安敦誌


つまらない話など
by antonin
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母をたずねて三千人月

タイトルに意味はありません。

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いろいろとペンディングのネタがあるが、ここに書くまでの気力がなかなか出ない。最近ちょっと処方を元に戻したので、回復傾向にはあるけれども。

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昨日は上野動物園に、今日は某所のIKEAに家族で出かけたのだけれど、外に出るとコドモがはしゃぎすぎて自由に動けない。今日は特にひどかった。遺伝的因子が強いのだろうけれども、ムスメの性格というのは本当に私の父そっくりで、それを思うと父方の祖母の苦労を想ってなんだか切なくなった。そういえば昨日はお彼岸だった。暑さ寒さも彼岸まで、とはいうものの、ここまで極端でなくてもいいだろうに、と関東在住の者は思うのでありました。

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「景気」ってのはよくできた言葉だと思う。きっとヨーロッパ系の経済用語から明治の学者が和訳した用語なんだとばっかり思っていたが、調べてみると「景気」に1対1で対応する英単語が存在しない。景気という熟語自体は古くから使われていたようだけれど、現在のような意味で使われるようになったのは比較的最近のようだ。

で、businessの強度という現在の意味に「景気」という語を当てた人はなかなかセンスが良かったと思う。取引成立価格というのは売買に関与する人の気分に依存するものだけれど、景気というのはその総体で、"background mood"というような直訳を当てることができると思うけれども、これは景気の性質をよく表している。リフレ論を主張している本を読まないといけないとは思いつつも、日本の市場が持っている mood の background を想定するとき、その自己参照性というか、サイフォン特性というか、そういうものをどこまで検討しているのかな、という疑いがあって、あんまり本気で勉強する気がしないというのが正直なところ。こういう偏見はいけないんだけど。

個人的には野田首相というのは久々に見る政治家らしい政治家であって、国家の利益のために自己の評価を犠牲にできる、地味に良い政治を実行してきたと思う。党首選では、予想されるような主張をする、予想されるような人が対抗馬として現れたけれども、大差で野田さんを支持した民主党には、いくらか与党としての自覚が生じてきたのかな、という気がする。

自民総裁選のメンバーから一人選ぶなら、石破さんかな。民主党の行なってきた政策に対する負帰還としては最も適切かと。谷垣さんを総裁選候補からすら落とした自民党の冷徹さにも期待。

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ってことでブログのジャンル登録を促すメッセージが出たので、「40代」と「オヤジ」カテゴリーに登録しました。そもそも「安敦誌」というのが "Antonin's log" という以上の何も示していないし、内容的にも「安敦が書いた」という以上のなんのテーマ性もないので、これ以外の分類は不可能です。「ほげほげランキングに参加しています。ポチッとお願いします」みたいな面倒な事はしませんので、従来通りのお付き合いをよろしくお願い申しあげます。

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塩漬け中のタイトルから。

 「イカれた脳のためのダンス教室(2)」
 「若さの無駄遣いはやめよう」
 「エーテルはどこへ消えた?」
 「intangibles」

とか。
そのうち。
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by antonin | 2012-09-24 01:17 | Trackback | Comments(0)

おんまはみんな

かつて「敵性語」という用語があったと言い伝えられている。公立学校というのは「九条教」の教学を授ける場でもあったので、そこにはいくらかの誇張が含まれていると思うが、多かれ少なかれそういう活動というのはあったのだろうと思う。原発全廃運動なんかと同じで、ネガティブな方向に突っ走ってカーニバル状態に陥るのが大好きな人というのはいつの世にも必ず発生するから、昭和10年代末期にはそういう空気があったのだろう。

ジャイアンツは「巨人」になって、ストライクは「よし」になったという資料もある。職業野球自体がほどなく中断してしまい、「巨」のマークが入ったユニフォームを着た選手が実際に試合をしたのはそれほど長い期間ではなかったらしい。で、こういう話を聞いて思うのは、もしも日本が激闘を演じていた相手が、米英ではなくて中国共産党なんかだったら、日本人は「敵性語」に対してどう対処したのだろうか、という空想である。

