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シベリアとシベリウス

マリアとマリウスの出てくる話を書いたことがあった。

安敦誌 : 100人のマリオ

それからしばらく、「シベリア」と「シベリウス」という音にも同じような類似性があることが気になっていた。ひょっとしたら関連性があるんじゃないか。ということで調べてみたら、「シベリア」は"Siberia"で、「シベリウス」は"Sibelius"だった。ヨーロッパの言語でLとRの違いは決定的で、到底、同語源の語とは考えられない。というわけで終了。

というのでは寂しいので、周辺情報を少し拾ってみた。"Siberia"の語源は、現在の西シベリアに15世紀から16世紀にわたって存在したシビル・ハン国の首都シビル"Sibir'"から来ているという。シビルはその後のタタール系言語では「カシュリク」とか「イスケル」などと呼ばれていたようだが、16世紀以降は廃墟となり発掘遺跡が現存するのみらしく、資料が少ない。シベリアとは、「タタールの軛(くびき)」の歴史を色濃く残した名前なのであった。

一方の"Sibelius"はというと、フィンランドの作曲家、ジャン・シベリウスを指している。シベリウスといえば「フィンランディア」だけれども、この曲は当時ロシアの支配下にあったフィンランドが、その圧政から逃れて自主と独立の回復を願う音楽だった。当時のロシア政府から演奏を禁止されたという話は有名だ。

日本人にとってスカンディナヴィア周辺に位置する北欧三国、つまりノルウェイ、スウェーデン、フィンランドの各国は、その印象が似ていて区別しにくい。ノルウェイはスカンディナヴィア山脈の北側にあってノルウェイ海に面し、スウェーデンはその南側にあってバルト海とボスニア湾に面している。フィンランドはスウェーデンの東にあってロシアと国境を接し、ラップランドを抱えていたりフン族に由来する言語特徴を含んだフィンランド語を公用語としたりして、アジア人にはやや親しみやすい。

「フィンランディア」の初版が書かれたのが1899年というが、フィンランドの「隣国」ノルウェイの英雄アムンゼンが人類で初めて南極点に立ったのが1911年だった。19世紀から20世紀に移り変わるという時期に、スウェーデン系でフィンランド出身でロシア国民であるところの、作曲家ではないシベリウスさんが東方探検に出て各種の発見をもたらしたために、彼の地が「シベリア」と呼ばれるに至った。そんな妄想を描いていたのだが、どちらにしてもヨーロッパから陸続きの地の発見に19世紀末ではちょっと遅すぎたのは間違いない。

LとRの話のついでにもうひとつ。

ルノーの車種に「ルーテシア」というのがあったが、これはパリを指す古い名前なのだという。本国では「クリオ」と呼ばれていたのだが、日本国内ではホンダの商標と衝突したため、この名前になったのだという。フランス語では"Lutécia"と綴るが、ラテン語では"Lutetia"となる。

そして、1907年にパリ出身の科学者ユルバンが単離に成功した元素は、"Lutetium"(ルテチウム)と命名された。質量数176のルテチウム同位体は半減期が378億年と長く、また地層中の含有率としては金や銀よりも豊富であるため、地層の年代推定に用いられているという。

これに先立つ1844年、ロシアのクラウスによって単離された元素は、やはりラテン語でロシアを意味する"Ruthenia"から"Ruthenium"(ルテニウム)と命名された。ルテニウムは耐腐食性の高い物質であり、数ナノメートルの薄膜に加工され、ハードディスクの磁性粒界や露光マスクの保護層など、最先端テクノロジーの現場で利用されているという。

そんなルテチウムとルテニウムだが、元のスペルは全く異なるのに、カタカナで書いてしまうとほとんど区別が付かないくらいに似てしまう。BとVは福沢諭吉か誰かが「ヴ」という超絶技巧による仮名表現を考えてくれたおかげで、日本人にもなんとか書き分けることができるようになったが、LとRや、T,DとTHとS,Zなどは、どうやっても書き分けることができない難所となって日本人を悩ませ続けている。

日頃馴染みの薄い元素名などでは他にもこの手の紛らわしいやつが大量にあり、例えば「タリウム(Tl)」と「トリウム(Th)」と「ツリウム(Tm)」があり、これに「テルビウム(Tb)」や「タンタル(Ta)」や「テルル(Te)」などが入ってくると、もう手に負えなくなる。Tで始まる元素にはまだ「チタン(Ti)」や「テクネチウム(Tc)」があるのだが、嫌がらせとしか思えない。

ちなみにテルビウムの名の由来になった「イッテルビー」というスウェーデンの地からは多くの新元素が見つかったらしく、「イットリウム(Y)」や「イッテルビウム(Yb)」などという元素名も生まれている。いい加減にして欲しい。

面倒なので参照ページを最後に一括掲載して終わりにする。

シベリア - Wikipedia
シビル・ハン国 - Wikipedia
ジャン・シベリウス - Wikipedia
フィンランディア - Wikipedia
ロアール・アムンセン - Wikipedia
Qashliq - Wikipedia, the free encyclopedia
フィンランド - Wikipedia
フィンランドの歴史 - Wikipedia
外務省: ノルウェー王国
外務省: スウェーデン王国
外務省: フィンランド共和国
ルノー・クリオ - Wikipedia
パリ - Wikipedia
ルテチウム - Wikipedia
ルテニウム - Wikipedia
ルテチウム Lutetium
ルテニウム Ruthenium
元素周期表
ルテニウム - 通信用語の基礎知識
ルテチウム - 元素資料集 -- Ray:雑学事典
ルテニウム - 元素資料集 -- Ray:雑学事典
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by antonin | 2008-06-30 23:40 | Trackback | Comments(0)

世界にオモネラナイト

かつて、こんなことを書いたことがあった。
ここでの記述は、エキサイトチャットの友人に向けて日常をさらすとか、特定のテーマに視点を定めて掘り下げるとか、そういうことを意識的に避けているところがある。自分勝手に自分の気が済むように書いているのが8割なのだが、残りの2割として、検索エンジンで検索していたらノイズにつかまってしまった、というような人を仮想読者として書いている。

まぁ日常もちっとは晒したりしているのだけれども、それは息抜きというか、ここでの主流ではない。というわけで、たった10件しか出ないexblogの検索キーワード解析を楽しみに見ていたりする。今月のヒットは

共同実験者 謝辞

というやつで、こんなので安敦誌にやってきた人は本当にお気の毒としか申し上げようがないのだが、まさにこれが安敦誌の狙っている典型的な読者像なのである。こういう検索ワードでの上位に「まぐろ実習レポート」を上げてくれるgoogleの心意気には感謝したい。

さて、そんな検索キーワードの中に「日本語 阿る」というものがあった。googleで検索してみた上位に安敦誌は入っていなかったのだけれども、おそらく「夜明けのスキャット」あたりに漂着したのだろう。漢字一文字+「る」で終わる言葉の訓読みが羅列してあるだけの、残念な感じの記事ではあるのだけれども、読みがわからなくて調べる程度の役には立っているのかもしれない。

