安敦誌


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非正規雇用増加の原因を図で考えてみる

図を描いただけで力尽きてしまい、考察は不十分です。でもとりあえず公開。線の太さは全然定量的ではありません。あくまで印象。正社員が男性で消費者が女性で表現されているというジェンダーの問題については、どうか見逃してください。同一家計の入口と出口を象徴しただけのものです。

【図1】 今の日本:貯蓄と投資を除くお金の流れ(超アバウト)
b0004933_0104297.jpg

(画像はクリックで拡大します)

酒、タバコ、自動車関係を除くと、モノの流れは5%の消費税以外ほとんど課税されていません。一方、正社員の給与には所得税と住民税以外にいろいろと社会保障費関係で給与天引きのコストがかかっています。給与明細には記入されない会社負担費用も含めると、社員の雇用コストの中からかなりの率で国に持っていかれています。

【図2】 大前研一さんの言ってる制度、あるいは橋本政権が目指していた制度(極論っぽい)
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(画像はクリックで拡大します)

給与天引きされるのは所得税と住民税だけで、比率としては道州制の自治体に支払われる住民税のほうが大きくなっています。社会保障費が所得にかかる直接税ではなくモノやサービスにかかる間接税を主体としているため、会社の支払額は変わらないのに手取額は大幅アップしています。もちろん物価もアップしているので、消費者がウハウハというわけではありません。

ただし、モノやサービスのコストに対して人件費のコストが相対的に低下するのは確実です。現状では派遣や請負などを利用して、労働力を雇用ではなくサービスとして外部から購入したほうが安くつきますが、図2ではアウトソーシングすると高率の消費税を取られてしまうので、直接雇用して給与を支払ったほうが安くつくという面があります。

また、所得がいったん消費者に渡されてから消費税として回収されるので、お金の使い道を選ぶ権利が国から消費者に移ります。なのでサービスの競争が活発になって市場が活性化します。これまで企業間を循環していた資金が消費者を経由して流れるようになるので、消費者向けの新規事業を立ち上げやすくなります。輸出向けの製品は消費税を非課税にすると消費税分のディスカウントになるので、国際競争力にはあまり影響せずに内需を向上させることができます。

細かい定量的考察はできていませんが、物品税を廃止したのに本来福祉目的税だった消費税が低い税率に抑えれたまま長い期間経過してしまったというのが、現在の非正規雇用蔓延の原因であるように思えます。このあたり、マクロ経済の専門家の意見ではどんな感じなんでしょうか。

まあ仮に理想はこうだとしても、各省庁の利権がすっぱり消滅してしまう、こういう制度は簡単には実現しないでしょうけれども。
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by antonin | 2010-03-13 01:05 | Trackback | Comments(0)

インパルス応答

ホワイトノイズというものがある。これを適当な振幅でスピーカーに通してやると、ザーという雑音になる。アナログテレビの復号回路に突っ込んでやると、砂嵐のスノーノイズになる。そしてこのホワイトノイズをフーリエ変換すると、あらゆる周波数に広く均一にレベルが分散した状態として表される。なぜ「白色雑音」と呼ぶのかというと、可視光域で広く均一にレベルが分散した光線を人間の目で見ると、色として白く見えるからだ。

全ての周波数成分を含んだ信号にはいくつか種類があって、ホワイトノイズの他にインパルスというものがある。ある瞬間だけ無限に高いレベルに達して、それ以外は全てゼロレベルにあるような波形をインパルスという。数学的にはデルタ関数というもので表現される。デルタ関数を積分するとステップ関数になる。逆にいえばステップ関数を微分するとインパルスが現れる。

このインパルスという信号を使うと、アナログ的なシステム、つまり量的な信号が伝達していく回路の応答特性(伝達関数)を知ることができる。システムの伝達関数がわかると、連続的な変化に対してシステムがどのように反応していくかということを計算することができる。

現実世界では時間幅がゼロでレベルが無限大という数学的に純粋なインパルスはないけれども、近似的にそれに相当するものはある。例えば「パンッ」と手を叩くと、インパルス的な音波が出る。コンサートホールというのはひとつの音響装置となっていて、ホールの設計者はステージ上での演奏が観客席で心地良い響きになるよう、細心の注意を払って設計する。そして完成したホールの音響特性を確認するために、ステージに立ってパンッと手を叩くという。

すると手を叩いた直後に乾いた音がステージ周辺から反響し、次にホールの壁面を伝いながら天井や後壁面に反射し、次第に減衰していく。このインパルス音が時間経過とともに変化していく様子を、ステージ上や客席のいろいろな位置で聞いていく。そうすることでホール全体の音響特性が確認でき、経験豊かな設計者はそれによって実際に演奏したときの音響を想像することができるという。

人間というのは、自分が置かれている状況の絶対的なレベルよりも、その変化に敏感な生き物である。数学的に言うと、人間は微分する生き物だと言える。だから、人間の精神が変化にどのように反応するかという応答特性を知ろうとすれば、インパルスよりもステップ関数的な、つまり一瞬で急激に変化して元に戻らないような変化を与えた場合の方がわかりやすい。

宝くじに当たってある日突然に大金を手にするとか、親しい人を交通事故で突然失うとか、そういうものがステップ関数的な変化になる。そういった急激な変化が起こると、人間はその衝撃の直後から数年間にわたって様々な反応を見せる。

人間の心理というのは複雑で非線形のシステムだから、単純にインパルス応答によって分析可能とは言えず、この分析は比喩的なものになる。けれどもそういう突然の変化に対する反応が、その人の性格をあからさまにするということは、感覚的にも十分理解できるだろう。あえてインパルス応答のアナロジーを展開すると、衝撃の直後に示す反応は短時間の変化に対する反応を、そして時間が経過していくにつれて、ゆっくりとした変化に対する反応を反映したものということになる。

突然の衝撃に対して1時間以内に現れる反応は、その人が仕事上の問題を1時間程度のスパンでどのように解決するかという性質とよく対応する。また1日後に現れる反応は前日の仕事に対する対処の仕方を、1ヶ月後に現れる反応は1ヶ月にわたって問題となる慢性的な仕事への対処のスタイルを良く反映する。そして衝撃から1年後の反応には、大きな仕事の流れを1年のスパンでどう取り扱っていくのかという長期的な問題解決のあり方と共通したものが作用している。

