安敦誌


つまらない話など
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親父の戯言

面白い話がなきゃ、書かなきゃいいのに。とは思うが、今日も惰性で。

--

日本のITが弱いの、結局は単に英語力かもしれない。

昔々、クヌース御大が文芸的プログラミングとか言い出して、UMLなんかに邪魔されつつも、テスト駆動開発なんかに助けられながら「唯一にして最高のドキュメントとしてのソースコード」という文化は現実のものとして根付きつつある。ただ、ソースコードが文芸的になるにつれて、その自然言語としての文芸性が求められるようになり、ちょっとした意味合い的な含み、具体的な動作に関する予見、似たような他の処理との区別、などを過不足なく適切かつ簡潔に、変数名なり処理名なりクラス名なりとして言い表す言語表現能力が、優れたコーディングのための素養になってきている。この面、日本の技術者は依然ダメダメで、現場では "All your base are belong to us" みたいなソースコードが横溢している。

CというのはPascalなんかに比べるとかなり記号主義で、英文への依存は少ない。とはいえ、結局は if を使っていたり for を使っていたり、しかもそれらが論理式や処理ブロックの手前に来ていたりして、英文の語順を暗黙の裡に仮定している。別に今のコンパイラならクラス名や変数名をUnicodeの基本多言語面で書いたって破綻はしないはずだが、if がある限りC言語は構文として日本語にはなりえない。JavaでもC#でもこの点は一緒だ。C系言語ほど記号的でない言語なら、この傾向はより一層顕著になる。

識別子を文芸的に記述できない人に限って、英文和訳書のコーディングプラクティスを信奉してコメントを嫌ったりするが、わけのわからん英語っぽい何かで書かれた変数名の意味を読み取るための最後の砦が、母語で書かれたコメントだったりするので、よほど卓越した英作文能力がない限り、コメントなら母語の語彙と文法で直接記述できるという利点を生かしてほしいと思う。奇妙な変数名を見て混乱してから定義文を検索し、ああ、そういう意味だったのかと納得することは多い。それをまともな英文法で書き換えたところで、和製英語っぽい表現じゃないと意味を読み取れない技術者も多数いる現状では、自然な英文法にのっとった命名がより "readable" とは言えないという現実もある。

こういう「言語」を使ってプログラミングしている限り、ソースコードに表現可能なロジックの複雑性や抽象度の上限というのは、英文という自然言語の表現能力によってやんわりと規定されてくる。日本から高度なIT技術が生まれない背景には、明示的に許可されていること以外は原則禁止という官僚国家主義も当然あるけれども、それ以外にプログラミングが英作文の一種であるということが案外に意識されていないということもあるのかもしれない。

ソースコードだけではなく、物理的なシステムの構造というのも言語的にその意味合いを記述する必要があって、案外に名前が機能を規定したりする。名前を付けると語彙として会話に乗せることができるようになるのだが、命名がアレだと機能検討も気付かないうちに明後日の方向に向いていたりする。日本語だと用語定義が統一されているのに、システムに実装された用語だと銘々が思い思いに英訳した用語になっていてバラけているというのもよくある話だ。

英語が国際語として普及した以後も、聖書研究には相変わらず西のテキストを読むためのラテン語と東のテキストを読むためのギリシア語が必須だったのに似て、いくら機械翻訳が普及しても、ソースコードを自ら書き下す階級の人々にはしばらく英語の素養が必須であり続けるだろう。

--

生産性って言葉の使われ方がよくわからない。ドイツのお店がなぜ生産性が高いのか、という話がある。それは、5時過ぎると一斉に店を閉めるからだそうだ。そうするとお客さんは必要な買い物を5時までに済ませないといけないので、お店としては開店時間中の単位時間当たりの売り上げが高い、つまり生産性の高い状態を維持することができる。これを、機会損失がどうだこうだといって24時間営業にしてしまうと、お客としては自由度が高まり利便性が増すが、買い物はいつでも良くなるもののそれにより購入量が増えたりはしないので、お店は営業時間だけが伸びて売り上げは伸びず、単位時間当たりの生産性が落ちるという。

そんなことじゃ競争に勝てないよ、社会が進歩しないよ、という話はあろうとは思うが、人間の体が寝ないで済むような進歩をしていない以上、無用な利便性のために労働生産性を落とすのはどうなんだろう、と思う。機械が24時間動くのはいいと思うけど、銀行の決済システムの中にはまだ夜寝ないとバッチが走らず破綻する奴がいる。通貨という重要なものを扱っているから、簡単にはリプレースできないのだという。どんなもんなんだろう。