さて、この検索キーワードでgoogleをさまよっていると、面白いBLOGに漂着した。

今日の漂着地:「いちろうのアメリカ生活は快適だ

昔はアメリカ在住の人が書く文章は普通の日本人と感覚が違いすぎて、いかにも「バタ臭い」感じがあったのだけれども、今ではグローバル・スタンダードだかなんだかでアメリカ的な感覚に日本人もずいぶん慣れたし、アメリカ人やアメリカに住む各国人の書く優れた書き物(の翻訳)を読む機会も増えたので、考え方自体はずいぶんと抵抗がなくなった。そして、この「いちろう」さんは、日本人の心を失っていない、というより普通に現代的で良識的な日本人の感覚を持ちながら、英語表現の使いこなしという問題を通じて、アメリカ文化の良い部分を紹介している。

結局どの国の文化にも長所と短所があって一長一短なのだけれども、ときには短所に風を当てて虫干ししてみるのもいいように思う。それで短所が無くなってしまうようなことはないのだろうけれども、それでもずいぶん効果はあるように思う。日本文化という川に一石を投じることは良いのだけれども、ダムを作って流れを変えてやろうとするとかえって面倒なことが起こってしまうのだろう。

漂着ページになった以下の記事も面白い。

いちろうのアメリカ生活は快適だ 「阿る(おもねる)」事に無縁のアメリカ社会―――”Diesel-engine shipments secure”の新聞記事にみる納入業者の強さ

ここに出てくるFordとNavistarとのやり取りなどを見ていても、なんだか熱血野球漫画のような爽快さがある。
Ford:「おい、お前の暴投のせいで負けたんだからな」
Navistar:「ち、ちがう、あの程度のコースならお前が体で止められたはずだぞ」
F:「とにかくお前のエラーで逆転されたんじゃないか、土下座して謝れ」
N:「その前にお前があの場面でアウトにならなければ、それでも負けてなかったんだ」
F:「な、なんだとー」
(ここで殴り合い)
チームメイト:「監督、なんとかしてください」
監督:「二人とも、喧嘩をやめろ!」
F, N:「だって!」
監督:「エラーは確かにあった。そして敗因はそれだけじゃない。しかし、お前らが喧嘩をしても何も解決しない。同じことを繰り返さないように、何が悪かったのかはチーム全員でよく考えろ。大事なのは練習を続けて次の試合に勝つことだ」
N:「監督のおっしゃるとおりです。これからも仲良くやろうな」
F:「ああ、よろしくな」

なんというか、こういう熱血風な爽快さがNavistarのニュースから伝わってきて、こういう世界に対する憧れと懐かしさを感じつつも、自分がこれをやるにはちょっと醒めすぎていて、こっぱずかしいという感じが現代日本人には強いんじゃないか。少なくとも私は(書いてて)恥ずかしい。ただ経営層がこれをやってくれると、社員としてもきっと会社との一体感が生まれるんだろうな、とは思うのだけれども。

案外にキリスト教圏の人達はこの手の「説教臭い話」に慣れているから、言いたいことを言ってから仲直りという展開が嫌いではない。いや、日本人だって昔は好きだったように見えるのだけれど。日米戦ではアメリカ人の日本人憎悪はひどかったが、勝ってしまえばアメリカは日本を自由主義圏に組み入れてすっかり許してしまった。ベトナムもロシアも、(経済的に)打ち負かしてしまった今となっては別に憎んでいるようにも見えない。イラクは現在進行中の部分があるけれども、あれだって絶対的な優位に立てればそのときは許してしまうんだろう。

この、全力で戦えるくせにあとくされのない感じが、アメリカの持つ好ましい点なのだろうと思う。一方の日本人はというと、様子を見て慎重に事を始めながら、事がうまく進み始めると一本槍で猪突猛進。展開の変化に対応できずに万策尽きると、潔く全てを投げ捨てて突っ込む。最後までわずかな可能性を信じる、などという未練がましいことをしない。相手が譲歩すればこちらも譲歩して「水に流す」が、折り合いがつかなければ末代まで祟る。どちらが善い悪いというものではないのだろうが、彼我の文化の違いを感じる。

米中という自己主張の強い文化に挟まれて、「奥ゆかしく遠慮がちで思慮深い」という特徴の背景にある美徳を、積極的に自己主張して相手に認めさせるという、自己矛盾をはらんだ難しい演技がこれからの日本人には求められる。いやほんとにこれは難しいっすよ。
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by antonin | 2008-06-24 23:36 | Trackback | Comments(0)

中性浮力

海に沈む夢を見る。

ただの夢想ではなくて、かつて見た映像だ。もう何年も海には潜っていないけれども、道具を揃えて潜っていた頃もあった。

環礁の外縁、インド洋に面したドロップオフで潜った。いいポイントがあるらしく、ボートから落としてもらったが、エントリーでもたついている間にボートがだいぶ流され、岩礁の下流に入ってしまった。本来は上流から下流へドリフトしながら見物する予定が、上流に向かって全力で泳ぎ続ける羽目になった。

途中ではぐれてもボートで見つけて拾ってもらえるように、目立つオレンジ色のバルーンを渡されていたのを思い出し、途中で行軍のような泳ぎから脱落して、流れに任せて下流で浮かんで待つことに決めた。

予定では岩礁の下流あたりで水面に達するはずだったのだけれども、流れはすぐに岩礁を離れ、沖合いに流されてしまった。右にも左にも、前にも後ろにも何も見えなくなった。それどころか、下にも何も見えず、ただ青いだけだった。水の透明度は高いはずなので、本当に手がかりのないところに流されているらしい。水深計を見ると、少しずつ深度が下がっている。周囲に何も目標物がないので、上がっているのか下がっているのか、さっぱりわからない。計器だけが頼りになる。

ダウンカレントに飲まれると、なかなか脱出できない上に、窒素に脳がやられてレギュレータを外したりするという話も聞いていたから、とにかく沈み込むのだけは避けようと、ジャケットにエアーを送った。そして、バディの腕を放さないようにしっかりと握った。流れに乗るという判断は自分が下したので、二人で無事に水面まで帰る責任がある。

ダウンカレントに対抗してあまり多くの空気を送り込むと、水深が浅くなってから急激に体積が膨張するジャケットのコントロールが難しくなる。水面に向かって急上昇してしまうと、血管の中に水圧で溶け込んでいた血中の窒素が気泡になり潜水障害になる。なので、浮力の中性、浮きも沈みもしない状態を保ったら、あとはゆっくりとフィンを蹴って上昇した。バディのインフレータは操作できるので膨らますのも可能だったが、エアー抜きが難しいので、自分の浮力を少しだけ浮き気味にして引っ張り上げた。

水深10mを切ると流れも単調になり、何も見るもののない殺風景な青が、少しだけ明るくなってきた。ここまできて、誰もいない不安の中、安全停止をする。暖かくなった水温に安心する。停止後、ようやく海面に達する。まさかこれを使うとは思わなかったバルーンに空気を送り込み、水面から高く上げる。向こうは既にイグジットを済ませており、目の利く船長がこちらを見つけて迎えに来た。200mくらい先にいる。なかなか体験できない外洋ダイブになってしまった。外洋というのは、怖いな。

