さんの本を購入したのだった。

薄井さんの作品一覧などを見ると、「元・税務調査官」という職歴に基づいた硬派な作品が多いようだけれども、そんなことはつゆ知らず、我が家にはパソコン通信時代の個人的な体験をつづった作品だけが所蔵されていた。10年以上を経て、偶然にお名前を見かけるということは、なかなか面白いことだと思った。

ネットで薄井さんのお名前を検索してみると、昔流行した"5TQ"(「ゴタク」)という5択クイズゲームの問題データを提供されていて、vectorに収録されていたりする。これも懐かしい。

世界は緩やかに環を描いているのだな、ということにちょっと思いを馳せた話。
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by antonin | 2008-02-26 01:32 | Trackback | Comments(3)

KYを巡る熱い議論

話題になったのが安倍首相の頃なので、もう流行語としてもかなり旬を過ぎた感のあるKYですが、この言葉を巡って熱い議論が繰り広げられていました。

ノート:KY - Wikipedia

熱いですね。
KY = ケンタッキー州を表す略号
というのは覚えておきたいと思いました。

一時期、木村拓哉さんが「キムタク」というような人名の短縮が流行し(そして下火になり)ましたが、あれも「パソコン」とか「エアコン」とか言うよりかなり以前に、榎本健一さんが「エノケン」などと呼ばれていたり、坂東妻三郎さんが「バンツマ」と呼ばれていたということがあったらしく、案外に歴史が長いようです。

KYとかJK(女子高生|常識的に考えて)とかいうのは、今後どうなるんでしょうか。数年前に、MK5 = 「マジでキレる5秒前」とか、MH2 = 「マジで屁が出る2秒前」などというのが話題になったことも記憶にありますが、もうさすがに使われていないでしょう。MJ-12とかが流行したのも同時期だったような感覚もあるのですが、何か関連があるのでしょうか。これも、よく探すと昭和初期あたりに起源があったりするかもしれません。

どうでもいいや。

--

マウス検定試験

不合格。

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--

ひさしぶりに。

今日の異口同音:「エラトステネスの呪い」(5件)

5件とか中途半端な「異口同音」ネタを探すというのは案外に難しい。

といいつつもうひとつ。

今日の異口同音:「ベラボーメン」(6件)

--

最近、少しだけ退屈。

民宿で温泉に浸かって、けだるい。夕食までは少し時間があるし、家族はまだ風呂から出てこない。そこでテレビを見ようとしたら、100円要るのだという。仕方がないので100円入れてみると、NHKしか映らないのだという。よく見ると部屋の隅にマンガの単行本が置いてあって、発行日は15年前なのだという。

そんな退屈さ加減。

そんなゆるゆるとした感じがそれほど嫌いというわけでもなく、本棚の奥から出てきた蚊取り線香と携行式の蚊取り線香ホルダを見て、夏になったらコドモを連れて山にでも行ってみようか、などと曖昧に計画してみたりする。
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by antonin | 2008-02-22 00:25 | Trackback | Comments(6)

世界の中のニッポン

ノートPCにVista Home Premium x64を載せてから1年が経過したけれども、画面端のサイドバーに置く標準ガジェットの中に株価や為替を自動表示するものがあったので、特に意味はないのだけれども飾りとして置いておいた。

今は住宅ローンという負債があるばかりで、運用に回すような余剰資金は全く無く、株式相場などどうなろうと知ったことではないのだけれども、日経平均の日頃の値動きはたいてい1日あたり100円未満だというのがよくわかって面白い。終値で前日比500円くらい上下すると一般ニュースの中に入り込んできたりする。

日経平均が13,000円台前半であれば、大手の投資資本がアメリカのサブプライムやらフランスの不正取引やらで身動きが取れなくなっている間に国内の株式を買っておけば、短期はともかく中期では相当値上がりする銘柄も多いのだろうなぁなどと思う。思いながらも、余剰資金がないので何も出来ない。5年位前に金地金相場が落ちていたときも同じようなことを思っていたのだけれども、やはり結婚資金やら何やらで物要りな頃で、結局何もしないで終わってしまった。

ただ、当事者ではなく傍観者として相場の流れを見てみるのも結構面白い。今は為替相場が少し気になっている。PC画面横の為替相場ガジェットには、ドルではなくユーロの相場を表示させるように設定している。一般ニュースでは相変わらずドル相場で円高とか円安とかの報道が続けられているけれども、ユーロのほうに視点を固定していると、ちょっと景色が変わって面白い。

