安敦誌


つまらない話など
by antonin
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XPの再インストールほか

2001年の11月にインストールして以来、アプリケーションを追加したり修正ファイルを適用したりして運用してきたデスクトップマシンのWindows XPだが、ついにシャットダウンもままならないという末期症状に陥ってしまい、512MBのメインメモリも常に食い尽くされてまともに動作しないというような状況になってしまった。いろいろなセキュリティソフトが衝突している可能性も無くはないが、どう考えてもレジストリが大変なことになっているのは想像できたので、ここで7年ぶりにOSの再インストールを実行することにした。

まぁCPU脇にあるケミコンが塩吹いていたりして、ハードウェア的にも余命が長くない感じなのだが、Tualatin Celeron 1.2GHzの低消費電力がけっこう気に入っているので、コイツが死ぬまではXPも延命してやろうと思う。ケミコンなんかは低ESR品を買ってきて自分で交換してもいいのだけれど。

アプリケーションは未練を持たずに全消去し、必要なものはパッケージやダウンロードファイルから再インストールする方針にする。2001年当時のベンチマークソフトなんかが残っていたりしたからなぁ。ついでにアプリケーションの更新などもしておくことにしよう。SP0の状態でネットにつなぐのは、ルータがあるとはいえ危険すぎるので、SP2とSP3のインストーラをダウンロードして2ndドライブに保存してから、なつかしいXP Homeのインストールディスクを引っ張り出してくる。

という具合で、現在1stドライブの物理フォーマット中。データ類は全て2ndドライブに移したつもりだが、まぁ消えたら消えたでその時だ。

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月末になって、検索キーワードの第10位に「ルールとマナーの違い」というのが入ってきた。おそらくこのあたりが検索に引っかかっているんだろう。

安敦誌 : 「ルール」と「マナー」と「思いやり」、それから哲学

「現代用語」としての「マナー」の用法とは少し違う解釈をしているので、あるいは参考になるのかもしれない。しかし後半の哲学云々の部分が既にグダグダになっているので、序盤部分だけをすっきりとまとめて再アップしてもいいかもしれない。まぁ、センスとか思い遣りなどとマナーを敢えて分離しないほうが、むしろ高度に日本的でいいのかもしれないが。

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宇都宮で乗り回していた原付を、もう乗らなくなったので実家まで自走して届けてきた。妹が近所に出かけるのに自転車代わりに使うらしい。環七を通ったのだが、やたらと道がすいていた。もともと環七は日曜日になると交通量が少なくなる傾向があったが、それにしても数年前に比べると格段に車が少なくなっていた。3車線のうち2車線を潰して工事をしていたが、それでも渋滞が発生していなかった。私の学生時代には考えられなかったことだ。

この現象は、若者の自動車離れとかその程度では説明がつかないのではないか。そもそも若者自体が減っているので、こうした現象の主要因とはなりにくい。むしろ世代人口の多い団塊世代が車に乗って都内を走り回るという機会が減ったことが主要因なのかもしれない。ガソリンは113円/Lで売られていたから、燃料費の高騰というのはもはや理由にならない。

--

林晋さんの書き物が非常に参考になる。こういう人の書く文章は、読んでいて非常に楽しい。

Susumu Hayashi's Home Page SV55

情報学者の人文科学研究

岩波文庫の「不完全性定理」も手許にあるし、ちょっとした因縁があって前原昭二さんの「数学基礎論入門」も持っている。だが、はっきり言ってゲーデルの証明を追えるほど形式論理を理解していないし、将来的に理解できるような気もしない。が、こういう本が手許にあるというのはなんだか楽しいものがある。つまりは知識欲じゃなくて物欲なんだ。

--

PS3 Linux Information Site / Cell/B.E.のパワーを体験しよう

PS3 LinuxでCellプログラミング! - 楽天ブログ(Blog)

Cell-BEのプログラミング環境もかなり整ってきたらしく、PS3にUbuntuをDVDからインストールできたりするらしい。ここのCellプログラム入門なんかを読むと非常に楽しく、冬のボーナスで買ってみたいという欲も出てきたが、我が家にはPS3につなげるディスプレイもテレビも存在しないのだった。本体だけなら買えるが、ディスプレイも、となると予算オーバーだ。残念。まぁ買ってもまた時間がないとか言って手をつけない可能性も高いので、これでいいのだろう。

これからの時代、複数コアをどう使い分けるかというのは、コンパイラが超賢くなるまでの期間はプログラマが面倒見てやらなくてはならないわけで、そういう意味ではプロセッサアーキテクチャの理解なども役に立ってくるのだろう。資源のロックとかそういう基本的なことだけではなくて、パイプラインとかストリームという形がいいのか、ループの並列化がいいのか、タスクをオブジェクト化してスクラッチパッドに貼り付けていくのがいいのか、など、いろいろなやり方の得手不得手をつかむ必要などがあるのだろう。

