安敦誌


つまらない話など
by antonin
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卯月惚け

ベイヤー法とは、1860年代にアメリカの鉱山技師エリック・ベイヤーが考案した橋梁技術(アンカリング技法)である。現在はコンクリートなどの人工成形物にアンカーを埋設する成形ベイヤー法が主流であるが、初期には強固な岩盤に穿孔しアンカーボルトを埋め込むタイプの岩盤ベイヤー法が多用された。

岩盤ベイヤー法は成形ベイヤー法に比べ資材の使用量が少なく、山間部での施工に有利な面はある一方で、硬い岩盤に深い穴を多数開ける必要から作業量が多く、先進国家で労働集約的な作業コストが資材コストを上回るようになる19世紀末頃から、次第に利用されなくなった。

この頃、欧米で使われなくなった岩盤掘削用機材が日本に輸入されるようになり、山間部での鉄道や大型鉄塔のステイワイヤー敷設など、国内でベイヤー法の普及が進んだ。機材の老朽化は進んでいたが、安価であり、また初期のシンプルな設計であったアーヴィング ドリルなどはメンテナンスも簡単で、当時の日本の工業技術でも保守が容易だったため、人件費の安い発展途上国であった日本には適した技法であった。

岩盤の露出する山間部に適した岩盤ベイヤー法であったが、機材メンテナンスの都合から都市部を離れた地域で作業が行われる時代にはすでに成形ベイヤー法が主流となっていたため、岩盤ベイヤー法が多用されたのは東京からの鉄道延伸が関東平野を取り囲む山岳部に達する地点であった。

代表的な工区は中央本線の八王子~上野原間(明治34年開業)であり、総計200ポイントを超えるベイヤーアンカーが作成されたと言われる。当時の作業者が過酷な掘削作業中に歌ったのが「がんばんべーやー節」であるとされ、今でも八王子近辺では親しまれている。もっとも、アメリカ民謡「線路の仕事」と同様に、その歌詞は当時の過酷な仕事内容を歌ったものから、楽しげな内容に変化しつつある。

--

みたいなことを2月くらいからボチボチ考えていた。馬鹿だ。
今年度もよろしくお願いいたします。

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by antonin | 2015-04-01 02:22 | Trackback | Comments(0)

金言プラス

既出多し。

--

【朝令暮改】 ちょうれいぼかい

 ルールがめまぐるしく変わって安定しないこと。小規模なシステムであればアジャイル開発でもいうことを聞いてくれるが、大規模なシステムや人間のような学習型知能では、新しいルールの解釈が定着する前により新しいルールを適用してしまうと、詳細な判断に混乱が生じるため徐々に言うことを聞かなくなる。


【臥薪嘗胆】 がしんしょうたん

 目的を果たすまで、自分を苦しめることで強い意志を保とうとすること。戦に負けた復讐を果たす日まで、固い薪の上に寝て、苦い肝を舐めて過ごしたという故事による。人の恨みはなかなか消えないが、満ち足りた環境を与えられると、意外に恨みを忘れてしまうことも多い。


【嘘つきは泥棒の始まり】 うそつきはどろぼうのはじまり

 嘘をつくような小さな悪行に慣れると、最後は泥棒のように大きな悪行に手を染めるようになってしまうということ。速度制限や公職選挙法などの軽微な違反に対する罪悪感を失ってしまうと、いつかは消防法や憲法などの重大な法律を犯してしまう結果につながるので、注意が必要になる。


【盗人にも三分の理】 ぬすびとにもさんぶのり

 どんな悪人にも、その人が悪人にならざるを得なかった理由がなにかしらあるということ。どんな犯罪にもそれなりの理由は付けられるので、それだけで犯罪者を許すことはできない。しかし、そういう理由に耳を傾けて社会を改めていくと、徐々に社会から犯罪は減っていく。


【罪を憎んで人を憎まず】 つみをにくんでひとをにくまず

 罪は憎むべきだが、罪を犯した人を憎むべきではないということ。人は誰しも罰を受けたくはないので、罪を犯した人だけが厳罰を受けるようになると人々は罪の存在を隠すようになり、そして誰もその罪を罰することができなくなる。犯罪行為と人を切り離すことで、犯罪が明らかになりやすい社会となり、その対処も進めやすくなる。


