安敦誌


つまらない話など
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お客様は神様です。Godじゃない。

「お客様は神様です」

と言う時に、どうも、キリスト教やイスラム教のような、全知全能の絶対神を思い浮かべる人がいるように見える。けれどもこれ、地の神様ですよね。神道の、それも国家神道ではなくて、山海を司るような、日々の恵みを与えてくれるのだけれど、ときどき理不尽に怒り、人々に人間業の及びもつかない様な災いももたらす、そういう神様なんですよね。

東北の太平洋沿岸の町というのは、普段は海の恵みで生活が潤っていた。まあ、稲作とか工業とかもあったとは思うけれども、それにしても海運やら何やらで、海と密接な関係を結んで、そこから無償の利益を得ていた。が、長い目で見ると無償でもなくて、代償として、ときどき海は人間の命を攫っていく。普段は嵐が漁船を飲み込むわけだけれども、百年に一度くらいは、人の住む里にまで海が押し寄せてきて、人の家と命を一気に攫っていく。

そういう、良きにつけ悪しきにつけ強大な力を持ち畏怖を集めるもの、それが多神教の神というものなんだろう。三波春夫さんが「お客様は神様です」と言っていたのも、そういう気持ちが含まれていたんじゃないかと思う。上等な客相手に上等な芸を披露しているうちは、芸には厳しくても人付き合いは比較的楽だったろうに、それが有名になり一般客に芸を披露するようになると、有象無象の衆がワラワラと叢がり集まってくる。いろいろと、理屈も人情も通じない大変な目に遭う。

けれどもその一方で、トータルとしてはお客様は芸人を支え、大変な恵みをもたらしてくれる。ときどき理不尽に荒れ狂うけれども、そんなお客さんがいなければ芸人は生きていけない。ああ、これは神様だな、と、三波さんはそう感じたんじゃなかろうか。で、神様扱いされたお客は舞い上がるわけだけれども、芸人が客の理不尽を堪え忍ぶために客を神に奉り上げたのだとすると、なかなか毒があるなぁ、という気もしてくる。

理不尽な人を見て、この人の前世はミミズかオケラか何かで、初めて人間界に入ってきたから、まだ人間としての振る舞いに慣れていないんだな。そう思うことで怒りを紛らわしている人がいるという話を聞いたことがある。理不尽な客を神様扱いしておだてつつ、おだてても利かない相手は仕方がないと諦めるというのも、下げるか上げるかの別はあるけれども、似たような気の紛らわし方なんだと思える。

商売の神様というのは、遠い昔からだいたいこういうものだったのかもしれない。知恵がありずる賢いが、所詮は獣、というところで、お稲荷さんは狐の姿をしている。狐程度に賢い相手を手懐けることができれば、商売の方も大体うまくいくと、昔の人も知っていたんだろう。かつては油揚げを無料で配るところから商売を始めたりしたらしいけれども、スマホのアプリが謳う「無料」もそういう狐狩りの風景だったりして、人間ってやっぱりあんまり変わらないものなんだよなぁ、なんてことを思う。
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by antonin | 2013-05-30 23:56 | Trackback | Comments(0)

文藝春秋に「現代の名文」なんていう特集がある。私は文学の人ではないので名文なんてものには美人の化粧に対する程度の関心しかないのだけれど、まあ面白いので読んでいる。

で、宮城谷昌光さんが川端康成さんの名文について書いている。そこに、こういう文章が出てくる。

  国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。

 この文は、そもそも変である。そうではないか。著者の川端康成は外国を旅行しているわけではない。それなのに、国境、ということばをつかっている。日本国内に国境はないのである。

いやいや、そこは「コッキョウ」じゃなくて、「くにざかい」ですよね、日本「全国」というときのアレでして、日本国内にも「くにざかい」はいっぱいあるんです。とくに、トンネルが掘られるような険しい山の稜線沿いなんかに、それが引かれることは多いのであります。私が住んでいるのは東京都だけれど、ここは「下総国」であり、都心は「武蔵国」なんです。「カソウコク」と「ブゾウコク」という独立国家の国境が川の中ほどにあるわけではなくて、かつて用いられていた「しもうさのくに」と「むさしのくに」という地域区分の境界を現在でも「くにざかい」と称して慣用的に用いることもあるのです。

が、この文章の論旨は「名文とは極限まで削られたものである」というあたりであって、スティーブ・ジョブズの美学と似たようなものを川端さんが述べていたというところにある。なので、別に雪国の冒頭の文章が変だとしていても、特段問題はない。けれども、著名な作家がこういうことを書いていて、彼が「変だ」といっているその意見を、私が「いや、その解釈のほうが変ですよ」と指摘できる。この、指摘できるということに、私は浮かれている。これはとても下品な感情だと思う。

いや、若いうちはそういうのって楽しいし勉強になるので良いと思うところもある。が、いい加減中年男になったら、こういう指摘をしてホクホクするのは品性下劣なんじゃなかろうか。最近になって、徐々にそういうことを思うようになった。もちろん建設的な指摘ってのはあると思うし、EPR論文みたいに練りに練られたツッコミというのは新たな世界を切り拓いたりする。けれども、単純な無知や勘違いから来る主張を、しかも本人から遠い所で突っ込むのは、あるいは若い人の仕事であって、これから自分も徐々に世界が見えなくなっていく中高年の仕事じゃないんじゃないか。そういうことを思うようになった。