たるさんのパソコンフィールド

上記サイトの議論が面白い。こういうの好き。

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まぁなんにせよ、基本的に趣味で生きているな、ワタクシ、という感じがする。こういう人間だけは部下や同僚に持ちたくないものだ。職場の皆さんごめんなさい。
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by antonin | 2008-11-30 23:46 | Trackback | Comments(0)

次期政権

うーむ、可能性として一番高いのは民主公明連立政権か・・・。

参法 第149回国会 4 永住外国人に対する地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権及び被選挙権等の付与に関する法律案

衆法 第163回国会 14 永住外国人に対する地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権の付与に関する法律案

民主党衆議院議員 岡田かつや | 週刊ビデオメッセージ | 2008年05月20日号 外国参政権――多文化共生、多様な価値観の社会へ

とりあえず自民党全体への印象はさておいて、麻生-与謝野ラインは個人的にゴールデンコンビだと思っているので、もし衆議院選挙があったら自民党に投票することにしよう。今回だけ。人生で初めてだ、自民党支持なんて。

安敦誌 : 案外普通

どうせ小沢さんは約束を果たして首相に就任した数ヵ月後には、体調不良か何か理由を付けて辞任するのだろうし、そうしたらその次の総理は鳩山由紀夫さんあたりになるのだろう。鳩山(由)首相というのはちょっと歓迎し難い。鳩山(由)さんは小泉純一郎さんの引退で次男の進次郎さんに地盤を譲ったのを「二世三世の世襲」と批判していたが、これは正しくない。純一郎さんが既に三世議員で、進次郎さんは四世に当たる。

系図でみる近現代 第27回 小泉純一郎・純也・又次郎 小泉進次郎 石原慎太郎

そもそも、鳩山一郎・元総理のお孫さんでしょうが、あなた。

系図でみる近現代 第3回 鳩山由紀夫 鳩山邦夫 ブリヂストン・石橋家 団琢磨

この「系図で見る近現代」なんかも参考になって面白い。こういう、緩い貴族政が続いているというのも、日本が古代ローマの共和制に似ているところなのだろう。共和制より帝政が先に来てしまったけれども。そういえば中学校の同級生に鳩山一郎さんのひ孫というのが居て、歴史か何かの授業で「鳩マンダー」なんて用語が出てくると激しくからかわれていましたが、彼は今では何をやっているんでしょうか。

今もほそぼそと岩波文庫で売られ続けている、マルクスの「賃労働と資本」なんかを読むと、論じている問題点が笑えるほど現代日本の実情に似ていたりする。それにしてもマルクス31歳当時の著作って。すごいよカールさん。そんなマルクス支持者が自民党に投票しなくてはならないという状況をなんとかしてください。政党政治の意味がないだろうよ。まぁ、それが55年体制の本質ってものなのだろうけれども。

さて、寝るか。
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by antonin | 2008-11-30 00:28 | Trackback | Comments(0)

時機を逸したネタとか

まぁ、仕方があるまい。たまにはこういうこともある。闇に葬ってもいいが、悔しいので風葬にする。合掌。

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提言:「日韓両国は今こそ相互不可信条約の締結を」

(日韓は速やかに相互不可信条約を締結すべき。両国の異常な関係を打開すべき。みたいな文章が入る予定だった。以下、用語解説)

「相互不可信条約」:二国間条約のひとつ。両国が相手国を互いに信用していないことを互いに認めるという擬似互恵的国際条約。具体的には、通商および情報交換において一定の規制を設けることに対して、両国ともこれを相手国側の正当な行為と認め、相手国側にそれを撤廃することを求めないことを約束するものである。国際政治学的には、政治的緊張関係にある両国が、その緊張関係が思想的あるいは経済的なものに限られ、軍事的対立が存在していないか重要でない場合に限り有効性が成立する条約であるとされている。二国間で相互不可信条約が発効した場合には、両国はそれを国連に申告し、両国関係がカッテニャテッロ状態であることを国際的に認めさせることができる。

「カッテニャテッロ状態」"Cattegnatello state":
社会学における用語。対立する二国が互いに対立していることをあえて認めることで、二国間関係が暫定的な安定状態に落ち着いていることを指す。通常の国交を樹立した二国間関係では、両国民の間に相互不信や相互批判が生じた場合でも、両国政府は表面的には穏健で相手国に配慮を見せた態度を取らざるを得ない。すると政府と自国民との間に感情的な対立が生じ、国民感情がますます悪化するという現象が生じる。これに対しカッテニャテッロ状態にある国家では、政府も相手国に対する不信や批判を黙認するため、政府と国民感情の対立が緩和する。この結果として一般的なケースではむしろ、国民の相手国に対する批判意識が徐々に低減する傾向にあることが知られている。国家間関係に限定せず二者関係全般に一般化することで、社会学分野で広く用いられる用語となった。