価値創造によってぼろ儲けする人が出るのは別に構わないのだけれど、平均的生活水準が低い国で高い水準の教育を受けた人が出るようになって、それによって平均的生活水準が高い国で高い水準の教育を受けた人が、コスト的に合わないということで切られるようになる。それはそれで仕方がないような気がしないでもないが、そういう高い水準の教育に依存する仕事というのは情報化によって世界のどこにいてもある程度できるようになるので、そういう人たちは平均的生活水準が低い土地に移住してもらって、低い生活コストで生活させればコスト競争力を回復できる。一方、肉体的労働者はその場所で働くことに固有の意義があるので、平均的生活水準の高い土地では高いコストで働いてもらう以外に選択肢がない。つまり、不労所得を得られる水準に至らない限り、教育程度が高くなるほど生活水準が下がるという帰結になる。

日本もすっかりホワイトカラー人口が増えたので、生産性を維持するために、名目上の勤務時間を減らして名目上の生産性を維持しているが、実質の勤務時間がそれを上回っているので実質生産性は名目よりだいぶ低くなっている。名目生産性と実質生産性の差額を「未払い残業代」と表現できるが、これを請求して名目生産性と実質生産性を一致させると、結局名目生産性が下がるので時間当たりの賃金が下がり、所得は変わらなくなる。名目生産性が下がると市場相場との比較で解雇リスクが高まるので、名目生産性のセリ状態となり、一方で実質生産性はたいして変わらないので、両者の差はどんどんと開いていく。

名目生産性と実質生産性の差額は企業の粉飾決済に似たところがあって、私たちはよくやっていますよというアピールになるのだが、その差額はどこに入るかというと、「職場」になる。「職場」とは、概念的には雇用者である法人組織になるはずなのだが、実質的には末端の部署組織になる。「未払い残業代」とは、個々の労働者から現場組織への贈与として機能しており、これを原資として部署組織およびその管理者の管理能力が粉飾される。わかりやすく書くと、日本人のサービス残業は上司への賄賂として機能している。その賄賂を個人的に流用するか、業務に振り向けて業務評価として利用するかは管理者次第であるが、無賃労働の圧力というのはだいたいこういう意味合いがある。理不尽であると思いつつも、これを欠かすと雇用の安定が損なわれるという不安感があるため、職場への労働力キックバック制度を自発的にやめることができなくなっている。これが日本の良くある職場の現状と言える。

松下幸之助さんの水道哲学とマルクスさんの共産主義はだいたい似たような理想を描いていて、ある程度社会の生産性が上がると、社会の利益を占有したがる資本家さえ抑えれば、人間はあんまり労働せずに遊んで暮らせるようになると考えられていた。が、ソヴィエトが崩壊して中国共産党がただのアレになった現在では、思想の流れは19世紀の再現っぽくなっている。どこらへんに杭を打てば流れが変わるのか考えたいが、少なくとも朝日新聞のような方法ではないよな、と思う。

--

玄関先のビオラが花の時期を終えつつあり、アブラムシまみれになって萎れている。薬で駆除してもいいが、全部駆除できるわけでもなし、このまま残しておくと頃合いを見てテントウムシがやってきて殲滅してくれたりするので、放置しようかと思う。

--

いろいろ恵まれているとは思うが、生きるのは相変わらず面倒くさい。他人に期待しないというのは、結果として他人の態度に現れてくる自分自身の社会価値に期待しないということで、これは諦観の一種なのだけれど、まずまずという感じ。ただ、最近は情がすり減ってきていささか薄情になる場面が多いので、もう少し何とかしたほうがいいかもしれないというような気はする。が、いかんせん情が薄れているので切迫感がなく、あまり変わろうとしない。嫌な大人というのはこうして生じるのか。

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by antonin | 2014-05-02 12:42 | Trackback | Comments(0)

月と塔と箱

久しぶりに写真でも。

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中秋の名月ということで。

あと、スカイツリーとか。

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Finepix F800EXR にて撮影。Rawで撮って、適当に現像した。
月の方は、f5.3, 1/640s, ISO100 で、スカイツリーの方は f6.1, 2s, ISO100。
この程度の写真の撮影情報に意味があるのかどうかはわからないけれども。