【失敗は成功の母】 しっぱいはせいこうのはは

 大きな成功をおさめるためには、実際に無数の小さな失敗をした経験がものを言うという格言。後輩が取り返しのつかないような大きな失敗をしないように陰ながら助け、小さな失敗を体験できる機会をたくさん与える人が成功する。そういう人も、一度は後輩を育てそこねて痛い目を見ている場合が多い。


【時は金なり】 ときはかねなり

 時間はお金と同じものであるという格言。より多くの時間を効率良く他人のために使うことで、より多くのお金を得ることができる。しかし、自由になる時間が多い生活は、自由になるお金が多い生活と同じくらい豊かなものである。


【貧乏暇なし】 びんぼうひまなし

 お金に余裕がない人ほど、時間にも余裕がないということ。そんなもんだよね。
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by antonin | 2012-12-20 04:00 | Trackback | Comments(0)

戯曲「新春かくし芸大会」

N 「よう、Q」

Q 「おう、元気か、N」

N 「まあまあだな。ところでお前、今財布にいくらある?」

Q 「なんだよいきなり。一葉さんが一人いるけど貸さねぇぞ」

N 「相変わらずショボいな。まあ、なんとか足りるだろ。足りなきゃ俺が貸すから大丈夫だ、問題ない」

Q 「ああ・・・なんというか・・・とても嫌な予感がします、マスター」

R 「呼びましたか」

Q 「うわぁ、背後から音もなく忍び寄るんじゃねぇよ。それに誰がマスターだよ」

N 「よう、R。お前は、まあ心配ないな。今夜予定空けとけ」

R 「通常そういう連絡は遅くとも1週間前までにしておくものだと思いますが」

N 「で、空いてるんだろ、予定」

R 「はい。確かに」

N 「よし、これで3人確保。あとはCにメール入れておけばなんとか頭数は足りるだろうな。あいつはR以上に予定スカスカなはずだし・・・。今日は本気出すほどの相手じゃないし、この程度のメンツでいいだろ」

Q 「悪かったな、この程度で。で、何やるんだよ、RだのCと組んで麻雀は嫌だぞ」

N 「いや、(麻雀ならお前は呼ばないし、)合コンだよ」

Q 「お、いいねえ」

R 「本気を出すほどの相手ではないんですよね」

Q 「あ、そうか。なんだよN、そんな余裕ないんだよ俺は。俺は未知数の合コン相手よりも確実に手中にある一葉さんのほうを選ぶからな」

N 「あ、いや、そんなことはないぞ。というかR、今の話は忘れろ」

R 「忘れることはできませんが、口にしないことであれば可能です」

N 「ああ、それで必要にして十分だ」

Q 「Rお前、なんでそんなに素直に前向きなんだよ」

R 「世の中、実際どうなるかはその時までわからないものです」

Q 「ああ、とても嫌な予感がしますがね、マスター」

N 「ところでQ、今日の合コンの中盤に使うネタ何かない?俺達らしいやつ」

Q 「うーん、あんまり気乗りしないけど、あれにしておくか。あのな、N、お前、片手でいくつまで数えられる?」

N 「えーっ、そんなのー、1,2,3,4,5に決まってんじゃーん」

Q 「キモッ」

N 「演習だからな。続けろ」

Q 「まあいいか。で、俺は31まで数えられる」

N 「ああ、あれか。悪くないな」

Q 「いいからNも演習を続けろ。で、まず、グーでゼロでしょ?んで、親指を立ててグッとすると、1」

N 「うんうん」

Q 「で、次に親指を倒して人差し指を立てると、2。それから、人差指と親指を立てて、3」

N 「えー、ワケわかんなーい」

Q 「『えー、わかんなーい』程度ならいいけど、『ワケわかんなーい』だと終わってる気がするな」

N 「そんなことないよー。それでそれでー」(真顔で)

Q 「・・・・・・・・・。それで、中指だけ突き立ててF***なこれが、4。それから中指と親指で、5」

N 「えー、まだわかんなーい。6はどうすんの?」(真顔で)

