安敦誌


つまらない話など
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説得力の功罪

近所を散歩していると、金木犀の香り。


早大の吉村先生というと、古代エジプト関係のテレビ番組には解説役としてしばしば登場する有名人だけれど、まだ助教授だった時代には、エジプトへの遠征費用を稼ぐためにエジプトとは直接関係のない番組などにもちょくちょく顔を出していた。
東京放送系列の「世界ふしぎ発見!」という番組では、ゲスト回答者として、半レギュラーのような時期もありました。
クイズダービーにおける篠沢教授よろしく正答率は低いのだけれども、吉村先生の特徴は、自身の回答に対する説明に、なんだかとっても説得力があるということ。見る人に「あぁ、そうなのかもしれない」と思わせるもっともらしさがある。でも、たいていハズレ。

精力的な活動と、ひょっとするとテレビでの宣伝活動も手伝ってか、晴れて教授に就任。すると、今度は回答者から解説者としてVTRに出演したりしている。(たまに回答者もしているが)
で、そのVTRの中で、新たに発見されたエジプトの遺構を眺めながら、吉村先生が従来の定説を微妙に覆す自説を解説してくれる。これがまた、非常にもっともらしい。NHKのドキュメンタリー番組なども含めて、テレビの編集技術とは、現実の複雑さはさておいて、瞬時に了解可能な情報を抽出して伝えるという特性というか習性というか、そういうものを持っているので、そういうった効果も手伝っているのだろうが、とにかくその場において説得力のあるものになっている。

学説が説得力を持っているというのは好ましいことのような気がするが、厄介な側面もあるように思う。考古学というものは物理学などと違って、追試や理論展開による「予想」などが難しい。
過去にさかのぼれば、物理学においても理論の検証が簡単でなかった時代があって、例えばアリストテレスなどが、豊富な学識に基づいて天動説という説得力のある説を書き残すと、千年を超えて定説として信じられ続けたりする。(プトレマイオスによる理論補強などの影響が大きいが。)
タイムマシンを持たない世界の考古学は、実はほとんど検証不能の部分を持っていて、どこの地層から何が出た、という断片だけが事実で、それを有機的に結んでゆく学説というのは、ほとんど文学的創造力の産物のように思える。

日本に旧石器人がいたかどうかということで、研究者のデータ捏造が問題になったが、あれは「どこから何が出た」というレベルで改ざんをおこなったのであって、全く問題が違う。
そうではなくて、たとえ、どこから何が出たのかを正確、詳細に記録し、検討したとしても、その上にもなお危うさがあるような気がする。
シュリーマンの時代には、このあたりが完全なロマンスで、多くの発掘成果が賞賛される一方で、その解釈に関して、多くの疑問を残している。(発掘についても、埋蔵品の処置については今日的でない問題を孕んでいるけれども。)

最近、日本最古の漢字が刻まれた土器が発見されたというニュースがあった。(ニュースなので、じきにアクセス不能になるでしょうが、そこはご容赦。)
しかしながら、その漢字というのが「卜」(ボク、うらな・う)なのだという。しかも、壷の口を下に向けた、逆さの状態で「卜」に見えるというのである。
99年12月に見つかったというから、5年近くの検討の末の発表であり、綿密な検証はされていると期待したいが、冷静に考えて、直線2本の図形を「逆さに書かれた漢字」と解釈することは極めて危険であると思う。
説明に説得力があればあるほど、危険な香りがする。日本最古という「金メダル」のために、ドーピングまがいの解釈が無いことを祈りたい。


今日の漂着地:「雑記草

99年7月から続く、日記形式の雑記集。取り上げる話題の方向性が安敦誌と似ているが、知的なレベルが高く、上質。99年というと、「実験室」を始めた頃ですね・・・。
理想形ではありますが、これを目指すのはどだい無理なので、しません。
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by antonin | 2004-10-04 00:31 | Trackback | Comments(0)

宴のあと

人というのは、ラベルを貼らないと、物事をうまく認識できない生き物なんです。

私はちょうど第2次ベビーブーム、「団塊ジュニア」とか「子団塊」とかいうラベルを貼られた一群に属しています。当然第1次ベビーブームがあって、その人たちは「団塊の世代」と呼ばれたわけです。
こういった、比較的明快な統計的背景に基づいたラベルというのは、それほど強烈なステレオタイプを伴ったラベル付けでないので助かったという面があります。