沈み過ぎないように、中性浮力を取り戻さないといけない。
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by antonin | 2008-06-24 02:35 | Trackback | Comments(4)

面倒な親父の平凡な日常


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by antonin | 2008-06-22 23:11 | Trackback | Comments(0)

State-of-the-Art

以前、仕事の都合でITRSの策定するロードマップを参照する機会があった。半導体の世界には熾烈な競争がある一方で、材料レベルから応用部品のレベルまでに水平分散した各業界が、垂直方向に歩調を合わせて整然と進行するための申し合わせとして、ロードマップというものが策定されている。これにあわせて各業界が製品を準備し、それを組み合わせて半導体業界全体が進歩していく。そして、どこかに遅れがあればそれを逐一ロードマップに反映し、実情に合わせた進め方を業界全体で作り上げていく。

各レベルの競合他社との競争に勝つような、最高レベルの製品を生み出しはしたけれども、それが生かせるような業界構造が実現しなかったために、結局はその優れた製品が使われることなく消えてしまう。日本ではしばしば見られる現象だが、欧米人はこういう無駄を嫌う。そこで、健全な競争原理は働かせつつも、その進むべき方向だけは皆で協議して、結果は公開情報として共有する。こういう態度が欧米人の好みだ。

そして、そうして練り上げられ、しかも誰かのメンツを立てるために絶対不変の目標になるのではなく、全員に共通する利益のために打ち立てただけの指標だから、柔軟に変化し続ける形でロードマップは存在し続ける。そのロードマップの基本的な構成の仕方は、だいたい次のようになっている。

現在、このような変化が起こっており、将来的にはこういう市場構造が予測され、したがってこうした半導体部品が必要とされる。それを実現するために、現在の技術のうち、これとこれはそのまま使えるが、この部分は必要となる技術や製品が存在しない。その技術や製品を実現するためにはこれだけの問題があり、業界としてこの問題を解決するには、何年までにこれこれの技術や製品をこのレベルで提供する必要があり、もし提供に成功すればこれだけの市場規模が予想される。そしてこの問題を解決する技術は解決方法だけがわかっているが、実現はされていない。またこの問題を解決する技術は方法さえわかっていない。

欧米の業界横断的な組織が策定するロードマップの多くは、だいたい上記のような論理構成になっている。この論理的思考法の源流は、大日本帝国の陸海軍を打ち破った、英米の軍事技術が元になっている。日本には工業規格というとJIS規格しかないが、アメリカには一般市場のための規格がANSIをはじめとしていくつか存在する他に、それらとは別の水準にある標準規格として、MILという軍事調達専用の工業規格がある。

そして、現代のJISやその骨子となっているISO標準などに多くのアイデアを提供してきたのが、MIL規格だった。ただし、MIL規格は国家と国民の生命を扱う規格であるため、ひたすら安全側に余裕を見る基本精神を持っているが、民間のための規格では経済性を重視しなければならないため、もう少し柔軟な発想を組み入れている。そしてそこで生まれた優れたアイデアが、再びMIL規格に取り込まれるあたりが、アメリカ国民の柔軟性を示している。

脱線したが、そうした半導体ロードマップの進行状況を示す用語の中に、"state-of-the-art"という段階がある。最初はよく意味がわからなかったが、よく調べるうちに、その深い意味に感銘を覚えた記憶がある。日本のgoogleで"state-of-the-art"を検索すると、そのトップに以下のページが登場する。

参照:「state of the artの意味 - 教えて!goo

この程度の説明しか出てこないというのは、質問者が回答を締め切った時点で議論が終わってしまうという、この質問システムに由来する限界なのだろうが、これが検索トップに立ってしまうという貧弱さは、あるいは"state-of-the-art"に対する日本人の理解の程度を示しているのかもしれない。

"art"という単語には意外に多くの意味が含まれており、ネット上の辞書を参照すると以下のようになる。

参照:「art2 - goo 辞書

日本語で「アート」というと、「美術・芸術」という意味に取られると思うが、これと同じ単語で英語では「技術・技能」という意味もある。質問サイトの回答では、この2番目の意味だけを切り出して"state-of-the-art"を説明しているように見える。"art"の別の訳では、「技巧、熟練」という意味もあるが、これらは同じスペルに収斂してしまった複数の単語という意味での「同音異義語」ではなく、おそらく"art"という単語が持つ意味の広がりを、日本語に書き落とすといくつかの表現に分裂せざるを得ない、というものなのだろうと思う。

"state-of-the-art"という単語はハイフンでつなげられてひとつの単語になっているが、これは「いわゆる"state of the art"と呼ばれるもの」というような意味合いがあるのだろう。直訳すると「ある特定の技術の状態」となってしまうが、これは「芸術や熟練技能の状態」と言えるだろう。これに、「いわゆる『芸術や熟練技能の状態』と呼ばれるもの」というカッコつき表現の意味合いが加わり、より限定的な技術用語になっている。

"state-of-the-art"の考え方をわかりやすくするためには、"state-of-the-art"の状態の対極には、どのような状態があるのかを考えるといい。再びロードマップを参照すると、"state-of-the-art"の段階を脱した技術は"sample shipment"「サンプル出荷」の段階に至り、次に"mass production"「量産」の段階に至る。最終的には機械任せの大量生産ができるような技術が、未熟な機械を慎重に動かして様子を見ているのがサンプル出荷の段階で、試作専用の機械を使い、熟練研究者や熟練技能者がつきっきりになって、ようやく試作可能なのが"state-of-the-art"の段階なのである。

過去の試作品を目にしてみると、その多くが芸術的であるというのは、経験的にも正しい感覚だろう。ショックレイのトランジスタやバベッジの階差機関、オンネスのクライオスタットやカミオカンデの光電子増倍管など、最先端科学技術の多くは「職人芸」"art"に彩られている。

別の表現を見ると、"state-of-the-art"のうしろには"industry"「産業」の段階があり、"engineering"「工学」の段階がある。"industry"では量産に必要なノウハウを蓄えた企業だけが生産可能であり、"engineering"の段階では、明らかにされ整理された技術を学べば誰でも生産が可能になる。

"state-of-the-art"で生まれた技術が"state of the industry"の段階を経て"state of the engineering"の段階へと至る。こういう進化の階梯が見えていて、欧米人は各段階のそれぞれを大事に考えている。

日本人でもそういう考え方のできている人は多い。しかし、かつては少なかった。どういうことかというと、"state-of-the-art"そこが至上であり、"engineering"は卑属であるという考え方がこの国の主流であった。宮大工が"state-of-the-art"の代表格であり、町の大工さんもそういう性格を持っていた。そこに機械化を持ち込み、人は単に機械へ材料を放り込むだけのお手伝いさんという考え方を持つ"state of the industry"の代表格が、炭鉱や製糸産業だ。

