安敦誌


つまらない話など
by antonin
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ほげ

池田信夫さんがどこかで、財政ファイナンスが許されるなら税収ゼロで全歳入を中央銀行の通貨発行で賄う政府もできることになるが、そんなフリーランチは無い、というようなことを書いていた。(検索したが出てこない)

純粋に理論的に言えば、政府が善政を敷いて、国内総生産が安定的成長をして、その成長した価値の分だけ通貨を発行させて、その発行させた通貨の全額を政府支出として市場に供給すれば、一応無税政府は成立する。税金みたいに国民に文句を言われないから、普通は財政規律が緩んで歳出が国内成長を大きく超えるまでに膨れて、悪性インフレになるだろうという経験則があって、そういうのは失敗すると言われている。

仮に禅僧のような厳しい役人と政治家ばかりで無限の財政統制が実現できるなら、正しい国家運営に対する正当な対価として、政府は新規発行通貨を所得として得ることができる。現実には上に書いたような国民からの圧力の不在だとか、中央銀行が発行した通貨を最初に供給してもらう既得権を持った銀行の抵抗などで、そんな神聖な政府は生まれないだろう。けれども、一応理屈としてはフリーランチではない財政ファイナンス制度もあり得ないではない。

今の日本だって、ゆうちょを含めた銀行各社がこれまでに買った国債の債権を放棄すれば財政危機は終わるし、それで間接的に貯金を失う高齢者の最低生活保証を確保できれば、経済は本格的な回復路線に乗る。理論的には。理想的には。空気抵抗や摩擦は無視しても良い。

道州制とか、ベーシックインカムとか、非永住移民とか、みんな正しいんだけど、空気抵抗がね。摩擦がね。ダイラタンシーがね。まあしょうがねぇよな。私ら団塊ジュニアが75歳くらいの頃に日本経済は最悪の状態になって、その先は徐々に回復していくんだろうという話になっているが、途中で不連続点が出てくるかもしれない。ただ、日本の経済の件については、早めにドカンと処理するよりダラダラと処理する方が被害が少ないらしく、あんまり性急に経済政策とかしないほうがいいのだろう。

もうカエルはゆだってしまったので、あとはゆっくりコトコト煮込んで、21世紀後半の人においしく召し上がっていただくしかない。今さら冷ましてもカエルは生き返らない。南無。

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by antonin | 2015-06-05 03:46 | Trackback | Comments(0)

カサンドラの囁き

あまり多くはないけれども、思うところはある。本を読んでみたり、webページを検索してみたりして、いくらか情報を増やしてみた。日常生活で簡単に実践できる範囲で習慣化したことで、いくらかの理解や変化があった。が、今はそれについて述べる時ではないな、とも思う。

信用というものには尺度があるが、それは0から1ではなく、-1から1の範囲の値をとる。信用度1の情報源というのは、その情報源から得られる情報の全てが真実であると信用できる。信用度0の情報源というのは、その情報源から得られるメッセージの全てが情報量0となる。情報量0のメッセージというのは、そのメッセージを得る前後で、受けた側の知識の総量が全く変化しないようなものを指す。つまり、真実と全く無相関のメッセージということになる。そして信用度-1の情報源とは、その情報源から得られるメッセージの全てが真実に反すると信用できる。つまり信用度-1の情報源とは、そこから得られるメッセージが絶対に真実ではないことが保証された情報源ということであり、それは信用度1の情報源に匹敵する情報量を提供する能力を持っている。

イリアスの物語に、カサンドラというトロイアの女が現れる。ホメロスの叙事詩には人間に混ざって偶然の悪戯を擬人化したような神が幾柱も登場するが、カサンドラはアポロンの寵愛を受けて予言の能力を授けられる。しかしその愛を受け入れなかった報いとして、予言が誰にも信じられないよう呪いを受けた。かくしてカサンドラは、信用度0の情報源となった。