一方で、具体的にどういう世代を指すのかあいまいですが、「現代っ子」とか「新人類」とかいうラベルが、その字面から明らかなように年齢的に上の人々から下の人々に与えられてきました。
これらは、「自分たちとは異なる」という面をことさら強調していて、自分たちにない能力を持っていると肯定的に捉える前向きな人もあったものの、概して否定的な語感を持っていたように思います。

そして、今社会に入り始めた世代がまた、あるラベルを貼られつつあります。当然、同時多発的にいろいろなラベルが並立しているのでしょうが、その中で気になるのが「ゆとり教育」です。
通称「ゆとり教育」と呼ばれる政策が徐々に導入された二十数年間に、小中高12年を通り抜けてきた人々へのラベルとして、「ゆとり教育」世代というものが導入されつつあるように思えるのです。
これを、ゆとり教育の成果として、心豊かで洞察力に富んだ世代だと肯定的に捕らえる人は少数派で、「ゆとり教育」で検索してみても、概ね否定的な意見が並んでいます。

これを、現代っ子や新人類と同じ、単なる世代間ギャップとして見ることができれば、問題は経験済みのものと言えます。
ところが「ゆとり教育」世代というのは感覚的なラベルではなく、現実として変化した教育システムという事実に基づいているため、先の問題とは異質なものを含んでいると思います。
端的に言えば、「ダメな教育を受けてきた人間はダメだ」という意味を含んだラベルに陥りやすいのです。
世代間ギャップではなく、世代間差別につながりかねません。
「ゆとり教育」世代というラベルは便利な切り口ですが、その使い方には十分注意を払う必要がありそうです。

とは言え、団塊の世代と呼ばれる人々にしても「戦争に行ったことのない奴に何がわかる」的な物言いをされたこともあるようで、それでも、華やかな高度経済成長の中で確かな世代アイデンティティを獲得していきました。
今社会に進出し始めた世代も、上の世代の言葉にヒネることなく、自分たちの生き方を確立してもらえればいいと思います。
がんばって。


今日の異口同音:
ぜいに君」(119件)
ゼイ肉マン」(58件)
贅肉少女帯」(3件)

脂肪遊戯」に通ずるものがありますが、やや少なめ。ひらがな、カタカナ、漢字のゆらぎを合計すれば、もう少し伸びるんでしょうが、元ネタに準拠ということで。
「ゼイ肉マン」の初出はマンガ「ドラえもん」の中なのだとか。ベタですね、藤子先生。
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by antonin | 2004-09-23 02:13 | Trackback | Comments(0)

EXODUS

部署の飲み会があった。
中年になったことを自覚した。

さて、"EXODUS"を検索してみると、洋物のバンドやIMシステムのサイトなどに混じって、旬のUtadaさんのCDなどのページがヒットする。和文サイトに限定すると、上位はほとんどこれだ。
通常この単語は「エクソダス」などと読んだりしているのだけれど、Utadaさんのところでははっきりと「エキソドス」と読み指定されている。
「エクソダス」ではUtadaさん的にイカンということなのだろう。

EXODUSというと、移民などの出国を指す単語で、古代ギリシャ語由来なのだそうだが、固有名詞としては、先日取り上げた「出エジプト記」のことでもある。
その一方で、「エクソダス計画」というと、SFの範疇に入る言葉になって、人類の地球脱出計画ということになる。
この単語に初めて接したのは実はSF小説ではなくて、「シムアース」というゲームのレビュー記事だった。(ゲーム自体はプレイしたことがない)
シムアースというゲームは惑星シミュレーションということになっていて、惑星への飛来物や温室効果ガスの分量などを調節しながら生命を育んでいき、最終的には知的生命体が発生し、宇宙へ飛び立ってゆく。
このアイデアは、ひとつの着想を与えてくれた。

地球に存在する生命はすべて、密接に相互作用しながら生存している。この有機的な関係自体をひとつの生命体とみなして考える流儀がある。この地球表面を覆いつくすひとつの生命体には、ガイアという名前がつけられている。
このガイアの一部として、現在、人間は地球の陸上にあまねく広がり、鉱物資源を大量消費し、食料および資材として有機・生命資源をも大量消費している。結果として、地上からは日々多くの生物種が絶滅し続けている。
これは、ガイアにとっては、病的な状態なのではないかという見方がある。そこから人類は細菌やウィルスなのだという言い方もあるが、人類は外部から飛来したわけではないので、これには当たらないと思う。
外部起因でない病気として、ガンがある。これは、生体内で発生した、その生体自身の細胞であること、抑制を失って急速に増殖すること、血管誘引などをして大量の養分を消費することなどを見て、ガイアにおける人類の様子と非常によく似ているように思える。
では、人類はガイアの、地球のガン細胞の集団なのか? 人類の増殖で、46億歳といわれるガイアは死に向かうのか。