日本では、個人の力量をとことん極める"state-of-the-art"に対する評価が異常に高かったし、それに対する反発として"state of the industry"を熱狂的に信奉する勢力もある。そして両者が相手の弱点を突いては綱引きし合いながら、職人志向と産業志向を行ったりきたりしてきた。しかし、技術の揺籃期には高度な職人芸による試行が欠かせず、そしてその先に工業化による開花が待ち受けている、という視点を持っている欧米人には、この綱引きの無意味さが見えているのだろう。そして、産業化が済んでコモディティになる技術を、欧米人の研究者は"engineering"として簡潔にまとめ、次代に伝えようとする。

日本人は、"engineering"では技術の詳細が見えなくなって危険だと騒ぐが、そうした詳細の切り捨ては織り込み済みなのである。"engineering"になったら職人は不要だといって無碍に切り捨てる文化こそが悪いのであって、"state-of-the-art"前夜にある新しい技術の萌芽を支える職人集団には当然の敬意を払いつつ、先人の苦労の結晶である産業技術の骨子は、工学として明確にして残す。これらは決して互いに矛盾するものではないように思う。

日本では芸術家や職人は旧来の技術をただ守るだけという立場に押し込めようとするが、これは間違っているように思う。もちろん、古い技術をそのまま受け継ぐことにも重要な意味があるし、これを軽視してはいけないが、職人は古い技術を閉じ込めるための琥珀であるとだけ考えると、おそらく損をする。版木を彫れる職人の知恵は、ナノインプリンティングのような最先端分野をも、きっと明るい光で照らしてくれるだろう。しかしそこまで古い技術だけではなく、計算力の乏しい組み込みプロセッサで高度かつ迅速な処理ができるコードが書けるプログラマなどは、現代の名匠というにふさわしい。

そして、その知恵を工業化できたら、最終的には工学的理論という堅固な形として残すべきだろう。アメリカから渡ってくるソフトウェア工学の本に見る快さというのは、こういう「職人芸」をわかりやすくまとめ、技芸から産業へ、産業から工学へと昇華させようという不断の努力に由来するものなのだと思う。

これを見て、わかりやすくまとめすぎてはいけない、基本は全て努力で身に付けなくてはいけない、などという精神論を述べたり、職人芸は悪であり、明らかにされた工学を身に就けなければ実務に付くべきではない、などと反発する意見が出てきたりすると、産業は悪い方向へ進む。

新しい技術を創造するには、多くの経験に基づく高度な技量が必要だ。ただし、いつまでも技量だけを追い求めていては、その個人の死とともに技術は失われるし、技術を国家や地球という規模に広めることもできない。技術は次第に工芸の段階から巣立ち、産業の段階を経て、工学という形に昇華されなければならない。こういう動機が、人をその日暮らしの動物から文明的な人類へと推し進めたのだろう。

文明は多くのものを破壊してきたが、かと言っていまさら人類が猿の生活に戻ることはできない。文明は問題をひとつ解決するたびに問題をひとつ発生させ、そしてまたその問題を解決することで前に進んできた。これからもしばらくはそういうサイクルが続いていくだろう。

文藝春秋にあった零戦開発の話を読んで、職人芸を大事にすることと、職人芸を産業に昇華させる力を持つ者と持たざる者の力量の差を、改めて感じることになった。その視点からいえば、日本は工学を豊かにする研究拠点であるよりも、職人を育て育む職人養成所として生きるほうが、世界にとってはより有用な存在になるようにも見える。

しかし、日本人は意外と見栄っ張りなので、中華思想の隋唐に「倭」などと呼ばれると気に食わず、「大和」とか「日本(ひのもと)」などと称して世界と張り合いたがる。アメリカと伍して戦いたがる。米中が日本の頭越しに会話するのを嫌う。工芸でも芸術文化でも産業でも学問でも社会福祉でも軍隊でも、なんでも世界最高レベルでないと気に食わない。島国だけど。

それはそれで見上げた態度なのだけれども、疲れたら時には休んでみてもいいかもしれない。そして、また体力が付いたら、素晴らしい先人の成果に思いを馳せつつ、また世界に乗り込んで行ったらいいだろう。二千年近い日本の歴史である。十年や二十年ぐらい失ったって、別に大したことはないだろう。

人間国宝などといったわかりやすい存在だけではなく、もっと身近な"state-of-the-art"の担い手に、もっともっと光を当ててみたらどうだろうか。rubyのまつもとさんなんかもきっとその一人だが、光の当たっていない名匠はまだまだたくさんいる。その中には、生産現場で安い給料でこき使われているあの人も入っている。そういう視点があると、日本はもっと楽しくなるはずだ。
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by antonin | 2008-06-22 17:34 | Trackback | Comments(2)

メビウスの輪とは何か

結論を得ていないまま、適当に書き始めてみる。

メビウスの輪というものがある。紙の帯が輪になっているのだが、一周する間に帯が半ひねりされていて、紙の表と裏が地続きになっている。厳密に考えれば紙だって三次元の物体であり、厚みもあれば「側面」だってある。側面を通じて表も裏もつながっているのだから、メビウスの帯だけが特別でもあるまい。

と思うのだけれども、数学的抽象ではそういうわけにはいかない。純粋に理論的な平面があって、この平面は表と裏という厳格な区別を持っているのだけれども、メビウスの輪にすると表と裏の区別がなくなるから、これは面白いことになっている、というわけだ。

ところで、2次元平面も3次元空間に持ち込むことで表と裏を接続することができる、というのがメビウスの輪の売りなのだけれども、そもそも2次元平面の「表」とか「裏」ってなんだろうか。

私たち3次元空間の生物が紙を見ると、それには表と裏がある。紙には厚みがあるが、厚みがゼロに限りなく近づく極限を考えると、それは平面になるだろう。しかし、純粋に抽象的な2次元空間というのは、直交する2つの実数座標で表される点の集合であり、その要素間に、つまりは点と点の間に、距離だかノルムだか、とにかくそういう関係性や演算が定義されているものが2次元空間だ。

「直交」する座標がいわゆる直交座標系でも、片方が円を描いている極座標系でも、とにかく2つの実数で2次元空間上の点は指定できてしまう。そして点はそれ以上の情報を持たない。この場合、平面の「表」だの「裏」だのは区別できない。そういう関係性は2次元空間には存在しない。

2次元だといかにも表と裏がありそうに思えるので、3時限空間で考えてみる。ある3次元空間上の点を考えてみよう。この点は、3次元空間の「表」にあるのだろうか、それとも「裏」にあるのだろうか。結局のところ、3次元空間の範囲内で表現した場合には、その区別は存在しないので、メビウスの輪のように3次元空間の「表」と「裏」が接続されたからといって、それらは区別できないので意味がない。

3次元空間上の点に表とか裏とかいう区別を与えようとすれば、第4次元方向の概念が必要になる。幸い私たちの宇宙は3次元の幾何空間と1次元の時間が直交した4次元時空になっているので、相対論がどうしたという効果を考えなければ、4次元直交座標空間を想像することはそれほど難しくはない。