かねてから予想されていたサブプライムローンの焦げ付きと、証券化されたサブプライムローンが中国産野菜や米国産牛肉のごとく色々なファンドに練り込まれていたことでドル相場が一時上下していたが、不思議にその間の円/ユーロ相場は160円/ユーロでほぼ変動していなかった。

ちょっと興味深かったので過去の円とドルおよびユーロのレートを見てみると、過去10年の推移では、円/ドル相場が一定水準を保つように調節されていたのに対し、対ユーロ相場は変動するに任されるような変化をしていた。
b0004933_012823.gif

グラフを見ると、対ドル相場のほうは平均値からプラスマイナス15%程度に収められ、しかもピークのあとは徐々に揺り戻すように振動波形になっているのに対して、ユーロのほうはだらだらと一定の傾きで変化を続け、平均値からの乖離は最大で約30%に達している。ただ、ここ半年くらいは様子が違ってくる。最近2年間の推移グラフを見ると、
b0004933_0181413.gif

昨年の夏あたりまでは対ドル相場が一定水準を目指したような水平線になっているのに対して、対ユーロ相場はユーロ高傾向が放置されたような形になっている。これが昨年の夏以降は、逆に対ユーロ相場が水平線になり、対ドル相場はドル安傾向を放置されたような下降線を描いている。

引用元:「Yahoo!ファイナンス

もちろん、対ドルのほうが取引額の規模が大きいとか、半年程度の推移では何もわからないという面もあるのだけれども、日本のマクロ経済を統制している日銀などに考え方の変化が起こったというような可能性が読み取れなくもない。また、昨年夏以降というのが安倍政権から福田政権に移った時期とも重なり、対米重視だった小泉・安倍両内閣と、世界的なバランスのほうを重視する福田内閣の性格とも重なり合って、また興味深い。

株式市場などというのは個人生活にはあまり影響しないけれども、為替というのは物価を直撃するので、投資云々を別にしても個人生活に影響する。ユーロのほうが多国籍通貨なので堅実な統制がされる傾向にあるけれども、石油などは依然としてドルベースで決済されるほうが大勢を占めているので、原油価格と併せてドル相場というのが重要になってくる。原油価格が上昇しても、ドル相場が下落すれば多少は相殺される。

そんな事情もあって、円がドル圏からユーロ圏に足場を移す試みを実行しているのだとすれば興味深い。ただなんというか、地理的な条件を無視して仮に日本がEUに加入したいと手を上げても、実はそれは却下されてしまうという情報があって物悲しい。
(参考)経済収斂基準

1. 物価:過去1年間、消費者物価上昇率が、消費者物価上昇率の最も低い3か国の平均値を1.5%より多く上回らないこと。
2. 財政:過剰財政赤字状態でないこと。
(財政赤字GDP比3%以下、債務残高GDP比60%以下)
3. 為替:2年間、独自に切り下げを行わずに、深刻な緊張状態を与えることなく欧州通貨制度の為替相場メカニズムの通常の変動幅を尊重すること。
4. 金利:過去1年間、長期金利が消費者物価上昇率の最も低い3か国の平均値を2%より多く上回らないこと。

引用元:「外務省: EUにおける通貨統合

日本の債務(国債)残高は平成19年度でDGP比104.8%に達していて、ここが引っかかってユーロのシステムに加盟する水準に達していないとみなされるらしい。

参考:「財務省: 戦後の国債管理政策の推移」(PDF)

また、金融関係者の間では、日銀の外貨準備高に占めるユーロの比率が30%まで高められたという「ドル離れ」に関する情報がすでに話題になっていたらしい。

NET EYE プロの視点 - 日銀、ドル基軸に”反旗”(2006/12/18)

日銀が徐々に金利引き上げを試しているだけで猛反発している経済評論タレントもいるが、実際には国債が足かせになっていて、金利調節も財政出動も、マクロ的な手法が何も取れないコントロール不能状態が日増しに深刻になっている。この状況でこれだけ経済を安定化させている財務省と日銀の人たちは本当にすごいと思う。

実際には、歳入に数えられていない特別会計を全て一般会計に組み入れて、不要な支出を一気にカットして必要な支出に回すような構造改革が進めば、現在の国力なら日本の国債残高もすぐに減らせるような額ではあるのだけれども、いろいろと複雑な利権が絡んでいて、この手の改革は一向に進まない。