月の写真なんかは、昔はコンパクトデジカメで撮影するとただの光る円盤になってしまってどうしようもなかった。ある程度距離があって明さもある、スーパーの看板なんかでシャッターボタン半押しにして焦点と露出を固め、それでレンズを月に向けてエイヤっと撮影すると、ようやくなんとか月面の模様が映る、とかそういう具合だった。

最近は安いコンパクトカメラでも絞りとシャッター時間をマニュアル設定可能なモードがあったりして、明るい満月を撮影するのもそれほど面倒ではなくなった。このF800EXRは、後継のF900EXRが出てから型落ちで購入したので、¥15,000もしなかった。ポケットにスッキリ入る薄さでありながら、テレ端は20倍、35mm換算で480mm相当という光学ズームも付いて本当に面白いのだけれど、これだけ至れり尽くせりになると、今度は逆に一眼レフに大口径望遠レンズを付けて撮影した画像などと比べて、「解像力がないなぁ」なんてことを考え始める。人間というのは欲深いものだ。

そんな名月の晩、ムスコ2号が5歳になった。早いなぁ、という定番の感想も思うのだけれど、同時に、まだ5歳なのか、という感想も同時にあった。ムスメも体は大きくなったがまだ小学生だ。先が長すぎてめまいがする。

20年後、カメラは今より進歩しているのか、あるいは現在のオーディオ製品のように、進化の方向がひたすら便利さの方へ傾いて、安くて高性能なカメラというのはもはや、開発エンジニアの食い扶持を支えるだけの利益を生み出すことができないロストテクノロジーと成り果てているのか。どうだろう。

そういえば、簡易スピーカーを買った。

ONKYO WAVIO アンプ内蔵スピーカー 15W+15W ブラック GX-D90(B)

オンキヨー



どうせPCとかポータブルオーディオとかを接続して、ヘッドフォンなしでも音声を聞けるようにするためのデバイスなんだから、鳴ればいい、というのはある。そうなんだけれど、最近、いい音で鳴るスピーカーというのが我が家からなくなってしまった。MDオーディオは壊れてしまったし、もっと古いPanasonicのダブルデッキラジカセはまだ動いているが、ヘッドフォン端子の接続が悪くて片チャンネルが消えがちだし、スピーカーもリムのスポンジ材が破れていて、大きな音を出すとビリビリと鳴る。

最近は耳が悪くなってストリングスの艶なんかも段々と聴き取れなくなってきているけれど、そろそろ思春期に突入するムスメとか、その下の弟達なんかにも、いい音を聴いてみるきっかけのようなものがあってもいいんじゃないかと思った。あんまり高価なものは買えないけれども、安物ほど、ちょっと味を付けると格段に性能が上がったりする。というわけで、Amazonで安売りされていたパワード・スピーカーを購入してみた。光ディジタル入力などはおそらく使わないと思うが、ツイータがあるだけで音のきらめき方というのは格段に変わるので、このくらいの装置がいいのだろうと思った。

鳴らしてみると、ピュアオーディオの感動的なサウンドには程遠いけれども、それでもPCペリフェラルとしてのスピーカーなんかとは別水準の音がちゃんと鳴る。高音を少し強めにしてやると、圧縮音源でもそれなりに残響も含めて音を聞き分けられるようになる。ポップスやロックを聴かないので低音の具合はなんとも言えないが、オルガンの通奏低音などは変な共鳴などせずにしっかりと響く。いい買い物だったと思う。
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by antonin | 2013-09-20 00:54 | Trackback | Comments(0)

エイプリルのバカ

コートの内側にボタン留めのインナーを入れていたのを、旧暦の四月一日頃に外した。四月朔日姓を「わたぬき」さんと読むので、古い時代にも似たようなことをしていたのだろう。たまたま今日の日付は新暦の4月1日なので、ちょっと嘘を書こうと思ったが、あまりネタレベルまで練ることができなかった。適当に羅列する。

--

「モールスマウスドライバ」

Appleが世に導入した技術の中で、一番醜いものが「ダブルクリック」だと思う。IEEE1394とかもあるが、まああれはUSBを生んで引退したので別にいい。

Macintoshが登場した当時、そのGUIのインターフェイスを一手に担っていたマンマシンインターフェイスは、ワンボタンのマウスだった。ワンボタンで、いかにもシンプルそうだが、GUIはそこまで洗練されていなくて、結局はダブルクリックとホールド(長押し)という、時間軸方向で複雑な操作をユーザーに要求することになった。これはのちにWindowsによってパクられ、多くの中年サラリーマンを苦しめたらしい。

