安敦誌


つまらない話など
by antonin
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折り合い

湯船に浸かりながら、エウレカがあった。

業務でのC#を使ったツール作成が、スケジュールを大幅に超過している。理由は、新しい言語と新しい開発環境の「理想」を一気に取り込みすぎて消化不良を起こしたところにある。理想の姿を考えるのは楽しいが、考えをまとめるのには時間がかかる。そろそろ現実との折り合いをつける必要がある。理想を一部放棄することになるだろう。その理想の捨て方が、湯船の中でひらめいた。

けれどもまぁ、挫折というのではなくて、考え悩みながら手を動かしてきた末に、ようやく落としどころが見えてきたんだという実感がある。ここまで理想に取り組みながら突っ走ってきてよかったなぁ、最初から妥協していたら、この落としどころは見えなかっただろうな、というのが正直なところだ。

理想像の素描を捨てることで若干の手戻りは発生するが、言語の変更だとかライブラリの変更だとかのために、どうしても新規に作らなくてはならない最低限のところはもう形になっているので、あまり不安はない。美しいが険しい道のりと、泥臭いが手堅い道のりが見えたという意味では、「曳光弾」としては上出来だろうと思うし、失敗ではあるが必要な手順だったのだとも思える。

達人プログラマー―システム開発の職人から名匠への道

アンドリュー ハント,デビッド トーマス/ピアソンエデュケーション

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工学というのは、もちろん先人の成果に乗ってある程度効率の良い方法を学ぶ面があるけれども、その先にはありとあらゆるところにトレードオフがあって、そこにどう比重を付けて優先順位を決めていくのかというのが、実地の工学では要点になる。そして、その落としどころを探るのは妥協ではなく、あくまで優先順位の問題でなくてはならないので、優先順位の高い部分を台無しにしない限度内で優先順位の低い部分もキッチリ始末してやらないといけないし、トレードオフの交点そのものを高めるブレークスルーの可能性にも、いつも心を残しておく必要がある。

そんなことは若いころから先輩に言われていたことではあるが、こういうことが自分自身の言葉として出てくるようになったのは、やはり好きなこと、得意なことを仕事にしたからだろう。自信が砕けることは多いが、薄皮を破るように何度もそれを乗り越えられるのは、やはり根本的に得意なことだからだろう。やたらと努力を説く人がいるが、あれはおそらく、仕事の内容よりも努力することそのものが得意で、何より努力している自分を感じることが大好きな人というだけのことに違いない。

これを知る者はこれを好む者に如かず、これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。仕事の内容そのものであっても、仕事の進め方や人との折衝というメタな部分であっても、それを楽しめる人にはやはり敵わないし、仕事を発注する側としても、不得意なことを無理に頑張っている人よりも、得意なことを楽しんでいる人に頼みたいと思うだろう。

今や自分は得意なことで仕事をする幸運に巡り合えたわけだが、好きなことに向かって自分で動いた過去があるからこの幸運があるんだと思える一方で、純粋に「運」の面が強いというのも本当に感じる。ほんの小さな何かが欠けただけで、今の境遇は無かっただろう。色々な人たちに助けてもらっている。

掲げすぎた理想の旗を一部下ろして、現実と折り合いを付けよう。そして、あとで旗を取りに引き返せるよう、アドリアネの糸を引きながら前に進もう。なんだか清々している。

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by antonin | 2015-03-01 00:19 | Trackback | Comments(0)

きぼうがみえた

ちょっと前の話になるけれども。

仕事上がりに駅に向かって歩いていると、正面に月が見える。ほぼ満月で、日没から間もない時間帯だったので、まだいくらか光の残る東の空からまん丸くてやや赤味がかった月だった。その月をチラチラと見ながら歩いていると、宵の明星ぐらいの光点が見えたが、結構な速さで右から左に移動していく。旅客機くらいの移動速度に見えるのだけれど、旅客機であれば点滅していたり、翼端の赤と緑のランプも見えるはずだが、その光点はただ金星のように白かった。

点滅なく一定速度で流れる光点というと、日没後や日昇前の時間帯だと人工衛星である場合が多いのだが、今まで見た人工衛星というのはだいたい4等星くらいの明るさで、かなりシーイングの良い夜空でないと見ることができない。けれどもその「星」はマイナス何等星というような強烈な光を発していて、リゲルあたりの比ではない光り方をしていた。

なんだあれは、ということを考えると、どうやら国際宇宙ステーション、ISSではないかとひらめいた。でもまあ面白いので、そのままゆっくり歩きながら眺めていると、左のほうへ行くに従って徐々に見た目の移動がゆっくりになり、しばらくするとだんだん暗くなって、最後は火が消える瞬間のロウソクの芯のように静かに消えた。あの動きはやっぱり低軌道の巨大構造物で間違いないと思った。

駅で電車を待ちながら、「ISS 軌道」などと検索してみると、観測可能な時間帯が公開されていて、そんなに正確な時間は記録していなかったが、時間帯としてはぴったりと一致していた。

天空経路情報(過去の可視情報) - 「きぼう」を見よう

そうか、ISSの日本モジュールは「きぼう」っていうのか。「おおすみ」以来の伝統を守ってるんだな。そろそろ「さいたま」なんていう人工衛星が出てきてもよさそうなものだが。