神話を寓話として現実世界に引き寄せると、カサンドラのような女はその鋭い直感から、後になってみれば正しいとわかるような話をいくつか述べる一方で、慎重さの欠如によって、明らかに事実と異なる話も同じような真剣さで語っていたのだろう。大当たりも出るが外れも多いというのは、野球のバッターなら人気が出るかもしれないが、情報源としてはとても使えたものではない。そういった、人間の本質の一部を形作る悲しい特性を、古代ギリシアの詩人はカサンドラという女に託したのだろう。

そして、信用度が負の情報源というものもある。驚くような情報を聞きかじったが、情報源を辿ると、出所はあのイカレた奴だった。これでこの情報は真実ではないということがわかり、安心できた。と、まあ、そういう逆説的に信頼された情報源がある。常識人から見た陰謀論者というのは、概ね-1に近い信用度を持った情報源として解釈される。

ここ安敦誌でも陰謀論は何度も展開しているし、密教にも手を出したし、実際に狂気の入り口辺りまでは到達したこともあるので、現状では負の信用度を持った情報源と見なされていることだろう。ここでは不動の一番人気になっているアレも、単品ではそこそこ信用されているが、それを書いている人物にまで興味を示した酔狂な読者があれば、その信用度の低さにがっかりすることだろう。

そういう具合でもあるので、私自身が信用に値する人物と見なされる程度に落ち着くまでは、私が信用しているものについては、言及しないという形で敬意を表すことにしておいたほうがいいのだろうと思った。
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by antonin | 2014-02-02 23:24 | Trackback | Comments(0)

余録

なんというか。

いろいろと思うところはあるし、憲法について考えることだって日本国民としての自治の一環という感覚はあるのだけれど、妄想の類いではないかとも思う。

コドモたちが言うことを聞かない。親の言うことも聞かないし、先生や友だちのお母さんなど、大人全般の言うことを聞かない。その原因はヨメが家庭で始終怒鳴り続けているあたりにあって、ヨメが始終怒鳴り続けている原因は私が家事の負担を共働きのヨメに任せすぎているあたりにある。

卑近なところを突かれると、非常に具合が悪い。やっとコドモが寝たからといって、こんな時間にこんな文章を書いている場合ではなく、早く寝て明日の朝にはコドモを公園に連れて行き、体力を思う存分発散させてやらないといけない。あるいは掃除洗濯に精を出すべきで、庭の植木の世話なんぞをしている場合ではない。食事は作らない。一人暮らしは何度か経験したが、料理だけは全く上達しなかった。料理ができない代わりに掃除洗濯くらいは主体的にやるべきなのに、要領が悪く、5人分ともなるとなかなか終わらない。そういう具合なので、仕事だって平凡以下のパフォーマンスだ。いろいろと具合が悪い。

何を言っているかには大した意味がなく、誰が言っているかにこそ意味がある。それは知っているからこそ具合が悪いのだが、わかっちゃいるけどやめられないのがダメ人間のダメ人間たる所以であって、就寝前に妄想が走りだすと、ひと通り文字に落とすまで眠れない。文字に落としてもディスプレイのバックライトにやられてしまい、しばらく眠れないことも多い。

この眠りにくく起きにくい体質はムスコ1号にのみ遺伝しているようで、なんだか気の毒だ。ムスコ1号は他にもいろいろな面で私に似ていて、とにかく扱いづらい。同じ性質を持った自分は最良の理解者になってやれるのかと思っていたが、意外にそうでもなかった。同族嫌悪というのか、自分自身の嫌な部分の体現者のようなムスコ1号の強情に、こちらも強情で接してしまう。ストレスのないときはお互いユルユルなのだが、着替えや宿題をなかなか始めないムスコ1号へのヨメによる罵倒が始まると、それをトリガーとしてムスコ1号も私もノルアドレナリンが噴出してしまって戦闘状態に入り、ムスコ1号が泣き寝入りするまで紛争が続く。具合が悪い。