放射線に関する「閾値なし線形仮説」ってのがあって、あれは、ある意味正しく、ある意味間違っている。例えて言うと、天動説程度には正しい。精密な軌道計算などをしようとすると圧倒的に地動説のほうがモデルとして優れているのだけれど、地面に立った人間の直感としては、天動説のほうがシンプルで扱いやすい。厳密なことを言わなければ、天動説のほうが具体的なイメージを喚起しやすいし、カトリックの教理哲学との整合性なんかまで考えると、やっぱり天動説は優れた説だといえる。

閾値なし線形仮説にも似たような性質があって、実際の統計データや高等哺乳類である人間の生理などから見ると「正しいとはいえない」部類の仮説ではあるのだけれど、一般の人が、それほど放射能の影響が深刻ではない場面で採用するアバウトな仮説としては、比較的優れているし、安全管理行政の法的根拠の導出あたりには有効に使えるだろう。が、例えば3.11以降の東日本に住む市民が置かれているような状況では、アバウトすぎて現実的な価値は低い。統計的には正しい部分があるのだが、個別具体的には何も語らないので、クリティカルな場面では全く使いものにならないばかりか、逆に問題を悪化させることもある。

で、かなり知的な人が閾値なし線形仮説なんかを採用して東日本について論じたりしていると、そういうのを本気にする人は宇宙線を浴びる旅客機にも乗れませんよ、なんていうツッコミをしたくなるのだけれど、それをするのはかなり下品な気がする。豊富な統計データや医療知見を持っている専門家ならまだしも、一般人がどうこう言う場面でもないような気がする。

で、何も言わなくなるのか。悩ましいのだけれど、そういう品性下劣な感じを自覚して恥ずかしい思いをしながらも、あたかも若い人でもあるかのように、いくらか思い上がりながら自分の考えのほうが正しいというような文章を表出すべきなんじゃないか、というようなことも思う。突っ込んだつもりが更に突っ込まれるのが嫌だとか、恥を知るというのはそういう防衛本能に過ぎないのかもしれず、ある程度厚かましく行ったほうがむしろ誠実だったりするのかもしれない。

あーもーめんどくせーなー。
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by antonin | 2013-05-27 01:53 | Trackback | Comments(2)

精神傷害

思い当たる節はある。

名指しされていないので、思い当たるというよりは思い上がっているだけなのかもしれないが、つい人を殴ってしまったような、そういう感触はある。

思えば、物については一度も断捨離みたいなことをしてこなかったが、人間関係については、定期的に断捨離をして身軽に生きてきた。

それでも今はまだ新しい出会いのようなものがいくらでもあってなんとかなるのだけど、きっと自分は良い死に方はしないだろうという予見は持っている。

地蔵は無限の慈悲を持っているが、あれは人間ではない。お釈迦さんでさえ、存命中は弟子の不品行に怒ったりしている。

人の悪というのは大部分がその弱さに根ざしていて、ああ、強くなりたい、と思う。


我昔所造諸悪業 皆由無始貪瞋癡
従身語意之所生 一切我今皆懺悔

のうまくしっちりやじびきゃなん
さらばたたぎゃたなん
あんびらじびらじまかしゃきゃらばじり
さたさたさらていさらていたらいたらい
びだまにさんばじゃにたらまちしったぎりや
たらんそわか
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by antonin | 2013-05-23 00:42 | Trackback | Comments(0)

石油はすでに枯渇している

サウジアラビアとイラクとカスピ海周辺の油田はまだ生きているけれども、その他の弱小油田はもうコスト的に合わなくなりつつある。今はエネルギー需要が強いからまだ成立しているけれど、需要が落ち着いたりしてしまうと、良質の油井以外はコスト的な面で廃坑に追い込まれる可能性が出てきている。

そういう意味で、20世紀の人たちが予想したとおり、石油は枯渇しつつある。ただ、需要が高いうちはカネさえ掛ければ採取はできるので、一見して枯渇しているようには見えない。そもそも、メタンハイドレートなんてのは、そりゃ取れれば燃えるけれど、コスト的に見て石油の比ではないし燃料としての価値はないと思われていた資源なので、これが有用視される状況自体が、石油が需要を満たせなくなってきている確かな証拠という言い方もできる。

石炭は別に枯渇していないのに石油にエネルギー源の座を奪われた。なぜかというと、採取するにも消費するにも、液体である石油というのはコストが安かったからだ。そして今や石油もかなり高コストになってきており、他の資源のコストパフォーマンスに急速に追いつかれつつある。一口に石油が採れると言っても、その質は千差万別で、穴を掘れば勝手に自噴する良質な油井もあれば、砂に含まれた原油を水圧で押してやってようやく採れる油井もある。また、採れる原油の不純物比率などもいろいろと個性がある。硫黄やベンゼン環を多く含む原油では、例えば乗用車の燃料にするには高度な精製が必要になり、一段の高コスト化を招く場合もある。

サウジアラビアなどの良質な油田はまだ最低100年は保つだろうが、他の「ギリギリの油田」は、どこかの時点でプッツリと不採算の海に沈む可能性が高い。石油も単なるエネルギー源から有機物原料資源へとシフトしていく可能性がある。

石油は化石資源なので、使い果たすと再生には数億年を要する。けれども、その炭素の出どころはどこかというと、かつて地球上にあった二酸化炭素を植物性プランクトンが固定化して、その死骸とともに海底に沈んだものである。その総量というのは、炭素を剥ぎ取られて残った酸素の量でだいたい推し量ることができる。地球の大気の20%は酸素なので、それを燃やし尽くすぐらいの炭素は、地球表面近くのどこかには必ず眠っている。一方、大気中の二酸化炭素は0.04%とかそういう水準でしかなく、それを生存の必須資源としている植物にとっては、大気の0.98%を占めるアルゴンよりもはるかに希少な資源と言える。