Q 「だから、また親指を倒して人差し指を立てると、中指と人差し指で、6」

N 「あ、わかったような気がするけど、説明できなーい。教えてー」(真(ry

Q 「つまり、親指が1の位で、人差し指が2の位、中指が4の位で、これが2進数になってる。指が立っていれば、その桁は1で、倒していれば0になる。だから、中指と人差し指が立っていれば、4+2で6になる」

N 「おー、なるほどー」(ry

Q 「薬指は8の位、小指は16の位になるから、全部の指を立ててパーにすると、16+8+4+2+1で31になる。だから、片手で31まで数えられる。両手なら、なんと1023まで数えられる!」

N 「おもしろーい」

Q 「と、なると思ってたけど、ダメな気がしてきた」

N 「大丈夫だ。それでいこう」

Q 「マスター、とても悪い予感が・・・」

R 「思ったんですが」

Q 「なんだよマスター」

R 「私の場合、31ではなく27までしか数えられないのですが」

Q 「なんだよ、どこから27なんて数字が出てくるんだよ」

R 「はい。今Qさんの説明に現れた、親指、人差し指、中指までは問題なく動かせるのですが、私が同様の数え方で31までのパターンを実際に作ってみたとき、どうしても無理な指の配置があったのです。Qさん、さっきの方法で9を表すサインを作ってみてください」

Q 「9か。9=8+1だから、薬指と親指だけ立てるんだな。よし・・・えっと・・・うあ・・・つりそう・・・くそう、俺様の辞書に無理という文字はない!どうだ!!」

R 「さすがQさん、手先が器用ですね。しかし私には、小指を曲げて、同時に薬指を伸ばすという形を作ることが無理だったのです。例外として、親指を曲げているときは、曲げた親指で小指を押さえながら薬指を伸ばすことでなんとか形を作ることが可能なのです。しかし、奇数を表現するときには親指は伸ばしておかなくてはなりませんから、小指を曲げ、かつ薬指を伸ばし、かつ親指を伸ばしているときに限り、私にはどうしても表現不能なサインであるということが判明しました」

N 「ずいぶん丁寧に解析したな。感心した。それもネタに含めよう」

Q 「いやダメだろう!引くだろう、普通」

R 「私には表現できないサインを2進表現すると01XX1となりますが、不定ビットが2ビットあるので表現不能なコードは全部で4個あることになります。理論的に可能な32個のコードのうち4個のコードに数値を割り当てることが不能になるため、私にとっては片手で表現可能なコードは全部で28個ということになります。したがって、私にとっての片手で表現可能な数字は最小の0から最大で27までとなるのです」

N 「つまりだ、片手で表現可能な整数の最大値は、31を上限とする処理系依存の数値、ということになるな」

R 「そういうことになります」

Q 「もうわかったからヤメにしようよ、これ。処理系依存とかなんの地雷だよ。俺は一葉さんを愛してるんだからよう」

C 「話は全部聞かせて貰ったぞ」

N 「よう、C。早かったな」

Q 「なんでお前は2階のバルコニーで立ち聞きしてるんだよ」

C 「まあまあ、話を先へ進めようじゃないか。これぞ実に我々らしい。無理なものは無理であるということを認めるRのアイデアによって、俺は更なる無茶ができることに気付いた。つまりだ、俺の親指には2個の関節がある。他の指にはそれぞれ3個の関節がある。それぞれの関節について、曲がっていれば0、伸びていれば1というビットを割り当てることで、俺は片手に全部で14ビット持っていることになる。ただし、全てのビットが独立しているわけではなく、ビットの組み合わせの一部は実際には表現することが無理なわけだ。そうした無理な組み合わせを排除して、実現可能なビットの組を全て数え上げれば、それが俺の右手がカウント可能な数値の個数に等しいということになる」

