安敦誌


つまらない話など
by antonin
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きぼうがみえた

ちょっと前の話になるけれども。

仕事上がりに駅に向かって歩いていると、正面に月が見える。ほぼ満月で、日没から間もない時間帯だったので、まだいくらか光の残る東の空からまん丸くてやや赤味がかった月だった。その月をチラチラと見ながら歩いていると、宵の明星ぐらいの光点が見えたが、結構な速さで右から左に移動していく。旅客機くらいの移動速度に見えるのだけれど、旅客機であれば点滅していたり、翼端の赤と緑のランプも見えるはずだが、その光点はただ金星のように白かった。

点滅なく一定速度で流れる光点というと、日没後や日昇前の時間帯だと人工衛星である場合が多いのだが、今まで見た人工衛星というのはだいたい4等星くらいの明るさで、かなりシーイングの良い夜空でないと見ることができない。けれどもその「星」はマイナス何等星というような強烈な光を発していて、リゲルあたりの比ではない光り方をしていた。

なんだあれは、ということを考えると、どうやら国際宇宙ステーション、ISSではないかとひらめいた。でもまあ面白いので、そのままゆっくり歩きながら眺めていると、左のほうへ行くに従って徐々に見た目の移動がゆっくりになり、しばらくするとだんだん暗くなって、最後は火が消える瞬間のロウソクの芯のように静かに消えた。あの動きはやっぱり低軌道の巨大構造物で間違いないと思った。

駅で電車を待ちながら、「ISS 軌道」などと検索してみると、観測可能な時間帯が公開されていて、そんなに正確な時間は記録していなかったが、時間帯としてはぴったりと一致していた。

天空経路情報(過去の可視情報) - 「きぼう」を見よう

そうか、ISSの日本モジュールは「きぼう」っていうのか。「おおすみ」以来の伝統を守ってるんだな。そろそろ「さいたま」なんていう人工衛星が出てきてもよさそうなものだが。

しかし、あれだけガッツリ見えると、東京周辺での観察でも充分に楽しめる。今度コドモたちにも見せてみようか。ヤツらは最近ああいうのにはあんまり興味を示さないのだが。翌日の皆既月食も、大人ばかりが眺めていた。コドモたちは別にそういうのはどうでもいいらしい。そういうものか。

なんでもそうだけれども、特集雑誌みたいなものを見て事前に周辺知識を身に着けておかないと、何を見ても「ふーん」ってなってしまうのは理解できる。史書も叙事詩も歴史小説も読まないで、いきなり歴史の舞台を訪れても、それこそ「ふーん」ってなものだろう。自然現象の観察でも、まあ似たようなところがあるんだろう。映画の公開前に舞台裏をちょっと公開するテレビ番組が流れるのも、そういう心理を狙ってのことだろう。

子供には、勉強しろとケツひっぱたくよりも、そういう文脈づくりをコツコツとやっていった方がはるかに効果があるんだろうと思うが、なんというか、ねぇ。

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by antonin | 2014-10-31 02:14 | Trackback | Comments(0)

一番絞りが好きだ

ラガー、黒ラベル、スーパードライ。どれもまあ、日本的でうまい。が、最近どうもうまいのが、一番絞りだ。ここ数年で見違えるように旨くなった。なのに、お値段据え置き。大丈夫なんだろうか。キリンって、こういう地味なマーケティングするメーカーさんだったっけ。サントリーは、酒よりオマケ、販促品の会社という印象だった。それが、麦100%モルツをやり出したあたりから、安い居酒屋とか場末の料亭に場違いなオールモルトを置くようになって、その「駆け付け3杯」みたいな飲み方をするビールがえらくうまくなった覚えがある。そして、モルツをベースにチェコ産ホップを3倍増した贅沢なプレミアムモルツを出したら、高価格帯にもかかわらず大躍進した。デフレの時代にプレミアム市場を作り、頂点に立った。

私は、チェコ風のモルツも好きだし、ドイツ風のヱビスも好きだし、運動して汗かいた後はスーパードライだって結構いける。ただ、麦100%になってからの一番搾りは、なんだか神がかっている。麦100%のちょいプレミアムビールにしては安いし、よく冷やして飲むとのど越しはいいし、雑味がないから魚でもなんでも合う。ぬるまっても臭みがないからおかきをつまみにまだまだ飲める。そして何より安い。一番搾りがだんだんそういう位置を占めるようになってきてくれてうれしかった。

そしたら最近、またすごいことになっている。どういう成分が変わったのかはわからない。初期のころの、単にすっきりした端正なビールではなくて、雑味がなくて、甘みも渋みも控えめで、ホップてんこ盛りみたいな鼻を衝く香りもないのに、どこからか強烈な味と香りと刺激があって、すきっ腹に飲むと強烈な押し出しがある。それでも食事と上品に合う端正さはまだ残っている。なんだろうこの強力なプレミアム感は。でも、お値段据え置き。350mlで210円しないくらい。今月の一番搾りは異常にうまい。

地ビールとか輸入ビールとかいろいろと飲んで、うまいのもたくさんあったし、馬のションベンみたいなのもあった。ヴァイツェンもペールエールもモレッティもヒナノもみんなうまかったが、コンビニに並んでいる最近の一番搾りはいろいろ攻撃的な味で驚かされる。本当にうまい。