もちろん、20%の酸素を燃やし尽くしてしまっては、ほとんどすべての動物が死滅してしまうし、人間も例外ではない。けれども、炭素循環から外れ海底への沈降によって死蔵される炭素のロスに苦しんできた植物相にとっては、人類というのはその炭素資源を再び生物圏に吹き込んでくれた、長年待ち望まれてきた救世主的な存在とも言える。もちろんそれは進化論的な長い時間スパンで考えた時の話であって、あんまり短期間に炭素循環のルールを変えてしまうと、精妙な生命圏のバランスを崩してしまって肝心の人類が絶滅してしまう可能性も、ゼロではない。

人類の運命はともかく、そういう炭素循環から外れて長く経過したものが石油や石炭であり、もっと最近のものがメタンハイドレートということになる。石油や石炭は再生資源とはいえないが、メタンハイドレートはというと、ある程度の消費量であれば海底に堆積するマリンスノーの分解速度と均衡する再生資源となる可能性もある。

そういう道筋があって、次第に人類のエネルギー源に占める石油の割合というのは低下していくだろう。地球規模の資源の枯渇というのは、あるとき突然プッツリと消えるのではなく、今現在私達が見ているような形で、緩慢に消えていく。私達が日々ニュースで眺めているのが、まさに石油が枯渇しつつある場面なのだが、多くの人はそれにまだ気付いていない。

今もまだSLが現役で走っているのと同じように、まだまだ石油は残るだろう。一方で、徐々に別のエネルギーに道を譲っていくのをこれから目にすることになるのだと思う。どちらにせよ、その移行はパニック的に起こるものではない。隕石が衝突してアラビア半島がなくなったりでもしない限りは。
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by antonin | 2013-05-20 02:29 | Trackback | Comments(0)

六根と五蘊と四苦

寝る前に、ちょっと図を引いてみた。

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般若心経を読んで、だいたい意味がわかるのだけれど、六根の六番目、つまり「眼耳鼻舌身意」とか「色声香味触法」とか言うときの、最後の「意」とか「法」ってなんだ、ってのがわからない。ネット上のお手軽な解説を読むと、現代的な感覚で言うところの「五感」プラス「思う、考える」なんだというが、考えるところも含めた人間の精神的な構成というのは「色受想行識」の五蘊で表されていて、六根の方に入っている「意」が、「想行識」あたりで考察される、今で言うところの意識、思考と同水準ということにされてしまうと、六根というものの扱いがよくわからなくなる。

五感というのは、具体的なセンシング・デバイスである目とか耳とかがわかりやすいので現代人にも把握しやすいが、その5種のデバイスが人間の感覚器の全てかというと、そうでもない。五感では取りこぼす感覚というのもあって、昔の思想家はそれを「意」と訳される単語で呼んだのだろう。それも、オカルト的な「第六感」などではなくて、もっと現実的なものだったのではないかと思う。

たとえば、しばらく息を止めていると、息苦しくなる。息苦しいというのは明らかに身体的な感覚なのだけれど、触覚とは異なるし、もちろん視覚や聴覚、嗅覚、味覚などとも違う。この感覚はなんと呼んだらいいのだろう。熱せられた鉄板を触ったりすると皮膚感覚として熱いのだが、寒くもない所で厚着をしていると、次第に暑くてたまらなくなる。「熱い」というのは触覚のバリエーションだが、「暑い」というのは五感の範疇から漏れる。遊園地の乗り物で急降下したときに、胃が浮き上がって気持ち悪い感覚も、歩き疲れて足が張る感覚も、明らかに身体的感覚ではあるものの、五感とは言いがたい。

こういうことは、古代の人にとっても明瞭に分析できただろう。この、五感とは言いがたいが、しかし明らかに肉体的な感覚を、ひっくるめて「意」と呼んだのではないか。その「意」がセンシングする対象は気温とか二酸化炭素濃度だったりするわけだが、そういう物理量一般を指して「法」と呼んでいたのではないか。つまり、法とは自然界を記述する真理、つまり物理であり、その情報の一部は身体的に感受することができる。六根とはそういうことを言っているのではないのか。法則とは、「法律と規則」という意味だけではなく、「自然界の物理に則り」という意味合いも、古い時代には持っていたのではないか。そんなことを思った。

般若心経に現れる「色」という語はいろいろと多相的な使われ方をしている。ひとつは一番具体的で簡単な意味で、これは「眼」がセンシングする対象一般、つまり光学的に把握可能な情報を指している。実際の色は光学的情報の一部でしかなく、視覚情報には輝度や形状情報などいろいろと含まれているのだけれど、「眼」が受容可能な、視覚が捉えることのできる情報一般を代表する名称として「色」が使われている。この、似たようなもの一般を代表するという使い方で「色」はもっといろいろな使われ方をする。

まず「無色声香味触法」ということが説かれて、意も含めた六根の区別は実はないのだ、とされる。これ以降、六根で感知可能な物理的実体の全体を「色」という語が代表するようになる。そして人間を構成する五蘊が出てくるのだけれど、五蘊のうち最初のものも「色」となっている。目も、耳も鼻も舌も皮膚も、それ自体が物体であり、目で見たり手で触ったりできる。「意」はどうかよくわからないけれども。とにかく、人間の意識を構成する一番低レベルのデバイスというのは六根に示されるセンサー、解剖学的に言うと「感覚器」なのだけれど、人間の意識を構成する部分のうち、一番物質的な部分もまた「色」と呼ばれる。