こんな傾向の中で、同じ国際協調に自衛隊派遣をするとはいっても、単純なアメリカ追従ではなく、派遣の根拠として国連決議を基本に置く小沢さんの意見がしっかりと時流を見ているのは面白い。自由党と違って民主党は「小沢党」にはなっていないので、仮に政権を取ったとしても、とたんに各論で党内の意見が割れて大変な混乱に陥るのだろうけれども、一度仕事を任せてみたいような気はする。

ところで、小泉さんの尋常でない執念によって郵便局が民営化し、とばっちりを受けた道路公団も民営化されたけれども、その後なにか具体的な財政上の効果というものはあったんだろうか。

財政投融資リポート2007 - 財政投融資改革とその後の状況

上記リンク先の資料などを見ると、郵貯の巨額な貯蓄残高の主な流れ先であった財政投融資が圧縮されて、特に批判の多かった特殊法人向けで大幅に減少してはいるのだけれども、それが国債に回って、民間への税による支援などというお題目で、結局一般法人化した旧特殊法人に流れたりはしていないのだろうか。このあたり、ちょっと素人では分析できない。

去年あたりから、ETCの車載装置の購入に補助金が付くキャンペーンが大々的に行われているけれども、このあたりのカネの流れは一体どうなっているのだろう。

ORSE|財団法人道路システム高度化推進機構

このキャンペーンの大元である上記の財団法人の役員一覧などを見ると、トヨタ自動車会長の張さんを筆頭に、国土交通省や経済産業省、警察庁などからいわゆる「天下り」のお役人さん、そしてETC設備や機器、それにETCカードに利権を持つ信販会社などからいい感じにお偉いさんが集まっている。

私などは車を利用するので助成金が頂けるのがありがたいのは確かなのだけれども、本来はリースなどで初期負担を軽減するように民間企業が努力するのがあるべき姿であって、税金を適度に還流させてうまいこと利益誘導しましょうというのは、いかにも旧態依然という感じがする。

官僚も人間なので、何かしらの「役得」がないとあの激務に耐えるだけの意欲というものが湧かないには違いないのだけれども、そこに余計な業務を仕立てて余計な税金をつぎ込むくらいなら、まだ恩賞年金を手厚くしてダイレクトに個人支給したほうがいいんじゃないかと思う。

"restructuring"というと本来「構造改革」で、まず組織が生まれ変わり、個人はそれに合わせて再配分されるということだったはずが、日本では「リストラ」=「首切り」あるいは「賃金カット」ということになってしまった。変わったのは個人の雇用形態だけで、組織はおおむねそのまま残った。「構造」は何も変わっていない。

このあたりの感覚も、アメリカの中でも特に共和党的というか自由資本主義的な感じで、日本の政治ももう少しヨーロッパのほうを向いてくれると暮らしやすくなるだろうになぁ、という感じがしなくもない。ただ、すでに組織の上のほうにいる人たちには、現状路線のほうが暮らしやすいに決まっているので、もう暴動でも起こさない限り変わりはしないのだろう。

正直、一小市民としては日本の将来がどうなろうと知ったことではないのだけれども、1ユーロ158円94銭という数字を見ながら、なんとなくそんなことを考えた。
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by antonin | 2008-02-17 02:07 | Trackback | Comments(0)

エキサイト

ここのアクセス解析などを見ていて、案外に古いページが検索にヒットして参照されているのが少しだけわかる。「沈黙は金」だとか「ピタゴラス一致」などが検索ワードとして挙がっている。おそらく次のページあたりがヒットしたのだろう。

沈黙は金、ならば…
ピタゴラス一致

上記の記事はWikipedia的な衆合知の世界とはまた随分と違った切り口なので、到達した人の8割がたは舌打ちしながら去っていくのだろうと思うし、それでも2割程度の人が喜んでくれれば本望でもある。

そんなこんなで安敦誌の古い記事などを眺めていたら、意外な人がエキサイト・ブログを利用していることがわかったので、メモ。

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安敦誌初期の記事(「検索千夜一夜」)にリンクを残している「勝手に哲学史入門」にある「日記」のリンク先がexblogだった。

