安敦誌


つまらない話など
by antonin
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
検索
最新の記事
婦人画報創刊号
at 2017-07-07 01:36
アキレスと亀
at 2017-05-02 15:44
受想行識亦復如是
at 2017-05-02 03:26
仲介したことはあまりないが
at 2017-04-29 03:36
サンセット・セレナード
at 2017-04-12 23:17
水分子と日本人は似ている
at 2016-06-04 01:49
ほげ
at 2015-06-05 03:46
フリーランチハンター
at 2015-04-17 01:48
アメリカのプロテスタント的な部分
at 2015-04-08 02:23
卯月惚け
at 2015-04-01 02:22
記事ランキング
タグ
(296)
(147)
(122)
(95)
(76)
(65)
(59)
(54)
(45)
(41)
(40)
(39)
(33)
(31)
(28)
(27)
(25)
(24)
(22)
(15)
最新のコメント
>>通りすがり ソ..
by Appleは超絶ブラック企業 at 01:30
>デスクトップ級スマート..
by 通りすがり at 03:27
7年前に書いた駄文が、今..
by antonin at 02:20
助かりました。古典文学の..
by サボり気味の学生さん at 19:45
Appleから金でも貰っ..
by デスクトップ級スマートフォン at 22:10
以前の記事

タグ:イベント ( 27 ) タグの人気記事

去年の反省と今年の抱負

年末年始にちょっと本を読んだり、それとは別に記憶力と将棋の話なども考えたので、そういう感想でも書こうかと思ったが、まだまとまらないので時機に合ったネタでお茶を濁すことに。

去年の正月にはこんなことを書いた。

賀正

「不慳貪、不瞋恚、不邪見」のほうは全く実践できなかったけれど、年初の抱負はだいたい実行できたんじゃないかと思う。エスカレータの利用率は15%前後だったと思う。体調は改善した。一昨年より肩こりや動悸が減った気がする。

小学校を卒業するくらいまでは早生まれということもあって体が小さくて、近所に空地も同世代の親戚もなかったので、運動らしい運動はしないで育ったが、中学に入ってから高校を卒業するまでに30センチ以上身長が伸びた。その間も特に運動らしい運動はしなかったため、体の大きさに対して心臓が十分大きくならなかったものらしく、大学時代から洞性頻脈で平静時から脈拍90を下回らないような体質だった。大学のマシントレーニングルームでバイクを少しやると、2分ほどで脈拍は150程度まで跳ね上がった。

そういう水準の運動不足生活だったので、階段を上がる程度でも十分な効果があった。全身持久力は1年でだいぶ改善したような気がする。皮下脂肪が増えたせいというのもあるかもしれないが、瞬発力はともかく、持久力は二十歳前後の頃より増したような気がする。10%程度だった脂肪率は、最近では17%あたりを前後している。

現在の通勤経路では、乗降駅がどちらも地上15メートルくらいの高架ホームで、また乗換駅は高架と大深度地下ホームの乗り換えだったので、それなりの運動量はあったと思う。子供の頃は階段しかない集合住宅の5階に住んでいたし、自転車乗りで太ももの筋力はそれなりにあるので、階段上りそのものは苦ではなかった。ただ、精神的に疲れているときはその程度の運動でも億劫になるもので、エスカレーターになるべく乗らないという目標がはっきりとしている効果は意外に大きかった。

日のあるうちは自分の頭で考えない、というほうは、それに比べると成果が足りなかったけれども、一昨年よりはマシになったと思う。我念を滅するというのは言うほど簡単ではなくて、終業後に考えが巡って睡眠リズムを崩したりすることも多々あったが、少なくとも仕事を邪魔するレベルになることはあまり起こらなかった。自分の頭で考えても、それは無用ないざこざを招くだけで、日本人としての実生活上は益が少ない。今年はこちらに重心を移していこうと思う。考えない練習。基本、今年も去年の「3ない運動」を継続していこうと思う。

