安敦誌


つまらない話など
by antonin
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あー眠れねー

つい、動画編集をして、YouTubeに初投稿してみたりする。
わけがわかりません。



フロッピーディスクとか、あるいはカセットテープとか、そういう古い媒体を「レガシー・メディア」と呼ぶ。PCのRS-232Cポートやセントロニクス・パラレルポートなどもレガシー・インターフェイスと呼ばれていて、これらを全部USBで置き換えた「レガシー・フリー」のデスクトップが一時流行したが、別にこいつらが無くなったところで大したメリットがなかったためか、最近はノートPC以外ではレガシー・ポートを装備しているような気がする。

こういうレガシー・メディアを使った資産というのは、徐々に新しいメディアに移行していく必要があるわけだが、実はメディアを通じて接続される機器や、流される情報には普遍的な価値のあるものが混ざっていたりする。大半は時代と共に消え去るのが正しいのだが、一部にはそうなっては困るものもある。同じように、既にレガシー・メディアと化した新聞・雑誌や、間もなくレガシー・メディアの仲間入りすることが確定している地上波テレビ放送なども、それが抱える有用な人材や有用なソフトウェア資産を新しいメディアへ救出していかなくてはならない。

ディジタルメディアも「マスゴミ」叩きは大概にして、そろそろレガシー・メディアから人材とソフトの引き抜きにかかる必要があるのではないか。ソフトについては既に移行が始まっているが、人材についてはまだ動きが足りないような気がする。記者クラブなどはレガシー・メディアに残すとして、使える人材だけを現行メディアに引き抜く動きはもっと大々的に起こすべきだろうと思う。

まずは、新聞のチラシを引き抜こうよ。販売店ごと好待遇で引き抜けば結構うまくいくような気もするけどなぁ。そうすると今度は然るべき筋からの圧力とかが来ちゃうのかな。それも恐いな。守るものがある人にはできない事かもしれない。
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by antonin | 2009-05-29 02:12 | Trackback | Comments(0)

いろいろと考えた

が、まだまとまらず。メモだけ。

--
「借金を踏み倒そう」

そろそろ、歳出削減と増税によって国債を償還するというのを諦めようか、という話。高齢者に偏在している現金預貯金がパーになってしまうが、そのほうが本気で社会保障システムを立て直す契機になるから善かろう、というような感じだが、まぁ今のところ実現不可能。しかし、おそらくは近い将来に検討しなくてはならない課題。参政権を得る前に膨大な借金をこさえられてしまった世代が主力になる時代には、むしろこれをやらないと経済が活性化しないだろう。

経済学的な分析は、こちらがわかりやすい。

国債残高 など公的債務の急増:財政再建は、一般会計、特別会計、地方自治体、社会保障も含めて総合的に見ること

せっせと積み立てや保険契約をしてきた市民はバカを見るが、土地持ちはおそらくダメージを受けない。まぁ、それも日本的でよろしいかと。

--
「夜間電力が高くなる」

これは、生活に直結する、ちょっと切実な話。先日やっと柏崎刈羽の原発が一基だけ運転を再開したが、依然電力供給体制は逼迫が続いている状況。そもそも原発が出力調整実験に成功していたら夜間電力が余るという事態も深刻な問題にならなかったらしいのだが、なかなか政治的なあれこれがあって自由に実験ができる設備でもなし、現実には難しい様子。そんな中でオール電化住宅だけが思いのほか普及してしまい、かつては昼間電力の7分の1程度の価格で提供されていた深夜電力も、今では3分の1程度にまで格差が縮んでいる。

ここに加えて昨今の「エコ」ブームで、自動車の脱石油依存化が叫ばれている。もし本当にバッテリー式の電気自動車が普及してしまうと、昼間は自動車が道路を走行しているので、営業が終了する夕方から夜半に充電のための電力需要が集中してしまう。こうなると、かつて夜間割引が存在していた携帯電話通話料と同じように、夜間シフトが進みすぎて、むしろ割増料金を取りたいほどになってしまう可能性すらある。そこへ太陽電池発電の伸びなどが加われば、その傾向は一層加速するだろう。

