安敦誌


つまらない話など
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フリーランチハンター

今日も、まとまっていないことを書く。ほとんど誰も見ていないとはいえ、まとまっていないことを表に書くのは不誠実だとは思うが、なんとなくリハビリ的に何か書いておきたいので書く。

--

若いころ、私はネオダーウィニズムにはまっていた。自己組織化とかニューラルネットワークとかも好きで、数学的構造が環境に適応して勝手に高度な構造を生み出す仕組みに興味を持っていた。それに比べると、今は随分と平凡な仕事をしている。そんな話はどうでもいいのだけれども、「利己的な遺伝子」以降、ネオダーウィニズムはどういう方向に進んでいるのだろう。最近あまりこの方向を追っていなかったので、最新の状況がわからない。

というわけで最新の研究動向は知らないのだけれど、「利己的な遺伝子」の考え方に慣れてくると、そこに書かれていた遺伝子プールというものの役割がわかるようになる。多細胞の生物種にはだいたい3段階くらいの適応機構があって、まず一番短いスパンだと個体の環境適応がある。これにも食べたら太るというような最短スパンの適応と、成長過程で生育環境に適応するという、やや長いスパンがあるが、このあたりは1段階として考える。

それから、最長期スパンとしては、遺伝子コピーのエラーあたりに起因する突然変異と自然淘汰の累積による進化がある。遺伝子から生物個体が作られるという原理(セントラルドグマ)が提唱される前から、それこそダーウィンの時代から仮説として立てられていた古生物学を説明する原理としてはこのあたりの段階が考えられていた。

そして、その中間的な、数世代から数百世代での環境変化に対する適応がある。真核生物の遺伝子というのは染色体の中に遺伝子対があって、実際に表現型となって個体の機能に強く影響する優性遺伝子と、表現型とはならずにその世代では淘汰圧を受けずに遺伝する劣性遺伝子がある。赤血球凝固血液型のA型とB型のように、どちらも同じ程度に優性という組み合わせもある。

とにかく、最長期スパンのように、遺伝子そのものが新しく発生したり数が増えたりするのではなくて、同じ種の群の中でプールされる遺伝子の種類はほぼ変化しないような短期スパンでも、そこに含まれる遺伝子の比率というのは案外短期間で急激に増減することがある。表現型として表に出る優性遺伝子は、繁殖確率を通じて環境の短期的な変動の影響を比較的素早く反映する。

こういう変化では魚が犬になったりはしないけれども、ラマルクが考えたようにキリンの首の長さが統計的に長くなったり短くなったりという変化は起こりうる。ただし、そういうパラメータ調整のような変化では、やはり馬がキリンになるほど劇的な変化はできない。動脈の逆流を防ぐ弁だとか、そういうブレークスルーが突然変異によって起こらない限り、一定以上の変化はメリットよりデメリットが顕在化して阻害される場合が多い。ただ、有性生殖を行う生物種の場合、数十万年のスパンになるとそういう劇的な変化もかなりの確率で起こるものらしい。

ダーウィンが自分の目で観察したフィンチのくちばしの形状変化は、どちらかというとダーウィニズムによる進化というよりはパラメータ調整による短期スパンの適応段階による分岐のような気がするけれども、地理的要因で遺伝子プールがある程度絶縁されている以上、淘汰による進化の一種ではあったのだろう。

最近は遺伝的アルゴリズムやディープニューラルネットワーク、他にももっと古典的な機械学習理論が研究されているけれども、学習にもヒューリスティックな学習とメタヒューリスティックな学習というのがある。ヒューリスティック学習では、計算モデルは固定されていて、そのパラメータが環境からのフィードバックによる最適化を受けて精度を高めていく。

それに対してメタが付く方の学習は、基盤計算モデルと直接計算モデルの2層構造、あるはそれ以上の多層構造になっていて、基盤計算モデルが直接計算モデル自体をいじりながら学習が進む。ニューラルネットワークではニューロンモデルが直接計算モデルになっていて、学習を通じてシナプスの結合係数をいじって、実質的なネットワークモデルを変えていくことでパターン認識などの学習を行うヒューリスティック学習をする。