しかし、あれだけガッツリ見えると、東京周辺での観察でも充分に楽しめる。今度コドモたちにも見せてみようか。ヤツらは最近ああいうのにはあんまり興味を示さないのだが。翌日の皆既月食も、大人ばかりが眺めていた。コドモたちは別にそういうのはどうでもいいらしい。そういうものか。

なんでもそうだけれども、特集雑誌みたいなものを見て事前に周辺知識を身に着けておかないと、何を見ても「ふーん」ってなってしまうのは理解できる。史書も叙事詩も歴史小説も読まないで、いきなり歴史の舞台を訪れても、それこそ「ふーん」ってなものだろう。自然現象の観察でも、まあ似たようなところがあるんだろう。映画の公開前に舞台裏をちょっと公開するテレビ番組が流れるのも、そういう心理を狙ってのことだろう。

子供には、勉強しろとケツひっぱたくよりも、そういう文脈づくりをコツコツとやっていった方がはるかに効果があるんだろうと思うが、なんというか、ねぇ。

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by antonin | 2014-10-31 02:14 | Trackback | Comments(0)

新盆(しんぼん)と旧盆の間に

東京っ子はお盆を7月に済ませるという。そもそもお盆というのは7月半ばなのだけれども、太陰暦から太陽暦に切り替わるところで、季節に合わせるのか暦の数字に合わせるのかという選択を迫られた。そして東京の人は、正月を新暦の1月に移し、盆を新暦の7月に移した。ところが、東京に出てきた地方の人は、正月を新暦に移すのは飲んだが、盆を新暦に移すのだけは飲まなかった。稲の具合なんかで、季節のずれがあからさまだったという事情があるのかもしれないが、よくわからない。なぜ正月だけが新暦に移ったのだろう。おかげで、ちょうど半年違いだったはずの盆と正月が、1ヶ月と少々タイミングが狂うことになった。

7月16日と言えば「地獄の釜の蓋が開く」といって、地獄の鬼も仕事を休むという楽しみな日だったらしい。明治になって、イギリスやフランスの近代工業を輸入する過程で、ユダヤ教に起源を持つ週休というものが日本に導入された。それまでは、休みと言えば盆と正月くらいしかなかったから、非常に嬉しいことを「盆と正月が一緒に来たような」と形容した。その後の日本では週休二日制なども普及したが、電燈の進歩のために、代わりに残業というものが付くようになった。

江戸の人々は、週休は無かったが、日が傾くと帰宅した。職によっては昼前に仕事を切り上げるのが要領の良い粋な働き方とする文化があったという。そして盆暮れ正月は徹底的に休んだ。おせち料理が保存食の詰め合わせのようになっているのも、昔の女性の、正月には絶対に仕事をしないという強い意志の表れだったのだろう。三が日は料理をせず、おせちをつついて暮らす。掃除洗濯は年末のうちに徹底的に済ませて、正月には何もしない。

週休二日で、残業が長くてバカンスも無いのと、週休は無いが残業もなく盆と正月には全ての店をきちんと閉じていた時代とでは、どちらが豊かなのだろう。片方の生活しか知らないのではっきりとした比較はできないが、体ではなく頭を使う仕事には、残業なし、週休なしのほうが過ごしやすい。3日も前のことを細かく覚えているのは難しいし、5時間以上も高度な精神の集中を保てない。眠る2時間前から食事は避けたほうがいいというが、眠る2時間前くらいから目や頭を使うのもやめたほうがいい。電気のない時代にも不眠というのはあったんだろうか。

イタリアの街などを歩くと夜はしっかりと暗くなっていて、明かりがあっても電球の明かりだった。下品なほどに白い蛍光灯の明かりが夜道を照らすということは、マクドナルドの店舗などを除けば見る機会がなかった。夜が暗いというのは品が良いものだと感じた。

ローマ帝国内のユダヤ人は、自分たちの神以外には仕えないという契約があると言って、兵役と神事への参加を拒んだ。ローマ帝国は寛容という徳を重んじるので、兵役を拒む以上市民権は与えられないが、属州の住民として、納税を条件としてユダヤ教徒の主張を認めた。けれども、ユダヤ教徒たちがあまりにもローマの神々と、そこに象徴される多様性の精神を侮辱するので、ついにはユダヤ国家はローマ帝国に滅ぼされた。

時代が下って、コンスタンティヌス帝がキリスト教を「公認」して、帝都をローマからビザンティオンに移した頃、ユダヤ教徒の亜種であるキリスト教徒がローマ軍に入ってくるようになった。そして彼らは、キリスト教徒には当然の権利として、ユダヤ教から続く「安息日」の習慣をローマ軍に持ち込んだ。そしてこれを羨んだローマ兵が次々にキリスト教に改宗したなんていうあたりが、キリスト教普及の第一歩だったらしい。そして、ヨーロッパは神権政治の中世に移っていく。

そして中世が終わるとヨーロッパは機械文明によって世界を席巻し、その結果のひとつとして、現代日本は古代ユダヤ教の安息日に由来する週休というのを1回か2回取る制度を社会生活の標準に据えている。これもいろいろと思うところはあるけれども、仕方がないのだろうと思う。ただ、安息日と盆休みというのはあんまり親和性の高い制度ではないので、この先どうなっていくんだろうとは思う。