もちろん、電気自動車が走りながら受電できるほどのインフラが普及すればまた状況が変わってくるが、それまでにはかなりディレイが発生し、電力価格の調整が難しくなる時期を挟むことは避けられないような気がする。投機によって高騰していた原油価格を反映するための価格調整策が、今頃足を引っ張っている電力各社は、きっと頭を抱えていることだろう。まぁ、危機というより、「面倒だなぁ」という程度ではあるだろうけれども。

--
「黄色いランプから始めよう」

これも上の電力のネタに少し関係する話。LEDの性能が上がり、同時に価格が下がってきて、ようやく照明用途の市場が射程に入り始めている。しかし、まだ起爆剤となる市場がない。将来的には現在白熱球が頑張っている分野、つまり、小型照明、調光照明、直流照明の3分野に集中して白熱球を置き換えていくものと考えられる。高照度野外照明では水銀灯にかなわないし、室内の主照明ではすでにインバーター式蛍光灯が高い効率を実現しているので、特に置き換えの必要が生じない。そういう意味では、今後は白熱灯に匹敵する演色性が求められるようになるのだろう。「肉がおいしく見えるLED」なんていうのは、もう売られているのだろうか。

それはそれとして面白いのだけれども、もっと置き換えやすい分野があるのではないか。それが、「黄色いランプ」。白熱球にはわかりやすいトレードオフがあって、フィラメント温度を高くすると輝度が上がってワットあたりの光束が上がり、電力効率は高くなる。代わりにフィラメントからの金属蒸散が増え、寿命は急速に短くなる。だから、とにかく長寿命が要求される常夜灯や点滅球には、フィラメント温度を低く抑えるタイプの白熱電球が使われてきた。このタイプのランプは、寿命が長い代わりに、赤外線域に片足を突っ込んだ黄色い黒体輻射スペクトルを持つため、照明としての効率は落ちる。

わかりやすくいえば、自動車のウィンカーとブレーキランプがこの特性を持っていて、実際に長寿命・高輝度LEDが真っ先に使われ始めたのもこの分野だった。まだコストが高いので、最先端が売りになるような分野に使われることが多いが、そろそろホテルのフットランプあたりから「エコ」を訴求する分野に入り込んでいけるのではないか。特に、夜間電力が上昇してくれば、業務用の常夜灯に採用する動機も出てくる。変わった分野では、刑務所の常夜灯を全てLEDに変更して夜間電力を削減、などと言えば、お役人さんが喜ぶに違いない。まとまった数量の常夜灯を必ず毎晩使用してくれるという意味でも、良いフィールドテスターになると思う。

最終的には一般家庭の「ナツメ球」がLEDに置き換えられていくとは思うが、今のところ品質の悪い製品ばかりが出回っており、「LEDダメじゃん」という印象が静かに広まっている。先行投資という意味で、信頼性に優れ、十分な光束を得られるLEDナツメ球を店頭に並べておいたほうがいいように思う。

--

てな感じで。
寝る。
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by antonin | 2009-05-29 00:00 | Trackback | Comments(0)

楽しいことを思い出せ

午後のフリーダイブ2本を終えて、機材を真水に浸ける。明日も朝食後にフリーダイブなので、メンテナンスにはさほど気を使う必要はない。パッキンゴムを傷めるので、砂だけ噛まないように注意する。

ディナーもビュッフェで適当なものをつまんで軽く食べる。本格的に日が沈む前にコテージに帰らないと、蚊が出るので厄介だ。ビュッフェとは言っても、テーブルには担当のお兄さんがついてくれるので、それなりのチップは必要になる。このあたり、日本人にはささやかな面倒。

ビーチへ抜けて、デッキを渡っていくと、昼間はあれほど焼けていた板が、もうすっかり冷えている。サンダル履きだと、なんとなく損をしているような感じがして、裸足になって歩く。海水の上まで出ると、もう蚊は飛んでこない。風は生ぬるい。水上コテージ近くまで来ると、足元にサージャン・ブルー・フィッシュとツノダシが、なぜかペアになって住み着いている。たまにアカエイを見るが、明るい時間にしか見つけられない。