そして、人間の精神という複雑なものに対してインパルス応答というアナロジーを許すなら、国家や社会という複雑なシステムにも似たようなことができる。一番印象深いのは"911"という衝撃だろう。わずか1日の衝撃的な事件がアメリカ社会に引き起こした反応の経緯は、「アメリカ合衆国」というシステムのインパルス応答として見るのに都合がいい。

まず最初の突撃の直後に反応したのは、ニューヨーク市警とニューヨーク市消防局だった。このふたつの自治組織が、通常の防災活動を迅速かつ果敢に繰り広げた。次いでジュリアーニ・ニューヨーク市長が自治体レベルで非常事態体制を敷き、組織を機動的に運用した。また同時に、航空管制機構が全民間機に着陸指示を出し、空軍が国家の主要施設付近を警戒する。そしてある程度信頼できる情報が確認できた時点で、大統領直轄で国家レベルの非常事態体制が確立する。ここまでがアメリカ社会が持つ当日中の問題解決能力を示している。

翌日以降はマスコミによってありとあらゆる関連情報が流され、国民が非常事態の正体を知る。これによって国民はまず恐怖の感情に支配され、次いでそれが怒りになり、翌月にはイスラム過激派への恨みへと変化していく。この国民感情を受けて、国民の支配者であり代弁者である大統領は、対イスラム組織との戦争へと走る。そして「衝撃」から約1年半後、アメリカ合衆国はイラク戦争に突入する。

イラクの「紛争状態」はゲリラ活動などの泥沼化もあって現在も続いているが、近代的な戦争戦術としてはブッシュ大統領が「大規模戦闘終結宣言」を発した前後で完了している。国家間の戦争としては2ヶ月ほどで終了した。ここまでがアメリカ社会が本格的な戦争をする場合の反応時間を反映している。

その後も世界各地で継続して散発するテロや、ハリケーン「カトリーナ」というセカンドインパクトの影響もあって、次第に純粋な"911"のインパルス応答とは言えなくなってくる。けれども2008年11月には、オバマ大統領という異文化融合の象徴のような大統領を、アメリカ国民は選出している。ここまでの期間で、「自治体組織の緊急対応」「愛国的な世論の沸騰」「国家組織の戦争行動」「戦争に倦厭する世論の蔓延」「融和への期待」という時系列応答が次々に見られた。

あくまで比喩的なものではあるけれども、西新宿の高層ビルに旅客機が突入してビルが崩壊した場合の状況などを予想してみると、現実にアメリカで起こった反応とはまた違った応答を、日本国というシステムが見せるのではないかという予想は確かにできる。御巣鷹山に満席搭乗のジャンボ機が墜落した直後から数年の動きなどを見ると、自民党政権下の日本国というシステムが持っていた、ネットリとした応答特性をある程度経験済みでもある。

同じように中華人民共和国の特性を知りたければ、天安門事件や四川省大地震などの「衝撃」がどのように時系列の反応を引き起こしたかを注意してみることで、だいたいの見当がつく。これもアメリカ合衆国の応答とも日本国の応答とも異なるはずで、その特性に国家という複雑なシステムのマクロな特性がかなり露骨に現れているのではないかという気がする。

現役国会議員の逮捕に対する反応などの小さなインパルス刺激から、現在の日本国の応答特性がなんとなくわかってくる。そういうネットリと粘るように反応する日本国の応答特性は、「失われた10年」や「少子高齢化」などという長いスパンの変化にどう対応していくのか。単純に予想すると、茹で蛙的に行き着くところまで行き着くまでは、眼前の状況に対する驚異的な局所対処能力でいつものように乗り切っていくのだろう。

最終的に「失われた半世紀」となるあたりまでは、決定的に破綻せずにこのままズルズルと推移していくような気がしている。それが良いことなのか悪いことなのかまでは、なんとも言えない。
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by antonin | 2010-03-12 22:27 | Trackback | Comments(0)

ネット時代のコンテンツ提示方法

また、頭の運動的な。
陳腐なタイトルだが、それが効果を持つ場合があることも知っている。


さて、個人的にはニコニコ動画のアカウントを持っていないので詳しいことは知らないのだけれども、あれは結構興味深いことをしている。もう誰かが書いていたけれども、非同期的に寄せられたコメントを、映像コンテンツのタイミングをキーとして同期的に再生することで、擬似同期的なコミュニティ形成を実現しているという点が面白い。そのコンテンツを今まさに見ているのが自分ひとりだとしても、画面上では賑やかにわいわいがやがやとコメントが乱れ飛んでいるのを眺めることができる。

インターネット以前のコンピュータネットワークが持っていた主要コンテンツは、電子メールと電子寄せ書きだろう。「電子寄せ書き」と見慣れない用語を使ったのは、電子メールが比較的単一の名称で呼ばれてきたのに対し、後者は掲示板だとかメーリングリストだとかネットニュースだとか、複数のシステム形式と名称を持っていたからだ。技術的なものは別として、機能としてはどれも共通していて、特定のトピックに興味のある複数の人が書き込んだものを、メンバー全員が読み出せるという仕組みになっている。書き込み読み出しともに、プッシュ型とプル型だとか、登録型と非登録型など手法面での細かい違いはあるが、目的としているコミュニケーションのスタイルはどれも同じようなものである。

電子メールは、電子メディアを使った迅速で低コストな通信を実現しつつも、電話と違って発信者と受信者が同じ時間を共有せずに情報の交換をすることができる。電子寄せ書きもまた、電子メディアを使った迅速で低コストな通信を実現しつつも、電話会議などと違って全員が同じ時間を共有せずに情報の交換をすることができる。インターネット時代に新しく発生したコミュニケーションメディアの多くは、こういった特徴を活かして従来のメディアが果たしてた役割のいくつかを引き継いできた。

ニコニコ動画がやっているのは、テレビを一人で見るのではなく、家族や友人と一緒にテレビを見ながら番組の内容について(いわゆる「茶の間」で)わいわいと会話をするという楽しみ方を、電子寄せ書きと同じようにして非同期化したものと言える。アメリカ人などは映画館で映画を見てもあれやこれやとリアクションして、一人でビデオを見るのと劇場で映画を観るのとでは、明らかに違った体験をするようだ。