Vittorio Cattegnatello : ヴィットリオ・カッテニャテッロ (1536 - 1584)
「ビトリオ・カテニヤテルロ」とも。イタリア、ミラノ出身。エステ家の傍系。カトリック教会の枢機卿。イングランド国教会とカトリック教会の対立に画期的な見解を示し、現実的な解決をもたらした。
「互いの見解の違いが存在し、一方が他方を、他方が一方を相互に批判する状況では、相手に批判されていること自体に感情的な反発が生じ、もはや冷静ではなく理論的にも破綻した批判をもって応酬することになる。そこには発展的な価値はなく、そうした行為は神の御心に沿うものではない。両者が互いに異なる解釈を持っていることを冷静に認め、相手による自勢力への批判と自勢力による相手への批判の存在を等しく認め、その批判に対して相互に許しを与えて互いに心の平穏を保つことこそ神の導きに従う道である」と述べ、その後の両者の関係は「融和なき安定」に至った。

「相分離状態」"phase separation state":
カッテニャテッロ状態と同じものを指す用語。カッテニャテッロがカトリック教会の聖職者であったことから、国連では宗教的に中立な用語として相分離状態という用語を公式に採用している。相分離とは、水と油が溶け合わずに分離し水相と油相に分離したような状態を言う。これに例えて、相互に融和はしていないが、なおかつ安定している状態を言い表している。

・経団連会長の談話
「政治的にはいろいろとあると思うが、経済的には既にそうした(相互不可信の)状態にあるので、正式にそういう(条約の)締結がなされるのは歓迎したいが、実質的な変化は無いのではないか」

・国連事務次官の談話
「(国連の正式見解ではなく)あくまで個人的な見解としてだが、このような実効的な関係が結ばれることは国際社会からも歓迎されるのではないか。(相互不可信の)関係を明確にすることで、交渉が進めやすくなる分野も多いだろうと思う」
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by antonin | 2008-11-27 03:57 | Trackback | Comments(0)

今年も到来

また、そんな季節が巡ってきたんですね。
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今年も東京の汚い空気の向こうに富士が浮かぶようになりました。
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まあ、楽しくやりましょう。
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by antonin | 2008-11-24 00:29 | Trackback | Comments(0)

悪い事もしたが、良い事もした

現在の歴史教育が、いわゆる「自虐史観」であると主張する人々の意見の多くは、今回の自衛隊OBが放った最後っ屁も含め、極めて単調なものである。それは、ここ10年以上繰り返されては「失言」扱いされてきた、「悪い事もしたが、良い事もした」というものである。この単調さというのは、ある意味特筆すべきものであると思う。

事実として、「悪い事もしたが、良い事もした」という主張それ自身は正しいと思う。数千万人の日本人が全て悪人だったなどということは到底現実的に想定できるものではなく、大日本帝国が悪の帝国であったなどと考えるのは迷信じみている。ただし、アメリカを含めた連合国側としては、日独といった枢軸国側を世界の自由と平和を踏みにじる悪の帝国として扱っていたというのもまた、歴史的事実に違いない。そういう大儀が無ければ、名誉ある孤立を永年の国是としていた米国を第二次世界大戦に突入させるだけの、世論を喚起するのは難しかったに違いない。

「悪い事もしたが、良い事もした」というのは、単に順番を入れ替えるだけで「良い事もしたが、悪い事もした」と言い換えることができる。論理的にはどちらの表現も全く同一の価値を持つが、感情的には全く別の意味合いを持った表現になる。個人的には、どちらも正しいが、どちらも不十分な表現であると思う。つまり、上記の表現では日本人が自国に誇りを持つには程遠い言説に過ぎないと思っている。日本は戦前や戦中に良い事「も」した、という程度の証拠を提示されても、ふーん、としか言えない。とても愛国心など抱くには至らない。

より正確には、「良い事をしようとしたが、悪い事になってしまった」と言うべき状況であったということが、いろいろと当時の話を読むうちに、徐々に見えてくる。もちろん、一部には首尾良く「良い事をしようとして、うまくいった」という部分も散見される。一部の過激な言論集団が「戦前の日本は100%純粋の悪だった」と思い込んでいて、また一般世論もそれに近い方向へ流れて来たという経緯は確かにあった。それに対する反撃として「良いことをしようとしていたし、うまくいった部分もある」という事実に拡大鏡を当てて、ほら、当時の日本はこんなに素晴らしかったんだ、ということをしきりに主張しているのだろう。

けれども、戦前の日本が100%の悪であったり100%の善であったというのは当然にフィクションであり、極論を展開する当事者同士であっても、そのあたりは実は認識して、その上で戯画化された歴史像に対して極論パンチを打ち合っているのだろう。ある意味どちらも正しいのだろうが、別の意味ではどちらもナンセンスである。