コテージに入る前に、入り口にあるシャワーを浴びる。このリゾートは比較的真水の消費についてはうるさいことを言わないが、海水から純水を得ているこの島では、シャワーにしているこの水にしても相当のエネルギーコストがかかっているのは間違いない。

コテージに入ると、流行の香が焚かれていて、さほど嫌味ではないが、それなりに強い香りが室内に漂っている。エアコンが控えめに入れられていて、気温はともかく湿度が下げられているのが快適に感じる。その室内の気密を少しだけ破ってテラスに出ると、木製のビーチベッドが2台設えられている。

満潮のときはいくらかうるさいが、引き潮になると環礁によって外洋の波がほとんど遮られるため、海水の上であるにもかかわらず、あたりは不思議なまでの静けさに包まれる。鳥は島中央部の樹上に引き上げていくので、その声もほとんど聞かれない。右手に夕日が落ちていき、左手から空が徐々に深い青に落ちていく。その中から、東京の空では識別不能な色彩を帯びた星が、徐々に現れてくる。ベッドに横たわっていると、地球の回転が感じられるような気がする。

そういう環境の中、何か非現実的な感覚に浸りながら空を眺めていると、夕日の手前に人影が映る。白人女性がやはりテラスのベッドに横たわって本を読んでいるが、そこへ夫と思しき人物がやってきて、女性に飲み物を手渡す。それが、毎日決まってコカコーラだった。果たして女性がそれを好んでいたのかまではわからないが、とにかく毎日それが繰り返される。それでいいのだろう。

歳を取ったらまた来ようね、などと無邪気に君は言うのだけれども、「はたして30年後の日本人にそんな経済力はあるかな?」などという無粋な疑問は口に出さなかった。「また来ようね」と言えば、それでよかったのだ。
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by antonin | 2009-05-27 01:20 | Trackback | Comments(0)

ニュー島根パラダイス

タイトルに意味はありません。

--

いろいろと本を買ったが、いちいち書き付けるのが面倒なので先送りする。次に買い物ができるのは冬のボーナスの見込みが立つ頃だろう。いつになったら親に仕送りなどできるのだろうか。職場帰りについ豚丼などを食ってしまうのだが、そこでガムを噛んで家までの帰り道に空腹を我慢すると、月に3千円くらいは浮かせることができる。こんなもの、本を数冊買ったら吹き飛ぶ。

図書館通いというのはひどく効率が悪いので、書棚に入りきらず段ボール箱に眠っている蔵書を少し引っ張り出してみるか。未読の良書がまだたくさんある。それに、「一読の価値のある本は、再読の価値がある」という格言があるのだそうだ。なるほど、2年も経てば本の内容などあらかた忘れており、良書は再読しても楽しいものだ。

最近、左目の視力が低下して、自分の手の先あたりまでしか視界が利かない。一方で右目は老眼の気配がにじみ出ており、自分の肘のあたりまでしか焦点が寄らない。こんな具合なので、そろそろメガネを作り直したいところだが金がない。視界がぼやけるというのは、なんだか頭が重たい感じがしてよくない。

「働けど 働けどなほ 我が暮らし 楽にならざり ぢっと手を見る」
というほど働いていれば言い訳にもなるが、
「働けよ 働けよ まだ我が暮らし 楽にならざり ぢっと鏡を見る」
では様にならない。

批判というのは、一方的に外に向かっているうちは、まだ気が楽なものなのだ。

--

追記。新しく記事起こすほどじゃないので。
3ヶ月くらい人間休みたいです。ダンゴムシあたりで隠遁安敦。

【自己卑下強化の原理】
Step.1 自分を責める。うぇーん。
Step.2 もう他人にはそれ以上責めることは難しい。やーい。
Step.3 うまくいけば同情を引ける。いぇーい。
以下繰り返し。
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by antonin | 2009-05-26 22:01 | Trackback | Comments(0)

まったく

今夜はせっかく薬無しで眠れたのに、こんな時間に雷が鳴って起こされてしまった。実に迷惑な話だ。もし神というものがあるならば、私は神を怨む。もし死んで神に会うならば、私は神をぶん殴ってやりたい。