ここで少し理屈めいた話をすると、理論的には「記録」とは「過去から未来への片方向通信」と等価であると言える。通信では、途中でデータエラーが発生するかもしれないし、通信路が故障するかもしれない。記憶では、読み出し時にデータエラーが発生するかもしれないし、記録デバイスが故障するかもしれない。そういう場合には「そこから先への通信」は途絶することになる。

「そこから先」とは、通信では距離的なものになるし、記録では時間的なものになる。そして必要なコストを掛ければそうした故障による通信の途絶を回避できるのだが、そこで使われるのはエラー訂正符号であったり、デバイスの二重化であったりと、技術的に見れば通信でも記録でも同じようなものになっている。

記録の世界では昔から、記録された情報は未来の「いつの時点で」「どの情報を」利用するのかがはっきりしていないため、「必要になった時点で」「必要な情報だけ」を、膨大な過去の記録から取り出す検索技術が発達している。この検索技術、もっと還元してしまえばデータベース技術を、通信路に組み込んで活用したものが現在のネットワーク技術の根っこになっている。

そういう見方で考えると、ニコニコ動画は過去の膨大なコメントの中から、特定の映像コンテンツの特定シーンという非言語的な検索キーを使ってデータベース検索をしている、というように一般化してとらえることができる。ニコニコ動画では「動画ファイル名」と「開始時点からの秒数」という、一意のインデックスに還元可能なデータが抽出でき、これによってユーザーは過去のユーザーたちからのメッセージを受け取り、擬似的な共感体験が可能になる。

これを電子書籍でやるとどうなるかというと、電子書籍を読みながら最下行に目をやると、今まさにユーザーが読んでいるその文章を過去に読んだユーザーが、そこで思った感想を注釈のように書き込んだコメントを発見する、というような感じになるだろう。もちろん、読書に集中したいからそのコメントが鬱陶しくなるユーザーは、過去のユーザーによるコメントの表示を停止することができる。

言ってみれば、数千人が書き込みをしながら読んだ古書が、新品同様の品質で届けられるというようなイメージになる。だから、自分は著者のこの意見に納得できない部分があるとか、あるいはこの一文で目から鱗が落ちたとか、まさにそういう感想を持った瞬間に他のユーザーの膨大な意見から検索して表示することで、あたかも輪読会でわいわいと議論しながら本を読んでいるような体験をすることができるだろう。

そして特にコメントが見当たらないようであれば、自分が一筆書き足すことができるようになり、場合によってはそのコメントを著者自身が目にする、などということになる。読者からのフィードバックはすでに豊富だが、このページのこの文章について、というピンポイントのフィードバックがリアルタイムで入るというのは、やはりこれまでにはない経験だろう。翻訳本で意味の通らない部分などがあっても、電子書籍なら毎日改訂版を発行するということも可能だろうから、いずれ翻訳本は電子書籍でベータ版をある程度流通させ、誤訳を訂正してから印刷開始、などということになるかもしれない。

こうして概念として一般化した技術は、横展開がいくらでも可能になる。予備校の衛星中継授業というようなものはすでに存在するが、録画されてネットで放映される授業映像に対し、生徒の質問と回答が徐々に追加されていく、というようなものも考えることができる。すると質疑応答が活発で、しかも授業の進行そのものが中断されないというような、新しいスタイルの擬似同期授業クラスが実現されるかもしれない。地理的に離れている生徒同士が参加するのは当然として、数年前に同学年だった生徒でさえ「クラスメイト」にすることができる。もっとも、このスタイルでは授業内容さえ理解できれば年齢は関係ないだろうけれども。

ネット上で、リアルタイム通信ではなくサーバー上のストレージデバイスを介して非同期的に配信されるありとあらゆる情報に、このような擬似同期システムを取り付けることができる。個別の配信システムがこのコメントシステムを最適化した上で組み込むということも当然できるだろうし、この擬似同期コメント機能に特化したサービスを単独でネット上に提供し、ブラウザから特定サイトの特定場面にユニークな検索キーを送信することもできる。検索キーに対して1秒以内のレスポンスでコメントが返ってくるようにしておくと、ネット上のありとあらゆるサービスにこのような機能を付与できるようになる。しかもコンテンツの提供側ではなく、受信するユーザーの意志で付与できるようになる。ここまでくるとかなり面白いネット体験になっているだろう。

非英語圏で活動する日本人としては、コメントはいったん全て中間言語に落としてから記録され、入力時の言語にネイティブなユーザー以外には翻訳コメントとして表示されるようなサービスになっていると、より世界が広がるような気がする。まぁ、もちろんこれも設定でオフにできる必要はあるだろうけれども。

googleかSFCあたりでシステム開発して、ベータサービス提供してくれよ。もちろんいきなり英語版と中国語版からローンチという具合で。収益モデルが難しいような気はするけれども、結構面白いと思うけどな。
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by antonin | 2010-02-15 12:03 | Trackback | Comments(0)

パスカルの乗合馬車

参考:ブレーズ・パスカル - Wikipedia

まぁ、ネタということで。頭の体操的な何か。


【アジェンダ】
 都市部における乗合タクシー事業の立ち上げに関する検討

【ヴィジョン】
 モータライゼーション社会と高齢化社会を同時に迎えるなか、既存交通システムが拾い切れないニッチ需要を満たすサービスを提供することで民生の向上に貢献する。
 また、上記社会背景が今後一層高度化するに従う、事業利益の健全な発展を期する。

【背景分析】
 人口密度の高い都市部における旅客輸送目的の交通システムは、以下のように分類できる。

 ●公共交通機関
      ・鉄道系(一般鉄道、地下鉄、路面電車、モノレール、新交通システム)
      ・バス系(路線バス、シャトルバス)
      ・タクシー系(一般タクシー、乗合タクシー)

