安敦誌


つまらない話など
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もしもピアノが弾けたなら

あまり、ピアノ独奏の曲には親しみがない。けれどもまあ、一人で弾ける楽器としては、オルガンを除けば最高峰だろうし、楽器の普及率でもなかなかのもので、場所によっては自由に弾けるように置かれているようなものもある。個人で音楽表現するには、やはりピアノが一番表現力があるだろう。

今はもうどうでもいいけれども、若いころには本当に自分の気持ちを言葉ではなく音楽で表現できたらいいのに、というようなことを何度も思った。けれども、20を過ぎて楽器を覚えても程度は見えていて、その程度で自分の表現したいものが出し切れるとは思えなかった。無理なこと時間を割くのなら、その分をコンピューターのハードとソフト、ついでに言うと素子の物理あたりの理解に時間を使いたかった。

そして、ピアノが弾けるようになったらこういうのを弾きたい、と妄想して脳内で弾いていたのが、スメタナのチェコ舞曲第3番だった。

piano: Jan Novotný - music: Bedřich Smetana: Czech Dances, Book 1: No.3, Polka in F major - YouTube

ドヴォジャークの土臭いスラヴ舞曲集はわざとやっていた部分もあるのだが、スメタナ先生の国民楽的音楽は、ポルカと言ってもなんだかんだで都会的に洗練されている。プラハあたりの社交場ではそれなりのクラスの人々もこういうのを踊っていたらしい。ピアノを弾く女性はモーツァルトとかショパンとかラフマニノフとかが好きという場合が多いようだが、そういう人達のピアノソロだと、あまり面白い曲に出会ったことがない。

手足で楽器を弾いてアウトプットすることはできないのだが、頭の中ではピアノ曲だったり弦楽四重奏だったり管弦楽だったりが、ぐるぐる巡っている。ときどき、「ファミリーマート入店の主題による交響詩(1812年風)」みたいなのも頭の中に流れたりするが、演奏にしても譜面にしても、アウトプットすることができない。

1812年という曲は、ロシアの旋律に迫る黒い影、という割には明るすぎるラ・マルセイエーズが暴れまわって、そして最後は冬将軍の前にフランス軍は自滅する。そして最後に民のロシア賛歌が鐘を鳴らしながら派手な凱歌となって終わる。一方、序曲ファミリーマートは、花飾りを編む少女の歌声のようなフルート独走で入店の主題が導入される。主題の最初の4音を繰り返しながら徐々に音階を駆け上がり、そこへ中低音楽器が追いついてきて、大きな祝い唄になる。そして、導入主題が穏やかに消えたところに、軍楽っぽい小太鼓のリズムが刻まれる。最初は単なる「タン、、トン」なのだが、徐々に拍を増やし、シンバルのサポートなども入りながら、だんだんに「セブンイレブンのリズム」に成長する。

「ダッダン、ダダダン、 ダッダン、ダダダン、 ダッダン、ダダダン、 ダダダダ、ダン」のリズムが徐々に強さと不協和音を増しながら迫ってくると、ようやく危険を知らせる導入主題が羊飼いのラッパによって変奏される。しかし住人は混乱のうちに甲高い乱れた音を発するのみで、セブンイレブンの行進は止まらない。そこにようやく、本部の主題「あなたとコンビにファミリーマート」が進軍ラッパ風に登場を告げ、セブン太鼓は一時停止する。

一瞬の静寂の後、セブンイレブンとファミマ本部とやや頼りない入店の主題が変奏をぶつけ合う。ほとんどはセブンがファミマを蹂躙する展開だが、なぜか一転、冬将軍に負けた仏軍のようにセブンの主題がどんどん低い短調に落ち沈んでいく。そしてセブンの主題が息を引き取ると、逃げ回っていただけの入店の主題がいきなりキエフの大きな門のような凱歌を上げ始める。最後はチャイコフスキーばりに楽器を巻き込んで調を上げていくが、上がりきったところで弱音ヴァイオリンの高音を引いた後無音になり、冒頭部の入店主題が、少女がゆっくりと歌うようなフルートで再現される。それを2回繰り返し、オクターブを合わせた弦、木管、金管、打楽器が徐々に集まり、主題の最後5音をffffで鳴らしきって、結。