視覚が感知する対象としての「色」、外部に存在する物体の総称としての「色」、人間の神経系を構成する最下層の活動としての「色」というのがある。

感覚器が「色」だとすると、「受」というのは感覚器から大脳に入ってきた神経刺激が最初に引き起こす反応なのだろう。例えば、車を運転していて、視野の隅に何か動くものが見える、という段階が「受」なのだろう。すると、それを見て、なんだか分からないがブレーキを踏んでハンドルも少し切る。これが「行」だろう。受から来た情報で行動が決定されるには、幾らかの情報統合が必要になる。次に、それが子供だったのか猫だったのか、あるいは単なる反射光が動いていただけなのかという具体的な認識ができる「想」の段階がやってくる。そして車を路肩に駐めると、さて引き返して様子を見に行くべきなのか、車体の様子を点検すべきなのか、あるいは仕事の待ち合わせに急ぐべきなのかという高度な知的活動が始まるが、これが「識」というやつなのではないか。

車の運転中の思考で例えてしまったのでどれも非常に動物的で低水準な感じになってしまったが、古代の仏教者が考えていたのはもっと高水準での分類だったかもしれない。ただ、漢訳された字面からは、なんとなくそんな読み方ができる。「想」と「識」は逆のような気もするが。びっくりしたとかあぶねぇなコノヤローという感情が「想」で、自分に落ち度はなかったかと反省できる理性が「識」なのかもしれない。

ここまでは、あの般若心経の短い文面から考えた妄想なのだけれど、膨大な仏典のどこか適切な箇所を読めば、古代の仏教者がどんなことを考えていたのかという話がもっと詳細に書かれていて、私の推論がどの程度正しいのかを判断できるのだろう。しかし仏典はあまりにも膨大だし、日本における仏典というのは、読んで考える顕教というよりは、真言とあまり差のない呪文としての意味合いが強く、仏典の内容を哲学的に掘り下げるという行為は、一部の学者さんを除いて、あまり一般的ではない。

どこかに必ず、答えとは言わずとも、ヒントくらいはあるに違いないのだが、探すのが億劫で妄想ばかりが続く。玄奘三蔵法師は、大般若経を漢訳したら、程なく死んでしまったという。そういうものを趣味的に読み進めても、生きているうちに求める情報にたどり着く気がしない。

「空」というのも、"information" 、現代的に言うと「情報」なのだが、語源に立ち返れば「形を成さぬもの」というのを指しているように読める。formation とは形を作ることで、そこに否定の in- が付いている。壺には実体があるが、壺の中の空間はどうか。確かに認識可能な対象ではあるのだが、何かが存在するのかというと、何も存在しない。そういうものが空なのだという。そうなると空とは色の対立概念なのだけれど、よくよく考えれば、その両者が実は同じものなのだと、般若心経は述べているのではないか。

この解釈が正しいのか間違っているのか、原典に当たればきっとわかってくるとは思うのだけれど、どのあたりを突けばよいのか、原典が膨大すぎて、しかも国内ではかなりアクロバティックな解釈が「定説」として定着していたりして、日本語の情報だけを読んでいても、そういう解釈越しに漢訳の和訳で教典を読むことになってしまって、さらに理解が難しくなる。かといって、漢訳教典をすらすら読めるわけがなく、サンスクリット語やパーリ語では完全にお手上げだ。

他にも、四苦八苦の四苦、生老病死も、「生」がなんで「老病死」と並ぶ苦なんだと疑問だったが、「苦」とは現代日本語で言う「くるしみ」ではなくて、「ままならぬもの」「思い通りならないこと」を指しているのだという解釈があった。だとすると、自分の生まれほど自由にならないものはないわけで、四苦の最初に来るのもうなづける。

なぜ、私は私として生まれたのか。なぜ、この時代の、この国の、この町の、この家の、この両親のもとに、この体で、この顔で、この性格で、この私というものに私は生まれてきたのか。なぜ、私はこの現に存在する他でもない私として生まれなくてはならなかったのか。おそらく合理的な理由などなくて、偶然なのだろうが、不思議でもある。確かにこれほど本人の努力や意思が反映されないものもない。生まれは常に過去のものであって、物心付く前に全てが完了しているものでもあるので、当然ままならないものにならざるをえない。

似たように、老いるのを遅らせた人はあっても、防げた人はいない。病を遠ざける健康法があったとしても、すべての病から逃れた人もいない。死もまた、それを逃れた人というのを聞かない。苦諦とはつまり、人生の全ては苦しみだ、という投げやりな感覚ではなく、人生も世の中も、何かとままならないことばかりだと理解することなのだな、とわかる。

なるほど、とはおもうのだが、果たしてこの解釈でいいのだろうか。「苦」をサンスクリットではドゥーカとかドゥフクハとか言って、直訳すると「悪い力」だとか「悪い定め」という感じになるらしいという情報はある。だとすれば、あまり外れてはいない感じがするが、まだ確信は持てない。もう少し情報がほしい。

空や色や苦の本当の意味が納得できたとして、それが現実的な生活の役に立つのかと言えば、役に立たないような気はする。が、なんとなく知っておきたいような欲はある。面倒くさがりでもあるので、このあたりの調べ物は長い仕事になりそうだ。
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by antonin | 2013-05-17 01:50 | Trackback | Comments(0)