ある程度の情報を見れば、大日本帝国も、世界中、あるいは歴史上のほとんどの国家と同じように、正常な統治能力と外交能力を持った国家であったのだということがわかる。そして、当時の欧米列強と対立できる唯一の東洋勢として、正義感と責任感に駆られて多くの理想論を打ち上げ、国家間で生じる多くの権力闘争を繰り広げていたということもわかる。

しかし、その高邁な思想に比べて、現実的な国際的権力闘争を繰り広げる人材の層は薄かった。それは近代国家としての戦争経験不足という、新興国としてはどうしようもないハンディキャップが原因だったのだから、それ以上の言い訳は特に必要ないだろう。それによって、高い理想に従ってアジアを西欧帝国主義から守り大東亜共栄圏を樹立するという目的を掲げながら、現実としてその遂行の質が不十分で、最終的には国家消滅の瀬戸際まで追い詰められた挙句に敗戦した、というのが事実認識としては妥当なところだろうと思う。

だから、「良い事をしようとして頑張ったけれども、実力が理想の高さに追いつかなくて、結果としては近隣に大迷惑をお掛けしました」と言えばいいように思う。これならば現代人としては、ああ、そうか、ダメだったけど当時としては仕方がなかったんだな、ダメだったけど理想に向けてよく頑張ったんだね、というような認識になるに違いない。根拠の無い自尊心を持って排他的になるのではなく、歴史上の日本人に対する暖かい同情心を持てるようになるのだろう。そうすれば、失敗に学んで次の成功につなげようという、冷静かつ健全な歴史認識が可能になるのではないかとも思う。

自虐史観も自慰史観も、どちらも歴史認識としては片翼がもげたグライダーのようなもので、近いうちにそれぞれ左と右へ旋回して墜落していくのだろう。もう少しだけ歴史が記憶から記録に移ろえば、正常な認識へと着地していくのだと、楽観的に信じてみたい。

もう一度、「学問のすゝめ」から印象に残った一文を引用して終わりにしよう。
 人の世を渡る有様を見るに,心に思うよりも案外に悪を為し,心に思うよりも案外に愚を働き,心に企るよりも案外に功を成さゞるものなり。如何なる悪人にても生涯の間勉強して,悪事のみを為さんと思う者はなけれども,物に当り事に接して不図悪念を生じ,我身躬(みず)から悪と知りながら色々に身勝手なる説を付て,強いて自から慰る者あり。又或は物事に当て行うときは決して之を悪事と思わず,毫も心に恥る所なきのみならず,一心一向に善き事と信じて,他人の異見などあれば却て之を怒り,之を怨む程にありしことにても,年月を経て後に考れば,大に我不行届にて心に恥入ることあり。

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by antonin | 2008-11-24 00:10 | Trackback | Comments(0)

編曲の力

先週の休日の昼、去年あたりにAmazonだか駅のレコード屋だかで購入したDVDの封を切って、「グレンミラー物語」を見ようとした。したのだが、「ピノキオ見たい」というチョウナンの意見に負けて中座した。その中座寸前のシーンで流れていたのが、若きグレンが作曲した「ムーンライト・セレナーデ」の、カンカン踊りバージョンという悲惨なものだった。

現代のピアノというものは、それ自体が巨大なシステムになっているので、フランツ・リストあたりからこちらの作曲家は、ピアノ譜自体を自己完結した編曲体として書くことができた。ショパンの書く曲などはピアノという楽器の完成なしにはありえないようなものばかりだし、印象派にもなると、作曲よりも編曲のほうが比重として大きいような具合になってくる。

ピョートル・チャイコフスキーはモスクワ音楽院の第一期生で、夏休みの宿題として主題の変奏練習という課題をもらったそうだが、休み明けに提出されたのは200にもなる変奏曲だったという。こういう才能というのは、もう20歳前後には姿を現していなくてはいけないものなのだろう。遅咲きのアントン・ブルックナーにしても、若い頃の彼が演奏するオルガン曲の中に、もう非凡の芽は出ていたに違いない。

話が逸れたけれども、どんなに美しい曲であっても、どんなに勇壮な曲であっても、変奏や編曲次第で、その印象はどのようにでも変わってしまう。一番良い例は、きっとこれだろう。

V.A.(Rolling Coconuts) : 帝国のマーチ (ダース・ベイダーのテーマ) / BARKS 試聴

あの、スーパー・スターデストロイヤー艦隊を擁する帝国軍のための重厚な行進曲が、ああなっちゃうんである。おそらく、逆もまた真なのだろう。「崖の上のポニョ」の例のあの久石譲の曲だって、ジョン・ウィリアムズ風に編曲して、弦楽合奏が禍々しい緊張感のあるリズムを刻み、金管が勇壮でありながらやや不快な成分を含む和音でメロディーラインを下支えしたりしたならば、やはり「帝国の中のポニョ」になったりするのだろう。私に技能があれば是非やってみたいが、実際には無理だ。誰かやってくれないかな。あるいはもう存在するのかも。