こういうのを通勤中にときどき脳内で鳴らしながら歩いたりしている。
ゴーストライターがいたら譜面に落としてもらいたい。

--

何年か前にこういう流行があった。

【ファミマ入店音】もしもモーツァルトがファミマの入店音を作曲したら - YouTube
【ファミマ入店音】ファミマヴァチカン店に入ったら浄化された - YouTube
【ファミマ入店音】ファミマウイーン店に入ったらオーケストラ‐ニコニコ動画ββ - YouTube

--

8年前に同じネタで書いていた。すっかり忘れてた。
もしもピアノが弾けたなら : 安敦誌

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by antonin | 2014-11-20 02:14 | Trackback | Comments(0)

水に落ちたロバ

一度書きかけた文章を消してしまった。まあいい。
こういう寓話がある。

塩をはこぶロバ <福娘童話集 きょうのイソップ童話>

中世には寓話に教訓が添えられるスタイルが一般的になったので、「怠け心にはきっと悪い報いがあるだろう」みたいな倫理噺になってしまうのだが、そういう神父さんが新約の一説を引いて説教するようなのとはまた違った読み方も、古代ギリシアにはあったのではないかと思う。

ちょっとまともな資料を引用できないのだけれども、ペットを飼う日本人の心理には、ペットを一人前の生き物として育て、友として付き合うようなスタイルとは違った、弱い者を溺愛し、そして溺愛されたものが自分に依存する様子を見ることで、自分の存在意義を感じて安心するというような、そういう形式が多いというような話がある。

同じような「病理」が、幼い子供を育てる母親の一部にもあるらしく、そういう母親に育てられた子供が成長すると、依存性の高い人間になるという。子供が依存してくることに喜びを覚える母親の育児は、子供に何か新しいことをさせるのだけれども、それが万事うまくいって子供が自分から離れることに無意識の恐怖心を持っていて、ついつい子供が失敗して自分がそれを助けるようなシナリオで事を進めてしまうらしい。

水に落ちて荷が流れて楽になるロバと、ロバが水に落ちるような荷を負わせておいて、水に落ちたロバを責めずに助ける自分の優しさに恍惚となる飼い主の共依存、といった光景が、母と子の間に成立する。そして、そういうシナリオの中で育った人間は、うまくやれば成功できるようなことでも、ついつい失敗に終わって慰められるような展開を、これもまた無意識のうちに想定してしまい、そして最終的には、実際にも失敗してしまうらしい。

人間誰しも幸福になりたいと思うのは自明の原理のように見えるが、「とても幸福になる選択肢」と「少し不幸になる選択肢」が提示された場合、後者のほうが自分に似合っていると感じる人もいくらかいるということがあるらしい。

「自己愛型人格障害」という類型に当てはめられてしまうような、分不相応な幸福が自分にもたらされて当然だ、という方向の不釣合いも厄介だが、敢えて不幸を選択する不釣合いも、それはそれで厄介な障害だろう。ゼロサムゲームでそれをやって、ほかの誰かが幸福になるのならまだいいが、ノンゼロサムの状況で、例えば約束を守れば誰もが幸福になる場面でも、その約束を破って関係者を巻き込みつつ不幸のほうを選び取るのだとしたら、これは周囲にとっても厄介な問題である。

と、ここまで他人事のように書いておいて、実は今日も自分語りなのだけれども、私はこの水に落ちたロバのような子供時代を過ごしたらしいという状況証拠が、ちらほらと見つかる。四十を過ぎた今になっても、どうやら無意識の習慣として、失敗となる結末を望むようなクセがあるらしい。無意識による行動なのであまり自覚がないが、私にもどうやらそういう傾向があるらしい。

で、そう書くと母親が悪いように思えるが、そういう母親の行動も、ある種の弱さを含みながらも、基本的には善意であり、また、そのまた母親から受けた育て方に遠因があったりして、こうなるともう、親の因果が子に報い、という具合で、因縁説だの輪廻だの、そういう論も現実味を帯びてくるようになる。超自然的な現象ではなく、脳による学習という物理現象を通じた情報系統伝達というような意味で。