ドラえもん観音説

藤子 F. 不二雄の藤本さんが、のび太とは誰にでもある悪い部分を強調した存在で、ドラえもんは周囲の誰かが差し伸べてくれる救いの手を象徴した存在だと語っていた、なんて話が流れてきた。その説話の真偽は別として、そういう解釈は面白いな、と思った。

観音経にも似たようなことが書かれている。人生には思い通りにならないことがあふれている。個人の力ではどうにもならない悪いことも起こる。そういうとき、観音様が坊さんや金持ち長者や普通の男女など、人間の姿となってあなたの前に現れて、きっと助けてくれる。だから希望を持ちなさい。そういうことが観音経には書かれている。

千手観音様は、その千本の手にいろいろな道具を握っている。そういう道具を作り出しているのは人間の手なのだが、そういう道具がいざというときに人間を助けてくれる。道具を通じて間接的に、人が人を救う。その、人が人を救う優しさを擬人化したものが観音菩薩であり、その中でも道具を通じて人を救ってくれるのが千手観音様だということになっている。

社会でつらい目にあって、家に帰ってから音楽を再生して心が癒されたり、twitterで些細なコメントに励まされたりした時、それは現代的な千手観音様のご利益ということになる。秘密道具を出してのび太を助けてくれるドラえもんと、千手観音の位置づけというのは、実は似ているのかもしれない。

あなたに危害を加えようとする奴が現れて、火が盛る穴に落とされそうになっても、彼の観音力を念ずれば、火の穴が池に変わるでしょう。そんなわけないじゃん。まあそうなんだけど、ピンチのときにもバカみたいに信じてニコニコしていれば、案外誰かが助けてくれたりもする。誰にもできそうもない難しいことであっても、ひょいと解決できる人が、社会には意外と潜んでいる。そして、誰しも観音菩薩の化身になって困っている誰かを助けてあげる事ができる。

と、いろいろ述べるよりも、観音力を念じていつも余裕綽々として暮らすほうが先なわけで、そこは不言実行と行きたいところなのだけれど、なかなか思うようにはならない。自分の一生では足りないかもしれなくて、子供や孫がそういう余裕を持った人に育ってくれればいいかな、とも思う。これは弘法大師さんの説く即身成仏、自分が仏教を理解すれば自分が救われるというものではなくて、輪廻待ちみたいな発想になってしまうのだけれど、それはそれでもいいのかなと思う。

空っぽの樽ほど高く鳴る。確かにそうなんだけど、空っぽであることを恥じて樽を隠せば、樽はいつまでも空っぽだ。恥ずかしいけれども、大きな音を立てながら中身を充填していったほうがいいのだろう。

最近、WiMAXルータがなくなった。しばらく探したが出てこない。メールで問い合わせると解約するしかないという。残念。と思って解約手続きの電話を掛けたら、なんだかキャンペーン中で、新しいルータと「交換」してくれるんだそうだ。前のは返却不要であるとのこと。ありがたや、ありがたや。

おんばざらだらまきりく
おんばざらだらまきりく
おんばざらだらまきりく

おんあろりきゃそわか

南無大師遍照金剛
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by antonin | 2013-05-02 17:16 | Trackback | Comments(0)

悪い見本

これ、あれですね、ディベートの文化がどうのこうのと言っておきながら、テンション高すぎて良くないな。

労働の市場化と雇用の市場化を : 安敦誌

あんまり論点変えない範囲で言い方をマイルドにしたバージョンとか書いてみようかな。同じ事を主張しても、読んでイラッとするのか、これは傾聴に値すると思うか、そういうのは案外に語り口に依存していたりする。強い断定口調でアジテートするほうが説得されやすい人もいるのだろうけれど、あの内容はどちらかというと穏健な人たちに伝えたいから、穏健に述べるバージョンを書いてみて、同じ論旨でテンションだけが違う文章を読んでどういう印象を受けるのか、なんていう実験も面白いかもしれない。明日未明から旅行なので時間が取れるのはしばらく先になるが、ちょっとそういうことも検討してみよう。

論調が論旨を圧倒するという心理効果は結構ある。同じように、生活の逼迫が論調を荒らす心理効果もある。金持ち喧嘩せず。新聞記者さんも金持ちなんだから、少し時間的余裕も増やして、記事の論調をもっと穏やかにしてみたらどうだろう。日本の国も今より建設的な議論が増えるかもしれませんよ。そんなんじゃ売れないかな。うるさいのは夕刊紙に任せておけばいいと思うけど。

って、他人のせいにしてはいけませんね。
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by antonin | 2013-05-02 17:12 | Trackback | Comments(0)

ちょんまげ考

明治に描かれた欧米のポンチ絵を見ると、擬人化された世界各国が国際政治ゲームを繰り広げているという図をいくつも見かける。その中でも、オスマントルコ、中国、日本などは、エキゾチックではあるが主要なキャラクターとして頻繁に登場している。

擬人化された中国というのは、しばらくは清国のイメージで、女真族の伝統を引き継ぐ清朝の衣装を着て辮髪を下げている。トルコはあのトルコ帽子をかぶって、多少近代化した軍装をしている。一方、日本というのは20世紀に入ってもだいたいチョンマゲに羽織袴という武士の格好をしている。あまりにもわかりやすいアイコンであり、便利に使われていたのだろう。