生物の、特に動物の生涯を考えると、ガンと同等に、あるいはそれ以上に、生体のバランスを越えてまで増殖する細胞群がひとつだけある。結論から言うと、生殖細胞である。
人間を考えても、女性の妊娠・出産というのは、全身にひどいダメージを与え、場合によっては死をももたらすイベントである。けれども、それは病気ではないという位置づけである。
サケやセミに至ると、卵を産んだあとは間もなく死んでしまうが、それも繰り返されてきた、ごく当然のプロセスなのである。
NHKスペシャルなどを見ていると、ガイアはそう簡単に死滅しないということが予想されるが、それにしても、人類がガン細胞の群れに成り下がるか否かの境目は、まさにエクソダス計画の実行いかんにかかっているような気がするのである。
火星をテラフォーミングして、人類が地球外に定住するという楽観的なエクソダスもいいけれど、無人探査機に搭載された、苛酷環境に耐える微生物が地球外惑星ないしは衛星に定住して、数億年掛けて第2の地球を作るという気の遠い話でも構わない。その程度の素地なら、人類はもう十分に備えている。

がんばれNASA


今日の付記:「安敦誌」がGoogleに拾われた。
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by antonin | 2004-09-10 00:22 | Trackback | Comments(0)

宗教的アイデンティティについて

なんかパソ通時代を思い出すようなタイトルになってしまったけど。

以前、南の海を求めてタイに行ったときの話。
観光の途中(強制的に)立ち寄った、とある寺院でお参りをしていたとき、となりにいた、こざっぱりした現地の男性が語りかけてきて言うには、"Are you a Buddhist ?"と。ここで反射的に"Yes."と疑問もなく返事してしまったが、はたして自分はそこまで無条件に"Buddhist"だろうかと、あとになって考えてしまった。

確かにお寺に行けば賽銭も投げるし、合掌もするけれども、読経をするわけでもなし、まれに焼香する程度のものである。これだって、相手によっては榊を献じたり、アーメンなんて言ってみたりするんである。信仰というレベルには程遠い。
聖徳太子が「和を以って尊しとす」とのたまってから、明治に廃仏毀釈があるまで、一応この国では神仏和合の文化があったから、仏教徒であるか神道の徒であるかはさほど重要ではないとして、結婚式の時には十字架の前で賛美歌を歌った(ふりをした)りして、これはもう、なんでもありだなぁと。

基本的に各種イベントの時以外は宗教のことは考えないんだけれども、体や心が弱ったときなどは、やはり宗教に頼りたくなる。カルトの勧誘が寄ってくるのもこんな時だ。
キリスト教やイスラム教、その他多数派の宗教がちゃんと機能している国では、こういう心身が弱ったときに、適切に対応する施設や要員、それに、伝統に根付いたノウハウがあるように見える。(って、実際に見てきたわけではないので、本当のところはどうかわからないけれども。)
カウンセリングとか、森田療法とか、宗教的な背景はありながらも、宗教とは一線を隔てた科学的な立場として、心身の(この例では心の)面倒を見る手法もあるけれども、なんというか、これを施す側の人に宗教的動機付けがないと、なんだかしんどいように思うのですね。

まあ、自分自身、冷静なときは科学の徒であって、いかなる霊的存在も否定的留保する立場なのだけれども、科学というのは答えの無いところは答えないという流儀なので、ある意味、救いのない世界観を持っている。原始仏教も似たような性格を持っていますが。
子供のころ、神社仏閣に参拝して頭を垂れたあとに、なんともすがすがしい気分になったのを思い出しては、人間というシステムを運用するのに、宗教というソフトは、案外よく出来ているのではないか、なんてことを考えたりもする。

とはいえ、具体的にどこかの宗派にシンパシーを覚えるということも無く、また、まわりを見渡せば、宗教とは全然関係ないところで強い信念、動機付けを形成している人も大勢おり、あまり宗教に頼ってはいかんなと思ってみたり。でも、どうですかね。できるのか、自分。