で、完全に母親や祖母のせいにするのではないのだけれども、そういう影響って取り去りにくいんだよなぁ、と、三十歳で脳の動きがそれなりに固定化して以降は、諦めに近い形で受け入れるようになっている。幸い、最近は薄情になってきているので、そういう子育ての仕方をしなくなってきている。ただ、第一子のムスメに対しては、多少それをやってしまったような気がする。

親として成熟した、というようなことは無くて、また別の酷薄さに変わっただけのような気もするが、育児に失敗するという結末を暗に望んでいるんだとすれば、それはいかんなぁ、幸福にしてやらないとなぁ、と考えている。考えているのと、反射的に実行できる習慣になることの間には当然に溝があって、成功する自分のイメージづくりみたいな行動療法も飽きずに続けないといけない。このあたり、当人が心の中で決意しても無意味なので、外部にシステム化しないといけないんだが、いい形式がまだ思いつかない。んー。

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by antonin | 2014-08-04 00:25 | Trackback | Comments(0)

学問の奨め

最近脳がやられているし、記憶があいまいになって繰り言が増えている。実は2009年前後に自分は死んでいて、今こうして意味の分からないことを書いているのは、まだ死んだことに気付かず成仏できずに家族の周りをうろついている亡霊なんじゃないかと思うこともある。まあ、亡霊にしては生臭いので、そういうことはないと分かるけれども。で、今日も繰り言を。ネットのどこかのウロ(洞)には書いた記憶があるようなことなど。

--

「教育」という言葉は、「教える」と「育てる」という言葉の合成でできている。どちらも主体は指導する側になっている。教育問題というのがあって、より良い教育、みたいな話になるんだけど、それはどうなんだろう、というようなことを思うことが最近増えた。昔はこういうのを「学問」と呼んだ。この言葉は「学ぶ」と「問う」という言葉の合成でできてる。どちらも主体は教わる側になっている。学問に答えるところが学問所と呼ばれ、教育施設とは呼ばれなかった。案外に、こういう何気ない用語に違いに、私たち現代の日本人は縛られているんじゃないかと思う。

憲法には「教育の義務」というのがあって、これは当然大人に課された義務ということになっている。子供は教育を受ける権利を持っているのであって、義務はない。それはまあいい。けれども、社会が求める国民像というのがあって、そういう国民に仕立て上げる義務みたいなものが「教育」には求められていて、そしてそれがうまくいかないと、「より良い教育」というのが求められるようになる。

自分自身、とても良い教育を受けて育ってきた。それはそれで知識を得られて良かったのだが、結果として、卒業によって良い教育を失うと、自分で学び、自分で問う力が失われているのに気付き、ひどい不便を味わうことになった。良い教育は受けたが、ついに学問をする機会はなかったのだということに気付いて、二十歳近くになってから、そのあたりを取り返すのに随分と苦労をした。

大学の「教育」というのは、戦後ずいぶん改善されたのだとは思うが、まあひどいものである。でも、それでいいのだろうと思う。大学というのは学問をするところであって、教育をするところではないのだ。このあたりが勘違いされて、昨今色々と不幸だと思う。この、学問所である大学に入るに当たっては、ある程度基礎的な学問を積んでいる必要がある。大学に入って困らないように、この基礎的学問の水準を問うのが本来の入学試験の役割なのだけれども、明治以降の日本では、西欧文明を招き入れるのと同時に、日本固有の文化に憧れ追い求める復古主義の嵐も同時に吹き荒れたので、奈良時代の政治を現代に呼び戻すような運動もあった。

奈良時代の大和朝廷というのは、当時最先端の中華文明を招き入れたものの未消化だった行政機構であり、その細部というのは後漢から唐あたりまでの大陸朝廷の行政機構のデッドコピーになっている。それを色々なトラブルを乗り越えて自己流に練り上げたのが鎌倉以降の日本の行政機構なので、本来日本固有の文化というのは幕府が立つようになってからの文化のほうだった。けれども幕末当時の国学では古典の再発見によるルネサンスの驚きのほうがまだ目立っていて、古い時代の制度のほうが固有文化に見えていたのだろう。