--

良くできた記事だ。

正社員ポジションはどこへ? - Chikirinの日記

私自身は正社員だから文句を言う筋合いではないけどね。

もし今度国政選挙があっても、投票の行くのはやめようかと。誰がなっても同じ、と考えてのことではなく、日本が少しでも悪くなるように、あえて棄権する。一日でも早く日本国が破綻して、新生日本国家が誕生するのが、子供たちにとって一番幸せではないかと思うから。延命治療的なことで、今の国家が国民を幸せにできるレベルにまで立ち直れるとは、到底思えない。
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by antonin | 2009-05-24 23:04 | Trackback | Comments(2)

速いディスクがあればいい

Windows 7が今年中にリリースされる見込みらしい。

「Windows Server 2008 R2」のRCダウンロード開始:「Windows 7はホリデーシーズンに発売」とMSが正式発表 - ITmedia +D PC USER

噂では、Windows 7はWindows Vistaより応答性が高いという噂だ。その他にもタッチパネルディスプレイに対応しているだとか一応目新しい特徴はあるものの、基本的にはVistaが売れなかった最大の理由である互換性と応答性の悪さを改善しただけのマイナーチェンジ品になるらしい。内部バージョンが7.0ではなく6.1になるのも、VistaのNT6.0がXPの5.1から1桁目のメジャーバージョンを変えてしまったがために多くのアプリケーションが互換性問題を引き起こした反省であり、Vistaとの親和性を取るためだという。

要は、中身はVistaと大して変わらないが、とにかくVistaの悪印象を払拭するためのバージョンアップになるようだ。この2年余りでハードウェアも着実にパフォーマンスが上がってきており、重量級のOSを動かすのに十分の体力が付いてきている。

ただ、Vistaにとって最大の誤算だったのが、HDDのアクセス速度があまり改善していないというところにある。プロセッサのクロックスピードが頭打ちになったのはそれほどのダメージになっていないが、ハードディスクが容量拡大競争のほうにばかり走ってしまい、実効アクセス速度がほとんど上がっていない。もちろんSATAによって最大転送速度が上がったり、キャッシュメモリの容量が増えたりはしているが、コストダウンのために内部ディスクは2枚、ヘッドは4個というような構成はほとんど変化していない。回転数は5400rpmから7200rpmが主流になってはいるものの、バイト容量の増大にはまるで追い付いていない。

最近になってフラッシュメモリを使ったSSDも出回り始めているけれども、それにしてもランダムアクセスに多少強いという程度のもので、圧倒的な高速デバイスにしようと思えば、目玉の飛び出るような高コストになってしまって一般のPC市場に影響を与えるような段階に無い。けれども、最近異様に安くなってきたSDカードを8枚装着することで高速SSDになるような面白いデバイスも出回っているし、将来的にはOS起動専用、あるいはプログラムデータ専用ドライブとしてSSDがマザーボードに取り込まれる時代もやってくるかもしれない。

こうなれば、今で言うC:\Windows\とC:\Program Files\はほぼリードオンリーでランダムアクセスに強いマザーボード側に置き、データドライブは安価で大容量のHDDに置くという構成が取れる。要求特性が限定されれば、汎用目的のHDDやSSDよりもパフォーマンスの格段に良いものが現れるかもしれない。ただ、歴史を振り返れば、このような特定要求に特化した製品というのは企画倒れに終わることもまた多い。結局のところ汎用品に圧倒的な価格差を付けられ、キャッシュフローの大きい汎用品のほうが研究開発費も潤沢で、最終的には特定性能でも汎用品が勝って勝負あり、という流れが多い。

そう考えると、すでに主流となっているHDDにはフラッシュメモリに負けないアクセススピードを付けてもらう必要が出てくる。考えてみると、HDDさえ今の10倍速程度になってくれれば、Vistaだって起動時間が半分以下になって、その最大の弱点が無かったことになってしまう。もしも20%増しのコストで倍のアクセススピードが実現できるHDDが登場したら、市場の様子が一変するだろう。