猫だっていろいろ考えているんです

ここで紹介されていた「哲学の誤読 ―入試現代文で哲学する!」という新書をAmazon.co.jpで衝動的に発注した。これは面白そう。確かに書評でも書かれているとおり、本来の「哲学」とは、明確な答えがあってそれを学ぶものというより、「いやがうえにも思い考えてしまう」という性質のものであるように思う。本来見えないものを見ようとする行為にあたって、その道筋を示す参考として既にある定跡くらいは知っておこうというのが歴史上の哲学を学ぶ意味だと思う。日本の学者コミュニティでどう考えられているのかは知らないが。

ただこの本、12月に発行されたばかりの新書であるにもかかわらず、納期が3~5週間となっているのはどういうことか。思いのほか売れてしまって、重版が追いついていないということか。同時に申し込んでしまった情報処理試験のテキストの納期はどうなるのか。ちょっと心配。

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さてもう一件。
日経エレクトロニクス誌で紹介されていた小説「インピーダンス・マッチング」を書評で取り上げていた"404 Blog Not Found"に自書を献本していた酒井穣さんのBLOGである「NED-WLT」。

確かにこの「課長」という着眼点は面白い。個人的な人生における最終目標は未定なのだけれども、あとでいろいろと薀蓄を語って若者に煙たがられるためにも、一度は組織管理の経験もしてみたい。小さいグループでいいから。家庭ではすっかり管理されてますからね。そういう意味で課長入門みたいな本は興味深い。

興味深いついでに、Amazonでプロジェクトマネージメントの"Idiot's Guide"本を発注した。ま、これもゆっくりと読んでみたい。この手の翻訳本は読みやすくて好きだ。
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by antonin | 2008-02-10 05:57 | Trackback | Comments(0)

邦題放題

「女と女と井戸の中」という映画があった。

映画そのものを見たことがないし、ストーリーなども一切知らないのだけれども、そのタイトルだけは強烈な印象があって今でも忘れられない。

同じようにタイトルだけを覚えている映画に「月より明るく」というものがあるのだけれども、これは原題に対して直訳になっているのに対して、「女と女と井戸の中」の原題は単に"The Well"だから、直訳すれば「井戸」でしかない。これがもしメジャーから配給される映画だったら「ザ・ウェル」になっていたのだろう。だから、こういう優れた邦題は愛おしい。

昔は「ローマの休日」とか「風と共に去りぬ」などといった名訳があったけれども、これもどちらかというと直訳だった。最近はアクション映画が増えたせいか、あるいは単に輸入する映画の本数が増えたせいか、あまり面白い邦題を目にすることはなくなった。

例えば"Spider-Man"を「蜘蛛男」と訳すのは馬鹿げているが、"The Aviator"なんていうおしゃれな原題が「アビエイター」になってしまったのには悲しくなった。「飛行家ハワード」だと「機関車トーマス」みたいだけれど、もう少し意味の通じる邦題はなかったものだろうかと思う。

ただ、「スター・トレック」がいいのか「宇宙大作戦」がいいのかと言われると、確かに微妙なところではある。"Mission Impossible"が「スパイ大作戦」としてテレビ放映されていたのと同時期の作品でもあったので、「宇宙大作戦」という邦題も当時としては良かったのだろう。「白バイ野郎ジョン&パンチ」(原題"CHiPs")がリメイクされたら、一体どんな邦題が付くのだろう。

とはいえ、最近でも優れた邦題は見かける。頑張っている人はいるものだ。そのあたりの記事も見つかったので、一応リンク。

洋画の邦題 苦心の産物 : 話題 : 映画 : エンタメ : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
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by antonin | 2008-02-10 02:17 | Trackback | Comments(0)

スルメイカより紋甲烏賊

タイトルに意味はありません。

--

日本に活力を与える方法を提言。

『法令の90%を廃止』

あふれる法令のお陰で飯を食ってる司法資格者や行政職員なんかも多いのでまず通らないだろうけれど、これはかなり効果があるんじゃないかと思う。

最近「偽装」だのなんだのが話題に上ることが増えてきて、それに対してマスコミがしばしば祭り状態になっていて、挙句の果てに規制の強化なんて言う流れになるけれども、これは最悪の流れだと、みんな薄々というか、かなり実感を伴って気付いているんじゃないか。大企業や官僚ばかりが叩かれるけれども、そこらの日本人を見れば、みんな同じようなことをやっている。