カレッジだのユニバーシティーだのというのを「大学」と翻訳したのも、「大学寮」という奈良平安当時の役人養成機関に倣ったものだし、そのあたりで使われていた律令を復元する過程で、中華文明の科挙の制度も緩く復元されていく。江戸幕府の役人というのは、関東武士が好んだ禅宗の哲学が基底にあって、身分が貴いということはつまり欲を捨てるということと同義みたいなところがあった。しかし、ある程度社会制度として定着して以降の科挙というものには、カトリックの神学と似たようなところがあって、天子や神に関する学問を修めた者は、その才によって世俗的な財を持つことも自然に認められるというような考え方があった。

そういう、現代的な経済学が好んで言うところの「インセンティブ」が発生して以降の大学入試というのは、学問に必要な基礎の確証というよりは、より豊かな生活を獲得するための天国の門というような扱いを受けるようになってくる。そうなると、大人は若者を使ってこの門の鍵を手に入れようと、「教育」の力を使うようになる。すると教育は商売になるから、ともかくも若者に試験の解答力という鍵を持たせようとする。結果、学問などどうでもよくなってくる。

才能のある人が公正な試験によって国家の要職に採用されるという思想はいいのだけれども、教育の力によって入試の突破力だけを身に着けた人が勝つような時代になると、当初の思想の半分は吹っ飛んでしまっている。本来、人間が備えていた学問の力というものは、教育によってその力が発揮される機会を奪われてしまう。学ぼうと思う前に知識は教えられてしまい、自然な問いが発せられる前に、与えられた知識の習熟を問われる。空腹になる前にエサを与えられたガチョウのようなもので、フォアグラのように知識を吸収した脳を持った若者が、より有利に大学入試を突破していく。

肝臓がフォアグラになったガチョウが、飢餓に耐える生命力ある成鳥となって強く生きていけるのかというと、もちろんそんなことはなくて、自らエサを取る能力を失った弱い生き物になっている。脳がフォアグラになった大学生というのも似たようなところがあって、そういうかわいそうな人たちを生み出さないためには、「より良い教育」を研究するのは、むしろ逆効果ではないかと思える。教育なんてしないほうがいい。ただ、若者の学問に誠実に応えればいい。教育が必要だとすれば、読み書きそろばん程度まででいいように思う。環境として、学問の呼び水となる資料にアクセスできるようにすれば十分だろう。

現代日本にある、豊かな生活への鍵として大学入試をとらえる文化の源流のひとつに「学問のすゝめ」という書籍があって、私はあれが好きではない。もちろん、あの本の隅々まで読めば本当にいいことが書いてあるのだけれども、「私はなぜ君たちに学問を奨めるのか」という冒頭文がいくらか即物的で戴けない。もちろん、明治初期に読めば妥当な内容ではあったのだけれども、自称「先進国」の国民が読むには、いくらか刺激的すぎる。栄養不足の時代に書かれた「よく飯を食いたまえ」という奨めを、肥満が問題になる時代にそのまま読むのは危険だ。

まあ、あの本も、奨めているのは教育ではなくて学問なので、そういう気持ちで読めば感想も変わってくるのかもしれない。面倒だが再読してみるか。

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by antonin | 2014-07-27 01:45 | Trackback | Comments(0)

林を眺めつ家に住まう

たまたま安敦誌へ漂着した人への便宜のために「記事ランキング」などというものを晒しているが、「メルクマールって何だ」という雑な記事が不動の一位を占めているほかは、時事の流れに沿ってランキングが浮動している。これは、1位だけが統計的に有意な閲覧数に達していて、他はノイズレベルであることを暗に示している。ただまあ、あんまりがっちり固定したリストになるよりは、変化があったほうがブログの持ち主としてはいくらか楽しい。