Q 「いくらなんでも複雑すぎるだろ、それ」

N 「よし、それも採用しよう。待ち合わせの時間まであと1時間あるから、軽く何か食べながら、その可能な組み合わせを各人数え上げることにしよう」

Q 「嘘だろ!俺は嫌だー」

N 「嬉しそうだな、Q。俺はお前のそういうところが気に入ってるんだ。それじゃみんな、行こうか」

Q 「助けて!マスター!」

R 「フォースを信じましょう、Qさん」
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by antonin | 2011-01-03 00:23 | Trackback | Comments(0)

もし高校野球の女子マネージャーがウィトゲンシュタインの「論理哲学論考」を読んだら

うん、ちょっと読み替えるとこれは役に立つかもしれないな。
なんのためにこんなに頑張っているのかわからない、って悩んでる部員も多いみたいだし。

1 大会は成立している試合の総体である。

1.1 大会は勝敗の総体であり、選手の総体ではない。

1.11 大会はいくつかの勝敗によって、そしてそれが勝敗のすべてであることによって、規定されている。

1.12 なぜなら、勝敗の総体は、どの試合が成立しているのかを規定すると同時に、どの試合が成立していないのかをも規定するからである。

1.13 対戦組み合わせの中にあるいくつかの勝敗、それが大会である。

1.2 大会はいくつかの勝敗へと分解される。

1.21 他のすべての試合の成立・不成立を変えることなく、ある試合が成立していることも、成立していないことも、ありうる。

2 成立している試合、すなわち勝敗とは、いくつかの得点の成立である。

2.01 得点とは、いくつかの進塁(走者)の結合である。

2.011 得点の構成要素になりうることは、選手にとって本質的である。

2.012 対戦においては何ひとつ偶然ではない。ある選手がある得点のうちに現れうるならば、その得点の可能性はすでにその選手において先取りされていなければならない。

:
:
:

6.432 大会がいかにあるかは、より高い次元からすれば完全にどうでもよいことでしかない。主催者は大会のうちには姿を現しはしない。

6.4321 勝敗はただ問題を導くだけであり、解決を導きはしない。

6.44 感動とは、大会がいかにあるかではなく、大会があるというそのことである。

6.45 永遠の相のもとに大会を捉えるとは、大会を全体として──限界づけられた全体として──捉えることにほかならない。
 限界づけられた全体として大会を感じること、ここに感動がある。

6.5 答えが言い表しえないならば、問いを言い表すこともできない。
 は存在しない。
 問いが立てられうるのであれば、答えもまた与えられうる

6.51 問われえないものを疑おうとする以上、懐疑論は論駁不可能なのではなく、あからさまにナンセンスなのである。
 すなわち、問いが成り立つところでのみ、疑いも成り立ちうるのであり、答えが成り立つところでのみ、問いが成り立つ。そして答えが成り立つのは、ただ、何ごとかが語られうるところでしかない。

6.52 たとえ可能なルール上の問いがすべて答えられたとしても、大会参加の問題は依然として全く手つかずのまま残されるだろう。これがわれわれの直感である。もちろん、そのとき問われるべき何も残されてはいない。そしてまさにそれが答えなのである。

6.521 大会参加の問題を、ひとは問題の消滅によって気づく。
 (疑いぬき、そしてようやく大会参加の意味が明らかになったひとが、それでもなお大会参加の意味を語ることができない。その理由はまさにここにあるのではないか。)

6.522 だがもちろん言い表しえぬものは存在する。それは示される。それは感動である。

6.53 語りうること以外は、何も語らぬこと。授業の試験問題以外は──それゆえ高校野球とは関係のないこと以外は──何も語らぬこと。そして誰か教育論的なことを語ろうとするひとがいれば、そのたびに、あなたはそのプレーのこれこれの動作にいかなる意味も与えていないと指摘する。これが、本来の正しい高校野球の方法にほかならない。この方法はそのひとを満足させないだろう。──彼は高校野球を教えられている気がしないだろう。──しかし、これこそが、唯一厳格に正しい方法なのである。

6.54 私を理解する人は、私のプレーを通り抜け──その上に立ち──それを乗り越え、最後にそれがナンセンスであると気づく。そのようにして私はいくつものプレーで指導をおこなう。
 (いわば、梯子をのぼりきった者は梯子を投げ棄てねばならない。)
 私のいくつものプレーを葬りさること。そのとき大会を正しく見るだろう。

7 語りえぬものについては、沈黙せねばならない。


・・・野球部員は黙って練習してればいい、ってことだよね。
答えがわかる頃には、もう卒業して大人になってるんだ。

論理哲学論考 (岩波文庫)

ウィトゲンシュタイン / 岩波書店


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by antonin | 2010-11-17 11:55 | Trackback | Comments(2)

肉が少ないな楠ヶ国

そんな名前の力士はいませんが。

肉の多い大乃国 / 回文21面相 - 回文総合サイト - 上から読んでも下から読んでも同じ!