私は最新HDDの詳細な技術動向を知らないのだけれども、垂直磁気記録のような高記録密度化以外の技術は、意外に進歩していないように見える。たとえば単純にヘッドの数を倍に増やせば、転送速度は倍になる。ディスクの枚数を倍にしたらコストも相当かさむだろうが、ヘッドに形成されるTMR素子を倍に増やすくらいなら、それほどの高コスト化にはならないのではないだろうか。

アームが1本ならシークタイムは短縮できないが、2本のアームを装備すれば、いろいろなことができるようになる。内周と外周にそれぞれのアームを割り当てればシークタイムが短縮できないか。シーケンシャル・アクセスが続くときには近接したトラックに2本のアームを持ってくることも、アームを離れた位置に装備すれば不可能ではない。ソフトウェア的な工夫によっては、論理ドライブごとにアームを割り当てることも不可能ではない。その程度のことなら、もうやりつくされているのだろうか。

最近買ったSeagateの1TB HDDは、ビデオカメラから読み取ったHDVデータを1時間ほど記録すると触れないほど熱くなる。ディスクの回転速度もこれ以上はそうそう上げられないだろうし、プロセッサのマルチコア化に低コストで対応するとすれば、必然的にマルチヘッドになるような気がする。Windows 7が発売される頃に、SATA2インターフェイスが遅くて使えねーぜ、なんてハードディスクドライブが日本から登場したりすると非常にカッコイイのだけれど、どうだろうか。

--

と、ここまで書いて飲みの誘いがありましたので、これから出かけてきます。ウヒヒ。

--

追記。朝までかかりました。ヨメには大不評。

HDDの話、シングルアームでは読み書き中はシークができず、シーク中は読み書きができない。これがマルチヘッドになると、あるヘッドが読み書き中に残りのヘッドがシークに走り、読み書きが終わる頃には次のヘッドの読み書き準備ができているという、コンピュータの世界ではおなじみの多重資源活用が可能になる。このあたりが解になるのかな、という気がする。
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by antonin | 2009-05-22 23:17 | Trackback | Comments(0)

あはは

高病原性鳥インフルエンザ感染経路究明チーム報告書の概要について(PDF)

(「((^ω^)やる夫のチラ裏やるお(^ω^))」より)

塩基配列のカプセルであるところのウィルスは極言すると物質化された情報そのものだから、情報を集めて運ぶのがお仕事のマスメディアがウィルスも運んでしまうのは、まぁ原罪みたいなものかもしれません。不景気だって言霊ウィルスみたいなところがあるし。

こんな本を注文してみた。

世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい (ちくま文庫)

森 達也 / 筑摩書房



ネットを捨てて、街へ出よう、というあたりか。最近流行の言い回しを使うと、「脳科学的には、海馬が疲労していると考えることができます」らしい。要は、少し休んで体を動かせ、と。
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by antonin | 2009-05-21 01:51 | Trackback | Comments(0)

女性専用車両に乗ってみた

会社をサボって、ムスコ1号を連れて上野動物園に行ってきた。

まだ電車が混む時間帯だったので、すいている先頭車両に行ったら女性専用車両だった。ムスコ1号がいるので、とりあえずシルバーシートと同じ感覚で乗ってみることにした。

想像していたより混んでいたが、別にどうということはなかった。これからは育児男女共同参画の時代なので、この程度のことは普通になっていくだろう。
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by antonin | 2009-05-20 23:11 | Trackback | Comments(0)

そういえば

先日、ついに携帯電話端末を買い換えた。本当はN-02Aが欲しかったのだが、FOMAお取替えサポート・キャンペーンの対象機種ではなかったので、限られた選択肢の中からSH-02Aを選んだ。ハードウェア的には良くできているが、UIが素朴で使いにくい。これまで使っていたN251iSはそのあたりが非常に良くできていたので、ついそちらと比べてしまう。何よりT9を失ったのが痛い。T9とはなんぞや、という方はこちらを。

ENTER|1文字1押し T9

あとは折りたたみ式の本体を片手で開けにくいとか、バイブレータが弱くて着信に気付かないとか、そんなあたりか。本体は薄いし、GPSは使えるし、液晶は美しいし、カメラは高品質だし、本当にハードウェア的には素晴らしいのだが、ユーザビリティがいまいち。まぁ、そのうち慣れるでしょう。今は6年間お世話になったT9の代わりにポケベル打ち(2タッチ入力)を練習中。ローマ字入力っぽくて、ケータイ入力よりはいくらか入力しやすい。句読点ってどうやって入力するんだったっけ? ちょっと調べてみよう。