今でもiOSなどのインターフェイスにはこの時間軸でのアクションに意味をもたせるという悪趣味なプロトコルが残されている。タッチデバイスを指で擦ってスクロールさせるとき、ちょっと考え事をしていると、突然長押しアクションが発動して変なボタンがせり上がってくる。実に鬱陶しい。その因果を辿って行くと、Macintoshの「シンプルな」ワンボタンマウスにたどり着く。

Windows界隈ではMacintoshの長押しに相当するコンテクストメニューが右ボタンという物理デバイスにアサインされたので、長押しという不自然な風習は混入しなかったが、シフトキーを押したまま8秒間ボーっとしていると、マザーボードのBIOSレベルのビープ音で冷や汗をかかされる機能が、あとになって追加された。時間軸アクションというのは物理界にはなかなか存在しない現象であって、決して直感的ではなく、「シンプルな」ワンボタンデザインの代償として作り上げられた、ひどく不自然な動作でしかない。

つまりAppleは、アイコンをステートマシンではなく、通信デバイスとして定義したのだ。そして、短いクリックは選択、短いクリックの連打は起動、長いクリックはコンテクストメニューと、タイミングファクターに意味を持たせた。言い換えると、モールス符号の「E」(・)に選択、「I」(・・)に起動、「T」(ー)にコンテクストメニュー表示という機能をアサインしたのである。であれば、欧文アルファベット26文字と数字と諸記号にも、機能を与えられないという合理的な理由はない。

過去のエイプリルフールで、Googleがモールス日本語入力というのを提案していたが、あれが筋が悪い。本来の欧文モールス符号というのは、欧文における各文字の出現頻度に基づき、出現頻度の高い文字には短い符合を、出現頻度の低い文字には長い符合を割り当てている。これにより、通常の文字出現頻度を満たす文章を符号化すると、最短符号長となるように調整されていた。いわゆる固定辞書方式のエントロピー圧縮が行われることになる。シャノンの数学的解析より数十年前にこういう符合がヨーロッパには存在していたのだ。

Google 日本語入力 - モールスバージョン

しかし当時の日本にはそういう学識がなく、しかし電信の技術だけは導入したかったため、アルファベットのABC順に日本語のイロハを順に割り当てていくという暴挙に出た。仮名はアルファベットより種類が多かったので、奇怪な長符合もいくつか追加された。その出自により、和文モールスというのは欧文モールスに比べて随分と筋が悪い。もちろん明治の通信士たちは勤勉だったから、そういう筋の悪い符号系でも忍耐強く習得し、効率よく使いこなした。が、設計上の筋の悪さは隠しようがない。

アマチュア無線には最上位が1級、最下位が4級という資格がある。3級以上ではモールス通信の技能が求められるが、1級だけが和文モールス電信技能を要求した。かつてのアマチュア無線ブームの中でも、この和文モールスを嫌って2アマ止まりだった人は多い。

license.html

Google日本は今さらその筋の悪い和文モールスを持ち出してきたことでシャノン先生に顔向けできない恥をかいたわけだが、ダブルクリックや長押しを駆使できる若者が欧文モールス符合を駆使するのであれば、それはあながち不合理とも言えない。欧文モールス+ローマ字変換であれば、訓練次第では下手なフリック入力よりもスムーズな入力ができる可能性もある。単純なモールス符合では長符号のためにスピード限界があるだろうが、バグキーやエレキーのような入力方式ではさらに高速化が可能だろう。

ただ、モールス符号を単純に電信式文字入力に使うのは若干もったいないような気がする。というのも、ダブルクリック(タップ)や長押しの使用場面を見ても分かる通り、通常のクリック(タップ)と共存が可能で、それを時間軸のアクションで区別することによって随時機能切り替えができるところに大きな意義がある。つまり、マウスやタッチパネルでのモールス入力は、文字入力という限定された場面ではなく、通常の操作インターフェイスの拡張として盛り込まれるのが最も適しているといえる。あの気持ち悪い時間軸アクションインターフェイスを認めるとするなら、という留保は付くけれども。

PCのインターフェイスにはキーボードショートカットというのが大きな位置を占めていて、某エディタのようにCtrlやAltを駆使したショートカットキーなくしては基本操作もおぼつかないようなものもある。そういう場面にマウスを持ち込むとしたら、アルファベット+数字の36種のシグナルを導入するくらいのことは、むしろ自然なことのように思える。