アントニーン・ドヴォルジャークの交響曲第9番ホ短調作品95「新世界より」第二楽章ラルゴの、他の編曲はすっかりあのままで、あの有名なイングリッシュ・ホルンの主旋律だけを「七つの子」に置き換えてみたら、あぁ、これぞ「我が祖国」と叫びたくなるような曲が生まれそうな気がする。想像しただけでも涙が出そう。あの手の短調にはどうしても弱いのだ。

「グレンミラー物語」に、ミラーが編曲した「茶色の小瓶」の原曲になった歌が登場する。ひどく田舎くさい歌だった。でもまぁ、それもまた味があっていいのだけれども、あれではやはり、世界的なヒット曲にはならなかっただろう。

文章にも、レトリック、修辞という彩りがあって、論理的には同じ事を言うのでも、その表現が与える印象というものは、かなり幅広く「変奏」することができる。

書き言葉にだっていろんな書き方ってもんがあるだろよw
結局おんなじこと言ってたって、どうとでも書けるんだぜwww
書き方次第で印象なんてどうにでも変わるだろうよwwwwwwwwwwwww

という具合。

絵画であっても、描写と彩色というものがあって、両者は一体になって表現を行う。モノトーン、というのもかなり強烈な「色彩」の一種であるように思う。

同じ事を描写するのであっても、ネオンのような蛍光色でギラギラと彩られた情報もあれば、コントラストの強いモノクロームで統一された描写もありうるだろう。北風と太陽ではないが、同じ事を主張するのでも、暖かい表現で痛烈なことを言うようなレトリックなども、プロの書き手である新聞記者などであれば、21世紀の表現として研究してはいかがだろうか。

新聞が信頼されなくなって久しいのですが、別にこれで善しと思っているわけではありません。社会の木鐸として、まずはあなたがた新聞記者のお一人お一人が、慈しみと優しさに満ち溢れた文体を通じて、この国の実情を国民に広く訴えてみてはいかがでしょうか。結果として、日本国民は、慈愛に満ち、自尊心と向上心の溢れる国民へと生まれ変わるのではないでしょうか。率先垂範の律、仲良きことは美しき哉。

安敦誌 : 1と1.0(にゃーん)
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by antonin | 2008-11-22 03:15 | Trackback | Comments(0)

田舎の騎士道

いろいろと思うのだけれども、まとまりが付かない。こういうときは、まとまりを付けないというのも悪くないのかもしれない。

--

いきなり、今日の漂着地。

今日の漂着地:「『君という、僕のために。』」より「運行表

中庸の徳」を検索していて漂着。

個人的には、詩というのはちょっとどうも苦手なのだけれども、若い頃に詩のような文章を書かなかったのかというと、決してそうしたわけでもなかった。

僕は僕のカタマリ

僕は僕をやめられはしない

移りゆく季節の中で、流れゆく社会の間で

僕が僕であることはきっと、誰かの愛であり誰かの憎しみである

そういうことを全身で感じることを僕はやめられはしない

優しさに包まれるときも、傷ついて落ち込むときも

全ての結果として、僕は元気でいると決めた
上記サイトの作品、「 僕のカタマリ・その壱 」より引用。

「まぁ、そんなものかもしれない」という口癖が付いたのは、そんなに昔の話ではない。

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朝日新聞が赤字。日経とか読売とか、朝日新聞社を除く新聞各社から報道が出ている。新聞社の報道はあまり信用できないので、本当ならソースがあるはずだと探してみたが、なかなか見つけにくかった。どうにか、テレビ朝日のIR情報から、「親会社等の中間決算に関するお知らせ(2008年11月21日)」という歯切れの悪い一次情報を見つけた。報道機関には報道しない自由があるが、そうそう隠し通せるものでもないだろうに。

「営業利益 △504 (百万円)」だそうだ。「売却損」という言葉を初めて聞いた。だのに、なぜ、歯を食いしばり、君は売るのか、そんなにしてまで。大人の事情、というものなのだろう。

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ぬるま湯日本に輝く才能 - エンタ - 日経トレンディネット

ぬるま湯日本と言うが、ぬるま湯に浸かってきたのは専らバブルの責任を取らずに「実績」に胡坐をかいているような人々であって、若い世代は概ね、社会全体としての「自然な自明性の喪失」であるとか、もっと単純に労働コスト削減の対象にされてみたりだとか、ぬるま湯とは言い切れない生活を送っているように思う。