ムスメは私の父に似て、ガサツで短気でキレやすいが後に引かない性格で、自分の問題では大騒ぎするが他人の問題にはあまり口を挟まない。我が家で唯一精神的な欠陥の少ないムスコ2号は、困った人達に囲まれていつも難儀している。
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by antonin | 2013-06-09 02:57 | Trackback | Comments(0)

精神傷害

思い当たる節はある。

名指しされていないので、思い当たるというよりは思い上がっているだけなのかもしれないが、つい人を殴ってしまったような、そういう感触はある。

思えば、物については一度も断捨離みたいなことをしてこなかったが、人間関係については、定期的に断捨離をして身軽に生きてきた。

それでも今はまだ新しい出会いのようなものがいくらでもあってなんとかなるのだけど、きっと自分は良い死に方はしないだろうという予見は持っている。

地蔵は無限の慈悲を持っているが、あれは人間ではない。お釈迦さんでさえ、存命中は弟子の不品行に怒ったりしている。

人の悪というのは大部分がその弱さに根ざしていて、ああ、強くなりたい、と思う。


我昔所造諸悪業 皆由無始貪瞋癡
従身語意之所生 一切我今皆懺悔

のうまくしっちりやじびきゃなん
さらばたたぎゃたなん
あんびらじびらじまかしゃきゃらばじり
さたさたさらていさらていたらいたらい
びだまにさんばじゃにたらまちしったぎりや
たらんそわか
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by antonin | 2013-05-23 00:42 | Trackback | Comments(0)

悪い見本

これ、あれですね、ディベートの文化がどうのこうのと言っておきながら、テンション高すぎて良くないな。

労働の市場化と雇用の市場化を : 安敦誌

あんまり論点変えない範囲で言い方をマイルドにしたバージョンとか書いてみようかな。同じ事を主張しても、読んでイラッとするのか、これは傾聴に値すると思うか、そういうのは案外に語り口に依存していたりする。強い断定口調でアジテートするほうが説得されやすい人もいるのだろうけれど、あの内容はどちらかというと穏健な人たちに伝えたいから、穏健に述べるバージョンを書いてみて、同じ論旨でテンションだけが違う文章を読んでどういう印象を受けるのか、なんていう実験も面白いかもしれない。明日未明から旅行なので時間が取れるのはしばらく先になるが、ちょっとそういうことも検討してみよう。

論調が論旨を圧倒するという心理効果は結構ある。同じように、生活の逼迫が論調を荒らす心理効果もある。金持ち喧嘩せず。新聞記者さんも金持ちなんだから、少し時間的余裕も増やして、記事の論調をもっと穏やかにしてみたらどうだろう。日本の国も今より建設的な議論が増えるかもしれませんよ。そんなんじゃ売れないかな。うるさいのは夕刊紙に任せておけばいいと思うけど。

って、他人のせいにしてはいけませんね。
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by antonin | 2013-05-02 17:12 | Trackback | Comments(0)

それからの葉蔵

久しぶりにPCのブラウザを使ったりしていると、はてなのページに行き着いた。携帯のフルブラウザなんかだと、はてなには到達しない。

で、いくつかの話を、増田を語る増田とか、そういうメタ論も含めて読んでいたら、この時間になった。そこで思った。もし、エキブロじゃなくてはてダで安敦誌やってたら、少し人生違っていたのかもな、と。

でもまぁ、ここでも一度耳目を集めたことはあって、それで取り乱したりしてしまったこともあったので、「少し人生違っていた」というのは、必ずしもいい方向じゃなかったかもしれない。けれども、それはそれで面白いかもしれないな、なんて思った。極楽浄土よりは地獄の一丁目のほうが楽しい、みたいな理論で。(あ、この地獄一丁目論はまたいずれ書きたい。)