8月に入り、子供の感覚ならいざしらず、中年の感覚としては、もう夏の終わりが近いと感じる。夏の最後、立秋を過ぎたあたりに盂蘭盆会がある。子供は、お盆が終わったあたりで早朝の涼しさや薄暗さを感じて、ようやく夏の終わりに気付く。永遠かと思えた夏休みにも終わりがあるんだということを思い知らされる。共働きだと、夏休みでも昼間は家が無人になるので、結局子供は学校の中の学童保育で過ごすことになる。夏休みの終わりも、正直なところ、やっと終わったかという感じなのかもしれない。

女性の社会進出と両立する家庭の尊重といったら、男性も女性も5時で仕事を切り上げ、盆暮れ正月にはしっかり休む昔の個人商店のような生活へ戻ることなんじゃないかと思うが、どうだろう。今さらコンビニのない社会というのもあり得ないような気がするが、いわゆる保守派の人の主張を読むとそういう先祖返りを望むような内容になっている。本当にそういう覚悟があるんだろうか。

産業界が望むように、男女とも「大統領のように働き、王のように遊ぶ」社会になると、育児も集約産業化して生産性を上げ、個人は子供を産みっぱなしでOKという話になるんだが、そういう資本主義的というか、あるいは北欧的な社会主義になるのかもしれないが、どちらにしろ、これまでの文明が進んできた方向へ突き進むという話になる。こちらの主張をする人も、やはり覚悟がないように見える。どうなんだろう。

政治の話をするつもりじゃなかった。
花火がきれいだった。
ビールがうまかった。
もうすぐ夏が終わる。

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by antonin | 2014-08-03 01:31 | Trackback | Comments(0)

雑念メモ

たぶんまた薬の具合だと思うが、書きたいことがいろいろと溜まってきた。それぞれ全部吐き出してしまうとそれなりの分量になるが、時間がないので簡単にまとめておく。気が向いたらフルサイズの文章になることもあるかもしれないが、断片でも書き出してしまうと満足してしまうことのほうが多い。ヌーヴォーじゃないボジョレ・ヴィラージュを飲みながらなので、内容が雑なのはそのせいということで。

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薔薇について。

バラはよく愛の象徴などと言うが、自分でバラを育ててみて、ちょっと違った意味でその言葉を解釈するようになった。バラという花は、非常に手がかかる。水も光も肥料もたっぷり必要とするし、無駄に枝が伸びるので適当に剪定などもしてやらないといけない。私などが育てると枯れまくる。街角に花屋があって、いくらかの現金で切り花が買えるようになる以前の世界では、女性にバラの花束をプレゼントできる男性というのは、家に日当たりのよい庭があって、なおかつバラの手入れに手間をかけられる程度に余裕のある家に住んでいるということを暗に示していたのだろう。

こういう言い方を嫌う人は多いかもしれないが、昔のヨーロッパでは、女性の幸せというのは結婚する男性の家にどれほどの余裕があるかで決まる部分が大きかっただろう。男がバラの花束を持てるということは、庭師を雇うだけの裕福さがあるか、さもなければ家事をこなして花まで育てる余裕のある女たちが住んでいるか、さもなければ男が自らの手でバラを育てられる程度に仕事の要領が良いか、このいずれかを知らせる「メルクマール」になっていたのだろう。これを愛の象徴と呼ぶことは、ロマンティックではない即物的解釈だけれども、まあそんなあたりに起源があるんじゃないかと思った。

男の靴が磨かれているかどうかで品定めできる、というあたりもおそらく似た具合のことを指しているのだろう。

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嫉妬について。

過去にも書いたが、小さな劣等感は嫉妬になるが、ある限度を超えて大きくなった劣等感は、尊敬の感情を呼び起こすと思っている。劣等感がなければ親しみになるが、人は日々移ろうもので、親しいと思っていた相手がある日嫉妬の対象になったり、嫉妬の対象だったものがある日尊敬の対象になったりする。よく、有名になったら急にすり寄ってくる人が軽蔑される話を聞くが、そういう人があんまり算盤尽くとは限らなくて、おそらくはこうした心理が働いているんじゃないかと思う。同様に、優越感が小さいと軽侮の情になるが、ある限度を超えると慈愛に近い感情になる。歩けない赤ん坊を軽蔑する大人はあまりいないが、車の運転が下手という程度だと軽蔑の対象になりやすい。

自分の技量と同レベルを中心に置き、そこから縦軸を引いて上方向に劣等感、下方向に優越感を配置すると、中心点の周りに、小さな「親近感」の領域ができる。その外側に「嫉妬と軽蔑」のドーナツ領域があり、その外側には「尊敬と慈愛」の領域がある。同じ音楽の嗜好を持った仲間がバンドを組むと、最初はみんな親しみの領域にあるが、演奏を続けるにしたがって延びる技量と伸びない技量の差が出てくる。そうすると、バンドのメンバーに対して、演奏だとかライブトークだとか、あるいはメイクアップだとか、分野ごとに嫉妬や軽蔑を感じるようになってくる。こういう領域に達すると、「音楽性の違い」だのなんだのと言って解散してしまうのだろう。

本田宗一郎さんと藤沢武夫さんみたいに、最初から互いの得意と不得意を埋め合わせるような関係にある人たちは、それぞれの分野で慈愛と尊敬の念で接することができるので、途中から喧嘩別れすることが少ないのだろう。別分野で頂点を極めた人たちの仲が良いのも、だいたいこういう関係にあるからじゃないかと思う。「嫉妬と軽蔑」のドーナツの幅はその人の心の余裕に反比例するらしいのだが、面倒なのでこの話も終わり。