ここで、赤ん坊の脳味噌でニューロンが枝を伸ばしながらシナプスを新設していくように、ネットワークトポロジーそのものを組み替えていくような基盤計算モデルがあると、ニューラルネットワークはメタヒューリスティック学習をするようになる。このメタヒューリスティックができるようになると万能的な学習ができるようになるのだが、世の中に銀の弾丸は無いというか、効率まで考えに入れてしまうと、万能な学習モデルは無いという定理が存在する。

ノーフリーランチ定理 - Wikipedia

生物の適応でも個体適応は別として、短期の適応は遺伝子比率を動かすだけのヒューリスティックな学習であり、他方地質学的なスパンの「進化」となると、遺伝子プール内の遺伝子セットそのものが変わっていくメタヒューリスティック学習が行われていると考えることができる。ダーウィンが見た生物の微妙なばらつきの原因というのはたぶんヒューリスティックなものだけれども、そこから連想されたダーウィニズムというのはこのメタヒューリスティックな挙動を予想したものだった。

その後の放射年代測定技術や分子生物学の進歩で、ダーウィニズムはかなり強い傍証を得てネオダーウィニズムになっていくのだけれども、化石にならずに消えていった生物種のことなども推定すると、まだまだ分からないことが多い。これからわかってくることも多いのだろう。

人類が猿っぽい生き物から現代人のように進化するまでに、長く見積もっても300万年程度しかかかっていないらしい。そこにもメタヒューリスティックな進化がかなりあったとは思うけれども、大脳が大きくなるとか、背筋が伸びるとか、そういうあたりはひょっとするとヒューリスティックな変化が主要因なんじゃないかとも思う。

そういうヒューリスティックな、パラメータ調整程度の環境適応で充分に生きていけるほど安定した環境が続く場合、単純な生物からどんどん大型で複雑で長寿命の個体を持つ生物種が分岐してくる。ただし地球の歴史には隕石の衝突や火山の大噴火などによる壊滅的な環境変化が、長スパンで見た場合は定期的にあって、そういう急激な環境変化による大絶滅がおこると、貧しい残存環境では大型生物が選択的に絶滅してしまい、微小生物ほど生き残りやすい。そこで再び環境が安定して来ると、微小生物の多様化による大型生物への進化がやり直されることになる。

昔あった定向進化説というのはだいたいこういう原理だと思っている。進化そのものは大型化も小型化も起こりうる不定向なランダムウォークだが、地球環境の変化は小さい方から大きい方への拡散が目立ちやすくするような傾向を持っていたのだろう。そういう意味でいえば、昆虫自体は非常に長い歴史を持っていても、ハチやアリのような真社会性の生物というのは、案外に人類と同程度の歴史しか持っていないんじゃないかという気もする。

もちろん、ハチやアリのような形をした昆虫は昔からいたのだろうけれども、ハチやアリは個体数の割に繁殖能力を持った個体が少なく、世代交代は基本的に群単位で起こる。群の寿命は女王アリの寿命で規定されていて、結構長い。群からオスアリと女王仕様のメスアリがハネアリになって飛び立って別の群が独立する頻度は、それほど高いものではないらしい。

つまり、遺伝子の交換が起こる世代交代の単位でいうと、一匹の女王アリと少数のオスアリだけが意味のある個体で、働きアリはその従属要素ということになる。雑に言うと、遺伝子から見た場合一つのアリの巣が一つの個体というモデルで説明できる。働きアリは、生殖細胞に対する飛び道具的な体細胞みたいなものということになる。ドーキンスが批判していた群淘汰理論とは前提からして違う。

人類や真社会性のハチやアリ(の巣)というのは、「複雑で長寿命の大型個体を持つ生物」という意味で、似たような存在なのだろうと思う。こういうものが存在するということは、直近の大絶滅以降、比較的安定した地球環境が続いていたという証拠で、ヒトもアリも、その間に急激に進化した生物種なんじゃないかという気がしている。

そしてその進化は、突然変異が駆動するメタヒューリスティックな進化よりも、ヒューリスティックな遺伝子配合比率の調整による適応の度合いが高いのではないかという気もしている。セミなどの長寿命の昆虫も、ひょっとするとそういう部類なのかもしれない。鶴や亀などはどうなのだろうか。