シングルクリック即ち「E」は選択、ダブルクリック即ち「I」は実行とするなら、トリプルクリック即ち「S」はファイルへ上書き保存、短いクリックの直後に長押し即ち「A」は全選択、というように、Ctrl-*系のショートカットキーを、左クリックのモールス符号入力によって代用させることが、技術的には可能といえる。

Windowsの基本操作系で行くと、コピーは「C」なので「ー・ー・」だし、切り取りは「X」なので「ー・・ー」になり、貼り付けは「V」なので「・・・ー」となる。こういう複雑なクリックアクションが標準インターフェイスに盛り込まれていたとしたならば、PCでのマウス操作は今よりもずっと魔術的なものになっていただろう。

タッチパネルの限られた入力インターフェイスであれば、この魔術の効き目はより大きいだろう。重ねて言えば、個人的にはこうした時間軸ファクターを含んだインターフェイスが大嫌いだ。しかし、毒も食らわば皿まで。ダブルタップや長押しなどという魔術が許されるなら、トリプルタップやクアッドタップといった五十歩百歩の魔術が許されない道理はないと感じる。こういうのが普及すれば、「天空の城ラピュタ」の冒頭のムスカ大佐は、コピペ荒らしをしているようにしか見えなくなるだろう。

試験電波 - Wikipedia
VVV ‐ 通信用語の基礎知識

今世紀のマンマシンインターフェイスは、19世紀後半の最先端技術であったモールス符号の域にまで到達すべきであると、半ば呆れながらここに提案するものである。いやしかし、考え事をしながらスクロールしている時の、あの長押し機能の起動ほど不愉快なものはない。Macintoshのマウスが2ボタンあるいはXのように3ボタンだったらと思うと、今更ではあるが恨めしい。

ということで、マウス左ボタンをモールス符号入力することでキーボードショートカットを自在に操れるロシア製デバイスドライバを見つけた、なんてのをエイプリルフールネタとしたい。できれば、既存のあらゆる時間軸依存をキャンセルして、あくまでステートマシンとして振る舞うGUIを実現するモードなども、そのデバイスドライバには設定項目として持っていて貰いたい。ダブルクリックの存在しない理想郷は、はたして快適だろうか、それとももどかしいだろうか。

--

「大阪都法案成立」

大阪が都になるなら、宮城県は宮城府に、広島県は広島府になってもいいなと思った。そして愛知県は中京府に、福岡県は大宰府になる。北海道は道州制下の北海道というセクションになり、その州都として札幌府が誕生する。先述の各府もそれぞれの道州の州都となる。

さて、既に府である京都府であるが、これには千年帝都の深謀遠慮が働く。京都は、近畿道の州都ではなく、日本国の首都を淡々と狙う。皇太子殿下と秋篠宮殿下のどちらが長くご存命であるかは神々のみぞ知る領域であるが、秋篠宮悠仁殿下は明らかに世代が異なる。そこで悠仁殿下を皇太子殿下の養子にお迎えいただき、平成の次の世において正統な東宮と御成あそばし、継承の不確定要素を予め排除する。ここで平成のうちに秋篠宮家を京都御所にお迎えする。

然るに平成の次の世においては京都御所が東宮御所となり、「その次」の御代には晴れて平安京が日本国の首都として返り咲き、関東大震災に怯えることなき新千年王国を樹立する。このとき、京都府は「府」が取れて単に京都となり、東京都は「都」が取れて東京府に成り下がる。政治と経済の中心は相変わらず東京にあるが、元首の在地は京都となり、これが日本国の正式な首都となる。しかし奈良県は奈良府にはなれない。悲しいことである。

そして四国の州都は依然不明である。廃藩置県で徳島藩から失われた淡路を再び四国に戻し、そこに州都を置くという意見も出ているが、淡路市民としては阪神淡路大震災の辛苦を共にした兵庫県を離れる気はなく、当の徳島県民も脱四国・近畿編入を希望しているといわれる。長宗我部家がもう少し踏ん張っていれば高知県が府となったのであろうが、現状では瀬戸内海沿岸に府が置かれることは間違いないだろう。