で、このチョンマゲという髪型が、随分と不自然なヘアスタイルだなと、子供の頃はずっと考えていた。時代劇に登場する役人も町人も、頭頂部は髪を生やさない月代になっていて、その部分はおそらく剃刀で髪を剃り落としたのであろう、青黒い色をしている。なんでわざわざそんなことをしていたのだろうと、不思議に思っていた。外観のスタイルというものにあまり合理的な理由を探しても良い答えは出てこないだろうという気はしつつも、ここ数年、ちょっと考えている仮説がある。

少し話が戻るが、ある時期に勤めていた職場で、上司というか先輩というか同僚というか、そういう人がいて、その人は仕事に厳しい人だった。性格としては基本的に穏やかな人ではあるのだが、仕事の要所に関しては容赦なく、自他に対して全く厳しい。その人は30代で頭頂部があらかた禿ており、普段はほぼ剃り上げた姿をさらけ出していたが、通勤中はニット帽をかぶっていた。またしばらくして、別の職場で年下の同僚から仕事を引き継ぐ機会があったのだが、その同僚もまた、性格として基本的に穏やかな人ではあるのだが、仕事の要所に関しては容赦なく厳しい人であり、また20代後半にして頭頂部までしっかりと禿げ上がっていた。

親しく接した人についてはこの2例だけだったが、間接的に見聞きした人の中にも、人格は穏やかなのだが仕事に対しては細部まで非常に厳しく、そして若ハゲという人を何人か見てきた。そして、彼らの性格の中に同居する、人間的な優しさと仕事に対する(私などから見ると異常なまでの)厳しさというのが、不思議に感じられた。そしてそういう不思議な感覚は、いつも彼らのハゲ頭のイメージを伴っていた。

武士道、というのがある。これは一種の哲学であり、文化であり、少しだけ宗教にも似ている。ある時ふと、武士道を形成したのはこういう姿と性格を持った人たちなのではないかと思いついた。室町期から江戸期にわたって、日本の政治というのは武家が支配したが、そういう人たちはかなり限定された血筋を持っている。もちろん、戦国期前後に活躍した大名には、源平だけではなく多くの地方豪族が含まれているので、その血筋が均一ということはなかった。が、結局最後に戦争に勝って支配階級に就いたのは、ある程度源氏と近縁の人々であり、彼らの血筋というのは、生粋の天皇家や公家の血筋とも、征夷大将軍の征伐対象であるアイヌや縄文系の血筋とも、かなり異なっている。

チョンマゲがどこから来たのかというと、昔から倭国には頭の両側に髷を結う習慣があったということが、出土する埴輪などから明らかで、大筋ではこのあたりが源流になるのだろう。ただ、直接の起源としては、遣隋使や遣唐使の後に日本が大陸の政治と文化を参照したあたりの時代に定着した、頭頂部でマゲを結い、そこに烏帽子なり冠なりをカンザシで留めるという、当時の大陸の王朝文化に由来するスタイルになるだろう。そしてこのスタイルを頭頂部が禿げ上がった人がすることになると、自然にチョンマゲのような髪型が出来上がるのではないか。そういうことを思った。

そして、チョンマゲを結った人たちが戦争に勝利し、政権を樹立すると、清朝に征服された大陸の人々が辮髪を強制されたように、チョンマゲの主君を頂く日本の武家たちも、強制されると言うよりは日本的に空気を読むという形式だったにせよ、フォーマルな髪型としてチョンマゲを選択していったのではないか。世間で主流の解釈では、合戦で使う兜の中で蒸れないように剃ったのだというが、それだと側頭部と後頭部だけを残した理由がわかりにくいし、重い兜を載せるにはむしろクッション代わりに髪が乗っていたほうが良いように思う。まあ、本当のところはわからないけれども。

鉄道が敷かれ四民平等が成立するようになってからの日本では、地域や職業などと遺伝的特徴の相関はそれほど強くはないと思うし、そもそも戦国期が終わって大名の領地が激しく入れ替えられたあとでは、祖先から引き継いだ遺伝的傾向と地域や職業の相関は徐々に低下を始めていたのだろうと思う。しかし、明治維新以前は社会階層や身分が婚姻関係に与える影響は強かったから、特定の社会階層の中には、古い時代の特定部族出身者の遺伝子が色濃く残っていた可能性はある。

つまり、日本の武家文化というのは、たまたま戦争で勝利した家系がもともと持っていた、集団的な性格の傾向を色濃く反映しているのではないかと思った。そしてその性格傾向に付随して、若ハゲという体質も伝わっていたのではないかという仮説も持った。遺伝的形質が性格と相関するというのは血液型性格診断と同じことを主張しており、ABO式の血液型と性格の因果関係が科学的に否定されている現在では、この手の主張はちょっと危うい。

ちょっと話は脇道に逸れる。「遺伝的因果関係」という意味では、赤血球のABO型と性格の関係は否定されている。一方で、日本人に限定すれば、赤血球のABO型とアンケートによる自己性格認識は、実は相関が検出されている。ただしこれは、遺伝的な影響ではなく、血液型性格診断がもはや文化的に定着してしまった日本では、人々が社会文化から心理的な暗示を受けながら成長したことが原因だろうと言われている。つまり、遺伝的にではなく文化的に、日本人の性格は血液型の影響を受けている。なので、日本育ちの人に限れば、血液型性格判断はある程度の確率で正しい結果を出しうる。