現代の日本人なら、「ギョウザ」とか「チャーハン」とか「ラーメン」とかは中国語としてのイメージが強いから、まあ敵性語として排除できるかもしれない。でも、仮に中国憎しと言えども、日本に根を張った中華料理を捨てることのできる日本人がいったいどれだけいるだろうか。「ラーメンは日本料理である」なんて言って、小麦そばとかなんとか適当な名前を付けてしまい、きっとこの料理を自粛したりはしないだろう。日本人の食への執着はなかなかに強いものがある。

しかし「餃子」が中国語だとすると、「ギョウザ」じゃなくて「チャオズ」だという意見もある。「餃子」と書いて「コウシ」か「キョウス」とでも読んでしまえば、もう立派な日本語になりうる。漢は中国大陸にあった古代国家だが、現代の中国大陸にある国家は漢文明の影響を受けた現代国家の一つにすぎない、という言い訳もできる。ただ、本居宣長的に、古代日本に受け入れられ、もうほとんど日本の土着文化のようになってしまったものまで「和にあらざり」みたいな神経症的な分類をしていくと、最後にはいったい何が残るのだろう、という興味もある。

学生時代、行きつけのチャットルームに「純一」だか「新一」だか、そういう名前の人がいて、彼が「自分の名前は重箱読みだから嫌だ」みたいなことを言っていた。それを聞いて、「あれ、イチってたしか音読みじゃなかったっけ」というようなことを言ったら、彼が辞書を引いて確かにそう書かれているのを発見して驚いていた。まあ確かに、自分でも「四」を「し」と読むと音読みで、「よん」と読むと訓読みというのは、なんだか感覚的にしっくりこないものがあった。「いち、に、さん、し、ご」なんて、どこからどう見ても日本語という感覚しかなかったので、辞書に音読みと書かれいても、ちょっと変な感じがしていた。

しかし、麻雀用語だから正確な現代中国語ではないのだろうけれども、「イー、アル、サン、スー、ウー、リュー、チー、パー」なんて発音を耳にすると、それはたしかに中国語風だけれども、「いち、に、さん、し、ごー、ろく、しち、はち」に対応する音をしっかりと持っている。そうなのか、「おいっちにっ、さんしっ」ってのは、古代中国語の遺物だったのか。そういうことに気付いて不思議な気分になったものだった。ちなみに純粋和語の系統はというと、「ひー、ふー、みー、よー、いつ、むー、なな、やー」という並びのほうになるという。「ここのか」とか「とおか」とか「はつか」とか「みそか」というのは、この系統の名残りになるらしい。

純粋和語の表現に高度な位取り法は存在せず、たとえば13みたいな数字は「とおあまりみつ」というような表現になったらしい。しかし平安朝あたりの知識人がこういう回りくどい表現をすることはあまりなかったらしく、12なら「四三」とか、36なら「六六」とか、そういう倍数表現を多用していたようだ。じゃあ素数はどう表現するんだ、という問題はあるが、日常的な文脈であれば、36なのか37なのかという小さな違いはさほど厳密に意識しないか、必要と有らば漢数字の正当な十進法で記述していたようだ。「五六人」と書けば、現代の記法では「ごじゅうろくにん」に、昭和初期までの記法なら「ごろくにん」に、そして平安の記法なら「さんじゅうにん」ということになるのだろう。まあ、おそらくはそういう文脈では「六五の人ども」などと書いたとは思うけれども。

他にも、もはや日本語に溶け込みすぎて、本来の外来語としての姿が失われてしまった言葉というのがいくつもあるらしいのだが、その系統のひとつに、「もともと大陸から渡ってきた外来種生物が、すっかり日本の風土に定着してしまった帰化生物」の名称というのがある。その分かりやすい代表格というと「菊」だろうと思う。「菊と刀」だとか、「菊のカーテン」だとか、菊と言ったらもはや日本を代表するような花だが、実は「キク」というのは音読みで、そしてこの花の名には訓読みが存在しない。「キク」が音読みである証拠に、「匊」という文字は「キク」という音と「すくう」という意味を持っていて、「掬」「鞠」「麹」といった漢字は、訓読みではそれぞれに「すくう」「まり」「こうじ」などと読むけれども、どれも「キク」という音読みを共有している。