4次元時空で1点を指定すると、場所と時間を同時に指定したものになる。雑にいうと、2008年6月19日12:00:00.00(日本標準時)のアルタ前のなんとかビジョンの一番左上の画素の青ランプの中心、とかそういう指定の仕方になる。この4次元座標点の「表」と「裏」はどうなるだろう。3次元空間をひとまとまりのものと考えると、その瞬間の点の「未来側」が表に相当し、「過去側」が裏に相当するということになる。

上で指定した1点は、2008年6月19日12:00:00.00(JST)という瞬間の3次元空間の中で、周囲の点とユークリッド空間という関係性でつながっている。本当はミンコフスキー空間なのだろうが、そこから時間次元を取り除くという操作に想像がつかないので、とりあえず忘れることにする。この瞬間の3次元空間全体は、4次元空間を過去と未来に区切る境目になっている。その未来側を表とすれば、過去側が裏なのである。これを時間軸に垂直な方向から少しだけ傾けてやると、時間とともに移動していく平面の集合が成す3次元空間とかいう、わけのわからないものになる。これにも4次元的に見ると表と裏がある。

ともかく、「表」とか「裏」といった表現は、n次元空間上で、1次元だけ長さがゼロになったようなn-1次元物体を見たときに固有の概念ということになる。ただ、メビウスの輪には「表」と「裏」の接続以外にも、ある種の関係性が表されている。それは、「右」と「左」がいつの間にか入れ替わっている、というものだ。

メビウスの輪は、ユークリッド空間における典型的な平面ではない。つまり、まっ平らでどこまでも続く平面、というものではない。帯の幅を無限に広げたメビウスの輪というのは見たことがない。紙の帯には限られた幅がある。もちろん数学者の手に掛かれば、メビウスの輪の直径と帯の幅を一定比率で広げてもメビウスの輪は作れるから、この過程を無限回繰り返せば幅が有限でないメビウスの輪が作れると言ってしまうのだろうが、私は数学者ではないのでそこまでのことには関わらない、というようなパスカル的言い訳をしつつ先へ進もう。

目に見える有限の幅を持ったメビウスの輪は、帯の「両端」を持っている。その一方を、かりに「右」と決めてなぞっていこう。普通の帯では、「右」をいくらなぞっていても、それは「右」のままである。ところがメビウスの輪では、いつの間にか「右」の反対側、つまり「左」に到達してしまう。そのままなぞっていけば、いずれ元の場所に戻ってしまう。「右」と「左」が明確な境目なくつながっている。

実は、紙の帯の輪というのは、2次元空間が「閉じた」状態を示している。2次元空間というと平面だけれども、反対方向にそれぞれ無限に進んでいくと、いくらでも離れることができるような空間を、「開いた」空間という。閉じた空間はそうではなくて、ある程度進むと元の場所に戻ってしまう。わかりやすい例が、地球表面、つまり球面だ。ある方向へ果てしなく進むと、いずれ世界を一周してもとの場所に戻ってしまう。地球の反対側まで離れると、それ以上離れるにはロケットに乗って地球表面を飛び出すしかない。こういうのが閉じた平面だ。

地球は南北方向も東西方向も閉じているけれども、円筒形の場合は、東西方向には閉じているが、南北方向には開いている。南北方向も有限の長さに切り詰めると、これは紙の帯の輪になる。これをひねるとメビウスの輪になる。これを再び無限の長さに広げるとどうなるか。普通、赤道から北に100単位離れた地点から東に向かって円筒を一周すると、赤道から北に100単位離れた地点に戻る。ところがメビウスの輪では、円筒を一周すると、赤道から南に100単位離れた地点に到着する。ここから左折して北へ200単位戻ると元の地点に戻るが、東へ直進して360度歩いても、やはり同じ地点に戻る。これがわかりにくい。

地球のように、南北方向についても閉じた球面を、東西方向に進むとひねりが加わるようなメビウスの輪のように閉じた平面にするとどうなるのか。北緯35度東経135度の地点から、東に360度進むと、赤道を横切ることなく南緯35度東経135度の南半球に到達する。更に東へ360度進むと、やはり赤道を横切ることなく北緯35度東経135度の地点に戻る。

今度は北へ進路を取ると、北極点を過ぎた瞬間に南極点に到達するが、瞬間移動するわけではなく、北極と南極は同一点になっていて、その周囲はなだらかに続いている。現実の地球で北極点を過ぎると東経135度から西経45度の地点へと移動するのだが、別にそれが瞬間移動ではないのと同じである。北極では北緯90度で東経135度から西経45度の地点へと抜けるが、ひねりが加わった球面では、西経45度へ抜けると同時に南緯90度へと抜ける。数値上は不連続だが、その場で歩いている分には何の境い目もない。

これが東西方向にのみひねられた空間であればまだ想像がつくのだが、南北方向にもひとひねりされた球面となると、ちょっと想像しにくい。北極点を通過して南極点に出るときに、経度方向にもミラー反転が生じるはずなので、西経45度ではなく東経45度に出てしまうのだろう。そして2本の子午線を互い違いに歩いて、結局北へ720度歩いて元の地点に戻るはずだ。

ちょっと理解しにくいが、とにかくメビウスの輪は「表」とか「裏」とかいう概念を持ち出さなくても、「閉じた空間」の閉じ具合の一種であると考えることができ、そうすると2次元空間の中でも十分に解釈が可能になってくる。メビウスの輪の3次元版で「クラインの壺」というのがあるが、あれは表とか裏とかについては理解ができるが、ひねりを伴った閉じた図形のイメージとしては、ちょっと形状が複雑すぎるような気がする。

球面では北の果てが1点に集束してしまうが、これを幅を一定に保ったまま閉じることもできる。これを3次元空間上で表現しようとすると、トーラス形、つまりドーナツ型になる。これもトポロジー的には等価なのだけれども、「幅が一定」というには少し無理がある形状をしている。

学生時代にライフゲームのプログラムを組んだときに、グライダーがすぐに「世界の果て」にぶつかってブロックになってしまうのに腹が立ち、画面の上端と下端、右端と左端をつないで閉じた平面にしたことがあった。こうするとグライダーは障害物がない限り永遠に飛び続けることができる。こちらのほうがイメージとしてはわかりやすい。

このとき、画面右端に消えたグライダーは画面左端から再登場するのだけれども、このときY座標は変わらないようにしていた。ここでY座標を反転させるようにつなぐと、メビウスのトーラスになる。そういう名称があるのかどうだか分からないけれども。そうすると、右下に飛んでいたグライダーは、左から登場するときには右上に向かって飛ぶことになる。当然上下端の接続にもX座標を反転させることができ、この場合にはグライダーは画面境界をまたぐたびに飛行角度が90度ずつ変わることになる。グライダー視点では直進しているのに、座標上では折れ曲がってしまうのだ。