正月に、地元の神社に初詣に参り、家内安全の護符をもらった。それとは別に、ムスメの学業成就祈願に、天神参りをした。護符を重ねると嫉妬深い日本の神はきっと怒ると思うので、初詣としての護符はもらわずにおみくじを引いてみた。すると、中吉とあって、新しいことには手を出さず、今まで通りにやるのが吉、とでた。なるほどなぁ、と思い、今年は未来ではなく過去を見て、やりたいと思って手を付けたままとっ散らかした読書なりプログラミングなりに時間を割いてみることに決めた。

もうこの年になると、将来のことは全く予想がつかない。若い頃のように無邪気な将来予想ができない。若年の生き方にはある程度典型というものがあるが、老年には典型がなく個別があるだけだ。不確実な未来ではなく、盤石な過去を見て、地に足を付けるのがいいのだろう。そういうコンサバな態度が、案外未来を拓くお年頃なのかもしれない。まあ性格的に、それに飽きたらご神託をリセットするためにまたおみくじ引きに天神参りをしたりするのかもしれないが。

菅公御歌
海ならず
 たたへる水の
 底までも
きよきこころは
  月ぞ照らさむ

----

心を決めて いろいろとさわがず 迷わず
今までの事をつとめればよし
何事にも手を出してはいけません
つねにひかえ目にして事をなさい吉


近所に閻魔堂があって、そちらも近いうちに詣でようかと思う。閻魔帳を広げられて、地獄と極楽のどちらが良いか、などと聞かれたら、天邪鬼の性格が災いして地獄を選び取りそうな気がする。どうでもいいか。
[PR]
by antonin | 2014-01-05 16:33 | Trackback | Comments(0)

煙草と酒と

昨日は「ゆる友」アッサ夫子と下北沢で遊んできました。定番の水タバコと、各地の地ビールが楽しめるお店をハシゴ。

水タバコ / シーシャ 下北沢 shisha

下北沢【Beer Bar うしとら】

メニューのメモ、覚えている範囲で。
【シーシャ】
・ミゾ アプリコット
・コーラ(drink)

【うしとら】
・ファースト・インパクト(うしとらオリジナル)
・いわて蔵リアルIPA(岩手)
・いわて蔵フジヤマ・ランビック(岩手)
・箕面スタウト(大阪)
・鶏ハラミの黒胡椒焼
・タコの唐揚げ
・豚の香草焼

シーシャは2号店(グランド)のほう、うしとらは一号店のほうでした。

うしとらではワインのソムリエよろしく、こちらの希望を聞きつつ、銘柄だけでは読み取れない味の違いを説明してビールを選ばせてくれました。これは新鮮な体験でした。地ビールは味と香りの幅が広いので、事前にこういう説明が聞けるとうれしいです。どのビールも個性的で非常にうまかったのですが、会話に夢中だったこともあって、記憶があいまいなので味の評価は勘弁してください。

で、時間を忘れていろいろなことを話してきましたが、そうすると今日は昨日までの退屈が嘘のように色々な考えが頭をめぐるようになりました。社会から半分離脱して脳が機能低下していたところに、昨日の会話が良い刺激になったようです。どうもありがとう>アッサ夫子

とりあえず今日は放り出してあったゲームプログラミングの本でも読むかな。ゲームはゲームでも、学生時代にDOSで作ったライフゲームを、XPやVista以降の環境で作るとどうなるのかを試してみたいだけなんだけど。
[PR]
by antonin | 2010-08-06 10:54 | Trackback | Comments(0)

おヒマなら来てよネ

ここで告知するのもどうかと思うんですが、16日か17日の夜に都内で酒を飲みたいです。かなりメンヘル入ってる私の酒に付き合ってもいいという物好きな方がいらっしゃいましたら、鍵付きでメッセージをお願いします。貧乏ですのでお代は奢ることができませんが、自分の分くらいは自分で面倒見れます。場所は山手線内でしたらどこへなりとも伺います(あんまり高級な区域は勘弁してください)。