まぁ、ある意味では確かにぬるま湯ではあるかもしれない。かつてのような熱気はもうない。かといって、凍死するほどに冷え切ってしまっているわけでもない。ここから安易に抜け出せば寒くて不快な思いをするが、今浸かっているのは先に入っていた人間の出した垢が浮いた汚いぬるま湯の中だ。一時の寒さに耐えて湯から出るべきなのか、あるいは湯を捨てて火を燃やして沸かし直すべきなのか、逡巡しているのが今の20代なのかもしれない。

そういう人々の中に、上記リンク先のような才能が生まれるというのは、むしろ必然と言うべきなんじゃないのか。

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もういっこ書こうと思ったが、これはさすがに項を分けよう。
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by antonin | 2008-11-22 02:29 | Trackback | Comments(0)

「「「知」の欺瞞」の欺瞞」の欺瞞

トラックバックが帰ってきた。そうか、やっぱりトラックバックって、こういう使い方をするものだよな、本来。

それはさておき。

皆殺しの天使 : 相対主義

なぜ私はあの記事に反応してしまったのか、どうして私は自分を相対主義者であると名乗るようになったのかを教えてもらったような気がした。そのあたりだけ書いて返信としたい。反駁というのとは少し違うが、こういう意見の交わし方があってもいいものだろうと思う。

前回は、ちょっとふざけた言い草になっていて、真面目な人に対して悪いことをしたと浅く反省している。

安敦誌 : 相対主義者の告白

けれども、別にからかいたかったわけではない。あの文章に反応してしまったのにはおそらくふたつの理由があって、ひとつは、私はやはり相対主義者だからだ。そしてもうひとつは、私は実存という言葉がどうしても好きになれないからだ。

私も学生時代に歴史や哲学に興味を持ったことがあったが、基本はやはり工学部の人間だった。世界は何であるのか、という根源的な疑問に興味はあったし、哲学がそうした問いに対して答えようとしている学問だというのもうっすらと理解していたので、勉強できるものなら勉強してやろうという意欲を持っていた。

けれども、日本の西洋哲学教育というのはかなり胡散臭い部分を持っていて、難しい用語と聞いたこともない人物の名前を振り回しては、「理論武装」とやらで論戦を玩んでいるような輩がたくさんいた。その後になって、そうした胡散臭い輩ばかりが哲学者の全てではないということを知って、個人的には「哲学との和解」を果たしたつもりでいる。それでも若い頃の刷り込みというのは強烈なもので、当時目にした「射程」とか「地平」とかいう言い回しを多用する文章を読むと、今でも寒気がする。

最近では「極北」などという用語にも嫌気が差すようになってしまったのだが、とにかくそうした無意味な装飾と共に使われることの多かった「実存」という単語も、やはりいろいろと嫌な記憶が染み付いた言葉となってしまった。これも「和解」以降に、プラトンのイデア論あたりから始まる高邁で美しい理論をいろいろと並べ立てたところで、おいらの明日の身の振り方を決めるのには、これっぽっちも役に立たねぇんだよ、というような所を起点にして始める哲学的態度を「実存主義」と呼ぶのだと知り、極端にそれを軽蔑するような態度は捨てた。

一方で高校時代あたりからこちらの時代、私の頭を占拠し続けたのは、絶対的だと思い込んでいた諸々の法則が、意外に限定的だったという驚きに満ちた科学的発想の数々だった。それは遺伝の進化論でもあり、時空の相対論でもあり、心身の一元論でもあった。教科書に絶対的真理や絶対的事実のような構えをして書かれた事柄が、単に有力な仮説に過ぎなかったということを知って、私は一気に、物事は必ず裏から見ないと気が済まないような性質の人間になってしまった。

これもあとになって考え方の極端に気付いて修正していくことになるのだけれども、どうにも他人と同じことが嫌いという気質は変わりようがなくて、世間で評判の悪い「相対主義」という言葉を自己に貼り付けるようになった。そういう文脈で「相対主義 vs. 実存」の戦いを見たものだから、つい手が出てしまったのだろう。

彼と私とでは、細かい主張では隔たりがあるけれども、そんなのは当たり前の話であって、世間一般から比べれば、比較的にしても近い考え方を持っているように感じる。というわけなので彼の主張はいちいちもっともに感じ、特段反論すべきところはない。私が誇張した物言いをしたまでであって、基本的な理解の仕方ではほとんど差がないように思う。夏ごろに書いた文章にも相対主義が出てくるが、どちらかというとその文章を引いたほうが理解を得やすかったかもしれない。

安敦誌 : 誰の肉を食べるのか

意見に矛盾があるときには「ダブル・スタンダード」という状態になり、あらゆる意見を否定することができない、なんでもありの状況になってしまう。一般に、たったひとつの立場に立つことに慣れきった人間から見ると、相対論者の意見はダブル・スタンダードに見える。相対論者は複数の立場を行き来するからだ。しかし、正しい相対論者は、自分が立ちうる中から議論の水準が一致するような立場を選び議論する。そしてそのような立場が見つからなかった場合には、議論そのものを放棄する。