2タッチ入力について

やっぱり小文字モードへ切り替えてから戻すしかないのか。さすがマイノリティだけあって全然改善されてねぇや。(笑) でも、ケータイ入力で同じ行の音を繰り返すときに、右カーソルじゃなくて*キーで良くなったというのは新たな発見。あれが嫌だったからなぁ。でも、濁点も#から*に変更になったし、ドコモのUI標準が変わったのかもしれない。前機種当時は端末メーカーによってマチマチだったもんな。

でも、予測変換ってもう少し使いやすい印象があったんだけどなぁ。実際に使ってみるとあまり大胆には予測してくれなくて、思ったより不便。使い込めば状況が変わるのかねぇ。一応T9に似た「クイック変換」というのも無いことはないのだけれども、辞書が弱いので頼りにならない感じ。いっそ、デファクトスタンダードになったケータイ変換の習得にでも挑戦してみるか。親指シフトからQWERTY配列への乗換えみたいで、ちょっと残念だけど、だからといってDvorak配列ってのもどうよ、という感じ。

まぁ、気長に付き合っていきましょう。
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by antonin | 2009-05-20 00:15 | Trackback | Comments(0)

ATOK 2009体験版をアンインストール

しばらく前から、Vista x64のMS-IMEの調子が悪く、「読む」と「呼ぶ」が変換できない(これは「読書」と「呼称」を一度変換してから一文字消して入力している)。仕方がないのでOSごと再インストールでもしようかと考えているのだが、メインマシンであるノート機の環境を再構築するのが億劫で、せっかくの機会なのでATOKの試用版をインストールしてみた。使いやすければ購入しても良いと思った。が、ダメだったので2週間ほど使ってアンインストールした。

ATOKご自慢の変換品質は、使ってみるとMS-IMEと同水準で期待外れ。ただし「読む」と「呼ぶ」は変換できた。これは素晴らしい。だが、他はいろいろと都合が悪かった。まず、キー操作が細かい部分でMS-IMEとかなり異なる。MS-IMEがDOS時代から慣れ親しんだWX系の操作なのに対し、ATOKはDOS時代に苦しんだ一太郎系の操作を引きずっており、MS-IME互換に設定しても細かい部分の操作が異なっている。ほんのちょっとしたことなのだが、文章を書きながらの思考がときどき中断される。このあたり、文具としてのIMEと考えたときに2週間程度では慣れない差があり、ちょっと不便だった。感覚としては自動車のワイパーとライトのレバーが逆に付いているという程度の違い。致命的ではない分、逆に慣れるのに時間がかかって面倒な思いをする。

それから、かな漢字変換エンジンの性能が普通の割に機能は盛りだくさんで、これがかえって鬱陶しい。頻繁にカーソル付近にウィンドウを出してきて、挙句に情報が出すぎて画面の端までいって折り返してきたりする。いい加減にして欲しい。しょっちゅう「筆圧が強すぎます」と警告するペンのような感じで、便利というよりウザい。いくつかの機能は設定で消すことができたが、それでも多くの余計な機能が残り、思考を中断されてしまう。このあたり、ビデオレコーダーや携帯電話に似て、いかにも日本製という感じがする。

最後のおまけとして、これはあまり重要ではないのだけれども、ツールバーのデザインがWindows 95時代から変わっておらず、XPやVistaの環境では明らかに浮いている。無料なら別にどうでもいいのだが、追加費用を払う際にはこういう些細なことが気に障るものだ。体験版を提供しておいてもらってよかった。好意的なレビューを読んでいきなり購入していたら、さぞ悔しい思いをしていただろう。

結局、MS-IME復元のためのOS再インストールは必要になる様子。年末年始の連休にでも片付けるか。って、ずいぶんと先だなぁ。
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by antonin | 2009-05-19 23:42 | Trackback | Comments(1)


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