まあこれでコメントゼロですとかなり格好が悪いので、参加できなくても参加できない旨のメッセージを鍵付きで残してくださると私はとても嬉しいです。こういうのって安敦誌においては6年目にして初の試みなんですけど、どうぞよろしくお願いいたします。
[PR]
by antonin | 2010-04-12 11:33 | Trackback | Comments(13)

ヒドリの夏はオロオロ歩き

この、「雨にも負けず」の一節にある「ヒドリ」というのが人によって解釈が分かれるらしく、「日照り」という人もあれば、冷夏などによって秋の収穫減少が予想される夏場の「日取り」、つまり日雇い労働を指すのだという人もあるらしい。まぁ、どちらにしても似たようなものだけれども。

オロオロ歩くにしても、ヒトリよりは大勢のほうが心強かろうということで、ちょっといろいろと人に会おうとしています。で、今日はアッサ先生と下北沢で煙と酒を飲んできましたよ。どうもありがとう。長丁場になってちょっと申し訳なかったが、これもヒマが悪いということで大目に見てください。

あー、なんというか、景気の悪いときは日取りも悪くないかもしれませんなぁ。

学生時代に港湾労働のアルバイトに応募し、輸入冷凍食品の積直しを1日やって、7千いくらかをもらってきたことがありました。で、夜のデートで一発で消えてしまいましたけどね。体を使わないと荷物が持ち上がらないので、胸に痣なんかを作って頭から湯気を発して働いたのはなかなかいい思い出です。次の日はもうやめたけど。

世代間の断絶をうまく交流に変えていくような仕事を創り出してみたいなぁ、などと漠然と思いつきました。今日の話で。使う技術はいろいろあるだろうけれども、紙メディアと電子メディアの両方を扱えるわれわれの世代にしかできない仕事もあるかも知らん、ということを、ちょっとずつ企てていきたいと思います。

悼む人

天童 荒太 / 文藝春秋


[PR]
by antonin | 2009-10-11 23:47 | Trackback | Comments(0)

女性専用車両に乗ってみた

会社をサボって、ムスコ1号を連れて上野動物園に行ってきた。

まだ電車が混む時間帯だったので、すいている先頭車両に行ったら女性専用車両だった。ムスコ1号がいるので、とりあえずシルバーシートと同じ感覚で乗ってみることにした。

想像していたより混んでいたが、別にどうということはなかった。これからは育児男女共同参画の時代なので、この程度のことは普通になっていくだろう。
[PR]
by antonin | 2009-05-20 23:11 | Trackback | Comments(0)

夜に見る夢

それって、ただの夢じゃん。いや、そうじゃなくて。

夢は眠ってみるもの。夜は眠るもの。そう考えると確かに普通の夢ということになるのだけれども、私の場合、夜なのに眠れない、ということが多々ある。そういうときに、覚醒したまま夢のような考えが湧いて出ることがあって、それをうまく表現する言葉がない。白昼夢という言葉があるが、やっぱり白昼に見ないと白昼夢とは呼べないだろう。眠れぬ夜に見る夢は、なんと呼んだらいいのだろう。

まだ二十歳ソコソコの学生だった頃に、やはりパソコン通信の場で文章を書いていた頃があって、今アーカイブを検索してその文章を拾ってくるのは面倒なので省略するけれども、記憶によればだいたいこんなようなことを書いたことがある。

「エジプトはナイルの賜物。安敦の文章は徹夜明けナチュラルハイの賜物」

ヘロドトスのパクリにしては面白くもない言い回しだが、とにかく、本来眠るべきときに眠らないでいると、いろいろな夢想が湧いて出る。そして、意識がはっきりしたままその夢想を文字にすることができる。勢いに任せて書いてしまわないと、目覚めたあとの夢と同じように思い出せなくなってしまうので、じゅうぶんに推敲ができなくて雑な文章になってしまうことが多いが、それでもその内容というものは、昼になって自分で読み返してみても面白く感じることが多い。まぁ半分気違いみたいなものだが、犯罪レベルまでは達していないと思うのでご容赦願いたい。