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天皇制の話。

悠仁親王ご誕生で、継承問題は菊のカーテンの奥へ遠ざかってしまったが、まだまだこの話は崖っぷちにある。というのも、根本的な問題は何一つ解決していないからだ。根本的な問題というのは、天皇ないし皇太子が、複数の妃を持つかどうかということ。

明治以降、皇室は変わり続けてきた。明治天皇は畿内の地を離れて関東の埋め立て地に宮城を移し、大和の御門から大日本の皇帝に立場を変えた。大正天皇は、側室制度を廃止し、キリスト教徒である西欧列強の支配者に野蛮人扱いされない婚姻を選んだ。昭和天皇は皇祖神の直系としての現人神であることを辞め、人間宣言をした。今上天皇は妃選びの血統主義を返上し、民主国家の主権者である平民の娘を妃に選んだ。

だいたいこういう流れがある。で、継承問題で一番重要なのが、大正天皇の選択になる。確率計算から導かれる年数よりはかなり急激に男子が減るという偶然はあったが、どちらにせよ一夫一婦制度と男系による継承の永続というのは数学的に両立できない。なので、今さら伝統を云々するならば、大正天皇の選択を反故にし側室制を復活させるか、あるいは男子を産めないと分かった時点で妃を離縁して若い妃を取り直すかのどちらかの方法で、終身一夫一婦制を廃止するしかない。

万世一系というのが真実だとすると、数学的に見れば数十世代にわたって側室を持ち続けるだけの財と権威が天皇家に続いたことの証明にしかならない。その万世一系にこだわるなら、現代日本の一般市民の常識だとか、キリスト教圏の王家の良識だとか、そのあたりはさておき伝統を重視して側室制度を復活させるべき、という結論になってしまう。いまどき側室に収まるような女性がいるのか、という話になってようやく旧宮家に白羽の矢が立つのだが、こういう逃げようのない論が出ることがなく継承問題が語られるので、気味悪く思っている。氏より育ちと言うし、個人的には、明治以降の変遷を受け入れ女系天皇容認で良いと思う。

--

教養とは何か。

簡単に言うと、「話が通じる」ということだと思う。具体的に言うと、有名な物語を鑑賞した経験を指すのだと思う。泣いて馬謖を斬る、という感じで、有名な場面を指すことで細かいことを言わなくても話が通じるための知識を教養と呼ぶ、ただそれだけのことだと思う。今なら、「坊やだからさ」とか「人間がゴミのようだ」とか「僕と契約して~になってよ」とか、そういう物語の断片から言わんとする情景と顛末の暗示を理解できるようなことがそれにあたるのだろう。現代的には科学や工学や経済の理論だとか、あるいは数学の定理などの背景も知っていたほうがいいのかもしれないが、これはやや飾りの部類に入るかもしれない。

金持ってそうな人と愉快な会話を楽しめるだけの知識。限りなく下品に言えばそういうことになる。

終わり。

--

細かい連想、妄想の類はもっといっぱいあるのだけれど、今日はこのあたりで気が済んだ。

図書館に山本夏彦さんのコラムをまとめた本を探しに行ったら、山本七平さんとの対談集(「正論」の昭和58年あたりの連載記事)が再出版されたものがあり、面白いので借りてみた。今から30年くらい前の話で、明治初期とか幕末がぎりぎり肌感覚として理解できる時代として語られていた。昭和末期ってそんな感じだったのか。なんにせよ語り口が面白い。狩られる前の言葉などもふんだんに出てくる。まあ、立小便が男らしいと思われていた時代の話でもあり、現代の品の良さとトレードオフの関係にある愉快さでもあるので、あんまり手放しに称揚したくはないが、ここだけ切り出せば昭和というのは楽しい時代だったのだなあと思った。

デカルトさんが、古典を読むことで過去に旅できるが、あんまり過去に入り浸ると現代で異邦人になってしまうというようなことを書いていた。杉浦日向子さんの作品なども読んでいるが、あちらに魅せられて、確かに異邦人だったなと思う。ついには魂抜かれちまったんじゃないかという最期でもあったし。それはそれで幸せな生き方にも見えるが。

意地悪は死なず 夏彦・七平対談―山本夏彦とその時代〈2〉 (山本夏彦とその時代 2)

山本 夏彦,山本 七平/ワック

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合葬 (ちくま文庫)

杉浦 日向子/筑摩書房

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by antonin | 2014-07-08 23:33 | Trackback | Comments(0)

フルメタル・ジャケット・カレンシー

ちょっとまとまった文を書いたが、いろいろと言及しすぎて禁を破ったので非公開にした。読みかけの本へリンクを張ったのだが、そちらの内容は、読書が完了した時点でまた何か書くかもしれない。

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例の遠隔操作のあれ、まだ消化できていない。自分の間違いを正す必要があるのだけれども、どこらへんまでを正していいのか、加減がまだ定まっていない。

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先日、自転車に乗って閻魔像を見てきた。線香を上げてスッキリして閻魔堂を出てきたのだが、入り口に停められているベンツとクラウンを見るといつも複雑な気分になる。空襲で焼けなかったこの地域らしく、墓地には戦功碑などもいくつか残っている。歴史とはそういうものかもしれない。