「菊」などはまだ音読みとしての「キク」であるからまだいいのだけれども、現代辞書的には正式に訓読みとされている「うま」なども、実は音読みが転訛しただけのものなのらしい。現代中国語では「馬」を mă と発音する。これは「マー」の第3声になる。漢字を日本に伝えた当時の中国語話者がこの文字をどのように発音したのかはわからないが、おそらくは子音の M 音をかなり強調した音だったのではないか。というのも、日本語に「馬」が日本語に定着して「うま」という訓読みに至る過程に、「んま(むま)」と読まれていた時代があったらしい。

「天馬」を現代仮名遣いで書くと「てんま」になる。これをストレートにローマ字化すると tenma になるのだが、子音を正確に発音する言語圏の人にとっては、"nm" という子音の並びはひどく不自然なものに感じられるらしい。まあ音韻的には M の発音の前に唇を閉じるのを若干遅らせて N-M の発音をするのも可能なのだけれど、少なくともヨーロッパ語にはそういう子音並びは存在しないので、特段訓練を受けていないヨーロッパ語圏の人たちにとって "nm" という音はひどく発音しづらい。だから、日本語のローマ字表現であっても temma と書いてあげるのがマナーということになっている。

で、現代仮名遣いだとそういうことになるのだけれども、ある程度古い時代の日本語には、今で言う「ん」の音を表すのに、「ん」を使う場合と「む」を使う場合があった。「ありけむ」などと書かれていれば、ari-kemu ではなくて ari-kem と発音していたという。だから、現代風に書けばむしろ「ありけん」のほうが音として近いらしい。そういう仮名遣いをしていた人たちが、古い時代の中国語で「マー」と発音しているのを聞いて、「ま」と音写することもあれば、M 音を強調するために「むま」と書くこともあったらしい。で、この「むま」というのは muma ではなく m-ma のことだったから、これも現代仮名遣いであれば「んま」となる。

時代が下り、領主が騎乗している動物を指して「むま」では失礼ということで、「御馬」とお呼び差し上げることになるのだけれども、その発音は「おん・ま」でもあり、「おん・むま」でもある。「むま」はまあ語頭に M が来てしまった場合の強調だから、「おむま」と書いて om-ma という音あたりが妥当なところだったのだろう。そして「おむま」の「む」がだんだんと曖昧になって「おーま」になり、「おぅま」になり、最後には「おうま」になってしまったのだろう。で、そこから「御」を取れば「うま」の完成となる。

なんでそんなことが気になったのかというと、ムスメがまだ保育園に通っていた頃、ヨメが小さい頃に聞いていたという歌を流していた。

H24年保育士実技試験「おんまはみんな」 - YouTube

で、私はこの歌を知らなかったので、耳だけで聞いて「おうまはみんな」だと思っていたのだが、実は「それ『おんま』だよ」というのを教えてもらい、それで初めて「お馬」を「おんま」と呼ぶことがあるというのを知ることになった。それから色々と考えた結論が、以上の話ということになる。

ma が「うま」になってしまうのなら、M 音で始まる漢字で同じように土着してしまったものがあるんじゃなかろうか、と思った。そういう目で見てみると、「梅」という字が思い浮かんだ。桜は日本原産種と言われているが、「梅」「桃」「杏」は中国原産ということになっている。そして、「梅」である。日本語の辞典では音読みが「バイ」とか「マイ」ということになっている。現代中国語でも méi なので、漢音とされている「バイ」なども、ひょっとすると「濃いM」が語頭に来ることに依って強調され、 mbai というような音になったのかもしれない。現代英語でも bomber は「ボンバー」ではなく「バマー」と読むらしいから、mb と m というのは非常に近い音だったのだろう。

そして、この mbai も「御梅」や「青梅」という言い回しを中継して、「おむめ」や「おぅめ」を経由して「おうめ」になり、それから切り離された「梅」が「うめ」ということになったのだろう。こういう例は、探せば他にあるのかもしれない。というか、探してみよう。