こういう文章をここに書く場合は、「妄想」というタグを付けている。物語的な妄想だけではなくて、技術的な妄想もある。これを書いてしまわないと、夢想が夢想を呼んで眠れない。夢想を書き下すのにも数時間を要する場合があって、結局眠れないという意味では同じなのだけれども、書いてしまったほうがすっきりするし、あとで読んで自分が楽しめて面白い。他人が読んでも面白いのかどうかはわからない。

hypergraphiaのような症状を呈していた時期があって、あれはかなり異常だった。そういう、1日が30000時間あったらいいのに、などと思ってしまうような躁状態に近い状況は珍しいにしても、妙な奇想がとめどなく湧いて出る時期というのは、結構周期的にやってくる。

ある時期、都合で会社を休んでやたらと長時間眠っていた時期があった。そういう場合、全部で12時間くらいは毎日眠っていたのだけれども、最初の8時間は普通に眠っている。それから4時間くらいのあいだは、意識が緩やかに目覚めてくるのだけれども、体が動かない。しばらくじっとしていると、また眠ってしまう。そういうときに外界を冷静に認識している場合もあれば、直前に見ていた夢を思い返している場合もある。

数年前までは、楽しいことにしても辛いことにしても、今の何倍も過激だった。夢の中で先輩社員と喧嘩して罵声を発して、その声で目が覚めたようなことも何回もあった。それとは別に、そこらの映画には負けないくらいの大スペクタクルを楽しんだ末に目が覚めるようなこともあった。そのほとんどは忘れてしまったが、少しだけ覚えているものもある。

透き通るように美しい少女が出てきて、彼女が悪い奴らに追われている。その悪い奴らというのが、まぁ妖怪変化、怪獣怪人のたぐいで、そういう連中に追われ続け、きわどく逃れ続ける。最後に壁だか床だかにあったハッチを開けて、そこからウォータースライダーみたいなものを滑り降りて、地底にある水の楽園に至る。どうやらそこが彼女の王国らしく、助かって良かったね、どうもありがとう、みたいなあたりで目が覚めた。夢に色があるとかないとかそういうことを意識することはあまり無いのだけれども、ウォータースライダーのシーンから先は青い世界だったような記憶があるから、おそらく私の夢には色が付いているのだろう。

もうひとつ覚えている夢は、雑居ビルの一室で就職面接を受けるところから始まった。ところがその面接官というのがとんだ食わせ物で、面接中にもかかわらず、電話だのドアぶち破りだので登場するいろいろな連中に嫌がらせを受ける。とりあえずお前付いて来いという具合で、その場を逃げ出し、だんだん面倒な場面に追い込まれていく。そこでは私はどうにも役立たずなんだけれども、最初に面接官をしていた男がどういうわけか私の意見を聞いて、それに従って行動していくとどういうわけかうまい具合に危機を切り抜けてしまう。そんな具合で、どうにもそういうアクションについていけない私を、男がうまくかばいながら逃げていく。それでもいよいよ絶体絶命、というあたりで目が覚める。

まぁこうして文章にまとめると陳腐な内容なのだけれども、なにしろ夢の中の物語というのは、あらゆる映画を超越した臨場感に満ち溢れているので、目が覚めると手に汗握っていたりして、いやぁ、これなら1800円払っても惜しくないわ、などと思ってしまう。実際に目が覚めている状態だとそこまで面白い奇想というのは体験できないのだけれども、自分の脳からどうやってそういうストーリーが出てくるのか、まったく見当がつかない。こういう現象をインスピレーションというのか。

そのうちだんだんとそうした奇想を文章として書き付けることができるようになってきて、ぶどう五郎の話だとかある貴婦人の話なんてのを書くようになったけれども、ああいったものをいつでも書けるのかというと、そういうわけでもない。けれども、眠っているときにはそれなりに頻繁にこうした世界を歩いているような気がしないでもない。最近は夢の内容を覚えているような睡眠のとり方をする機会は減ったのだけれども、代わりに「夜に見る夢」が増えている気がする。そういう物語には、普段自分が発想しないようなせりふを発する人物がいろいろと出てきて面白い。