とまぁ、こんなことは数学の世界では100年も前に議論し尽くされた問題なのだろうが、凡人の頭でも想像可能なものなのだとわかって、結構面白い。数式をゴリゴリ扱えると、こういう想像力が到達できない100次元とかn次元まで一般化できて更に面白いのだろうが、どうにもそういうのは苦手で困る。数論とかトポロジーなんかは発想が楽しくて面白いのだけれども、あの数式操作というのはどうやっても慣れなくて残念だ。

私たちの宇宙が空間的に開いているのか閉じているのかという議論があるが、あれに時間軸は含まれているのだろうか。遠い過去と未来が、実は連続している輪廻環の中に私たちがあるのだとしたら、それもまた衝撃的で楽しい。どうせなら、その境界を越えるときにメビウス的な反転をしていて、フレミングの右手と左手の法則が入れ替わってしまうような世界になると面白そうだ。いや、人間も反転してしまうから、結局左手の法則は左手の法則のままなのか。まぁいいや。

たまにはこういう平和な妄想もいいかもしれない。
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by antonin | 2008-06-19 00:13 | Trackback | Comments(2)

退却神経症とは何だったのか

安敦誌ではいくつかの緩やかな禁則事項があって、そのひとつに「自己を省みない」ということがあるのだけれども、最近の記事はこの禁則事項に反していた。しかしなぜこれが禁則事項なのかと言うと、ついつい愚痴が多くなるからという理由だったので、軽い躁状態だった最近の記事は、まあ例外として認めてもいいのかもしれない。

今日も自己観察で記事を書きそうになった。そしてそれもまた自分としては珍しい躁状態に関する内容にするつもりだったので、今回も例外処理にしていいのかもしれないと思ったが、やはり少し視点を変えて、比較的アップ状態の自分から過去のダウン状態であった自分を観察する、というものにしてみたい。

昨年あたりまでは「泥首」状態、つまり、泥沼に首まで浸かって、もがけばもがくほど沈むから、もう何もしないというような心理状態だった。これは今までに十分観察してきたので、もう少し古い状態を観察してみる。

今から15年ほど前、まだひとつめの大学に在籍していた頃、趣味でやっていた、本業と関係のない自主ゼミ活動などでは非常に積極的に勉強できたのに、本業の学科では全くやる気を喪失するという、不思議な状態に陥っていた。現在の「アカデミズム趣味おやじ」の原型がここにある。

この状態が時間を経るほどに重症になり、大学の指導担当教官の先生から「授業には出ているのだからレポートだけでも提出するように」というご指導の手紙を自宅宛に頂いたりしていた。両親も非常に心配していたが、自分でもどうしようもない状態が続き、なんとかしなくてはならないと考えて書店か生協で手に取ったのが、「退却神経症―無気力・無関心・無快楽の克服」というタイトルの新書だった。

この本に書かれている「無気力・無関心・無快楽」という形容が、当時の自分の状況によく合致しており、しかも「克服」とあるので、これを読めば状況が回復するかもしれないという期待をこめてこの本を読んだ。しかし実際の内容は筆者の笠原さんが精神科医の立場から症例を分類・分析する内容で終わっており、患者本人が読んでどうなるという内容ではなく、精神医学界を中心に広く問題を世に問うというような内容であった。

それはそれとして書籍としては優れていたのだけれども、「続きは病院で」というような終わり方であった。私は「精神科」などという強烈な名前の場所に行く勇気も無く、「心療内科」などのマイルドな名前の診療科があることも知らず、病院を訪れることはなかった。学内には学生向けのカウンセリング室なども用意されていたが、なんとなくひと気が無くて近寄りにくいような場所だったので、結局悶々としたまま、定員いっぱいの大学を追い出されるように卒業した。

そこからも苦悩の歴史は続いたのだけれども、その話はとりあえず措いて、ここでは「退却神経症」や、それに相当する現代青年の心理傾向について考えてみたい。ステューデント・アパシーやアブセンティズムなどといった形で、それらに類似の症状自体は比較的古くから報告例があったという。ただ、現代日本ではそういう傾向が急増しているらしい。現代といっても「失われた10年」と呼ばれる最近の話ではなく、笠原さんの指摘によれば1970年代から見られる増加現象なのだという。

その後、退却神経症という診断が日本の精神医学会で定着したのかというとそうでもなく、現代型の多様なうつ症状のひとつとして認識されているようだ。現状の臨床医学では、抗うつ剤や安定剤を処方するという汎用的な投薬療法がほとんどであり、診断を厳密に分類する意味は薄いのだろう。

1970年ごろという退却神経症の発生時期と、私自身の体験を重ね合わせて考えてみると、この現象と日本における偏差値教育の普及となんらかの関係があるのではないか、という仮説が思い浮かぶ。

現在では「偏差値教育」というと悪い教育の代表例のように感じるが、本来の「偏差値」とは、将来に不安を持ち、受験校の選定に当たって根拠のない博打を打つような決断を迫られる受験生たちに対し、合理的で健全な指標を与えるという、夜の海辺に建つ灯台のような役割を持つ存在だった。

参考:日本財団図書館(電子図書館) 私はこう考える【教育問題について】

学力偏差値とは、非常に強力で、そして明確な道具だった。このように優れた道具の常として、偏差値もまた過剰に信奉され、その本質的な実力以上に酷使されることになった。つまり、受験生たちが無謀な上位校に素朴な勉強法で挑んだり、十分合格の可能性がある学校を受験するのを恐れたりする事態を避けるという、偏差値の本来の用途に使われるだけではなく、模擬試験の結果から算出される偏差値と、大学の合格確率50%水準を示す偏差値「ランキング」表から、ほぼ自動的に志望校を決定するという、無機的な事態が発生するに至った。

私が初めて学力偏差値に触れたのは、受験を本格的に考えるようになった小学校6年生の夏だった。当初志望していた、唯一知っていた私立中学の名前を書いてから模擬試験を受けると、「再考」と書かれた紙が後日返却された。勉強を続け、何度か同じ学校名を書いたが、やはり診断は「再考」であった。これは、私を無謀な挑戦から遠ざけてくれたという本来の意味で、ありがたいものであった。

しかし、「有望」と診断された学校に入ってみると、その後も偏差値は付いて回った。宿題嫌いの私は学内の定期試験ではひどい点数ばかりを取っていたが、出題範囲の広い学外の実力試験ではさほど悪くない点数が取れたから、偏差値を見るのも別に気分は悪くなかった。ただ大学受験が近づいてくると、どの試験もだんだんと苛烈さを増し、全国の受験生たちが熱心に勉強を始めている様子が見て取れるようになった。

私も不熱心なりにも受験勉強をしたが、その成果が全国でどのぐらいであるのかを、繰り返し繰り返し、冷静に眺め続けることになった。そして自分の進路を考えるときにいろいろな煩悶があったということを、後輩に向けた合格体験記に書いた記憶がある。もともと電子回路やコンピュータが好きだったのだけれども、電気=物理=数学であり、数学が苦手な自分は電気を諦めて、成績の良い化学を選んで二次電池を作るんだ、それで無線機を軽く小さくするんだ、というようなことを書いた。