--

「NHK分割」

日本放送協会。その実態は公社であるが、法律上は受信機を保有する国民との契約締結義務を法的に保証された「だけ」の、純然たる民間企業である。ただ任務が少し重要であるため法規による規制が少し厳しいという「だけ」であって、形式はごくごく普通の民間企業である。なので、これを「民営化」することはできない。できるとすれば、競争原理を導入することくらいである。

そこで、NHKを分割する。それも、地上波とBSとラジオで分割するとか、地方ごとに分割するとかでは競争が発生しない。それぞれの領域での小さな独占企業体が生まれるだけだ。そこで、日本放送連盟(NBA:Nippon Broadcasting Association)を作る。これは、テレビ、ラジオの全ての放送業態を網羅する。つまり、総合テレビやラジオ第1放送、BS1などが分割後の新NHKとなり、Eテレやラジオ第2放送、BS2などがNBAの所管となる。そして、受信料は毎年行われる受信者アンケートの結果によって両者への配分比率が決定される。受信料を安くするよりも放送の質を高めることに重点を置いた方式といえる。

てか、BSテレビ放送って本当につまらんのですよね。ゴールデンタイムに演歌とか勘弁してほしい。
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by antonin | 2013-04-01 00:00 | Trackback | Comments(0)

今日のスカイツリー

大三十日と書いておおみそか。もう工事も休みに入っていると思いますが。
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よく見ると富士とかアサヒビールタワーのオブジェなんかも写ってます。

それでは良いお年を。
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by antonin | 2010-12-31 10:45 | Trackback | Comments(6)

今日のスカイツリー

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今日は秋晴れにもかかわらず、空気がかすんで見通しが悪い。
現在497mだそうです。タワーの鉄塔部分はほぼ完成したみたいで、あとは展望台とアンテナ部分のみ。でも開業予定まではあと1年以上あるので、内装や電装系がかなりの作業量になるんでしょう。
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台風が来た翌日、11月2日の様子はこんな感じ。
第二展望台というのか、そちらの部分も少し見え始めてきました。
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日没時はこんな感じに。
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by antonin | 2010-11-08 12:54 | Trackback | Comments(0)

白い月

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昨日は南からの風が強く吹いて東京の大気もいくらか透明になり、今日も日暮れから間もない空に明るい満月が光った。中秋の名月にはまだ一ヶ月早いけれども、なかなかいい月だと思う。

以前は背景の黒に引きずられるコンパクトカメラのAEを騙すのに苦労したが、今度のF70EXRはマニュアルモードがあるので、この程度の写真は簡単に撮ることができるようになった。拡大するとノイズフィルタが処理をした形跡などが明らかで、今度はRAWデータが欲しいと思うようになったりと欲が出るけれども、そうなると究極的には天体望遠鏡とかそういう世界になってしまって際限がなくなるので、この程度でよろしいのではないかと思う。

今のところ月は白くて、デジタルズームで拡大するとホワイトバランスが変化して黄色くなったりするが、月を眺めて凍えるような時期になると、月の光は青白く変わる。その頃になったらまた凍えながら撮影してみたい。
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by antonin | 2010-08-26 01:28 | Trackback | Comments(3)

道すがら

スカイツリー、現在398mだそうで。携帯から一眼まで、カメラを構えた人がたくさん。
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地下鉄の車内にて。
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浅草寺で真言を唱えたりもしましたが、落語はパスしました。また今度。
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by antonin | 2010-07-28 04:32 | Trackback | Comments(0)

現在のスカイツリー

ISO100
8″, F5.6
3616x2712→1599x1066(上カット)
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制限サイズぎりぎりでのアップロードに挑戦してみました。
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by antonin | 2010-05-31 22:46 | Trackback | Comments(4)

家出日和

今日は、家出。出家ではなく、家出。単に外出とも言うけれども。

東京スカイツリーが順調に育って、窓の外に見える景色が面白い具合になってきた。

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公式サイトの計画図によると、そろそろ展望台などの入る逆円錐台形状の構造物の建設高度に達するようだけれども、建設現場の外見も変わってくるのだろうか。

TOKYO SKY TREE
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完成したら子供を連れて登ることになるのだろう。あまり行列に並んだりということはしないので、ブームがある程度去ってから、ということになるだろう。
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by antonin | 2010-03-30 09:01 | Trackback | Comments(0)

今年も到来

また、そんな季節が巡ってきたんですね。
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今年も東京の汚い空気の向こうに富士が浮かぶようになりました。
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まあ、楽しくやりましょう。
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by antonin | 2008-11-24 00:29 | Trackback | Comments(0)


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