実のところ結論は見えていて、それは彼も指摘しているとおりに、
antoninさんの考える「相対主義」とは別物なのかもしれない。

ということになるのだろうと思う。そしておそらく世間一般で言われている相対主義の理解としては彼のほうが正しいというか近いものであって、私のほうが変なことを言っているのだと思う。だから、「いわゆる相対主義」に対して正しい態度をとっているのは彼のほうであり、私は「マイ相対主義」の立場から場違いな意見を表明しているのに過ぎないのだろう。

それでも私は、相対主義は依然として主義であると思う。論理的な体系の相対性というのは既に確立した理論ではあるのだけれども、それは決して広く理解されているものだとは思わない。だからこそ、2年前の彼を苛立たせるような事を言う人が現れるのだろう。けれども、この「自称相対主義者」は私の言う相対主義者の範疇には入らない。どちらかというと、「客観主義」とでも言うべき絶対主義者の一種だ。こういう言い分には、私も疑問を持ったことがあるし、今では否定的な立場をとっている。

安敦誌 : 生きていることに客観的な意味はない
(後半は無視して前半だけ読んでください)

私は、進化論は"the theory of evolution"だと思っているが、創造論を信じる人にとっては、進化論の妥当性を信じることは"evolutionism"になってしまうらしい。日本では創造主への信仰があまり盛んであるとは言えないため、進化論が進化主義と呼ばれることはない。けれども、果たしてユークリッド幾何の平行線公理が他の公理と独立であるなどということが、誰にも自明なcommon-senseになっていると考えてもいいのだろうか、という疑問が残る。それは余りに楽観的に過ぎるのではないか、という暗い疑念がある。

「じゃあ、あなたはどう思うんですか?」と相対主義者に問いたとしても、「あなたの立場ではその意見は正しいですよね。でもこちらの意見として考えればそれは間違っている」なんて冷めた言い方して、結局何も答えられない。そんなこと本来であれば誰だって思考の内部に持っていることであって、それを踏まえて人間はポリシーを唱えるのだから、「平和主義」「環境保護主義」などの思想を分類する語とは相容れないものであり、そもそも相対主義とは「主義」ではない、というのが僕の主張です。


個人的には、論理の相対性が彼の主張するとおりにprincipleではなくtheoryの一種であって欲しいと思う。けれども実感としては、あまりそのように感じたことはない。相も変わらず、相対主義は今日も"-ism"の付いた「主義」であり続けざるを得ないような状況にあるように思う。

だから、主張は食い違っているように見えて、実は抱いている危機感として、やはりそんなに違わないのだとも思っている。身近な世界でこういう共感を持つ機会は極めて少なく、学者でもなんでもない私にも、こうした往復書簡的な会話ができるのはネット時代ならではのありがたい話だと思う。
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by antonin | 2008-11-20 00:55 | Trackback(1) | Comments(0)

相対主義者の告白

もう、ちょっとアレな時間なわけだが、軽く反応してから寝る。

皆殺しの天使 : OMEN-061112 でもゲーデルは78年、研究室で本当に餓死しました。

上記が面白い。少し引用してみよう。

しかし相対主義は、この実存自体が相対的であり、時代と情勢によって使い分けることが重要である、という主張をするのですが、しかしこれは論理的な階数が異なっており、相対主義は実存主義のメタ的態度であると言えます。同等に扱うことはできません、なぜなら、「ウソつきパラドックス」のような矛盾があるからです。つまりは、相対主義というものは、人間の合理的判断そのものに沿ったものであって、人間誰しもが、アプリオリに持っているはずのもの、実存主義的な洗脳以前の本来の精神の姿であるということができます。これに“~主義”という語を当てはめることに、私は大きな抵抗を感じるのです。
相対主義という語を使う人間というのは、読書の態度を誤った、自分のオリジナルの思考を破棄してしまったバカか、本で得た自分の知識をひけらかしたいだけの自己顕示欲ヤロウでしょう。


ちょっと待て、私は相対主義者だぞ。これは困った。

いや、実は困ることは無かった。

「相対主義という語を使う人間というのは、読書の態度を誤った、自分のオリジナルの思考を破棄してしまったバカか、本で得た自分の知識をひけらかしたいだけの自己顕示欲ヤロウでしょう」

私は後者です。本で得た、自分の知識をひけらかしたいだけの自己顕示欲ヤロウであります。中年になるとこういう卑怯な開き直りという技が使えるので大変便利だ。ただなんというか、私の言う相対主義というのは、彼の読んだ本が主張するそれとは若干異なるかもしれない。読んでいないのでわからないけれども。