 ●私的交通手段
      ・乗用車
      ・自動二輪、原付
      ・自転車
      ・徒歩

 これらの交通機関のうち、人口密度の低い地方では乗用車等私的交通手段の普及により公共交通機関の維持が難しくなったため、鉄道からバス、バスから乗合タクシーへのスケールダウンによる固定費低減対策が実施されている例がある。しかしこれらの事業は公共福祉事業として赤字運営が続けられていたり、安定した需要が見込める空港発着などの限定路線のみ営利事業運営がなされているケースが多い。

 これらの公共交通機関が公共福祉事業として提供され続ける背景には、体力や認知力の低下によって私的交通手段の利用が困難になった高齢者の生活維持に必要な移動手段確保という目的がある。しかし公共交通機関の維持が難しい過疎地域では、利用者数が少ないのに対し利用地点間の距離が長いため、交通手段の乗合によるコスト削減効果が乏しく、スケールダウンを実施しても事業の黒字化が困難な状況となっている。

 一方、通信や運輸などの国内ユニバーサルサービスを提供している企業では、人口過密地域で上げた利益で人口過疎地域の損失を補填しつつ、サービスの全国展開を実現している。この種の企業においては、単独ブランドが全国くまなくサービスを到達させているという状態そのものが、サービスのターミナルとなる都市部においても付加価値性を発生しているため、過疎地域におけるサービスの維持が単なる赤字垂れ流しとはならない有効な事業価値を生み出している。

 したがって、このような人口過密部と過疎部のサービスを同一企業体において有機的に結びつける事業展開が可能となれば、都市と過疎地域の双方の住民に利便をもたらしつつ収益を上げる民営事業を開発することが可能であると予想できる。

【マクロ事業計画】
 上記の背景分析に基づき、事業立ち上げのステップを以下のように想定する。

 ●立ち上げ段階
   ・都市部において、公共交通機関のアクセスポイント間をつなぐ乗合交通サービスを提供する
   ・このプロセスにおいて以下の目標を実現する
      - サービスの実運営に必要なノウハウの蓄積
      - サービスの黒字化と資本の増強

 ●拡張段階
   ・都市部におけるサービスを他の都市に横展開する
   ・地方の既存民間事業者との業務提携を行う
   ・このプロセスにおいて以下の目標を実現する
      - 地方での運営ノウハウの蓄積
      - 都市部と地方での運営システム一体化

 ●ユニバーサル化段階
   ・都市間交通との連携強化
   ・過疎地へのサービス延伸
   ・サービス需要に対する人口カバー率99%達成
   ・このプロセスにおいて以下の目標を実現する
      - ナショナルブランドの確立
      - 市場寡占化による利益率の向上
      - 交通機関以外のサービスとの融合による次世代事業の育成

【ミクロ事業試案】
 上記計画におけるコアサービスの試案モデルを検討する。

 ●事業形態は「乗合タクシー」とする
   ・駅、病院、大型商業施設などの公共施設付近をターミナルとし、住宅地と結ぶ
   ・ターミナル発は定期運行とし、利用者は自由乗車する
   ・住宅地発は予約者が場所を指定すると車両の到着予定時刻を通知し、利用者は予定時刻までに乗車場所で待つ
   ・需要状況(時間帯、利用者密度)によってはポイントツーポイントの乗合サービスも提供する

 ●料金形態は、都度料金と定期料金の併用制とする
   ・定期料金は月額4000円程度とする(新聞、インターネットと同程度)
   ・都度料金は月額料金に対して割高であるが、一般タクシーに対して割安となる範囲で調節する
   ・コストコントロールは定期利用の利用制限範囲や都度料金で調節する
   ・家族割引や法人会員等の優遇策を用意する
   ・課金及び定期利用は既存電子マネーのシステムを流用する(Suica等交通機関との連携必須)

【規制関連】
 法令、自治体条例との整合性が必要。当初は既存法令の範囲内で実施するが、類似事業者の乱立を防ぐためにも国土交通相及び地方自治体、さらにGMS等との連携による参入障壁をある程度設ける必要もある。ただし健全な競争によるサービスの急速な向上のため、市場の独占ではなくイノベーション競争による寡占化を目指す。

 短期的には交通安全関係法規の許認可を正しく受け、長期的には乗合利用による環境負荷および交通量の低減インセンティブ条項などを企画する。国内自動車販売台数への影響なども懸念されるため、既存業界との摩擦にも注意する。

【必要な資本の確保】
 タクシー台数規制の緩和によるタクシー運転手及びタクシー車両の余剰分巻き取りに期待できる。

【残された課題】
 誰かやってみる?
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by antonin | 2010-02-11 08:04 | Trackback | Comments(0)

器用貧乏の夢と目覚め

練習曲を一番上手に弾けたら、それでピアニストになれるというわけではないのだということに、発表会に出ている少年少女はいつ気付くのだろう。ソリスト以外に、ピアノ教師という地味な職業があるということに、彼らはいつ価値を見いだすのだろう。

まぁなんでもいいんですけれども。

気分の波が激しく、起業してやるぜと息巻いてビジネス古書を買ってしまう瞬間と、首を吊ってやるぜと息巻いてネクタイを鞄に詰めてしまう瞬間が数十時間ごとに交換していて、これは一体なんという病名が付くのだろうと呆れた感じで自省している。

本屋には大量の本が並んでいて、手に取ってみるとどれもそれなりに面白そうだ。ネットには大量のブログが並んでいて、眺めてみるとどれもそれなりに面白そうだ。売れるか売れないか、アクセスされるかされないかは、内容の良し悪しと必ずしもリンクしない何かによって左右されていて、なんだかもったいない感じがする。

生産性はあらゆる分野で向上しており、人間はその動物的な生産能力の数万倍の物資や情報を発信しており、その生産性を更に向上させることのできる優秀な人間以外は必要がなくなってきている。もはや人間は消費者としての能力、つまり消費性の向上を求められる有様となっている。職業人として大統領のように働き、生活人として王のように消費しなければならなくなっている。機械に頼って生産性の向上を続けてきたのだから、もうぼちぼち消費する機械でも発明したら売れるんじゃないだろうかという気がしてくる。

ぼくたちが書く、それなりに面白いんだけど人間に売って商売になるほどのものでもない駄文を、ネット上の膨大なプロセッサたちがせっせと評価してくれて、ひとつひとつは少額だけどものすごい勢いで買い取ってくれて、ぼくたちにカネを落としてくれる。そういう機械たちを相手に平凡な人間は商売をしてカネをかせぎ、近所のスーパーで機械が作った食品を買う。そういう社会にしようぜ。