エキブロは基本的に写真を載せたりレシピを書いたりするところで、技術や哲学について考察するところじゃない。これはエキブロが最初から目指したところじゃなかったんだろうけど、機能追加のペースが遅くて、それでいて画像の容量制限は甘かったから、自然発生的にそうなった。

ライブドアやはてなに移動しようかと思ったことは一度じゃないんだけど、半分土に埋もれた屋敷に穴を穿って外を覗う生活ってのも、これはこれで安楽なんだよな。

このままでいいのか。これでいいのだ、という気もする。子供もいるし、守秘義務とかもあるし。
でも、スーザン・ボイルさんって今どうしてるんだろう、彼女が若かったらスターにはならなかったんだろうな、なんてことを想うことがある。

人間というのは面倒なものだが、面倒なら距離を置くことができるという意味で、まあ対処可能である。が、最大限の面倒さ加減を持った自分という人間にはこの手が使えないので、この面倒に対処する方法を一生をかけて学んでいく。そしてようやく答えが見えかけたあたりで、死ぬ。不思議なものだなぁ、と思う。
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by antonin | 2012-08-09 02:42 | Trackback | Comments(0)

月より密かに

何も言わないというのは何も想わないというのとは違うのだけれども、何も言わずして何かを伝える芸があるわけでもなくて、それを誤解だというのは無理があるだろう。

金木犀は香るのだが、花を探すと見つからない。
そういうことはあるのだろう。
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by antonin | 2010-10-04 03:28 | Trackback | Comments(0)

無智亦無得

ホメオパシーについて思うところを少し書いたけれども、書き上がると退屈に感じてしまって放置してある。結論はいつもと似たようなものになってしまった。

生命保険の売り方といえば、「義理と人情とプレゼント」のGNPが大事だという話があったが、最近では顧客の生活に入り込む売り方は敬遠されてきて、義理は残ったが人情の方は薄れてきた。代わりにファイナンシャル・プランナーの資格で生涯の収支シミュレーションをおこなって、データで説得するようになった。だから最近では「義理とデータとプレゼント」のGDP商法に移行している。なんていうネタも思いついたが、やっぱり退屈な感じがして、話がふくらまない。

ライフゲームの方はビットマップで記憶も計算も実行するモデルで実装が進んでいるが、完成する前に1日が24時間に戻ってしまいそうな気配なので、未完のまま放り投げてしまうかもしれない。

東京というのは全体が薄いガス室になっていて、希釈された毒に日常曝されている東京人は、化学毒性に対する耐性が高くなっている。これがホメオパシーの原理である。なんてネタをでっち上げたところで今日は寝る。
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by antonin | 2010-08-30 22:11 | Trackback | Comments(0)

無無明亦無無明尽

ネット巡回したりしてるうちに回復した。真言宗なめんな。

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しかしまぁ、ちょっとSSRI減量した方がいいかもしれない。ダウン方向の衝動も消えるんだけど、アップ方向の衝動まで消えてしまって、現状に甘んじる方向ならこれでもいいんだけれど、現状を打破すべき状況では非常によろしくない。今度先生に相談してみよう。だいたいこの性質の人間の寿命は40手前と知れているのだから、野生を失って生きるよりも、野生を取り戻して死のう。

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アメリカの方で人為ミスとアルゴリズム取引が共謀して、株価と為替に面白いことが起こったらしい。あぁ、俺の履歴書と職務経歴書も、ネット上の求人情報を字句解析して求人内容に最適な文面を調整しながら自動メール送信による応募をする、アルゴリズム就活とかできねぇかなぁ。そして俺はそのアルゴリズムを情報商材にして売り抜け、労働市場は履歴書スパムで機能麻痺するという暗黒の未来。人事担当者はデッカードみたいな質問をキャンディデイトに発するようになる。背景デザインはシド・ミードで。