昔は日本人というと、車も来ない道でも赤信号なら止まって待つといわれていたし、実際にそういう人が多かった。それが最近だと、車が来ても、そしてこちらが赤信号でも、「自動車は歩行者に道を譲るのがマナー」というような勢いで横断歩道を渡っていく人がいる。「人がいる」というレベルではなくて、そういう人のほうが多い。

これはかなり逆説的だけれども、「ルールが整備された」せいなんじゃないかと思う。問題があると、管理サイドとしてはそれを取り締まるルールを設定することで「再発防止策を打ちました」という報告書が書けるのだけれども、実際に残されたルールを見ると、こんなもん本気で守ってたら仕事になんねーよ、というようなものが本当に多い。実際、ISO-9000シリーズの品質保証システムを競って導入したあたりから、日本人の様子もかなり変わったように思う。

場当たり的なルールが累積して、まともな行動が阻害される。明治憲法下で作られた漢字カタカナ交じりの法律と、グローバリゼーションの影響で「違う意味で」漢字カタカナ混じりの法律が、互いに干渉して全体的な法体系を破綻させている。その上、次々に新しいルールが追加され、さらにはみんなが口うるさく「マナー」なんて事を言い出す。しかもそのマナーとやらも、誰かの「心のマイルール」みたいなものがほとんどで、あまり共同体のルールとしては実がない。

ルールだけならゴマンとあるから、どんな行動にも難癖が付けられる。うまく探せばそれを無効化するような法律だってどこかに埋もれているから、結局は理屈じゃなくて感情論で決着する羽目になる。

もう、パッチだらけで障害が頻発するようなシステムは一回破棄して、シンプルかつクリーンなシステムをスクラッチで書き直したい衝動に駆られるが、まあ実際問題そうもいかないんだろう。OSなら雑多なデバイスドライバがなくなったって周辺機器がいくつか動かなくなるくらいだが、法律の場合、ある法律が消滅することで職を失うような人間が出てくる。「星の王子様」に出てくるガス燈守りみたいな人だ。

時代に合わなくなったのに放置されて誰も守らなくなった自動車の速度規制の話や、第2項はともかく第1項はどう考えてもおかしい憲法9条が放置されている状態が、だんだんと日本人の法律に対する感覚をおかしくしてきたというような話は過去にも書いたけれども、なんというか、肝心なところで嘘が放置されているのに、細かいところでは本当に胸糞が悪くなるくらい細かいルールが設定されていて、仕舞いには「コンプライアンス強化」なんていう話になってくる。実際問題として遵守不能なので「現実的運用」をしていると、事情をよく知らない外野から「偽装」と騒がれる。なんだか随分と面倒な世の中になった。

ルールがシンプルで、それでいて全体としての整合性が取れていると、ルールの網目の隙間にある「法の精神」とやらが素人でも推測しやすい。常識的に考えてこうだろ、というあたりで大体見当が付く。細かいことは当事者が判断すれば適切に事が運ぶし、人は常に考えることを要求され、訓練される。それが、異常に細かいルールが目白押しで、しかもそれらが互いに矛盾したダブルスタンダードやトリプルスタンダードみたいなものをたくさん含んでいたりすると、人は常識で考えるということをやめて、目先のルールに場当たり的に対応したり、もう面倒になってごっそり無視してしまったりする。今はちょうどそんな状態なんじゃないかと。「まあ、形だけですから」

プログラムなんかでも、あまり大域的なスコープを持つ情報というのは、予期しない動作の原因となるので嫌われる。機械なんかでも、ユニットの制御はユニット内でいったん完結させて、ユニット間のインターフェイスを流れる情報というのはなるべく減らしたほうが全体としての制御はうまくいきやすい。

この地方だけのルール、この町内だけのルール、この会社だけのルール、この家だけのルール。そういうものを積極的に認めるような、分権とか自治とかモジュール化とかカプセル化とか、そういった古典的な手法を使わないと、でかいシステムはたいてい破綻する。日本なら国家全体を覆うルールが多すぎる。文部科学省と経済産業省と国土交通省といった省庁の政令がそれぞれ独自の論理で干渉しあっているだけでも面倒なのに、それが国際ルールと複雑に絡み合ったりしていると、もうまともに制御可能とは思えない。