機械さんたちは働き者なんだから、それくらいぼくたちに利益を還元してくれたっていいじゃないか。あんたたち優秀だから、日本語の駄文を英語だのポルトガル語だのシンハラ語だのに翻訳して転売してくれたっていいんだぜ。それで、0.1セントでも0.1センターボでも10パイサでもいいから口座に入れてくれよ。

今の日本社会に足りないのは、労働者より消費者だ。だったら作っちゃおうよ、自動消費者を。ぼくたちの生産意欲を慰めてくれる、消費効率の高い自動消費機械を。たとえば、サンシャイン牧場に日銀砲を打ち込んで、あそこで実収入が得られるようにするんだ。そうすりゃ少しは消費が回復するってもんだろう。ケインズ?ケチャップ?なにそれ、知らないなぁ。
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by antonin | 2010-02-09 06:15 | Trackback | Comments(0)

会話のマッハ数

マッハ数というのは、流体の流速を流体中の音速で割った無次元数。

マッハ数 - Wikipedia

つまり、マッハ数というのは固定的な速度値ではなくて、その場の流体の温度であるとか密度であるとか、そういう流体の条件によって変動する。逆に考えると、例えば大気よりもめちゃくちゃ音速が遅い流体があったりした場合、そこにパンチを繰り込むとスーパーソニック(超音速)パンチが打てるのか、なんてことを考えていた。

で、「音速 遅い」なんてあたりを検索していると、けっこう多数のページがヒットして驚く。なんだ、ということで調べてみると、とあるギャルゲーでそういうセリフが出てくるのだそうだ。詳細はわからないが、会話のレスポンスが遅いとか、そんなような意味らしい。

会話に音速があるとして、マッハ数は1を超えることができるのだろうか。友人の持っている音声読み上げソフトが電子的文書を読み上げるときの発話が、人間離れした滑舌の良さでもって結構な高速で読み上げていたのに驚いたことがある。まあ視覚的に文章を読むときの「流速」に比べると、そうおかしくない速度でもあった。

そういう技術を駆使して、喉と舌を使って発話するという生理的制約を解除し、中枢神経系のレスポンス能力の限界のみに依存した速度で会話を繰り返すという近未来SF的な状況において、機器の取扱について充分な経験を積んだ人間が一対一で会話するとき、果たしてどれくらいの会話速度が得られるのだろうか。

すでに、筆記具を用いた手書き文字よりキータイプによる入力の方が早い人は多いと思うし、かな漢字変換などは除外してキーボードからのローマ字入力速度だけで見ると音声会話の速度を超過しているような人もいくらかいるだろう。そういう場合、多少の打ち間違いは辞書が吸収して音声発話してやれば、発話の限界速度は相当高くなるに違いない。ジャズピアニストが即興演奏する指さばきなどを見ると、その点に疑いはない。

受話速度の方も訓練によって相当上げることができるだろう。読み上げ装置の音声はすでにその傾向を示しているし、英会話の聞取りやアマチュア無線の免許試験でモールス信号の受信練習をした経験から考えても、機械音声の聞取りに慣れない人と慣れた人、さらに特別に習熟した専門家との受話速度を考えると、その比はかなり大きなものになるような気がしてならない。スラングやQ符号のような符丁の使用を認めた場合には、その差はより拡大するに違いない。

様々な技術や訓練を経ると、最終的には通信路のS/N比で決まる通信容量という理論限界が見えてくる。意識レベルで思い浮かんだことが、思い浮かんだそのままの速度で他者と会話できるとする。理論限界に近い発話能力を持った話者が発した「言語」が、一般人レベルのまどろっこしい受話者に向けられたとき、そこで「超音速」現象が発生するだろう。

発話のマッハ数が1を超えると何が起こるかということについては、私たちはよく知っている。つまり、早口言葉の速度を上げていくと、ある時点で「舌が回らない」という現象が発生する。脳からの発話命令を咽頭口腔が処理しきれなくなり、「衝撃波」が発生して言葉が乱れる。

これが受話サイドになるとどういう感じなのだろう。耳という装置自体は相当能力が高いし、訓練によってあまり性能が上がるとも思えない。どちらかというと言語野の復号化回路のほうが律速になっているだろうから、「言語」が単なる「音」になってしまい、意味を聞き取れなくなる。

ただ、マッハ数が1前後の状態でどんな現象が起こるのか、ということには興味が引かれる。発話速度が「音速」付近になると、「言い間違い」とか「舌を噛む」ということになる。受話速度が亜音速の場合は、「聞き漏らし」とか「聞き違い」というようになるだろう。だが、大きく破綻していなければ、冗長性を持った自然言語で会話しているうちは、多少の誤解の危険性をはらみながらも、会話は続行できる。

機械発話の「声質が一定」で「滑舌が超いい」という特徴を持つ音声を、若い頃から繰り返し聴いて訓練した受話者がいるとする。その人が限界速度付近で受話し続けた場合、言語野よりもバックエンド側にある統合関係の部位の処理速度が律速になってくるかもしれない。そういう状況で受話速度が「音速」に達すると、意味の統合レベルで「処理落ち」が発生してくる。そういう場合、やはり一時的にしても「統合失調」的な、トランス状態のような精神状態に陥るのだろうか。

ネットなどで雑多な文字情報を意味統合の限界能力に近い速度で摂取するとき、摂取情報が一部崩れて統合された妄想状態が発生するなどということは、日常茶飯事とまでは言わないまでも、個人的には過去に繰り返し経験してきたことでもある。こういう現象が、前頭前野の処理が入力に負けて「衝撃波」を発生しているという事なのかもしれない。

普通の精神はこの衝撃波に負けて、それを壁として正常側にフォールダウンされるわけだが、中には特別強靭な思考力で「超音速」状態に深く突入する「統合失調」タイプの人や、あるいは大脳辺縁系を突破して延髄の方にまで衝撃波が到達し、身体症状を発生する「てんかん」タイプの人もあるのかもしれない。ニーチェなどはひょっとすると亜音速で巡航し続けていたのかもしれない。