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ムスメがスマホを欲しがっていて、そういう時期に特有の面倒な問題が発生している。悪くはないんだが、過集中の血が遺伝しているので、グレッグ・イーガンの言うところの「電気仕掛けの哺乳瓶」を渡すと色々な面倒が起ることがはっきりしている。(こんな時間までネットやってる父親を見れば自明でしょう・・・。) そこで禁制が過ぎて渇望が出てしまってもいけないのだけれど、難しいところ。

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アブラムシの湧いたビオラは、テントウムシが飛来してアブラムシを駆除してくれるより先に、コガネムシの幼虫に根を食われて枯れてしまった。残念。毎年、コガネムシの幼虫には朝顔の根だの色々と食われて困っている。

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夏至まで4週、昼夜時間はサインカーブなので、今頃から2か月間くらいは劇的な変化はない。春分の前後1ヶ月くらいは変化が劇的で春気分だったが、もう飽和して夏気分。ただ、梅雨に入るとまた寒くなる。学校時代の制服は、毎日服を選ぶ面倒がなくて楽だったが、五月晴れの時期に詰襟を強制され、梅雨入りして肌寒くなると夏服への衣替えを強制される制度はなんとかならんものかと思っていた。

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寝る。

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by antonin | 2014-05-25 03:00 | Trackback | Comments(0)

雑記

天気予報の件。大雨は結局降らず、代わりに大雪になった。山梨のほうでは観測史上類を見ない大雪になって、ちょっとしたdisasterになっていた。ブドウ園が壊滅して、来季はちょっと難しそうという意見もあって、心配している。

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コンストラクタ中の例外の件。Togetterのまとめは3年以上も前のものだった。3年前ならあの状況も理解できる。

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NTT東日本の勧誘がうるさい。新聞みたいにオマケでも付けてくれればまだいいが、余計な契約ばかり付けてきて、2年縛りも携帯業界から移入した悪質なスタイルのものが入っていて、色々と危険な感じ。しかも未だにB-フレッツみたいな国策ネットワークを使っているので、技術的にもなんとなく不安で怖い。

ニュース - NTT東日本がBフレッツを光ネクストに移行、14年度中に完了:ITpro

っていう話はあるらしいけど、これはこれで別の不安が。

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TDDも春秋を重ねて裾野も広がり、当該分野のベストプラクティス本なんかも徐々に増えてきているので、私のような二流エンジニアにはありがたい状況。通勤電車でチビチビ読んでいて楽しい。

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昨年末に削除した内容を再掲できるように編集しておくか。まあ、寝ることを優先しよう。
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by antonin | 2014-02-24 00:11 | Trackback | Comments(0)

本について

今年の春に受験し、なぜか採点に2か月以上も要した資格を取得できたので、勤め先に申請してみた。この申請の受理にもまた半年掛かったが、報奨金があるというので、受験費用と、あわよくばテキスト代くらいは戻ってくるかな、などと思っていたら、案外に額が良かった。なので、Amazonのカートに入れたまま金額的な問題からカビが生えていた技術書を何部か購入してみることにした。

内容は、古いコードに新しい技法を導入する、高邁な理想を泥臭い作業に落とし込む系の図書になった。ただまあ、実際のコードに関わる書籍はこれで打ち止めかなぁ、などという気もする。四十男に期待される仕事というのは、そういうものではない。それは承知なのだが、人生回り道をしてきたので、もうちょっとコードや開発ツールと戯れていたいという希望がある。

その本探しの途中で、ちょっと悲惨なものを見てしまった。

本の虫
日本語のC++参考書の行く末

以前からC++0x関連の話題でときどき参照させていただいており、お世話になっていたのだが、C++11の解説書籍執筆に専念するため、Knuth先生のように退職して作業に当たられていたようだ。しかしこれが経済的に仇となり、色々とアレだということが上記サイトに書かれている。また、C++以外のネタも全般的に面白く、その中でcookie clickerを軽妙な文体で紹介した記事がPVを集めたのだが、これもまた仇となり、変な粘着が湧いている。

その解説書の初版(XHTML版)が販売されているのだが、最低価格が¥5,000に設定されている。労力から見て妥当な金額だと思うが、私個人にとっても¥5,000というのは安い金額ではない。が、ここは有料で購入したいと思っている。深夜に決断するのはなんなので、目覚めたら購入手続きをしてみようと思う。そういえばWikipediaにもいくらか落とさないと悪いと思っているのだが、散発的な寄付よりは定期的な収入にこそ意義があり、そして定期的な寄付は私自身にもダメージが大きい。どうしたものか。


ところで、C++という言語が随分と随分なことになりつつあるのを実感している。C++11でこれまでの荒削りな部分はかなり洗練されたが、同時に学者の趣味のような機能も随分多く追加されていて、もともと巨大だった言語仕様がさらに大きくなり、標準文法の範疇の理解でさえ、もはや学部の卒論テーマになるレベルの規模と濃度になっている。しかもC++にはまだまだ仕様の不具合があり、言語的な完成はC++14の制定を待つ必要がある。また、処理系の実装もGCCとclangはこれに追随しているが、後続がない。