まあ、最近あまり本も読んでいないのでこのあたりがどうなのか詳細は分からないが、あと10年くらいしたらゆっくりと本でも読んでみたいと思う。

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by antonin | 2015-04-17 01:48 | Trackback | Comments(0)

アメリカのプロテスタント的な部分

塩野七生さんの「ローマ人の物語」は書店で平積みになっている第一巻の初版を買った覚えがあるのだが、引っ越しのどさくさか何かで無くしてしまった。それでそのまま読まずにほったらかしになっていたのだが、あるとき文庫になったのでそれから通読したのだけれど、あれを読んで、アメリカ合衆国という国が少しわかったような気がした。

アメリカ合衆国というのはフリーメーソンが建てた国で、個人的な理解では「修正ローマ帝国」なんだと考えている。実際の北米大陸にはフランス的な部分だとかスペイン的な部分だとか、もっと野卑なフロンティア精神だとかがいろいろと混ざっているけれども、地理的には東海岸にある国家の中枢には、フリーメーソン的な連邦政府の思想がある。共和党は寡頭制の頃を理想としている風があって、一方の民主党には初期帝政の、市民と護民官(ただし終身制ではない)というあたりを理想としている感じはある。けれども、どちらも基本的に軍事的強権で自由経済圏を守るというローマ帝国の理想を共有している気はする。

ローマ帝国は王政とか共和制とか帝政とか、政体で分けることもできるけれども、日本人から見ると、国教が多神教の時期と一神教の時期で印象が全く違う。大統領は就任式で聖書に手を置いて宣誓をしたりしているが、基本的に信教の自由は建前として堅持されている。このあたりは多神教ローマと一神教ローマの中間的なものになっている。アメリカ合衆国は、ただ一人で公選制で4年の有期職の大統領を頂点に持っていて、そこに元老院(上院)と衆院(下院)が付いている。このあたりも共和制ローマと帝政ローマの中間的な体制になっている。共和制ローマには任期1年の二人の執政官がいて、帝政ローマには終身制の一人の皇帝がいた。

皇帝という広域国家のトップが終身制だと、選んでみたら実は無能でしたというときに暗殺するしか退位させる方法がない、というのがローマを衰退させる一因だった。コンスタンティヌス帝はキリスト教の宗教的権威を使ってそのあたりをうまくコントロールしようとしたらしいが、逆に息子のコンスタンティウスの代から早くもキリスト教司教の勢力が皇帝権より強くなり始め、西ローマ帝国が滅ぶとキリスト教会のトップが教皇となって君臨するようになってしまった。

そうして長くカトリックが続くのだけれども、聖地巡礼や十字軍などを通じてヨーロッパとオリエントの接触は細々と続いていて、古代ギリシア文化の実質的後継者となっていたイスラム教だとか、キリストを生んだ時代の名残りを伝えるユダヤ教だとか、あるいは東ローマの正教だとか、カトリックの常識が通用しない文化に接する人達に出会う。一番代表的には聖堂騎士団だとか病院騎士団といった、戦時だけではなく平時も絶え間なく巡礼者保護の活動をしていた修道騎士団なんだろうが、建築や美術を学びに行っていた石工などもそのうちに入っていたのだろう。

そういう中で、巡礼者の路銀を預かってトラベラーズチェック的なものを発行するところから始まった金融業が聖堂騎士団の中に起こった。そこから発展した、カトリックの戒律では禁制だった有利子融資の技法だとか、薬学も含めた化学だとか、構造設計のための幾何学だとか、そういうあたりが、信仰と権力の真っただ中にいるカトリックの司祭たちには理解されずに発達し、ヨーロッパでは迫害されながら徐々に秘密結社になっていく。それからユグノー戦争だの30年戦争だのフランス革命だのを経験しながら、最終的に新大陸に合衆国が樹立する。

新大陸を得て、秘密結社だったフリーメーソンは開放的に発展していくのだけれども、石工みたいな技術者の自由思想とは別に、カトリックの禁制を犯してキリスト教の起源に迫るプロテスタントの活動というものの中には、ローマ皇帝に祖国を破壊され、その後も迫害を受け続けたユダヤ教徒の怨念のようなものが静かに横たわっているように感じる。アメリカ合衆国にも、フリーメーソン的な科学的発想と個人の自由を愛する傾向と並行して、プロテスタント的な、カトリックの博愛を強制する態度に反発してユダヤ教に接近する傾向が感じられる。