だが、全くリニューアルしていない地味なパッケージ。プレミアムビールのように高くなく、リキュール類のように安くない、平凡な価格設定。そして、それをこっそり買って飲んでみると、驚くようなプレミアム感。どうしちゃったんだろう、キリン。マネタイズしないのか、ええのんか。新ブランド立ち上げても行ける味だろう、これは。

ただ、この一番搾り、決してヒットはしないだろう。これは断言する。なぜならば、私が気に入ってしまったからだ。過去、私が惚れ込んでヒットした商品はひとつとして存在しない。例を挙げれば、AIWAとSANYOの高機能ヘッドフォンステレオ、FM-TOWNS、ドリームキャスト、携帯入力方式T9、Finepixの高性能コンパクトカメラ。どれも消えていった。そして、そのリストに今、キリン一番絞りが加わった。だから実に愛すべき今の一番搾りは、愛すれば愛するほどに悪い予感がする。キリンビールさん、悪いことを言わないから、一日も早く路線変更をした方がいい。どう変更したほうがいいのかは、私にはわからないけれども。
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by antonin | 2014-10-29 02:29 | Trackback | Comments(0)

およげたいやきくん

コドモたちが「妖怪ウォッチ」を録画して、食事中にそれを見ていた。私も子供のころはこうしてテレビを囲んで食事をするような家庭に育ったが、ヨメのお母さんはそういう無作法を厳しく叱っていたらしいので、ヨメもテレビを見ているコドモに腹を立てて、テレビを消す消さないの大喧嘩になる。

それはそれとして、妖怪ウォッチのアニメを見ていると、昭和ネタがたくさん出てくる。USOというグレイタイプの宇宙人みたいな妖怪が出てきて、これに取りつかれた人間はくだらない嘘をつき、相手がだまされると、踊りながら「ウッソー」とシメる。で、この踊りがピンクレディーの「UFO」のパロディーになっている。当然コドモたちはそんな物は知らないのだが、親はちょっとニヤニヤする。

後半に出てくる「ネタバレリーナ」といのも、取りついた人間に映画のクライマックスシーンに秘められたネタをバラさせるのだが、このネタというのが、スターウォーズ・エピソード5「帝国の逆襲」に出てくるダース・ベーダーの有名なアレのパロディになっている。これもまた、コドモたちにはわからない。父親だけがニヤニヤする。「帝国の逆襲」の公開年は1980年、和暦でいうと昭和55年、パパはまだ小学校3年生で、今「妖怪ウォッチ」に夢中になっているムスコ1号くんと同じ歳だったころの話なんだよ、君たち。

そういえば、子供の頃に「およげ たいやきくん」というドーナツ盤がバカ売れして話題になったことがあったが、あれも歌詞をよく読むと、子供向けというよりは子供たちの親、特に父親に向けたメッセージが満載だったりして、結局のところ子供向けの商品というのは、購買行動の最終決定権を持っている親に向けて売るべきものなんだろう。

オイルショックとニクソンショックの洗礼を受けた当時のお父さんたちは、まいにちまいにち鉄板の上で焼かれて嫌になっていて、店のおじさんとけんかして海に飛び込みたい気持ちだったのだろう。ももいろさんごに手を振ってもらいたかったのだろう。それでも実際にそれをやってしまえば最後に釣り上げたおじさんに食べられてしまうという結末も予想できていて、生活は変えられない。それで子供にかこつけて「およげ たいやきくん」を聴いていたのだろう。

父が自営業で比較的悠々自適にやっていた我が家には「およげ たいやきくん」のレコードは無かったが、父はレコードを買う代わりにインベーダーゲームあたりに随分入れ込んで、その勢いで勝ってきてくれたテレビゲームで私もけっこう遊んだものだった。ある時にはどこからか喫茶店用のブロック崩し内蔵テーブルを借りてきて、1週間くらい遊び放題だったこともあった。あの背徳感というかチート感覚というか、あれはなかなか良かった。

やなせたかしさんのアンパンマンが息の長いヒットをしたのも、著作権の行使方法に商業的ガメツさが少なかったのもあるだろうが、第一にお母さんたちにカワイイと思ってもらえる絵柄というのがあったんじゃないかと思う。ウォルトディズニーがディズニーランドを作った時点ではすでにそういう、親も子も楽しめるものが一番売れるという黄金律は知られていたのだろう。

ポケモンというのは、ピカチューとかヒコザルあたりまでにはゲームで遊んだ経験のない親にも理解できたが、ミュウツーあたりから先はもう理解不能になっている。何が楽しいのか、正直わからない。あれもまあ、ポケモン世代の親を持つ子供たちがもう少し大きくなればまた復権するだろう。ただ、ポケモン世代はあまり親になっていないという問題があって、そのあたりはどうなるのだろう。それはそれで小さくなった市場に占める割合は高くなるだろうからヒット扱いになるような気もするが。

団塊ジュニア世代も、自分たちの社会的権利を主張するにも自分たちの世代の視点だけに留まっていないで、団塊の世代の心情を直撃するような物語で訴えかけるような工夫が必要なのかもしれない。そのためには多少の勉強というか、60年代から70年代の彼らに何があったのかをもっと肌感覚として知る必要があるんじゃないだろうか。学生運動的なパターンには確かに嫌悪感があるけれども、それを少し脇へやって当時の「時代の空気」を感じてみると、また違った解釈も出てくるような気がする。

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by antonin | 2014-10-12 15:46 | Trackback | Comments(0)


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