赤血球の凝固抗体の分類に関しては、性格と直接の相関関係がないことがわかっているのだが、ありとあらゆる全ての形質が性格と相関がないのかというと、そうこともないだろう。人間の細胞には23対の染色体があるが、減数分裂で生殖細胞が作られるとき、同一染色体に含まれる1対2個の遺伝子のうちのどちらかがひとつの生殖細胞に渡される。同一染色体の中では2本のDNA鎖にある遺伝子の乗り換えが結構な確率で発生するらしいのだが、異なる染色体との間で遺伝子の交換が行われることはまず起こらない。すると、若ハゲを司る遺伝子と、(そんなものが実在するのかどうかわからないが)仕事に対する厳しさを司る遺伝子が同一染色体に乗っていれば、それらがセットになって遺伝する確率は高い。

赤血球凝固因子と性格因子は相関がなかったが、若ハゲの因子と仕事に対する厳格さを支える性格の因子は、何番目かの染色体に乗って強い相関をもって遺伝されているのではないかと、ちょっと無謀な推測をしている。そしてそれは上級武士の家系に色濃く堆積し、幕府の崩壊とともに社会のいろいろのところに「悩める上級武士の末裔」として生活しているのではないか、なんていうことを考えた。

ある人の見た目と性格の相関というのは、骨相学や人相学という現代的には信用されない古い時代の学問として存在している。私も人相学などをまるまま信用したりはしないが、凝りすぎてウソだらけになってしまった人相学の中に、実は正しい判断要素が紛れ込んでいるのではないか、というようなことも考えている。そしてそのひとつに「福耳」があるのではないか、とも思っている。

もともとはお釈迦さんの耳たぶが長かったという伝説があるのだけれど、それとは別に、日本人の数%には耳たぶが前方に向かって折れ曲がっている形質が遺伝している。そして経験的に、そういう耳たぶをした人というのは押しなべて性格が朗らかで、恨みを根に持つようなところがないという印象がある。菩薩顔で有名なフィギュアスケート選手の浅田真央さんもそういう耳をしているし、またそういう性格のようにも見える。うちのムスコ2号もそういう耳をしていて、気難しい上2人のコドモに比べるとかなり朗らかな性格をしている。

そういうことがあって、ある特定の外見的形質と、ある特定の性格に影響する中枢神経系あるいは内分泌系の形質が、一定以上の相関を持って特定の人々に遺伝しているのではないか、などということを考えていた。ある時代の日本文化を作っていたのは、多くの経路から日本列島に渡ってきた諸部族の中で、ある特定の血筋を持った部族による支配の歴史だったのではないか。私個人にはちょっと窮屈な「日本人らしい」特質というのは、彼らの先天的な性格にマッチしたものだったのではないか。だいたいそんなことを考えていた。

これまで生きてきた中で、「オレって日本人に向いてないな」と思うことは多々あった。でも日本人以外の何かが向いているのかと自分に問うと、そういう答えも出てこない。ただ、父と同じ四国の出である空海という人の思想は、どうも自分自身の性格に優しいような気がしていた。だから、重層化した日本文化を層別して、武家の文化ではなく真言宗の文化を手繰っていくと、そこには自分の遺伝子にもいくらかマッチする日本文化があるんじゃないか。ある頃はそういうことばかり考えていた。

江戸時代には自分の先天的な性格とマッチした社会文化があって、その中で能力全開で生きてきた若ハゲ家系の男たちが、愛と平和と平等のぬるい現代を生きるのは難しいだろう、悩みも多いだろうという気がする。そういう苦悩を「考える生き方」にも少しだけ見た気がしたのだが、考え過ぎのような気もする。遺伝子と脳の科学が進歩していくと、こういうあたりも解明される日が来るのだろうか。待ち遠しいような、見たくもないような。
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by antonin | 2013-05-01 11:37 | Trackback | Comments(0)

「考える生き方」を読んで

なんだか凝った装丁をした割に、案外に早くKindleに出てきたのでワンクリック購入してみた。

考える生き方

finalvent / ダイヤモンド社


装丁が懲りすぎて、Kindle版だと序文が全部ビットマップになってしまっている。これはひどく読みづらかったが、すぐに終わったのでなんとかなった。

で、冒頭部分は引き込まれるように読んだのだが、子供が生まれたあたりからは、集中して読めなくなった。そして、流し読みで最後まで進み、山本七平だの吉本隆明だのがどうのこうのというあたりをちょっと読んで、ひとまず読書が終わった。感想を単刀直入に書くと、「打ちのめされた」というのが一番近い。ご本人の評とは正反対の着地点だったわけで、しかも読もうとした当初は、五割差し引いても大筋はご本人の言うような感じだろうと思って読み始めたので、この結果には精神的にかなり参った。

私は中学受験に放り込まれた経験があるので、賢い奴はやっぱり賢いのだな、というのを11歳のときには骨身に染みて実感していた。そして中学受験が終わって進学先も決まり、小学校の卒業式の日が私の12歳の誕生日だった。背丈はちょうど140センチ。幼い子供だった。こんな中途半端な自分にも何か生きる道があるのだろうかと、女っ気のない男子校で悩みながら6年間を過ごした。

それでもなんとか自分を奮い立てながら、大学進学までは漕ぎ着けたのだが、離人症っぽい症状を発して学業を中断した。しかし大学院に進む前だったので、温情で学士の証書だけ渡され、追い出されるように社会に出た。このあたりまではfinalvent氏と私の経歴は重なる部分がある。が、やっぱり地の素質が違うのだ。

地の素質の優秀さというのは、どれほどダラダラとしていても、ある程度人を見抜く力のある人には見ぬかれてしまう。そういう経験が、本書には随所に書かれている。そしてそういう経験は自分の人生にはあまりなかった。finalvent氏は若くして挫折して、大学院を中退したあたりで人生のどん底に落ちるが、あとはなだらかにサクセスストーリーを辿っていく。これは普通、読んでいて楽しい話のはずだ。