ユダヤ教には、単に古い時代の「アブラハムの宗教」を伝える人々とは別に、国家を持たない民族の悲哀と怨念のようなものが潜んでいる。ヨーロッパでのユダヤ教徒のイメージというと、医者か学者か金融業者というステレオタイプがあるが、学者は別として、医者と金融業者というのは、人が困った時に頼る職業というところが共通している。いつの世でも、どこの土地でも、よそ者の「異教徒」として生きていた時代、医学や金融資産など、どんなに差別されようが最終的に人間が頼らざるを得ない技能を有する人間だけが生き残ることができたという、ある種の淘汰圧がユダヤ人のステレオタイプ的な「憎たらしいがきわめて優秀な人々」という像を作り出したように見える。

もちろん、カトリックの禁制が不合理で、異教徒だからその禁制を無視して、死体を解剖したり利子を取って金を貸したりという合理的活動ができたのだから、そのことでユダヤ人が力を付けたという見方もできる。しかし、カトリックの禁制も、単に権力の都合による抑圧というものではなくて、経済は停滞するとしても、弱者を守るための慈愛の精神というのが根底にある。ステレオタイプ的ユダヤ人の活動というのは、そういう慈愛を踏みにじって私利を追っているようにも見える。そこに財力への羨望が重なって、カトリック教徒からユダヤ教徒への差別や偏見が助長されたのだろう。

そういう差別の中で生き抜くために、ユダヤ人側もなりふり構わず合理主義を押し通すようになる悪循環のようなものもあったのではないか。信仰としてはあくまで誠実だとしても、キリスト教徒から向けられる嫌悪の情に対して、切り返し的とは言え、悪意の応酬もあったのではないか。大日本帝国時代の朝鮮人でも、移民導入後のフランスにおけるマグレブ人でも、彼らが暴力的だとか悪意に満ちているだとか言うことは簡単だけれども、その遠因はやはり多数派の庶民が少数派の庶民へ無意識の差別をしていたというあたりにあるのだろう。

そういうわけで、一部のユダヤ人は歴史上の祖国を武力で破壊したローマ帝国の末裔であるキリスト教徒たちを憎んでいただろうし、そういう態度がヨーロッパのキリスト教がユダヤ人をより差別的に扱うという悪循環につながったのだろう。その頂点がナチズムからホロコーストに至る暴挙だったのだろうが、ドイツのキリスト教徒たちが嫉妬した資産階級のユダヤ人は相当部分が国外へ亡命し、一方でそういう資力もコネも持たないような社会的弱者のユダヤ人ばかりが、結局は殺害された。

最近の日本でみられる「嫌韓」も、何かそういった悪循環の一種にしか見えず、気分が悪い。そして、アメリカとフランスでは事情が違うにしても、イスラム教徒への偏見にもそういう悪循環が見えるし、キリスト教徒からイスラム教徒への悪意にも気分が悪くなる。ナチスドイツに迫害されたユダヤ人を多く受け入れて救ったアメリカ合衆国にしても、プロテスタントに潜むユダヤ的な憎しみの痕跡のようなものが共産圏の崩壊後に強く滲み出ているように見えて、やはり気分が悪い。

フリーメーソン的なあっけらかんとした個人自由主義は好きなのだけれども、「アメリカンドリーム」と呼ばれるような、天文学的な貧富の差を許す新自由主義というのは、ユダヤ的な、被差別の中で生まれた屈折した割り切りの痕跡のように見えて、あまり好きではない。ユダヤ人は別に嫌いなところは何もないけれども、かつて村上ファンド的に翻訳された「金を儲けて何が悪いんですか」という割り切った態度は、どうも好きになれない。儲かるのは美徳だけれども、儲けるのは悪徳だと感じる。この部分については、禁制の極端さは別として、ナイーヴなカトリックの心情のほうにむしろ好感を覚える。