安敦誌 : 妖怪の99.9%は仮説

上記の大部分をざっくり読み飛ばして、最後から2段落目で私の立場を表明している。

私は相対論者なのでこのように考えるけれども、相対論と言っても「あれも正しい、これも正しい」とは考えず、「あの前提に立てばあれが正しく、この前提に立てばこれが正しい」のであり、かつ「一人の人間が立てる立場は限られており、有効な前提もまた限られる」とも考えている。結局は自分が正しいと思うように考え、行うしかなく、他人と折り合いが付かないのなら折り合いを付けずに放置するというのもまた、ひとつ上の水準で折り合いをつけるための有効な方法のひとつなのだろうとも思う。


と、今日もひとつ矮小な自己顕示欲を満たしたところで眠りに就くとしよう。
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by antonin | 2008-11-18 04:21 | Trackback(1) | Comments(0)

歴史認識とかそこらへん

ううむ。随分いろいろと書いたのだが、ブラウザごと落とされてしまったようだ。風呂入っている間に。いいさ、明日は明日の風が吹く。

--

母は東京の生まれだが、戦後の混乱期に各地を転々としたという。祖父の実家のある神戸に住んだときには、標準語の話し手として教科書の朗読を任された、などという話は書いたことがあるかもしれない。

祖父の実家のある神戸とは言っても、祖父は家を勘当されて家出同然に上京した人なので、海岸線近くの貧しい一帯に家を借りたのだという。そこには多くの日本人に混じって「鮮人」の家庭があり、悪餓鬼どもはそうした家の子供たちに石を投げつけたのだという話も聞いたことがある。大人同士の近所付き合いはそれなりにあり、祖母は近所から「朝鮮漬け」、今で言うキムチを分けてもらったりしたというが、臭くてたまらずに捨てたと聞いた。そういう時代があったのだろう。

それから60年ほどが経過し、私たち夫婦は空前の低金利と銀行合併による駅前支店用地の放出という追い風に吹かれ、マンションを購入した。入居してみると、中国名や韓国・朝鮮名の住人が多く住んでいる。決して怪しい風体の人々ではなく、私たちと同じように勤務状況の信用を基に低金利の住宅ローンを組んで、追い出される心配の無い家を確保した人々だ。いわゆる「在日」の人々ではなく、成人してからこちらに渡ってきた人ばかりでもある。

ヨメは持ち前の社交性を発揮して、国籍を問わない「ママ友」ネットワークを広げている。ジナンが生まれて、真っ先にお祝いの品を持って遊びに来てくれたのは韓国人夫妻の奥さんだった。会話は、平凡に夫の愚痴や子供の教育の話だったという。ときどきチャイナドレス風の上着を着て中国語講座の講師をしているという中国人家庭のお母さんが、うちのチョウナンがエレベータで勝手に降りて行ってしまったのを保護してくれたこともある。

ヨメの話によれば、ムスメが来年から通う小学校の入学前身体検査会場で、保育園の同級生のお母さんが右往左往していたという。どうしたのかというと、案内板が読めず、自分の子供の名前が漢字で書けないのだという。私たちもダイビング旅行で訪れたことのある、フィリピンのセブ島出身の若いお母さんで、日本人の夫とは離婚して母子家庭なのだという。中華料理もインド料理もネパール料理も、みんな「本場」の人が調理も接客もやっている。タイ古式マッサージも同様だ。東京の辺縁は今、そんな具合です。

現実というのはいつも複雑で、戦前、戦中の日本人と大日本帝国が、一様な悪の集団であったというのは、もちろんありえないだろう。けれども逆に、それが一様な正義の集団であったというのもまた、ありえない理想像に過ぎないだろう。日本の少子高齢化社会も、そこへ移民を導入する未来も、どれもこれも単調な楽園や地獄であったりする訳が無く、そして単調なグレーでさえも無く、白も黒も入り乱れた複雑な模様を描くのだと思う。

油断なく過剰な隙を見せず、その上で相手の文化に理解を示して好意的に親切に振舞っていれば、何も恐れることは無いように思う。むしろ、日本人であるというのはどういうことかという部分が、否応なく浮かび上がってきて面白い。

駅前の横断歩道で赤信号待ちしていると、あとから来た人がキョロキョロしながら一歩を踏み出すのを躊躇している。さらにあとから来た人が全く歩を止めずに赤信号を突破していくと、ほっとしたようにぞろぞろと赤信号を渡っていく。信号が青に変わってからゆっくりと歩き出すと、最後まで残っていた数人が横断歩道を渡っていく。その間20秒ほど。なるほど、ビートたけしが言っていたのはこれなのか、などと思う。

実は、迷わずに赤信号の突破を決めたのは中国人ビジネスマンであったりするのではないか、などと睨んでいる。日本は明日も変わっていく。
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by antonin | 2008-11-18 03:15 | Trackback(1) | Comments(0)


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