音速の他に粘度というアナロジーを持ち込んで、レイノルズ数が関与してきて乱流が発生すると話題が錯綜する「ADHD」タイプであるとか、いろいろ論を重ねたいところではあるが、ネットで拾った比喩に乗っかってここまで変な論を進めてしまうのも恐らく「亜音速飛行」の一種であって、今日のところは「妄想」タグを打ってこの項を終わりとしたい。
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by antonin | 2010-01-24 00:43 | Trackback | Comments(0)

とある化学の超電磁法

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レーザーと軌道放射のポンプ・プローブまたは2重共鳴分光

紫外モードロックレーザーとアンジュレータ光を組み合わせて,電子振動励起分子の光イオン化や光解離のダイナミクス、イオンの前期解離ダイナミクスなどに関する研究を行った。レーザーパルスとマルチバンチ放射光を厳密に同期させることで、分解能約500psの時間分解ポンププローブ測定が可能である。また、レーザー誘起蛍光励起分光やレーザー多光子イオン化分光を起用することによって、超励起状態から解離生成したイオンまたは中性フラグメントの内部状態の観測を初めて実現した。フラグメントの回転分布から,解離の際のエネルギー分配について議論した。また、特定の化学結合を選択的に切断したり,特異的な化学反応を起こすような光励起過程を実現するための方法論の開発と実用化を目標としている。具体的には可視又は近赤外レーザーで生成する振動励起した水分子に放射光(20-1000eV)を照射して、振動基底分子の放射光解離とは全く異なる反応分岐比や分解確率を得るという実験を開始している。

電磁波の一種である紫外レーザーで「特定の化学結合を選択的に切断したり、特異的な化学反応を起こす」ことができるようになるらしいです。その過程で「超励起状態」を経たりなんかしていて、なかなか派手な現象でよろしいですね。熱励起だと分子全体が均一に高エネルギーにさらされてしまって、副反応の制御に苦労したりしますが、波長とエネルギーを精密に制御した電磁波による励起であれば、触媒を使った選択反応とはまた違った用途が開けるかもしれませんね。

実現化した際にはぜひ「見附の超電磁法(レーザーガン)」とかカッコイイ名前を付けてほしいと思います。
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by antonin | 2009-12-12 21:42 | Trackback | Comments(0)

床屋談義

文藝春秋を読んでいると、司馬遼太郎さんがご存命中に書かれた文章が載っていたりして参考になるのだけれども、それを受けて山内昌之さんという東大教授の方がコメントを付けられている。その中で、日本の知識階級には軍事に関する基礎教養が足りないということを口を酸っぱくして言っている。それは確かに正論なのだけれども、果たしてこの「東大教授」は、どの程度戦争を経験しているのだろうかと想像して、少し首筋が寒くなる。

こういう人が法律を動かして日本が戦争可能な国家になると、その成果として実戦に投入されるのは私のムスコ世代ということになる。この薄ら寒さこそ、司馬遼太郎さんが指摘している軽薄な戦争理解の恐ろしさなんじゃないかと私は思うのだけれど、どうなのだろう。

今ちょっと本棚から見つけることができなかったのだけれども、日本の防衛大学教授が書いた戦術入門書が文庫になって売られていたので読んでみたことがある。

戦術と指揮―命令の与え方・集団の動かし方 (PHP文庫)

松村 劭 / PHP研究所


まず戦場の概要が設定されていて、それに基づいてシミュレーションが実施される。そこで戦術史に範を取った教科書的な軍事知識が紹介されていて、それ自体はまあ参考になるのでいい。いいのだけれども、その先に記述されているシミュレーションが、どうにも気持ちが悪い。

本当の戦術シミュレーションとしては、戦場で対峙する両軍の指揮官を人間が担当した紅白戦のようなスタイルになるはずで、それも1回きりではなく繰り返し会戦をシミュレートして、勝率の高い正攻法と、稀な奇襲戦法などが発生した場合の対処法などを研究するはずだ。それがこの文庫本では、紙幅の問題もあるだろうが、「当軍」の指揮官だけが筆者率いる人間側で、敵軍指揮官の思考過程が開示されていない。そして、想定される複数の選択肢の中から一つのケースを選んだ場合だけが説明される。

もちろん実際の戦場では敵指揮官の思考過程など知る由もないのでこれはこれでいいのだが、それにしても歴史検討ではない戦術シミュレーションで、たった一つのケースだけ取り上げてよしとするのは本当にそれでいいのかと思ってしまう。しかも、そのシミュレーション結果というのが、「途中では厳しい場面もあったが、最初の戦術を貫き通すことで、最終的には勝利を収めた」というようなものばかりなのだった。これは、なんというか、役所の無謬性原則というか、帝国陸軍の文化からほとんど進化していないのではないかと疑ってしまうような内容だった。それでいて、現場の下士官が勢いに任せて暴走したが、そういう勢いも戦場では必要というような描写もあって、五一五の精神まで受け継がれているんじゃないのか、なんていうことも感じた。

これも立派な「軍事知識」ではあるのだけれども、果たして本当にそんなものが役に立つのかという疑問は残った。戦争の中では局地戦での敗北をいかにうまく収拾して全体的な戦略を破綻させないようにするかとか、そういう上手い負け方のようなものも必須になってくるように思うのだが、いかに勝つかということしか考えていないのではないかというような内容だった。

もしも「負け戦のシミュレートはしないのですか?」と聞いたら、「最初から負けるつもりで戦場に出るやつがあるか!」と返されてしまうのではないかというような空気が、その本から漂っていた。実際に戦場で負けるわけにはいかないので、血を流さない範囲で存分に負ける経験を積めるのがシミュレーションの良いところだと思うのだけれども、こういう発想はひょっとすると軍人受けが悪いのかもしれない。あるいは日本人受けが悪い、と言ったほうがいいのかもしれない。

周辺国家の脅威に対して日本の軍事を無視するのは云々、という言い草をよく見かけるけれども、本当に日本と周辺諸国が交戦状態になったとしたら、実際にはどういう戦闘が起こるのだろう。日本にはすでにSelf Diffence Forceという軍備がある。でも建前上は武力によって国際紛争を解決するのは放棄しますと言っている。それをさらに放棄して武力で国際紛争を解決する場合もありうるとしてしまうと、武力を使う以上はいつでも使えるように訓練し、ひとたび交戦したら負けるわけにはいかない、というところまで軍備を固める必要が出てきてしまう。