--

アメリカのマクドナルド(あちら風に呼ぶとマクダノーズか)の密度分布を描いた地図を、ちょっと古いスラドの記事で見つける。アメリカの西部ってのは、今でも人が住むには厳しい大地なのか。ロッキー山脈があるからしかたがないか。

「今日の異口同音」的に「ロッキーのおいしい水」を検索すると434件のヒットがあって、そのトップにこういうページが出るのだけれど、

コトノハ - ロッキーのおいしい水

いったいいつごろのネタなんだろう。一応ページ情報では2009年3月22日となっているが、ネタが投下された時期と一致するんだろうか。

--

景気には循環する性質があって、平均株価を見るとおよその傾向が見えるという話になっている。バイポーラーという循環する気質があって、ダジャレの頻度を見るとおよその傾向が見えるという話にもなっている。上げの時はそれはそれでいいのだが、客観的に見るとイカンことも少なくないので、指標を見ながら用心する必要がある。小説まがいの話を書くようになるとだいたい頂点にあって、仕事なんかしている場合じゃないなんていう気分になる。

ニートリトマス3原則 - Chikirinの日記

大丈夫なのかなぁ、という気がうっすらとするが、まぁ大丈夫なんだろう。

--

「自分」の上に「家族」とか「職場」とかすっ飛ばして「日本」とかが来ちゃうのはセカイ系の一歩手前なんじゃなかろうかと思うが、でもそういうのも楽しいんじゃないかとも思う。

実は人間に悪人というのはなくて、ある人は強いけれどもある人は弱くて、その弱さを第三者的に見ると悪に見えるのだろうというようなことを、最近は思っている。人は人に何かを期待するのだけれども、人の弱さのためにそうした期待に応えられないことを指して、悪と呼ぶのだろうと。

悪人正機という言葉があって、善人はまぁ人の世で幸せになるのだけれども、悪人はその弱さのために人の世では幸せにはなれないので、仏のような存在が救うしかないのだろうと。その救いが強さにつながって、その強さが善良さにつながるということも、まぁ一定割合であるのだろうと。

--

月齢を調べると14あたりで、明日が中秋の名月らしい。空を見ると確かに白い月がある。明日はまた写真でも撮ってみようか。

--

半日がかりでテレビ台を組み立ててみたり、ムスコ2号が口から血を吐いて救急車で運ばれてみたり、最近もいろいろあったけれども、案外なんとかなるものだなぁ、という感じに。

--

そろそろ言葉遊び以外にも趣味を見つけないといかんなぁ、という気はする。
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by antonin | 2010-09-22 00:06 | Trackback | Comments(0)

口から先に生まれたヤツ

昔、TVチャンピオンという番組で優勝した人が、小学生に「変」って言われて、それに対する返事が「何かひとつの事を極めていくと、変になるんです」みたいなことを言っていて、なるほどなぁと感心したことがあった。これもそういう例のうちに入るのかも知れない。

日本の研究室で開発された「発話ロボット」が残念な方向から世界中で話題に - 涙目で仕事しないSE



いやぁ、映像的にも音声的にもすごいですね、これは。素晴らしいという意味じゃなくて、辞書的な本来的意味で、「凄い」。

 この動画、研究の成果そのものではなく、「気味が悪い会話するロボットの口(Creepy video of talking robot mouth )」と言うタイトルで公開されています。そして、「奇妙」だとか「気持ちが悪い」と言う方向のみで話題になっているようです。