これは私が20歳くらいのころから変わらず言い続けている表現なのだけれど、人間というのは微分する生き物なのだ。感覚量の絶対値というのを、あまり人間の知覚は認知できない。認知できるのは、主に変化量や比較差分などの微分量であり、またそれは対数スケールを持っている。なので、どんなにどん底にあっても、変化や比較した量がプラスであれば、人は希望と喜びを持って生きることができるが、どんなに優雅な生活であっても、変化や比較した量がマイナスであれば、人は絶望と苦痛を持って生きることになる。

だから、ロールプレイングゲームを始めとして、多くのゲームはショボい状態から始まり、徐々にランクを上げて高度な世界に踏み出すというスタイルを採っている。まかりまちがっても、最初にフルスペックの装備を与えられ、それを消費して摩滅していき、最後は寂しく消えていくというスタイルのゲームは存在しない。そんな苦痛に進んで向き合おうとする人間などいない。ただ、名家の二代目三代目となると、案外にそういう経路を辿らざるをえない人が少なくないので、そこに悲劇が描かれることになる。だが、そういった主人公に感情移入しながら直視できる人というのもあまり多くはない。

そういう意味で、finalvent氏の人生は世にも稀な大サクセスストーリーなのである。到達点は特段高くはないかもしれないが、出発点で一度底辺を這いつくばったので、あとは概ね上昇路線のストーリーであり、これは戦後日本の物語にも似たものなのだ。ただ、ご本人は辛かっただろう。というのも、本書では省かれた、大志を抱いた優等生が離人症になり大学院を中退するという目も当てられない悲劇があり、そしてその悲劇を経てもなお優等生だった自分の姿と若かりし大志を忘れ切れていなかったのだろうから、その理想と現実のギャップに常に苦しんで人生を送ってこられただろう。難病だってハゲだって、当の本人にとっては辛い経験だっただろう。

だが惜しむらくは、その若き転落の記述は本書にはなく、転落後のサクセスストーリーと、そのサクセスストーリーを終えて若い人への教訓を垂れる55歳の男の姿だけが、本書には書かれている。「finalventの人生」の白眉はどこにあるかというと、自他共に認める神童時代と、その神童が転落して普通以下の人として社会に出てしまったという悲劇だろう。ご本人には辛いところだろうが、しかしやはりその一番つらいところの記述を伏せて本書のストーリーが幕を開けてしまったために、本書は単に緩やかな成功を収め功成り名を挙げた初老の紳士が、若い人に教訓を垂れる自叙伝に成り下がってしまった面がある。

その白眉を曖昧にしたまま、それに続く苦悩の年鑑を刻んでみても、本書だけを読んだ人にとっては、なんだか知らないけどまともに正社員にも付けなかった奴が、なんだか知らないけど適性に合う仕事を得て、なんだか知らないけど仕事をこなして評価もされて、なんだか知らないけど料理ができて、なんだか知らないけど結婚できて、なんだか知らないけど沖縄に受け入れられて、なんだか知らないけど三男一女をもうけて、しかも娘は美人だし地元の名士には顔が利くし技術に明るくて地元の新聞の一面を飾った大成功者という風にしか映らないだろう。それに帰京後のアルファブロガーとしての名声が暗黙のうちに加わる。

こうなると、難病もハゲも物語を単調にしないために必要な実に美味しいエピソードに映ってしまう。私が本書の中盤を流し読みにしか読めなかった理由も、おそらくはそういう部分にある。まだしも、当人が血の滲むような努力で今の地位までのし上がってきたのだと自慢してくれたほうが、読む方にはむしろ優しい気がする。もちろん、読み手の心理に余裕があれば、本書の構成でもすんなり受け入れることができるだろう。ただし、世界の不条理に苦しんでいると感じている、本書が読者と想定しているらしい人々に本当に伝えたいとするならば、その悲劇の部分を省いて本書を始めてはいけないような気がする。

私はパスカルの「パンセ」を読んで感じ入るところが多々あったが、それはパスカルが自分の半生を振り返って、幾多の業績を上げてきた歴史を少しはにかみながら遠慮がちに語り、そんな大したことのない自分でも後世の人に役立つことがあるかもしれない、などと教え諭したからではない。教科書で偉大な業績を残した高名な思想家にして科学者にして数学者だったと教えられた偉人が、肉筆原稿では案外にいじけたことを書いていたから、そのギャップに萌えたのだった。そういう需要は「finalventの日記」で十分に満たされているから、それ以上は必要なかった。

なので、「考える生き方」を読んで全くなんの感銘も受けなかったし、私もすでに41歳だから、私の生き方は正しかったとあなたも言ってくれるのですか、という面が多少あるという程度でしかなかった。finalvent氏と同じ希望が私にもあると感じたかというと、これは否と言うしかない。子供はすでに3人いるけれども。

ただまあ、finalventという人が、優等生じみた発言で凡百の人たちを苛つかせながらも、やはり魅力ある人であるな、ということはひしひしと伝わってきた。それでいいんじゃないかと思う。本書を購入した理由というのがそもそも、自分の人生における悩みの救いを求めたわけではなく、知った人が著書を出版したというのでちょっと覗いてやろうか、という程度だったので、全く丁度良い内容だったと思う。いくらか知った人の半生を描いた自叙伝を読む機会というのも、それほどあるものではないから。
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by antonin | 2013-05-01 00:46 | Trackback | Comments(0)


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