C++は自由度が高すぎて、安全行動を知っていれば非常に強力だが、うかつな行動をするとすぐに大事故を起こす、回転部がむき出しの工業機械のような言語になっている。大型の発電機の回転子に鉛筆を当てて削るような馬鹿げた芸当もできる一方で、繊細な機械時計のようなコードも書ける。まあどの言語だって基本は同じかもしれないが、WindowsならC#、MacやiOSならObjective-C、リチウム電池で数年動くような本当にpoorなプロセッサ用ならCと、各用途にはより単純でより安全な言語がある。

そもそもCを大規模開発に使っていたという異常な時期があって、それに対してC++という新たな選択肢が生まれたが、そういう方向であれば今ならJavaやC#などがあるし、プロセッサの処理効率よりも抽象度の高い記述を目指す方向ならPythonやRubyなどがある。そして先祖返りしたような、狭いメモリ領域で極小コードを極小電力で動かすような分野なら、実はmallocすら使わないピュアなCが一番効率がいい。わかっている人がストイックに使うなら、今でもCはとても洗練された良い言語だ。代入演算子が =- と書けるので単項演算子の結果を代入するのと区別できなかったような仕様バグを除けば、黎明期のC++の影響を受けたANSI-Cよりも、K&R初版時代の文法の方がより洗練されていると感じるくらいだ。

Cならソースコードからコンパイラがどういうマシンコードを吐くかだいたい想像が付くし、オブジェクトのサイズもpaddingまで含めてだいたい正しく見積もることができる。STLすらモッサリして使えないような環境では、raw配列非推奨、std::vectorやstd::deque上等のC++は何かと鬱陶しい。単なる値キャストを(foo)barと書かずにstatic_cast(bar)と記述して目立たせるのは理屈として理解できるが、既存コードの制約の中で使うにはあまりにも独善的な印象もある。例外処理の追加でコードのフットプリントがどれくらい増加するのかと怯えながらコーディングするのは心臓に悪い。

もちろん、C++でもCのテクニックはひと通り使えるのだが、そうすると通常の書籍から手に入る一般的なベストプラクティスとの不整合が起こる。そこにはもちろん対象分野固有のrationaleがあるので正しいことなのだが、そういう低水準の作業と、一般的書籍の手法が成立する高水準の作業とで動的にコーディングルールを切り替えながら作業ができる器用な人も少ない。C++を使いつつCに近い水準でコーディングをしようとすると、C++の「便利な」部分がCのストイックなコーディングスタイルを乱す要因となってしまい、逆にプログラマの混乱と油断を誘ってしまう。

杓子定規にMISRA-Cライクなルールを適用するツールをクリアしないと製品コードとして認めない管理者もあるが、Cでは成立しても、C++ではそういう機械的で単純な判定というのは、なかなか妥当なものとはならない。そういう判定も参考にはなるが、最終的な結論について変な宗教論争にならないためには、問題のスコープとその解決について技術的な共通認識が必要になる。

JSF++などは非常に洗練されたルールだし、理工系の修士号くらい持っていれば楽に理解できるものだとは思うが、逆にいうとそれくらいの知性は要求されてしまう。ルール全体の規模も、決して小さくはない。また、JSF++は固有分野の固有技術を隠蔽するライブラリの作成を必須として、その外側に雑多な詳細実装を持ってくるような設計を前提にしているのだが、その独自ライブラリを正しく構成できるエンジニアというのは、より高い技能が求められる。戦闘機の開発プロジェクトくらいならそういう人材が売るほど集まるのだろうが、そこいらの小規模な組込ソフトウェア開発プロジェクトに簡単に真似できるようなものでもない。

で、まあ、C++標準の次期メジャーバージョンが出るという2017年ごろには、C++という言語はとてもニッチなものに成り下がってしまっているのかもしれない。面白い言語に育ったとは思うが、「言語学者」のオモチャにされてしまったという印象もある。これと心中するという未来も中年男にとってはまんざらでもないのだが、目先の生活が成り立たないようでは、子持ち男としてはやはり困る。

まあ、「本の虫」の江添さんも、「強制移住」によって新たな可能性に目覚めて素敵なことになっているらしいので、案外世の中なんとかなるのかもしれない。

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by antonin | 2013-12-25 04:23 | Trackback | Comments(0)

代休日誌

「信用収縮」の件は、用語の使い方が間違っていたので一旦引っ込めた。面倒。

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先週末、XPの発売翌日にインストールしたマシンのパーツをごっそり入れ替えて、ケースは当時のままでOSを更新した。Win7にしようかとも思ったが、どうせハードディスクの管理とメール処理以外には滅多に使わないマシンなので、勢いでWin8にしてみた。で、先日Win8.1に更新もしてみた。使ってみた感想としては、"Windows" を名乗るのは看板に偽りありというくらいWin7までとは別物のOSだった。Windows互換機能も持っているけれども、それは新OSの一機能に過ぎず、基本は「別の何か」の方だった。これは企業では使えないはずだ。

方向性は間違っていないと思うけれど、置き換えではなくて並走を選択すべきだったんじゃないだろうか。まあ、実質Win7とWin8の並走状態で落ち着いているけれども。調べると、リボンUIを推進した人がWin8も開発したらしい。なるほど、という感じがする。大きい会社が小さい会社のように動くとこうなるという見本になっている。あくまで売り方が悪いだけで、Win8自体はなかなか良いOSだった。スピンアウト企業のスタートアップ製品とかだったら良かったのに、という気がする。