日本国の独立という話になると、じゃあアメリカ合衆国を敵に回して勝ち、背後に中露印を抱えながら中東からの石油輸送を維持しつつ国家の独立を維持するだけの軍備を恒常的に持つ、というところまでハードルを引き上げる必要がある。アメリカを敵に回さないにしても、北朝鮮が本州のどこかにミサイルを撃ち込んできたとしたら、報復として北朝鮮のミサイル基地を空軍なり艦載ミサイルなりで攻撃する必要が出てくる。

それはそれでいいのだけれども、その後の韓国と中国のメンツをどう立てて終戦処理をするのか、だとか、それにロシアも含めた諸国に対して日本のリアルな軍事能力をさらしてしまうのだけれども、それに対して戦後に足元を見られないように軍備を維持するにはどれだけの国費が必要になるのかとか、そういう「ヤヌス神殿の扉を閉じる」までの、気の遠くなるような国家戦略まで面倒を見てやる必要が出てきてしまう。

それに、日本では既に小規模な戦争が発生している。ナチスは選挙で議会の第一党になってから独裁をしいたが、日本ではオウム真理教が選挙で一議席も取れなくて、それから地方都市と首都で化学テロを起こした。これも、民間の旅客機が民間のビルに突入したのが"It's war !"だというのなら、十分に内戦の範疇に入る。もっと小さい話でいいのなら、ソヴィエト崩壊後に先鋭化した資本主義の中で絶望した加藤智大が、首都に単身攻め入って7人を殺害したのも、現代ならゲリラ戦の戦術の一つとして数えることができる。

アメリカではF22という高性能な戦闘機を作ったが、共産圏という対立勢力がなくなってしまって、実際にはF22と戦えるのはF22だけ、というようなお寒い状況になってしまっている。開発費を同盟国から集めたり、コストダウンを進めたりしてF35という新型機を開発してはいるが、状況は似たり寄ったりでもある。

それよりも現代戦の状況を考えるなら、私がこうして思っていることをネットにさらして、検索しているキーワードも閲覧しているページも全て、米国企業であるgoogleが情報として収集しているということも無視できない。私が貧乏なオッサンである限りはなんの問題もないが、もし万が一私が国会議員になったりしたならば、私のネット履歴一覧をデータマイニングした結果を持って、米国からの使者が挨拶に来るだろう。

日本国の国家機密に関与する人がgoogleは一切使わないとか、あるいはMicrosoft製品は一切使わないとか、あるいは中国製のルーターは一切使わないとか、そういう統制が取れているのかどうかは知らない。知らないけれども、おそらくそういうことをするだけの力は、日本にはほとんど残されていないように思う。個人的に2ちゃんねるを覗いても、サーバーはアメリカにある。

中国に対しても状況は似たようなもので、Baiduが日本で勢力を伸ばしているということはないが、Yahoo! Japanで紹介されたサーチナの記事がどれだけ読まれてどういう反応が得られているかという程度のことは、中国政府当局もよく知っているだろう。中国事業所と日本の本社でやり取りされる暗号化されていないメールも、それなりに収拾されているだろう。

そういう状況でスーパーコンピュータで世界一だとか知識人の軍事知識がどうだとか言ってみても、英米とEUがエシュロン騒ぎでひと悶着したのから比べると、もう日本は物理的軍備についてはアクセサリみたいなもんです、と開き直ったほうがむしろ国防能力が上がるのではないかという気がするのだが、これは平和ボケなんだろうか。

日本が戦争に貢献したといえば、むしろ経済戦争での貢献のほうが大きいような気がする。EUが鉛を使用した電子製品は環境汚染の可能性があるから輸入を禁止するという指令を発した。アメリカは「んなもん猟銃を一発ぶっ放せば何百倍も環境は汚染されるのだから無意味」と妥当な反応を示したが、日本人技術者はそういう無理難題に嬉々として真っ向から挑戦し、ついには鉛フリーハンダや無水銀ボタン電池などを開発してヨーロッパ市場に風穴を開けてしまった。

その穴から、Intelのプロセッサや中国製の高級電子製品がEU市場に流れ込むことになった。本当に粗悪な中国製品などにはご退場願うエクスキューズができたから、EUとしてはそれはそれでよかったのだろう。これでヨーロッパ資本に対する日米同盟の戦力低下を防ぐことができたのだから、日本の企業戦士は日米同盟に対してしっかりと貢献していることになる。

60年以上も実戦経験がない軍隊が給油に参加するくらいは話の種に良いと思うが、日本国の独立とか防衛とかそういうことを言い出して周辺諸国の脅威を軍事的に云々するのは、あまり得策ではないように思う。東大の教授であれば、知識人における軍事的教養の欠如を心配するより、足元で博士号取得者がバタバタと自殺している現状を心配したほうが、いくらかお国のためになると思う。あるいは東大ではまだそういった心配はないのだろうか。
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by antonin | 2009-12-06 22:20 | Trackback | Comments(0)

トリコ氏苦労

車で80kmほど走り回ってきた。無駄に。少しだけ気分を回復した。

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【私が働くのを日本政府が邪魔します】

こんなひどい制度を放置している日本政府、特に自民政権が諸悪の根源。私は被害者でござる。先生助けて!