そこらへんの基本的なスパゲッティ状態に10年以上曝されてきた結果として、日本人はこういう風に変わってしまったのだと思う。モラルの低下を嘆くのは簡単だけれども、なんというか、ある意味とても自然な反応なんじゃないかと思ってしまう。意味があるんだかないんだかわからないけど、感心するくらいに複雑なルールよりは、一瞬不安になるくらいシンプルだけれども、その意味するところならはっきりと理解できるようなルールのほうが、一般市民としては守りやすいし、取り締まるほうとしても現実的になりやすい。

嘘つきは泥棒の始まり。そういう意味では憲法改正には大賛成なのだ。憲法改正となると手続きも色々と面倒なので、どこかのパイロット校で校則を10条くらいの箇条書きに抑えるようなことを試してみたらどうだろう。校則というより拘束みたいなのが多すぎて、生徒たちは自分の頭で状況を考えることを放棄せざるを得ないような育ち方をしてるんじゃないだろうか。『「懲役」と「担当さん」の365日』という本を読んで思ったのは、学校生活と刑務所生活はよく似ているな、ということだった。

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いやまぁ、それにしてもモンゴウイカはおいしいですよね。ヨメがスルメイカで育ってきた人なので私も最近食っていませんが、あのコリコリした食感が懐かしいです。
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by antonin | 2008-02-10 01:05 | Trackback | Comments(0)

デジカメのデータが壊れた

いや、びっくりしました。

今日は東京地方でも結構な雪が降って、ムスメと屋上で雪だるまを作って遊んだりしたのですが、そこで撮影した写真をPCに取り込もうとしていたときに、事故が起こりました。

普段使っているデジカメ付属のUSBケーブルは、妙な専用アダプターを使わないとPCに接続できないという制限があって、普段はデスクトップPCの裏側にあるUSB2.0ポートにつなぎっぱなしになっています。(フロントポートはUSB1.1なのです)

ところがデスクトップ機の置いてある部屋は暖房も入れていなくて寒かったので、ぬくぬくのリビングでデータを吸い出してやろうと、ノートPCを持ち込んで、内蔵のメモリカードリーダー(BIOSとドライバのアップデートで64bit Vistaでも使えるようになった)で吸い出して、LAN経由でデスクトップに移してやろうと考えました。

しかし、どうもメモリカード(Xdピクチャーカード)の刺さり具合が悪く、認識に手間取っているうちにファイルシステムエリアを破壊してしまったらしく、無情にも「このフォルダは空です」としか表示されなくなりました。デジカメ本体にカードを戻してデスクトップ機で認識させても同じ状態で、デジカメ本体でも読み取れなくなっていました。

こういうときはネットに頼るしかないということで、いろいろと検索しました。データ復元をしてくれる業者さんや、データ復元ソフトの販売サイトなどにも行き当たったのですが、よく読んでみると、単に消去ファイルの復元をしているだけのようなので、もう少し情報を拾ってみることにしました。

最初に窓の杜で紹介されていた Recuva というソフトを試してみたのですが、全く復元候補ファイルが表示されません。どこぞのデジカメデータ専用復元ソフトのサイトに載っていた

FORMAT K: /FS:FAT /Q
(Xdピクチャーカードの入ったデジカメがUSB経由でK:ドライブにオートマウントされていたため"K:"を指定)

でクイックフォーマットしてパーティションを復元してみましたがダメでした。Recuvaはあきらめて次の候補を探し、Gigazineで紹介されていた PhotoRec というのを試してみました。バージョンは6.8の安定版です。これを実行してみたところ、Gigazineの誘導どおりに操作して、無事に56個、434MBの写真および動画ファイルを復元することができました。このうち3個は手動で消去した古い写真でした。

復元ファイルの保存先をPC側のハードディスク上に設定するところだけ間違わなければ、あとは自動でやってくれるので非常に便利です。ただしファイル名は普段とは違う名前になっていました。ファイル作成日も復元時点の日時になっています。撮影日などはEXIFデータに残っているので、WindowsのプロパティやEXIFデータリーダーで読み出すことができます。最後に、デジカメのメニューからメモリーカードのフォーマットを実行しておきました。その後問題なく使用できています。

デジカメ写真データの破壊は初めてだったので焦りましたが、しゃべり始めたムスコの声なども入っていたので、なんとか復活させることができてよかったと思います。しかも出費ゼロで済ませることができました。ありがたい。同じような状況に陥った方の参考になればということで、一応ここに報告しておきます。
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by antonin | 2008-02-03 11:48 | Trackback(1) | Comments(5)