これは、無謀を退けたというよりも余計なものを恐れ過ぎたというほうが、年齢が倍になった今の時点からの感想である。偏差値は夜闇の中では良い指標となるが、レーザーのように鋭く照らしすぎると、目を傷める。自分の平凡さに目がくらんでしまう。競争に疲れる。努力によって多少成績が上がっても、それが20000位から14000位へのランクアップに過ぎないという現実に目がくらむ。

なんとか大学には入ったが、いつの間にか、試験の前に一夜漬けをしたり、友人からレポートを借りて丸写しで提出したりというようなことにさえ、力が入らなくなってしまった。「試験前に忙しくノートをコピーしているアリたちのような学生を、自分はキリギリスのように眺めている」というようなことをパソコン通信の掲示板に書いたら、「普段から勉強しているのがアリで、試験前に慌てるのがキリギリスかと思ったら、それを更に眺めているキリギリス(笑)」というようなレスをもらった。

この手の不整合は明治の昔から学生には当然に見られたのだろうが、統計処理が高度化した現代よりは、素朴な自己肯定感を得やすい環境にあったのではないだろうか。私のような本質的に平凡な人間が平凡であることを自覚するのはいいのかもしれないが、本来はエリートであるはずの人間もまた日本を背負って立つために必要な強烈な自負心を持つことができず、学年で上から100番くらいかな、という程度の冷めた意識しか持てないとしたら、これは国家にとって大きな損失だろう。

「ノーブレス・オブリージュ(高貴さの義務)」という言葉があって、これは貴族などの支配階級が、庶民とは違う自己犠牲の精神を持って大きな仕事に当たるということを指している。現代の日本でも政治家や官僚にこの精神を求める場合が見られるが、こうした身分の高さに特有の自己犠牲の精神は、自分は庶民とは違う特別な存在なのだ、という強烈な自尊心の上にしか根付かない。「公僕」というのは崇高な概念である「おおやけ」に仕えるという意味であり、一般大衆の下僕に成り下がるという意味ではない。しかし、高貴なる自尊心を形成する機会がなければ、重い義務に耐えることも公に仕えることも、共に不可能なのだろうと思う。

エリート層だけではない。福沢諭吉が言ったとおり、職業に貴賎はないのであり、職業ではなくて犯罪だ、というようなものを除けば、どの職業も社会を構成する大事な要素である。コンビニの店員も、トイレも含めたビルの清掃作業員も、家畜を食肉にする屠畜作業者も、全て社会に欠かせない役割であり、それらの仕事にはそれぞれ適性というものがある。そうした適性を持った人物を選抜し、高く評価して高い水準の仕事を遂行してもらう、というのが理想の姿だろう。

けれども、私たちの頃には「高等学校」の進学率は100%に近づき、「せめて高校くらいは出ないと恥ずかしい」などという状態になってしまった。現在では「経済状況が許せばせめて大学くらいは」というような状況だろう。国公立の大学が少なく、したがって経済状況が許さないので、高等学校ほどには大学の進学率は上がっていない。

そして、高等教育に興味のない若者が必要のない受験競争で格付けされ、本来は肉体的な能力や手先の器用さや単調作業を忍耐強く繰り返す特性などで評価されるべきところが、そうした評価の機会を失ったまま社会に出る。高等教育に興味のある人間も、地域のちょっと知恵のある人などという立場を獲得することなく、全国の学生のこのあたり、という客観評価を下されて社会に出る。あるいは、完全に自信を失って社会に出ないまま終わる。

以上は現象の限られた一面だけを切り出して論じたもので、実際の問題はもっと多彩な様相を示し、こんなに単純には割り切れないだろう。しかし、多くの若者が単一の大きな物差しで計られることによって、本来得るべき局所的なポジションや、それに伴う自尊心を得る機会を喪失しているという現象は、一般的に見ればやはり存在するのではないかと思う。アイデンティティー・クライシス、自己確立の危機という、やや古い問題が解決されないままに大きなうねりになっているだけのようにも見える。

統計値をはじめとした数値データは、問題を明確化できる非常に強力な道具である。しかしその強力さの源泉とはつまり、ほとんどすべてのものを捨て去った残滓しか示していない、という事実にある。その残滓は大変重要なエッセンスであることが多いが、現実の複雑さに比べると、やはりひどく単純なものでしかない。

ひとつの道具に頼り過ぎない。ただそれだけのことなのだけれども、これは案外に難しい仕事であるように思う。プロゴルファー猿のようにウッド一本で全ホールを回れるほどには、現実世界は単純ではない。
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by antonin | 2008-06-18 00:33 | Trackback | Comments(0)

Freude!

躁に近い状態が緩やかに終わりを迎え、ゆっくりと落ち続けている。程ほどで帰ってこれるといいのだけれど。

夏なのに、といえばいいのか、「歓喜の歌」の部分で涙ぐんだりしている。以前は第2楽章にしか興味がなかったのに、最近は第4楽章で泣いたりしている。歳か。

ドラマで泣くという機会はほとんど無かったのだけれども、音楽では結構泣いていた。「新世界より」の第2楽章、いわゆる「家路」の、なんと書いたらいいのかよくわからないのでスコアを追うと46小節目と思われるあたりからの部分で、ニューヨークの夜空にボヘミアの母を思い浮かべるようなシーンを勝手に想像しては泣いていた。こういうことを言うから男はマザコンということになるのだろう。

スメタナの輪作交響詩「我が祖国」の第2曲、「ヴルタヴァ(モルダウ)」でも、水の精が月明かりの下で踊るあたりで心が無防備になり、ヴルタヴァの流れが聖ヤンの急流を過ぎてプラハの街に凱旋するあたりで泣き出してしまう。ブラニークの守護者がチェコ民族を救い出して凱歌を歌い上げるあたりで泣いてしまうこともあった。

なんというか、知的な男であればいつまでもベートーヴェンやドヴォルザークの交響曲第9番あたりで留まっていないで、もっと難解な音楽を評論してみたり、演奏のわずかな違いを論じて、この指揮者のこういう演奏がどうたらこうたら言うべきという流れがあるのだけれども、私は半ば依怙地になってドヴォルザークを聴き続けている。演奏の違いや録音の違いはもちろんあるのだけれども、曲の構成に比べれば実際あまり大きな差ではない。ジムロック版とプラハ版の違いですら、私にはあまり気にならない。

こんな耳の悪いファンを持って、しかもAntoninなどと名乗られて、ドヴォルザークもさぞかし無念だろうが、なんとか大目に見てほしい。ドヴォルザークは尊敬するヨハネス・ブラームスが神を信じていないことを嘆いていたけれども、私の心理はむしろブラームスのほうに近い。けれども、ブラームスの音楽もなるほど素敵なのだけれども、ドヴォルザークの書くフリアントのほうに、なぜか惹かれ続けている。