 いや、研究自体は至って真面目な物ですよ。このまま開発が進めば、発声出来ない身障者に希望の光を照らすことが出来るかもしれません。

 それにしても・・・、むき出しの肌色パーツを通してたどたどしく発せられるこの音声から漂って来る不気味さはどうにかならなかったんでしょうか。そして、なぜ、全く意味を成さないと思われる鼻のパーツを取り付けてしまったのでしょうか。

いや、そうじゃないんですよ。鼻には意味があるんです。人間の声というのは、声帯で発生した倍音の多いノコギリ波形の音源を、喉と舌と顎と唇の筋肉を動かすことで、気道の形を変化させて、音声伝達の特性を変化させることで発せられているんです。で、舌の根元の方で、口へ抜ける音と鼻へ抜ける音の配分を変化させたりしてますので、鼻腔の形状を再現してやる必要があるんです。

というわけで、意味のない鼻が付いているんじゃなくて、意味のあるパーツだけで発声装置を作ったらこんなふうになっちゃったわけです。それで各ポジションの気道の締め具合が可視化できるように、喉の周りが透明な樹脂で作られているという、純粋に研究目的の装置であることがわかります。この装置はどうやら舌先や歯までは持っていないみたいなんで、"t"とか"th"とか"f"とかの子音は出ないでしょうね。

しかしまぁ、気持ち悪いよなぁ。

--

今日の異口同音:「ユンケル口蹄疫」(5410件)

筋弛緩剤が足りなくて、安楽死すらできずにかなり恐ろしいことになっているなんていう話も聞きました。迅速に収束するといいですね。
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by antonin | 2010-05-14 13:18 | Trackback | Comments(0)

四月馬鹿

なので、ちょっとレイアウト変えてみました。ネタは特に思いつかないので、過去記事へのリンクを張っておきます。

安敦誌 : 日本語 遥かなる旅
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by antonin | 2010-04-01 00:07 | Trackback | Comments(0)

雨の水曜日

不動明王の真言を20分くらい唱えて、ふさぎ虫を退治。ハイフェッツ氏の怪演で笑う。



何か甘いものでも食べよう。
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by antonin | 2010-03-24 15:29 | Trackback | Comments(0)