最近だと、個人情報流出だの国家による監視だののあれこれを伝えるニュースのためか、「本当は怖い占いサイト」というのが上昇トレンドに乗っている。で、読んでみると、いかにも古臭いことが書いてある。日付を見ると2008年の6月とある。もう6年も前の記事だ。それでもブログは日付を調べることができるのでまだいい。で、懐かしくなって前後の記事なども読むと、なかなか面白い。自分で書いた文章の最良の読者は未来の自分だ、なんて話を読んだことがあるが、最近確かにそう思う。誰か他者に向けて書けばそれなりにPVが稼げて世に出たのかもしれないが、ひたすら自分のために書き綴った結果として、今の自分にとって結構面白い読み物となっている。

こういうのを昔は「日記」と呼んで、それを書き付けたノートは物理的に鍵を掛けたりなんかして大事に仕舞ったものだが、現代人は多く開けっぴろげに書く。昔の勤め先の偉い人と飯を食った時、君はブログを書くのかと聞かれて、書きますと答えた。で、面白そうだから読ませてくれないかと聞かれて、嫌ですと断った。じゃあなぜインターネットに公開するのかと聞かれて、知らない人には読まれたいけれど、知っている人には読まれたくないんですと答えた。本心だったけれども、自分でも言葉にして表したのはその時が初めてだったので、やり取りが記憶に残っている。その偉い人も、人がなぜ匿名で日記を書くのか理解できたような気がすると言ってくれた覚えがある。

そして時は流れ、ここは別に有名ブログにはなりはしなかったけれども、インターネットだの検索だのが普及して、一部の知り合いにはこのブログが認知されるようになった。それでも面と向かって「アントンさん、ブログ読みましたよ、大変なことをお考えなんですね」なんて不躾に言ってくる人はいないけれども、まあ、外向きのツラをして歩いていても一部の人には寝言まで聞かれているという状況があって、なんだか窮屈な感じはある。

さて、この2008年だの2007年だのという時期に書いた文章を読むと、なかなか面白い。生活が安定していたのだろう。最近は老化もあるし、焼酎好きの友人も増えたし、無線デバイスが追っかけてきてくだらねぇ情報をのべつ幕無し囁くようになったし、あとコドモも増えたし成長したし、こちらの脳の余力はだいぶ衰えている。入院でもして、瞑想でもするようになったらまた次のピークが来る可能性はないとも言えないが、あの35歳くらいが文章を書く上で自分の頂点だったんだろうなという感じはする。

大学生だった頃、クリスマスにデートをしていて銀座で飯を食っている最中に、なんというか「あ、今って、人生でベスト3に入るくらいに幸せな瞬間なんだろうな」というようなことを考えていた。それから倍近く生きたが、そしてその間に生まれてきたコドモたちには申し訳ないが、あの頃の幸せを超える幸せな瞬間というものにはまだ巡り会っていない。まあ、今後もないだろう。

少し言い訳をさせてもらうと、子供好きの人間にとって、子供が生まれた瞬間というのは喜びよりも責任を感じる不安な瞬間であって、喜びというのはあとからじわじわとやってくる。男親にとっての子供を持つ喜びというのは、あの紫色でしわくちゃで不安を感じさせる生物がいくらか大きくなってから、泣いているのを抱いてゆすってやれば腕の中で眠るようになって、ようやく感じるようなものだから、あんまり瞬間的なものではない。

なんの話だ。そうだ、昔の文章だ。「美とか価値とかそこらへん」とか、このあたりの話が面白いと思ったが、こういうのは検索の上位には上がらない。まあ、それでいいような気はする。現代のインターネットにアクセスする人はそういうのを望んでいる。自分だって読む側に回れば同じだ。

昔の、深夜のナチュラルハイを利用して書いたものを覚めた今になって編集かけるのも面白いかもな、というようなことを考えなくもないけれども、あんまり触らないままにしたほうが面白いのかもしれない。今さらウェブで世界に発信という時代でもなし、むしろ木を隠すには森、というつもりで丁度いいんだろう。メルクマールのアレはさすがに少し手を入れたが、基本的な勘違いはそのままにしてある。読解力のある人が読めば、正しいところは伝わるだろう。というか、本当に誰か辞書的な解説を書けよ。って前も書いたな。自分でやらなきゃ。Wiktionaryひどい。

メルクマール - ウィクショナリー日本語版

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by antonin | 2014-07-22 23:46 | Trackback | Comments(0)


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