スメタナとか、グリーグとか、シベリウスとかブルッフとか、中学校の教科書的な音楽が大好きで、今でもその周辺でうろうろしている。そして今頃になって、「歓喜の歌」がいいと言い始めている。ベートーヴェンが交響曲第9番を書き上げたのは満年齢で43歳のときだという。彼の年齢に近づき、感覚も近づいてきたのかもしれない。一方のモーツァルトは、35歳で既に死んでいる。この人の感覚とは、一生相容れないのかもしれない。

なぜクラシック音楽を聴くのかというと、それはオーケストラや弦楽合奏の音が好きだからで、なぜオーケストラが好きかというと、6歳の夏に父の実家の近くの映画館で、アメリカでの劇場公開から約1年が経過したスターウォーズ第1作を見たからだ。家にはクラシックのレコードなど一枚も無かった。父はプレスリーを好んで聴いていた。

日本にも良い文化がいろいろとあって、私が長調ではなく短調を好むのも、実はその影響なのだろうと思う。ドヴォルザークやベートーヴェンを聴く。文藝春秋を読む。黒縁眼鏡に七三分けが似合うような、戦後の学生の写真が思い浮かぶが、時代は21世紀だし私は学生でもない。

不惑までまだ少しある。もう少しだけ惑ってみてもいいのかもしれない。
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by antonin | 2008-06-17 00:17 | Trackback | Comments(0)

吾唯知足

「感謝の心を持ちなさい」と説教するが、相手は感謝の心を持たない。どうすればいいのか。

彼から全ての恵みを取り上げなさい。そして、阿鼻叫喚の苦しみに慣れておとなしくなったら、感謝せずにはいられないほどの恩恵を与えなさい。彼は何事にも感謝する態度を身に付けるだろう。

「謙虚な心を持ちなさい」と説教するが、相手は謙虚な心を持たない。どうすればいいのか。

彼にあらゆる技能を仕込み、とことんおだてあげ、鼻持ちならないくらいに傲慢な自信を持たせなさい。そして、その鼻っ柱をへし折るような優れた技能の持ち主に引き会わせなさい。それでももし自信を失っていなかったら、自分は学ぶことによってより良い自分になるはずだという信念から、より多くを学びたいという欲求を持つようになるだろう。そして彼は何事にも学ぶ気持ちを持つ謙虚さを身に付けるだろう。

感謝は足るを知ることで生まれるものだし、謙虚は足らざるを知ることで生まれるものだ。

足るを知るためには足らざることを知らねばならないし、足らざるを知るためには足ることを知らねばならない。何事も段階を踏む必要がある。

なんてことを、安敦誌らしからぬスキンにして書いてみました。そのうち戻します。
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by antonin | 2008-06-14 22:50 | Trackback | Comments(0)

読書状況

先日、読みたい本などをずらずらと挙げたけれども、あまり計画通りに進んでいない。一部は読み進めているものの、読み終わったものはない。文藝春秋の6月号が面白くてまだ読んでいるのだけれども、気が付いたら7月号が発売されている。読めないほどの勢いで文章が書かれるというのは恐ろしい事態だ。いや、まあ、ここだって読むのが面倒くさいくらいの勢いで書かれているのだけれども。でもなんというか、「昭和が懐かしいなぁ」というような特集の号以外は、文春って読み応えがあるんだよなぁ。困るなぁ。

溝口敦さんの池田大作本を半分くらい読み進めたのだけれども、池田大作と創価学会の物語よりも、ときおり挿入される溝口さん自身の言葉に、えもいわれぬ深い感銘を受けることがある。この人はヤクザ社会なんかを得意とするジャーナリストなのだけれども、単なる下世話な記事を書くのでも、ヒステリックな批判をするのでもなく、美しいものも醜いものもありのままに淡々と描くところがあって、そういう描写ができるに至った溝口さん自身の生きてきた道というものに、むしろ興味が湧き始めている。

家に帰ると、子供が寝てから、本棚にしまってあった「ガリレオの指」なんかをパラパラとめくりながら読んでいる。理学の代表的なトピックを10個集めて論じてある。専門分化が進んだ現代の学術界では、まったく別と言えるほどの幅広い分野について書かれているのに、そのどれもが非常にわかりやすく整理されている。それも、Newton誌のような、イラストレーションと簡単な解説というようなものではなく、かといってどこかの教科書を丸写しにしたような術語と数式の嵐でもなく、多くの重要な概念が平易な言葉で書かれている。

それを読むだけでも楽しく、そして一仕事なのだけれども、こういうのを書ける人というのは、それらのトピックを深く理解して、そしてそれらの有機的な関係を見渡せる思考ができているのだろう。ピーター・アトキンスさんの頭の中には、一体どのような世界が見えているのだろうか。2万円くらいのツアーで、一日見学させてもらえないだろうか。

しかし、こんなとてつもない本が月給の1%とかそういうスケールの額で買えてしまうとは、日本はいい国だなぁ。あとはこれが電子化されて、音声で読み上げたり、文字サイズを自由に変えられたりできれば、さらにいいだろう。この国ならできるような気がする。音楽や映像には著作権シンジケートがあってなかなか自由にならないのだけれども、文章ならアナログホールも開きにくいし、それほどハードルは高くないんじゃないか。

あと、この手の良質な本は、実は翻訳も良質なのだということに気付く。コンピュータ関係では、専門技術への理解が深くなかったり、コンピュータサイエンスの歴史を知らなかったり、場合によっては著者の住む国の文化に理解がなかったり、あるいは日本語自体に難があったりする翻訳者が書いた邦文を読む機会が増えている。そういうのを読むにつれ、日本人が書いた本より感銘を受けてしまうような名著を、存在感を消しながら適切に訳してくれた翻訳者が、本当に偉大に見えてくる。

Effective C++の第3版も偉大な本なのだけれども、"convention"なら「慣習」とか「お決まり」とか「約束」とか、そういう文脈に応じた適切な訳ができるはずなのに、全部「コンベンション」で通してしまう訳文に強い違和感を覚えた。技術用語みたいに従来とは全く違った概念の固有名詞なら、日常語と意味が混ざる危険の少ないカタカナ言葉を導入するのにも便利な一面を感じることがある。けれどもこれは多分、スコット・メイヤーズさんは英語話者なら自然に理解できる一般用語として使っている。

しかしまぁ、批判するのは簡単なことなのであり、じゃあ原書で読めといわれたら、時間が掛かりすぎて実用的ではない。ということで、とにかく日本語で読めることに感謝。あと、さりげなく良訳してくれている翻訳者の方には、もっと感謝。ちなみに「ガリレオの指」の訳者は斉藤隆央さんという、私と同じ工業化学出の方だ。(もっとも斉藤さんは東大卒なのだけれども)

んー、「西遊記」とか「項羽と劉邦」なんかも読みたいのだけれども、なかなか手に取る余裕がない。戦艦大和の生産工程管理術なんかの話も面白そうだし、いろいろと興味は尽きないのだけれども、人生は短く(あるいは脳味噌はトロく)、コドモたちはみるみる成長していく。一日が30000時間くらいあったらいいのに。
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by antonin | 2008-06-14 00:15 | Trackback | Comments(0)


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