他方で、最近は我が世の春を謳歌しているAppleが、往年のMicrosoftみたいな挙動を示すようになっていて面白い。iOSなんかを触ってみると、Appleがサードパーティの参入を禁止している分野のアプリに限って機能・性能が悪かったりして笑える。Amazonは電子書籍だけが端末から購入できないし、音楽再生アプリは「次に再生」という基本中の基本という機能が欠けていたりして、独占ってやっぱり良くないんだなと思った。googleでもMicrosoftでもいいので、強い圧力をかけ続けてほしい。iOS7がWin8からのパクリ仕様満載とか言われていて、時代は変わったものだと思う。

そういえば、富士フィルムがコンパクトカメラ市場から部分撤退するらしい。寂しい。コンパクトカメラ市場もいずれは電卓市場のように2社くらいが残存して安定するのだろう。バイクのように4社くらい残ると面白いけど。そうするとHondaのポジションにCanonが入って、KawasakiのところにRicohが入るような感じか。YAMAHAとSuzukiのイメージに合う企業はわからない。NIKONはYAMAHAというよりNissanな感じなので。OlympusがいくらかSuzukiっぽいか。

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昼は外でとんこつラーメンでも食おう。
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by antonin | 2013-10-21 11:17 | Trackback | Comments(3)

鶏頭となるも牛糞となる事勿れ

3歩歩くと、それまで覚えていたことを忘れてしまうのを鶏頭(ケイトウ、じゃなくて、とりあたま)と言うけれど、最近どうも、この症状が強い。

もともと、子供の頃から注意欠陥障害的な性質があった。けれども多動性はなくて、どちらかと言うと過集中の傾向だった。普通の人はある事象に集中していても、回りから声を掛けられればそれに気付くし、ちょっと物思いを巡らせても、すぐに目の前にある作業なり会話なりに戻れる。けれども過集中の場合、文章を読むにしても物思いを巡らすにしても、そちらに全神経が集中してしまって、その他の環境刺激に対する感度が非常に鈍くなる。ムスコ1号にもこの性質が遺伝しているらしく、テレビに見入っている時に声を掛けてもなかなか反応しない。

普通の人の「集中」の仕方が拡散照明みたいなもの、つまり中心がやや明るいけれども前方が全体的に明るく照らされているような照らし方だとすると、過集中の人の「集中」はスポットライトのようなもので、集中している点は非常に明るく照らされているけれども、その周囲は真っ暗、というような注意の払い方になってしまう。これはこれでひとつの課題を完璧に済ませるには良い特性ではあるのだけれど、普通の環境ではむしろ「周囲が真っ暗」の弊害のほうが強く出てしまう。

そういうスポットライト的な注意の払い方をする脳を持っているので、スポットライトの向きを変えてしまうと、それまで注意していた作業がすっかり頭から消えてしまう。で、新しくスポットライトを当てていた作業が一段落すると、仕掛りの仕事がぜんぜん進んでいないまま放置されていたことに気づいて慌てることになる。場合によると、仕掛りの仕事を思い出させるような物(reminder)が目の前に存在しない場合、そのまま仕掛りの仕事の存在を忘れてしまうようなこともある。

そういう傾向は子供の頃からあったのだけれど、最近になって、本当にいろいろのことを忘れるようになって、ほとんど短期記憶障害と呼べるんじゃないかというレベルになってきた。軽く痴呆になってしまったような感じもして、まずい。

20代の半ばから抗鬱剤みたいなものを飲み続けているけれども、大うつエピソードみたいなものは最初の3ヶ月ほどで終わり、あとはだらだらと新型うつ病を続けてきた。この新型うつ病と呼ばれる症状は、個人的な考えだと、昔で言う神経症の人にSSRIみたいなセロトニン強化型の新薬を適用することで、それまで社会的な圧力に合わせて本来のFree Child的な性格要因を抑圧してAdaptive Child的な性格を前面に出して生きてきた人が、セロトニンの効果によって抑圧が解け、Free Child全開の人格になってしまったものなんじゃないかと考えている。

これはアメリカなどの社会文化では恐らくあまり問題にならなくて、「精神が自由になって良かったね」というように肯定的に見られるのだろうけれども、日本の社会文化では「病人らしくない、遠慮がない、しおらしさがない」というように批判的に見られ、新型うつ病などと名付けられ、治療の結果が結局は新たな社会復帰の障害となっているように見える。

日本社会ではFree Child的であることは余程の才覚がある人以外にとっては悪い特徴とされ、Adaptive Child的であることは「真面目」と捉えられる傾向がある。最近良く目にする「『いい人』をやめよう」というのは、このAdaptive Childを解放しようという話なのだけれど、日本社会は解放されたFree Childをすんなり受け入れてくれるNurturing Parent的な社会ではなくなっていて、全体的にCritical Parent優勢であったりするので、そんなに簡単な話ではない。みんなAdultになればそれがいいのだが、そんなバルカン星人みたいな人間はそもそも少ない。

それは別として、比較的短い期間にしても大うつエピソードや拒食に近い生活エピソードを若いうちにやってしまうと、どうも海馬が萎縮してしまうらしい。海馬は大脳の中でも珍しく可塑性の高い組織なので、萎縮の具合が軽度であれば回復もあるらしいのだけれど、重度であると回復にも限界があるらしい。もともと加齢によって海馬の機能というのは徐々に落ちてくるのだけれど、若い頃に海馬の萎縮をやってしまうと、機能低下が早いうちから現れてくるものらしい。ひょっとすると最近の鶏頭現象も、若いころの大うつエピソードが影響していたりするんだろうかと、最近思い始めた。