思うに、自分というものが大きくてしっかりしている人というのは、自分の存在がしっかりと脳内を占めていて、自他の区別が明らかなのだろうと思う。ところが私のように自分が小さくてしっかりしていない人間というのは、知らず知らずのうちに他人の言動が脳内に入り込んで、夜陰に乗じて私の脳内を闊歩しているのではないかと思う。まぁ、それはそれで楽しいのだけれども。世の中には自分が大きすぎて、周囲の人々の心に沁みこんでいくことで数千年も語り継がれる人もいるのだから、いろいろあって面白いと思う。

話は変わって、今夜はアッサ夫子とビールを飲んできた。最近少々酒癖が悪い私の不安を慮って、ビール3杯のタイミングで彼が下北沢の怪しい店へ連れて行ってくれた。そこはなんと、水タバコ専門店。中東あたりでターバン巻いたオヤジが昼間っから路傍で吸っているアレだ。スゲー面白いっす。パイプタバコも面白いが、水タバコも素晴らしい。アングラなようで暗さの無い、面白い空間だった。まさに夜に見る夢の心地。

面白いものを紹介してくれて、どうもありがとう。
[PR]
by antonin | 2009-02-21 02:51 | Trackback | Comments(3)

頌春

旧年中はご愛顧賜り有難う御座いました。
本年も宜しくお願い致します。
b0004933_1215329.jpg

家の中はゴッタゴタで、休日は平日の5倍疲れますが、子育てを乗り切った女性陣に「今が一番いい時期よ」なんて言われつつ、まぁそうなのだろう、などといつもどおりの感想を抱いております。

皆様には義理を欠いておりまして大変申し訳ありません。
今年一年の、皆様のご健勝とご繁栄を祈念致します。
[PR]
by antonin | 2009-01-01 00:00 | Trackback | Comments(0)

民主主義の学校へ行ってきました

「自治は民主主義の学校である」

というわけで、マンション管理組合の今期第一回理事会に行ってきました。でもなんだか検索を掛けると、「地方自治は民主主義の学校である」なんて言うらしいですね。旧内務省が生き残って出来た自治省とか、それを取り込んだ現総務省とかの印象があって、自治というと市町村レベルという発想があるのかもしれませんが、本来の「自治」って、マンションの管理組合とか町内会とか、あるいは職場の片付けルールをどうするとか、そういうものを指すように思います。

このマンションも分譲から4年目に入るので、もう入居当初の問題はひととおり片付いていて、それほどの面倒はないだろうと見込んで理事長に立候補しました。しかし蓋を開けてみると案外に理事長宛の通知がバシバシ入ってくるのでびっくりしました。でもまぁ、民主主義の学校の一年生にはちょうどいいくらいの宿題の量と質でもあります。

今期一番の山場は、一階の店舗が調理器具を設置したいという工事申請の件。前の理事長さんが「保留」という形でやんわりと断っていたのでまとまりがつかず、今期に持ち越しになっていた案件でした。まぁ個人的には別にいいんじゃねぇかと思っていましたが、こういう生活に根ざした問題というのは典型的な「自転車置き場の議論」なのでございまして、安易に許可するとあとできっとモメると思い、全戸に通知を出しました。

で、案の定というか、感情的な反対意見が2通。わざわざ文章を書き起こしてきた反対意見が2通でしたので、おそらく文書で反対するまでもないが違和感を持つような人が、その10倍は潜んでいると見たほうが良いでしょう。で、今後もまたずるずると問題を先延ばしにするとお互い不幸ですので、今回は一度この申請に対して反対意見を添付して拒絶回答することにして、その上で今後の対応策を相談するようにお店側に申し入れました。店長さん苦笑い。すみませんねぇ。

まぁなんだろう、確かに民主主義の学校だわ、こりゃ。ミニ政治家気分であります。店長さんから「理事長さんにはおいしいものを是非・・・」などという誘惑もあったりして、これは大変な毒饅頭ですよねぇ。食ったら死ぬぞ、きっと。てな具合で、えれぇおもしれぇや。
[PR]
by antonin | 2008-11-01 12:28 | Trackback | Comments(2)

よにめでたきものは・・・

b0004933_155187.jpg
一姫
b0004933_155322.jpg
二太郎
b0004933_1554880.jpg
三なすび?