まずは検索。
うめ むめ うま むま - Google 検索

そして発見。
名吟発句集─発句はかく解しかく味わう─
うめ中国ちゅうごくから園芸作物えんげいさくもつで、本来ほんらいるためのものだった。梅(mbei)のおとをそのまま古代こだい日本人にほんじnは「むめ」と発音はつおんし、やがて「うめ」となった。馬(mba)が「むま」となり「うま」となったのとおなじだ。

 旧正月きゅうしょうがつころはなはそのままはるおとずれをげる目出度めでたはなとなり、そのいろとうとんできた。

おお、モロに書いてあるじゃないですか。馬も mba だったんですね。

そして補足。外来語に限らず、語頭の「むま」や「んま」は、近世や現代の仮名遣いでは「うま」と書かれるものが多いのだとか。
古語における「む」と「ん」について:歴史的仮名遣い教室

「男」「女」というのも、和語では「おのこ」「めのこ」、あるいはシンプルに「お」「め」であったから、「おとこ」はともかく「おんな」というのは和語から少しだけ音が遠い。ひょっとすると、「ニョ」あるいは「ニョウ」というような当時の漢音があって、それが「御女」になり、「おんにやう」から「おんにや」を経て「おんな」になった、なんてことはないのだろうか。

「七」の現代中国語発音は日本語の「チー」よりはかなり濃厚な発音の Qī であり、「シー」を濃厚にした Xi とよく似た音になっている。これも日本に渡ってきた当時の音とそう遠くないところにあるのだとすると、「七」が「ち」ではなく「しち」になったのも、この濃厚な Q 音を頑張って表そうとした努力の結果だったのかもしれない。

外来語を導入した当初は、本来の発音を極力正確に書き表そうとする努力が見られたのだけれども、その技巧的な仮名遣いがアダとなって、却って変な読み方が普及してしまう、というのは近現代でも結構ある。"Violin" を「ヴァイオリン」と書くのはかなり成功した部類で、これは「ヴ」なんて仮名遣いがそもそも日本語に存在しなかったのが良かったのかもしれない。多くの人は「バイオリン」としか発音できなかったのだけれども、必要に応じて V 音と B 音を書き分けることには成功している。L 音と R 音を書き分ける技工も、どうせなら発明しておいて欲しかったが、さすがにそこまでは無理だったか。

それはともかく、一方の「失敗例」として残されているのが、 Di 音の表記だろう。現在の仮名遣いではこれを「ディ」と書くことになっている。ダ行でもイ段だけは Dg の子音に化けてしまうという、イタリア風の子音変化が日本語にもあるから、「ヂ」は「ジ」に近い音になってしまう。そこで、D 音を持つ「デ」に拗音っぽい捨て仮名を当てて Di 音を構成している。逆に Tso 音を「ツォ」と表記することもできて、この記法というのは応用範囲が広い。ただ、明治の文人たちは「外来語の文脈で『ヂ』と書いたら Di と読んでくれ」というルールを運用していた。だから、「ビルヂング」とあれば「ビルディング」と読むべきだし、「ハイヂ」は「ハイディ」、「エヂソン」は「エディソン」と読むのが本来のルールだった。

だが、"Green Signal" を「あおしんごう」と呼んだ日本市民たちは、「エヂソン」をストレートに「えぢそん」と読んだ。そもそも Di とか発音できないし。そして、「はいじ」とか「えじそん」とかいう「日本語」が誕生した。もう、それってドイツ語でも英語でもない。それは今や "Heidi" や "Edison" の「訓読み」なのだろう。エムボマさんとかドログバさんとかの名前も、アフリカ固有の発音を無理やりヨーロッパ言語で記述したものをさらにカタカナに変換しているのでこんな表記になっているが、原音はまた全く違うんだなんていう話もあって、こういう話題は洋の東西を問わないのかもしれない。

とにかく、まあ、天平から遣唐使までの期間に舶来した漢語なんかを外来語としてしまうと、日本語って結構大変なことになってしまうんだろうな、とか、そんなことを思いました。おわり。
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by antonin | 2012-09-14 03:11 | Trackback | Comments(6)


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