この先、グチになりそうなので結。


今日のノスタルジア:「Otearai web
ノスタルジアって、誤変換の宴なんかとちがって、全然現役ですが。個人的に最近ご無沙汰だったもので、こういう分類にしちゃいました。
この人、以前某大手サイトで連載コラムを書いていたのですが、最新の日記を読むと、また同系列のポータルサイトに寄稿されているらしく。あ、ヤギの目の林さんだ。なんか、この系統好きですね、niftyさん。
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by antonin | 2004-08-24 23:49 | Trackback | Comments(1)

波動の系譜

対閃光防御
って、いきなりアレですが、私の「波動」という単語との出会いはこれでした。
SFっぽい出会いとはうらはらに、現在、webで「波動」をキーワードに検索すると、出てくるのはちょっと胡散臭いページばかり。
波動というのは、つまり、「なみ」です。波が波動になると、なんでうさんくさくなるのか。

大学で物理を習ったことのある人なら、シュレディンガーの波動方程式というのは見たことがあると思います。これは学術用語なので、「波の式」とか書いてはハナハダかっこ悪く、コケンにかかわるので、難しげに「波動方程式」などと漢語を使うのだと思います。無論、いかがわしい理論ではなく、物理界で広く認められている式です。
この波動方程式が発表されたのが1926年。1905年にアインシュタインが光量子仮説を発表して電磁波の粒子性が再提案されたり、1924年にド・ブロイが物質波の概念を提案したりして、物質や光の本質が波なんだか粒なんだか、ややこしくなっていた時代の論文です。
波動方程式の波動関数は、現在でこそ、粒子の存在確率を表す分布関数ということになっていますが、シュレディンガーさんは、物質の挙動は波動で記述できると信じて、この式を導いたようです。
(参照:こことか、こことか。)

同時代の本に、ウィリアム・ジェイムズの「心理学」というのがあります。
現代の文科系な心理学とはことなり、自然科学を志向する構成となっています。後半はともかく、序盤は解剖学、神経生理学などの、当時最先端の知見に基づいて説明されます。
で、ここでも「波動」という言葉がちらほらと見受けられます。耳の説明で、ウン十サイクルからウン万サイクルまでの波動を受容する、とか、そんな感じだったり、目に入る光もこの時点では波長いくらからいくらの波動、という感じです。(手元に本がないので、うろ覚えですみません)
まあ、このあたりは至極妥当な表現ではありますが。
これを読んで思ったのですが、この19世紀末から20世紀初頭という時代は、世界の本質は波動であるという考えが一般的だったのかな、という印象を受けます。人体についても同じ原理が働いていたと考える人も多かったことでしょう。

さて、この時代、一般市民は「波動」をどうとらえていたのか。このあたりになるとなかなか有用な資料に当たれないので困ります。
おそらく、物理学をかじった医師などが、独自の治療法を開発した、なんていうところが原点なんだろうと思います。今でも実験的な医師はたくさんいますが、当時は大学病院の教授などでなくとも、けっこう挑戦的なことをしていた医師が多かったようです。(ここによると、本業以外にもがんばっていたようだ。)
波動じゃないけど、こんな医師を発見。「19世紀前半、ドイツ人医師、サミュエル・クリスチャン・ハーネマンという人が、”オメホパシー療法”発見。」(ここから引用。)
オメホパシーじゃなくてホメオパシーらしいですけど。ホメオパシーは気功とならんで、「波動」との親和性が高いようです。なんででしょう。

いろいろ検索してみたものの、いつごろから日本人が「波動」って言葉を民間療法的な目的で使い出したのか、けっきょくわからずじまいでした。まあ、けっこう歴史が長いんでしょうね。これだけたくさん使われているところを見ると。

最近では「マイナスイオン」という単語も暴走して大変なことになってますが、あしたはどっちだ。
そういえば、一時期同様に大変なことになっていた「ニューロ・ファジー」というのはどうなったんでしょう。表立って言わなくなっただけで、技術的に定着したのか、それとも全然使われなくなったのか。興味あります。あのころはバック・プロパゲーションとか、メンバーシップ関数とか勉強したけどな。

昨日の漂着地:「スター・ウォーズの鉄人!
昨日記録した「皇帝の部屋」からのリンクでたどり着きました。こちらはさらに圧倒的な情報量。すごい。キャラクター事典は圧巻。ポストEp6ネタもあるし。
おかげで夜更かししちゃいました。
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by antonin | 2004-08-18 21:19 | Trackback | Comments(0)


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