どうしてみんな同じ顔なんだろう・・・
[PR]
by antonin | 2008-09-19 02:00 | Trackback | Comments(9)

慶事抄

妹の結婚式に出席してきた。

自分の結婚式のときには、ヨメは呼びたい人のリストが200人くらいに膨れ上がる中から切り捨てていかなくてはならないような状態だったのに対し、私は式に呼べるような友人は一人くらいしかおらず、職場には既に絶望していたのでプライベートな場に会社関係者を呼び込みたいとは決して思わなかったし、いとこもないので親戚を多数呼ぶのにも無理があった。そんなわけで親族のみの簡素な結婚式を挙げたのだけれども、大勢の前でスピーチを行うようなことが嫌いな父には好評だった。

妹が100人を招くような大披露宴をするといったので、そんな面倒なことをしなくてもいいのに、などと思っていたが、実際にやってみると良いものだった。花嫁が大勢に祝福されてニコニコと笑顔を振りまいて涙を流して旅立つのは、本人にとってはもちろん、親にとっても感慨無量だろう。新郎新婦の二人で立派にやったものだと思う。兄の欠をよく補った妹だと思う。そう考えるとヨメには悪いことをしたな、とも思う。

多少のハプニングなどが発生しつつも、つつがなく宴が進行し、最後にお涙頂戴の「花嫁から両親への感謝の手紙」が朗読される。母への謝辞があり、母は涙を流している。父への謝辞があり、父は涙をこらえている。そのあと、不意を突いて兄への謝辞があり、驚く。「こんなに笑えるようになったのは兄のお陰です」などという言葉があって、ウルウルする。思うツボ。

妹は成人式に母への感謝の手紙を書いたり、初月給で両親にプレゼントをしたりということを欠かさずおこなってきた。一方の兄は特に何もしていない。「ありがとう」くらいは言うが、学生時代の下宿代がよく出たね、バブル景気だったしね、ありがとう。くらいの文脈であり、感動を誘う要素がない。

ヨメのお腹のコドモが男の子であることが昨日判明し、「えー、残念」などと言われている。妹を楽しみにしていたムスメもがっかりしているという。ヨメの父方のおばあさんが、老後を助けてくれるのは娘たちばかりで、息子たちは金をせびりにくるくらいで折角苦労して学校を出してやっても役に立たない、などという愚痴を語るのを聞かされているところに私のこの愚行である。そういう背景があって、我が家のムスコもいまひとつ待遇が悪い。

私もヨメに対する団体交渉権を得るために、ムスコと「おちんちんグループ」という家庭内組織を結成しているのだが、今ひとつ発言力に欠ける傾向がある。今年のうちにまたメンバーが増える見込みになったのだが、数の力でこの傾向が変わるようにも思えない。状況を改善するためには、おちんちんグループ総帥であるこの私がまず、積極的に親孝行をすることが必要であるということが再認識された。感謝の念があり親孝行をしたいという気持ちはあるものの、行動が伴わない傾向があったため、この面でのカイゼン活動を開始する必要がある。

友人についても同じである。友人は敬愛しているし、感謝もしている。その業績に嫉妬などもしているが、その割合は小さい。しかしなんというか、それを表すために何をしたらいいのかわからなかったり、わかっていてもメンドクサかったりする。こういう人間的な欠陥があって、いろいろと難儀な人生を送ってきたのだけれども、まぁもうちょっとは工夫したい。

なんてことを思った友引の土曜日であった。
b0004933_265471.jpg

[PR]
by antonin | 2008-06-08 00:28 | Trackback | Comments(8)


フォロー中のブログ
外部リンク
外部リンク
ライフログ
ブログパーツ
Notesを使いこなす
ブログジャンル