もしそうだとすると、このまま進めば80歳前後で痴呆の症状が出始めることになるから、健康に気遣うよりは、程々に不摂生をして70代のうちに身体的な要因で天に召されるように仕組んでおいたほうが良さそう、という具合になる。まあ、客観的な根拠はないのだけれども。

海馬を長持ちさせる対策は散歩と会話らしいのだけれども、日常なかなかそういう時間を取るのも難しい。なにかうまい手はないだろうか。
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by antonin | 2013-09-29 12:25 | Trackback | Comments(0)

私は忘れたい

あまりに退屈なので、花粉症の薬を飲み始める頃から少しだけ処方を戻してみた。吉と出るか凶と出るか。花粉症の薬との相乗効果なのか、睡眠の具合はあまり良くない。

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「知っている」と「わかっている」の違いが既存の知識とのネットワーク化にあって、「知っている」のは単独の知識、それが周囲にある既存の知識や概念と「なぜ」というリンクで結節して、知識の想起が連想の数段階で扁桃体かどこかを刺激して、快と不快の情動に到達できるようになった時点で「わかっている」知識になる、みたいなことも書こうと思っていたんだけど、勢いで流れてしまった。まあいいや。若さの無駄遣いの話もあれでは不十分だし、惚れるパワーみたいなものについてはまた別の議論だし。それに、あの本の力は「簡単はパワーだ」みたいな部分もあるし。話を複雑にしてしまっては元も子もない。

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震災についても書いたけど、やっぱりグダグダしたので一度消した。要約すると、「忘れない」とか言ってないで、そろそろ少しづつ忘れていこうよ、ということになる。悲惨な記憶は、当事者ならどうやったって忘れない。それを少しでも緩和するのは、結局は生活の安定感、豊かさだと思う。生活保護でパチンコ打っても全然OKだし、震災太りと言われて叩かれるぐらいでちょうどいいので、被災者の皆さんは国の金を使ってどんどん豊かになってほしい。彼らにはその権利がきっとある。

だいいち、「忘れない」とか言い出すのは忘れ始めたのを自覚した傍観者の取り繕いみたいなところがあるのだし、むしろ2年も経てば忘れるのが正常だ。被災地がいつまでも被災地然としているのが問題なんであって、そんなものとっとと復興させて、やっぱり日本スゲーとか言わせて、後ろめたさなくすっかり忘れてしまおうよ。防災の教訓とかそういうのはまた別の問題として。

死んだ人の言行というのは、生きている人の記憶に残っていて、ふとした瞬間にそれは動き出す。それを比喩的に言うと死後の霊魂になる。記憶の中にある死者が微笑んでいればその霊は天国にあるのだし、それが怒りや恨みや悲しみの形相なら地獄にいる。完全に忘れてしまえば極楽浄土にいる。そして、記憶の中の像が良い感情なのか悪い感情なのかは、生きている人の精神状態を反映する。

つらい記憶を忘れないためには「臥薪嘗胆」が一番利く。物理的あるいは精神的にひどい状態に人を置けばいい。でもそんな「忘れない」は嫌だ。物理的にも精神的にも幸せに過ごして、故人への後ろめたさより感謝や温かい記憶が沸き起こるような状況を作るべきだし、追悼とか供養とかいう儀式はこの世に残された人の心理を和らげるのが本義でもある。つらい記憶を思い出して涙を流すと、脳内にリラックスを促す物質が流れる。それによってつらい記憶が緩和される。むしろ忘れるために、ときどきはっきりと思い出そう。それでいいじゃないかという気がする。

悲惨な経験を忘れない、なんて言ってみても、120年もすれば人は死に絶える。関ヶ原までの数十年、戦乱のつらい時代の記憶を忘れない、なんていう人はもういない。どんなに頑張ったって、あの震災を知らない世代は生まれる。自分で経験した人は、完全に忘れようったって忘れられるわけがないし、経験していない人は、忘れないっていう前に体感として知りようがない。

津波で肉親や友人を失っていないし、放射能に故郷を追われたりもしていない身からすれば、震災の被害に対して今できることはといえば、徐々に高くなる税金をきっちり払うとか、徐々に高くなる電気代をきっちり払うとか、そういう充実感も達成感も連帯感も得られない、嫌になるほど地味なことしかないような気がしている。

この種の貢献にある、おそらくは復興に一役買ってはいるのだろうけれども全然実感が無い、という性質は、被災地の人達が全国の人達の負担で助けられているという時に、それに対して負い目を感じずに、システマティックに淡々と補助を受けられることの裏返しなんだろうし、それはそれでいいことなんだろうと思う。

東日本大震災。私は早く忘れたい。つらい人には特に早く忘れてほしい。まだ難しいとは思うけれども。

おんあみりたていぜいからうん
おんあみりたていぜいからうん
おんあみりたていぜいからうん

おんかかかびさんまえいそわか

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そういえば、今年は昭和88年。12年後、無事生きていたら何を思うんだろうか。
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by antonin | 2013-03-13 01:58 | Trackback | Comments(0)


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