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google Earthにフライトシミュレータが付属していることにいまさらながら気付いて、F16だかなんだかの戦闘機で富士山の斜面を駆け上ったりしてみた。セスナでディズニーランドを低空飛行してみたりもした。自宅の近所に墜落してみたり、環七に着陸してみたりもした。今日のことではないけれど。

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今日のムダ知識:「バブルジェットプリンターのインク焦げ付き現象を英語で言うと、"kogation"」

中島一浩の「インクジェット・プリンタ論」【前編】(下) - 技術の広場:ITpro

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ええいっ、寝てやる。
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by antonin | 2010-05-08 02:17 | Trackback | Comments(0)

愚痴

歳のせいか薬のせいか、最近、新しい知識が頭に入らない。Visual C++で簡単なプログラムを作ろうとしたのに、異常に遅いグラフィックになってしまって前に進めない。C, Win32API, GDI+で行くべきなのか、C++/CLI, .NET, Direct2Dで行くべきなのかという時点で、もう決められない。そもそもGUIアプリケーションに関してはExcel VBAのフォームエディタで簡単なデータ編集アプリケーションを作ったくらいの経験しかない。そこからスクラッチでWindowsアプリを書くためには多大な事柄を学習する必要があることがわかり、ぐったりしてしまう。これが学生時代なら2週間くらい寝る間を惜しんででも貫徹していたのだろうが、今はどうもそういう勢いがなくなっている。

Webアプリケーション・プラットフォームの勉強のために、ネット上にGPLで公開されているガイダンス本を翻訳してみたりしたが、イントロの第1章を訳すのに1ヶ月もかかってしまって絶望的になる。HTML5や本格的なJavaScriptも勉強したいが、XHTMLとCSSとDOMですでに手一杯になってしまう。学生時代の集中力というのはつくづく大したものだったと感心する。

言い訳したいことはいくらでもある。掃除洗濯育児などの家事が挟まるだとか、薬で頭の働きに強制ブレーキを掛けられているだとか、不安定な身分で神経が落ち着かないだとか、いろいろある。けれども冷静に考えて、神経を集中して問題を考えるという行為自体に、脳が二三時間程度しか耐えられなくなっているということもわかる。昔なら嫌な勉強なら30分で飽きても、好きなプログラミングや読書なら、インターバルは挟んでも12時間くらいは平気で乗り切れたはずだ。

技術書や学術書も、文庫や新書も、ときどきめくるだけで読みきれていない本が部屋にたくさん積まれている。手嶋龍一さんの「ウルトラダラー」だとか、平岩弓枝さんの「西遊記」に至っては、ハードカバーを購入しておきながら読み終わる前に文庫が発売されてしまって、悔しい思いもした。

とりあえず生きていくことには決めたのだけれども、何をして生きていったらいいんだろうという不安が消えない。あまり興味はなかったが身入りのいい仕事を当てがわれた経歴は11年で捨てた。身入りはいまいちだがとても面白い仕事は2年で捨てられた。家族も家も手に入れたが、社会的には何も残らなかった。プログラムが組みたい。ハードウェアを効率的に動かす美しいコードを書きたい。しかし、どうすればその機会が与えられるのかわからない。困ったことだ。

--

tumblrにTech-On!の古い記事が流れてきた。

ムダと一緒に捨てたもの - 産業動向 - Tech-On!

この内容なら自分も書いたな、と思い出して検索してみた。日付としては自分のほうが少し早いのを確認して、無意味な満足感を覚える。

安敦誌 : スリム幻想とか

こういう洞察力が生きていく上で役に立ったかというと、むしろ目先の仕事を邪魔する邪念となってしまって、今までは社会生活の足を引っ張る原因になっていた。そして最近ではこういう洞察力すらすり切れてきたような気がしてならない。それでいて集中力も落ちているのだから、どうにもならない。もはや妻子を捨てて林住するしかないのか。21世紀にもなってそんなことしてもなぁ。困ったものだ。実に困ったものだ。
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by antonin | 2010-03-27 00:47 | Trackback | Comments(0)


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