最近の読書周辺

まず、こちらから。
『「懲役」と「担当さん」の365日』

以前こちらで紹介した、エキサイト・ブログの記事が書籍化されたものです。ちょっと軽めのタイトルが付いていますが、非常に重厚な内容です。犯罪増加と聞くと厳罰化というのが昨今の風潮ですが、それだけでは問題は解決しないということを、確かな現場経験と、単なる経験ではない心理技官としての分析研究成果によって映し出しています。

そうはいっても、刑務所という「異界」を覗き見る好奇心というか下世話な興味というか、そういう部分も満足させてくれる挿話も適度に混ぜ込まれているので、勢いよく最後まで読み通すことができます。遅読の私にしては珍しく、数日の通勤電車での読書で読み終えることができました。重ねて言いますが、それでも非常に貴重な情報にあふれています。時事にも即していて、ミリオンセラーの新書に勝るとも劣らない良書でした。こういう文章が書けるような年齢の重ね方をしたい、とも述べましたが、なんだか目標が高すぎたかもしれません。ともかく、出版に感謝します。

ブログのほうでは少年院に関する新シリーズが始まっていますので、こちらも楽しみにしています。しかし出版以前から見ていたBLOGからの書籍化に対する書評でこれだけベタ褒めだと、まるでサクラか提灯記事みたいですが、BLOGのバックナンバーに文章がそのまま載っていますから、それを読んでいただければ文章の真価が知れるので、この点もまたありがたい話です。

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その他。

愛読中の「ローマ人の物語」は、文庫でようやく第22巻まで読み終えました。第1巻は新刊本で買ったので、5年半をかけてようやくここまでたどり着いたことになります。これでもまだヴェスパシアヌス帝の治世が終わったところで、まだ五賢帝もコンスタンティヌスもユリアヌスも出てきていない。先は長い。そしてこれを書き上げた塩野さんはすごい。そしてまだしばらく楽しめるというのは嬉しい。

「ローマ人」と並んで、日本人にも興味を持っていたので、司馬遼太郎さんの著作にも興味を持っていたのだけれども、この方の著作は膨大で、一体どこから手をつけたものか迷っていたら、まさに「この国のかたち」というタイトルの文庫本があったので、手始めにこれを読んでみることにした。

この作品は典型的な司馬作品である小説ではなくて、「文芸春秋」の巻頭エッセーをまとめて書籍化したものとのこと。今ではこのコーナーには阿川弘之さんが「葭の髄から」というエッセーを(旧かな遣いで!!)書かれています。私は親が「文藝春秋」を読むような家庭に育たなかったので、この雑誌を「どうせ小説ばっかり載ってるんだろ」ぐらいにしか思っていなかったのだけれども、昭和の陸海軍の特集が組まれるのを機会に読み始め、すっかりはまってしまった。以前は司馬さんの巻頭文まで毎号掲載されていたのかといまさら知ることに。

今は第2巻を読み始めたところなのだけれども、第1巻に私の興味のあることが一通り書かれていて、まさに自分の口を突いて出てきた言葉は井戸の水のようなものであるというような思いを強くした。(「ぽろりぽろりと井戸の水」) 昔に調べた呉音の話も出てくるし、原始仏教と日本仏教の違いという話も出てくるし、江戸期の文化的豊かさの話しも出てくる。第2巻では日本の金産出史の話なども出てくる。もう面白くて仕方がない。

他にも読みたい本が山積みなのだけれども、ちょっと頭が追いついていない。「数学ガール」は「数学萌え」な人にはいいのかもしれないが、私の場合に限っていえば、「算法少女」みたいには純粋に楽しめない。数式処理に苦しんだ中学・高校時代の悪夢が蘇ってしまい、どうも素直に読めない。内容はなかなか良さそうなんだけれども、登場人物である3人の高校生が優等生過ぎて、誰にも感情移入できないというのがつらい。

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何かを知ったり学んだり考えたりするのは本当に楽しいが、それを活かそうとすると、これは実に難しい。まぁ、今は本業に真剣に取り組める環境になったし、コドモたちとも同居できるような境遇になったので、しばらくは正面を向いて歩きながら、電車に乗っている間くらいは読書をするということで丁度いいのかもしれない。
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by antonin | 2008-02-01 03:30 | Trackback | Comments(0)


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