また共産革命のような若者の暴動を誘発するまでこういう傾向が続くのか、ナチズムのような憎悪が渦巻くまでこういう傾向が続くのか、よくわからない。歴史に興味がある人たちはタックスヘイブンを規制しろだとか富裕税を上げろなどと言い始めているが、上げ潮派のような人達はまだまだ元気そうに見える。そういう人たちが必ずユダヤ人なのかというとそういうことはないのだが、その思想の根底には歴史上のユダヤ人たちの鬱屈があるようにも思う。

美術館が無料で開放されるとか、大学教育が無料で提供されるとか、そういう背景にはある程度ヨーロッパ人が血を見てきた過去の歴史があるのだけれども、そういう文化資本も市場に投げ出してしまう態度というのは、本来市場主義者であるはずの私にも理解しにくい。

ドイツにもトルコ移民などが入ってきていろいろの摩擦が起こっていたようなのだけれども、最近どうなっているのかという話をあまり聞かない。プライマリーバランスをプラスに振って負債を圧縮した原動力がどういう運動なのかというのも知らない。フランスの原子力偏重を横目で見ながら、フクシマを見て原発ゼロに舵を切ったらしいが、自然エネルギーを活用しながら電力輸出超過をどうやって維持しているのかという事情を知らない。

北欧の高福祉思想がほころびを見せている中で、やっぱり米国主義、ということではなく、枢軸国の悪夢を連合国に思い起こさせない程度に、今の日本が参考にすべきは再びドイツという気がしているのだが、どうもマスメディア経由ではドイツ関連の情報が取りにくい。日本語世界にドイツ語の情報が少ないのが、単に商業的需要の反映なのか、あるいは枢軸国の復権を嫌うユダヤ資本が支配しているというマスメディアの陰謀というオドロオドロしいものなのか、そのあたりはなんともわからないが、「修正ローマ帝国」の西部前線にある列島の住民として、東部前線にある地域の動向が少し気になる。

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by antonin | 2015-04-08 02:23 | Trackback | Comments(0)

卯月惚け

ベイヤー法とは、1860年代にアメリカの鉱山技師エリック・ベイヤーが考案した橋梁技術(アンカリング技法)である。現在はコンクリートなどの人工成形物にアンカーを埋設する成形ベイヤー法が主流であるが、初期には強固な岩盤に穿孔しアンカーボルトを埋め込むタイプの岩盤ベイヤー法が多用された。

岩盤ベイヤー法は成形ベイヤー法に比べ資材の使用量が少なく、山間部での施工に有利な面はある一方で、硬い岩盤に深い穴を多数開ける必要から作業量が多く、先進国家で労働集約的な作業コストが資材コストを上回るようになる19世紀末頃から、次第に利用されなくなった。

この頃、欧米で使われなくなった岩盤掘削用機材が日本に輸入されるようになり、山間部での鉄道や大型鉄塔のステイワイヤー敷設など、国内でベイヤー法の普及が進んだ。機材の老朽化は進んでいたが、安価であり、また初期のシンプルな設計であったアーヴィング ドリルなどはメンテナンスも簡単で、当時の日本の工業技術でも保守が容易だったため、人件費の安い発展途上国であった日本には適した技法であった。

岩盤の露出する山間部に適した岩盤ベイヤー法であったが、機材メンテナンスの都合から都市部を離れた地域で作業が行われる時代にはすでに成形ベイヤー法が主流となっていたため、岩盤ベイヤー法が多用されたのは東京からの鉄道延伸が関東平野を取り囲む山岳部に達する地点であった。

代表的な工区は中央本線の八王子~上野原間(明治34年開業)であり、総計200ポイントを超えるベイヤーアンカーが作成されたと言われる。当時の作業者が過酷な掘削作業中に歌ったのが「がんばんべーやー節」であるとされ、今でも八王子近辺では親しまれている。もっとも、アメリカ民謡「線路の仕事」と同様に、その歌詞は当時の過酷な仕事内容を歌ったものから、楽しげな内容に変化しつつある。

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みたいなことを2月くらいからボチボチ考えていた。馬鹿だ。
今年度もよろしくお願いいたします。

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by antonin | 2015-04-01 02:22 | Trackback | Comments(0)


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