〔回答〕
 事実がこのメールの通りだとすれば、あなたのおっしゃるように、日本政府に問題があった可能性があると思います。
 しかし、どうもこのメールの内容は解せないところがあります。
 日本政府に問題があり、あなたに対して何らかの悪意を持っていると仮定しますと、ここに書かれているように、あなたの行動を監視し、いちいちそれに合わせて嫌がらせをするという手の込んだ形は、ちょっと考えにくい行動です。
 しかも長い期間に渡ってあなたがそれを無視してそれなりに生活をされているというのも想像しにくいところです。
そして、「日本政府が自分の行動を監視し、いちいちそれに合わせて嫌がらせをする」というのは、統合失調症の方の典型的な被害妄想の訴えでもあります。

まさかとは思いますが、この「日本政府」とは、あなたの想像上の存在にすぎないのではないでしょうか。もしそうだとすれば、あなた自身が統合失調症であることにほぼ間違いないと思います。
 あるいは、「日本政府」は実在して、しかしここに書かれているような異常な政策は全く取っておらず、すべてはあなたの妄想という可能性も読み取れます。この場合も、あなた自身が統合失調症であることにほぼ間違いないということになります。

いや、それは全くの的外れかもしれませんが、可能性として指摘させていただきました。

【1087】家の中にストーカーがいますを基に改変しました)

【民主党が日本を売り渡そうとしています】
【マスゴミのせいで非モテにされています】

とか、他にもいろいろ展開可能かとは思いますが、他人をこき下ろすポジションではなく、自分が最近発してきた憤懣を相談メール側に置いてテンプレ展開すると、なかなか嫌な気分になると共に、メタなものに対してあんまりグダグダ言ってもしかたねぇか、みたいな気分になります。私はなりました。

とはいえ、こんな自省ができるというのは、十分な休養を取って少し精神力が回復してきたからなんですけどね。しんどいときは本当にダメ。打ちのめされて終わり。ふてくされて布団かぶって寝るだけ。優しくしなくていいから、少なくとも放っておいて。そんな感じ。
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by antonin | 2009-11-24 02:55 | Trackback | Comments(0)

にゃ

既得権益というと、それをあまり明確に持たない我が身としては実に妬ましいところではあるのだけれども、歴史をざっと眺めてみると、一生にわたって生存の安全が確約されている既得権益のバックアップによって多くの文化芸術が産み出されてきたという事実にちょっとだけ怯む。

文明とは既得権益を破壊して利益を大衆に拡散し、そしてそこから利益を回収するシステムを開発することによって新規権益を確立していく営みなのだけれども、新規権益が既得権益として固定化するまでの過程、つまり「熱い社会」では、文明が発展する一方で文化というのはズタズタになるまで消費されつくしていく。

文明が文化を消費しつくしてしまう頃には新規権益が成熟して安定期に入り、既得権益となって特定の人間の一生を賄う程度の装置として機能するようになる。そうなると権益装置を維持発展する方向ではなく、それを依存し消費する方向に意欲を働かせて、権益装置が機能低下する一方で後世にまで残るような優れた文化遺産を残す「お大尽」が一定比率で現れる。

既得権益から生じる富が独創的な文化を生み出す一方で、メンテナンスされなくなった権益システムがすっかり機能低下してくると、文明の外側に勃興した貪欲で活動的な集団が発生して既存の権益システムの弱点を破壊にかかる。すると文化は衰退するが、一方で既得権益の破壊と新規権益の創造という過程を経て新しい文明が成長していく。

こういう循環は有史以来飽きることなく繰り返されてきているのだけれども、日本史の少しだけ面白いところは、新しく勃興した文明が古い文明を完全に否定しきらずに、旧文明が無害な程度に衰弱すればその後は旧来の文明に一定の敬意を払っていくというような結末を好むように見えるところだろう。

大和朝廷は西日本を平定してエゾから土地を奪い続けたが、案外にアズマの文化には寛容だったし、蘇我氏が物部氏を打ち倒して仏教を国教としたあとも、先祖崇拝や自然崇拝には寛容であり続けた。仏教勢力の干渉に嫌気が差して南都を捨てた平安朝も仏教そのものへの排斥はしなかったし、平安朝の機能低下に嫌気して事実上の支配権を簒奪した幕府にしても、朝廷そのものを殲滅しようとはしなかった。鎌倉以降の幕府が示した源氏に対する扱いも似たようなものだし、明治政府が賊軍とした幕臣に対する扱いにしても似たようなものだった。

明治政府も大東亜戦争で壊滅したし、自由党と民主党の保守連合で生まれた自民党政治も民主党と自由党のよくわからない連合で生まれた民主党に負けて、ひとまず歴史上の役割を終えた。ただ今回は「次の体制」のあるべき姿が見えていないので、どちらかというと平安末期や室町末期のような乱れ方をするのかもしれない。

今回も列強の興味関心は中国やアフリカのような大陸が焦点になるだろうから、島国日本の状況など適当に「パッシング」してくれるだろう。国内で気が済むまで対立が進めば、80年後ぐらいにはいい感じの国家安康に落ち着くんじゃないだろうか。アメリカ伝来の自由主義も含めた重層的既存文化の尊重を飲ませた上で、華南あたりの勢力に統治を任せてみてもいいかもしれない。日本には「水・塩・森」という、生存には不可欠だがそれ自体は競争力にもならないという具合の資源が豊富で、領土として奪取するほどの魅力はないが、無人島とするには惜しいくらいの魅力にはあふれている。

スーパーコンピューターの価値も、国力の源泉とかそういう説得力に欠けるところに根拠を求めるのではなく、「道楽であり、ロマンである」ということをもっと正直に訴えてみればよかったのではないだろうか。個人的には京速なんかよりもWinnyみたいな「責任の所在が曖昧な情報処理システム」の理論研究みたいなものを進めたほうが日本的でよろしかったんじゃないかとも思うけれども。

とはいえ航空戦の時代が見え始めていたのに世界最大かつ最高性能の戦艦を作ってしまうのが日本人の粋であるのもまた確かなので、プルサーマル炉で発生した電力をすべて突っ込んで地球最大の演算能力を発揮する完全液冷式HPCシステムなんかを九州の沿岸地域に作っても面白かったかもしれない。データ伝送距離を最小化するのが集中型HPCシステムのキモなんだから、ついでに発電機も併設して電力伝送ロスも最小化してしまえばいいのだ。CO2発生量だけは少ないのが自慢の原子力発電だから、FLOPS/Wの電力比性能などクソクラエの素晴らしいシステムになるだろう。

カミオカンデだって最初はその理念が認められなくて、微小予算で無理やり作ったのがあとになって成功したのだから、スパコンだって同じようなことができないはずがない。国内より先に国際的評価が高まれば、予算はあとからついてくる。だってそういう国だもの。
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by antonin | 2009-11-21 11:42 | Trackback | Comments(0)


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