想定問答集(2) 「人間の命と地球はどちらが重いか」

「一人の人間の命は地球より重たいとか、馬鹿げてると思わないスか?」
「うーん、詩的にはあり、哲学的には用語の定義が必要、物理的にはナンセンス」
「あぁ、そいじゃ、物理的に、ってことで」
「でさ、どこらへんが馬鹿げてるかってのは説明できる? 一応」
「そりゃ、地球のほうが重たいからに決まってるじゃないっスか」
「・・・それは、ひょっとして冗談で言ってるのか?」
「いや・・・、マズかったっスか」
「そりゃ、まずいだろう」
「あ、『命の重さ』は量れないってことスね」
「そう。物理的に定義されていない」
「じゃあ、命は人間の中にあるので、少なくとも人間の体重よりは軽いってことで」
「なんだか釈然としないけど、とりあえず仮説としては認めるとしようか」
「で、人間の体重は地球の重さよりずっと軽いので、それより軽い人間の命が地球より重いというのはバカ」
「うーん・・・」
「なにか?」
「いや、ちょっと気になったんだけど、その『重さ』の単位は何?」
「そりゃ、kgっスよ、キログラム」
「はい残念」
「はっ? ありえねー」
「kgは質量の単位。重量の単位じゃない」
「あっ・・・」
「重量の単位は?」
「・・・ニュートンだ」
「そう。だとすると、人間ひとりと地球の重さの関係は?」
「同じようなもんでしょう、地球のほうがずっと重い」
「うーん・・・」
「だってそうでしょう、地球のほうがずっと重いでしょう」
「いや、だから、質量で比較すると地球の質量のほうがずっと大きいんだけどね。重量だと・・・」
「わけわかりません」
「そうか。それじゃぁ、ちょっとまぁ、怒らないで聞いて欲しいんだけども」
「はあ」
「君が逆立ちしてみるわな、で、そのとき手にかかる重さが、地球の重さだ」
「なんスかそれは。誰がうまいこと言えと」
「いや、これは冗談じゃなくて、定義のしようにもよるけれども、トンチじゃなくて本当の話」
「ムリです」
「無理かぁ・・・。じゃあちょっと頭を冷まして。今度は君が両足で普通に立ってみるわな」
「はあ」
「そのとき君の足にかかる重さは、まぁ体重そのもの」
「そうスね」
「で、地球が下から君を押し返している力が、地球の重さ。単位はニュートン」
「それはない。俺が認めない」
「いやぁ、まぁ、これは『地球の重さ』の定義の問題なんだけど」
「定義が間違ってるんでしょう」
「どう定義するか、から考えるとな、重量の出所は重力加速度で、重力加速度の出所は万有引力」
「それは、そう」
「で、あの引力の式を見ると、パラメータはふたつの物体の質量と距離だけ。F=GMm/r2
「高校で習いましたけど?」
「で、この式をよく見るとだね、ふたつの物体の質量Mとmを入れ替えても、式は等価なんだ。掛け算だからね。つまり、物体がふたつあれば、相互に働く重力は同じだけになる」
「まあ、確かに」
「月は地球の周りを回っているけど、あれは月が地球に引っ張られる重力と公転運動の遠心力がつりあう軌道になっている」
「それはわかる」
「それと同じ力で地球も月に引っ張られていて、その力につりあうように『地球と月の重心』を焦点として地球も微妙に公転している」
「へえ、それは初耳っス」
「で、このとき、『地球の重力に対する月の重量』と、『月の重力に対する地球の重量』は等しい、と言える」
「あ、わかんなくなってきた」
「質量じゃないからね、重量だから。引力そのもの」
「ちょっとわかってきたかも・・・」
「で、地上に話を戻すと、君が立っているときに足にかかっている力というのは、『地球の重力に対する人間の重量』なわけだ」
「っスね」
「一方、地球の重さは?」
「は?」
「いや、だから、月と同じ理屈でいくと」
「月と同じって・・・」
「月の場合と違って、君は別に公転軌道を描かなくてもストンと落ちていくことはない。なぜか」
「地面が固いから」
「正解。垂直抗力ってやつだ。固いものを押してやると、壊れるまでは同じ力で押し返してくるという」
「それが地球の重さっスか?」
「いや、これはまだ違う。問題なのは、君の靴の裏も、同じだけの力で向きが反対の垂直抗力で地面を押しているということ。こっちの力につりあっている力は何か」
「だから体重ですよね?」
「いや、体重は地球の中心方向への力。靴の裏が地面を押しているのも同じ方向の力。これではつりあわない」
「というと、地面が靴を押してる・・・?」
「そう。力学的にはそういうことになる。で、地面の垂直抗力は体重につりあう力としてもう出てきているから、最後に残ったのは」
「なんか、マグマとか、そんなの?」
「いやいや、それこそが、『君が発生している重力に対する地球の重さ』なわけだ」
「・・・どこかに罠が仕込まれている・・・」
「いやいや、別に罠なんて仕込んでないし。あまり日常的な話ではないけれども、別に論理の飛躍はないよ」
「これはきっと孔明の罠・・・」
「(^^; さっきの万有引力の式をもう一度見て。F=GMm/r2
「なんか、強烈な『騙された感』がぬぐえないっスね。怪しいサイトのリンクと同じ匂いがします・・・」
「まぁ、騙されたと思って聞いといてよ。逆立ちしたときに手にかかる重みが地球の重さです。だから、命はどうかしらんけど、一人の人間の『重さ』と、地球の『重さ』は、実は同じなのです」
「・・・えー、ひとつだけ断言しよう。明日になったら、たぶんこの話忘れてます」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ」
「それじゃ、ありがとうございました」
「ちょっ、まっ」
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by antonin | 2009-11-16 05:13 | Trackback | Comments(0)

乾いた月

ドラえもん誕生日記念スペシャル。
b0004933_2305146.jpg



参考:http://limitedxlimited.blog22.fc2.com/blog-entry-89.html

あ、今月はSep.だったなぁ。まぁいいや。寝る。
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by antonin | 2009-09-11 23:05 | Trackback | Comments(0)


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